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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第四章 バダウィ星系
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67.開花



 AM8:00、セキガハラ五日目。マグちゃんのモニター越し、空から見下ろす深山幽谷は今日もモノクロ写真のように霧がかってぼやけている。


 昨日に引き続き、戦場はエインヘリヤル。昨日は私たち東軍の圧勝だった。空からも陸からも障害物だらけの地形のおかげで西軍は撤退戦の被害を抑えられたようだけど、それでも天王山と定めたのに跳ね返されて心は折れた。レーダーに映る光点も、グリンカンビから送られる情報も、西軍が昨日の倍近い戦力を投入してきたことを示している。ヤケを起こしとる。


 いやまぁ理にかなっているといえばかなっている。東軍は引き続きエリアを奪う方針で進む。西側はノーガードだから簡単に取れる。つまりもう今日で終わり、東軍の勝利は確定した。その代わりに西軍は、できるだけ嫌がらせをしつつ生き残りやすい作戦を選んだ。それが東側に全員集合三ヶ所で圧勝して最終結果のデータ上は西軍の惜敗に収めよーぜ、という思惑だと思う。勝ち負けの判定にはならないけど心情として、死者数が互角なら健闘といえそう、なんて世間に対する見栄ね。貴族にとってはチョー重要。それも今日圧勝できればの話だけど。


 私としてはもうどこの戦力がどうなっているのかとかどうでもいい。勝ちが決まった以上はアタナシア・レミングス、それとコマチカット軍の被害を抑えて敵を平らげるだけのこと。今も大局を考えるのは司令の仕事。


 それじゃあぼちぼち行きますか。空は千を超える敵に対し、味方は五百もない。腕が鳴る。スロットル全開。雲をつけ抜け赤い光点の群れに突撃した。


[花鳥風月、雪中松柏は外から削って。深入り禁物]


『シワスコマンダー了解、グリンカンビ(A W A C S)の指示を優先します』


[お祭り最終日っぽいし、私は個人で暴れるわね]


 全体を考えない戦闘って随分久し振りのような。蒼天に向けて上昇しながら視界に入った敵機、二キロメートル先の点を見据えて指が痙攣するような一瞬のトリガー。アナログではなくタップによる電気信号のトリガーだから、秒間百発以上の連射力を誇るくせにスリーショットバーストってサブマシンガンのような撃ち方もできる。20mm徹甲弾は相対速度もあってコンマ二秒もかからず射線上を直進する敵機に命中、ゲームじゃあるまいし、宇宙仕様ですらない紙装甲はたった一発でも当たれば終わる。弾速が速すぎて曳光弾と化した流れ星が逆さまに落ちて、対面ファイトするつもりだったらしい相手は爆散した。


『ブルーエンプレスぅ』

『もういいよコイツ』

『いい加減誰か倒してくれよ』


 爆煙を遮蔽に群れに近付く。実戦を重ねて現実の偏差にも慣れた。ケツにつこうとする連中を振り切るように蛇行しながら、目の前の回避機動をとる敵機を追うように見せかけて、再び二キロメートル先の射線が合った敵機に焦点、スロットマシーン目押しのようなタイミングを逃さずトリガー。うし、グッドキル。この距離感が当てやすい。


 後方一小隊から一斉にミサイル。アラートが一回鳴った瞬間急旋回からの電磁スラスターで機首の角度、ピッチを加速させて、エアブレーキの急減速の合わせ技、横向きのバク宙みたいな変態機動でミサイルを素通りさせながらトリガー。目の前を通り過ぎる小隊中二機は爆竹のように弾けた。即座に急加速、透明な道路をドリフトするような弧を描き、強Gに全身を強張らせてゼロヨンのような発進。まるで壁ドン失敗の身体ドン。通り過ぎた小隊の残りに一瞬で追いつきトリガー。さて次の獲物は。


『なにこれ?』

『殲滅速度がおかしいって』

『コイツがおかしいって。なんなんだよぉ』


 脳内レーダーを注視して予測しながら二キロメートル先にトリガー。相手は狙われていると気付いていないから、一度コツをつかむと面白いように当たる。もう少し距離を伸ばしてみるか。


『未来が視えてるって噂、ホントなのか』

『ちょ、冗談抜きに全滅しそうなペースじゃねぇか』

『離れて時間を稼げ。え、誰だ?』  


 へぇ、一機だけ突然五キロメートルくらいからの急加速。私に並ぶマッハ五超え。ギリギリまで隠して不意打ちを狙ってきた。モニターよりレーダーをメインに索敵しているから引っかからなかったけど。


 ヘッドオン、対面からバルカン砲を連射してきたけど、電磁スラスターで横に射線をずらしながらのバレルロールで回避。すれ違うと機首を上げてインメルマンターン。ケツにつけるかチャレンジ、は無理か。敵はアフターバーナーで距離を離して群れに紛れた。


『フュー、惜しい』

『マッハ五。戦闘機に金かける国があったのか』

『いやそれ以前に乗りこなせるヤツがいたのか』

 

 どこのエースかしら。まだ強者はいたようで口の端がニヤけてしまう。


“次は外さない”


 おや? なんだろこの感覚。アドラーやカウリーンと戦った時の一体感に似たナニか。でも進化というより変異、偶然通信チャンネルが繋がってしまったような。てかこの声のイメージ。


“貴女、もしかして”

“え?”


『あの機体は、ニルアナ所属か』

『へぇ、でもあそこのエースは』

『ああ、サジハリアは昨日殺られたな』


“地雷ドラゴン?”

“殺す”


 からかっただけやん。でもまぁビックリ。言葉というよりイメージだけど、テレパシーみたいな謎現象は初めて。

 あとコイツら呑気におしゃべりしてるけど、中の私ばかり見ているうちに外からガンガン削られているの分かっているのかしら。スナイパーの気分で四キロメートル先の敵機にトリガー、は外れた。高熱でブレるか。狙って当たるのは三キロメートルが限界みたい。


『聞いて驚け、ありゃ竜騎士だ』

『マジか。戦闘機乗れたのかよ』

『もしかするともしかするのか』


 ふーん、やっぱり彼女なんだ。でもなんだろこの違和感。


“心境の変化でもあった?”

“初めて負けてプライドはボロボロ、そりゃ変わるさ”


 なんか納得いかないけどまぁいいや。そこら中に敵がいて忙しい。視界の右端に見える敵機の翼から水蒸気(ベイパー)の起こりを感じると同時に私も機体を傾けピッチ、射線を合わせてトリガーを引く。


“余所見とは余裕だなブルーエンプレス”

“まぁね”


 ナチュラルに煽ってみる。周囲の敵さんも三キロメートル圏内が私の必殺領域と気付いたらしく、レーダーの光点が鬼ごっこのように蜘蛛の子を散らすけど、全速力で逃げようとすると機動が単調になる上に私のほうが速いから狙いやすい。さらに撃墜ペースが上がる。


“なぁ、お前に聞きたいことがある”


 私の頭上から再び急加速の突撃。しかし他のニルアナ機と見分けのつかないその機体はマーカーをつけておいたから、レーダーで見えていて不意打ちはくらわない。私の進路上に機銃をばら撒いてきたけど横に旋回して回避してから遠くの敵機にトリガー。


“お前、人を殺して楽しいか?”

“生きてて一番楽しいわね”


 下らない質問にわざと悪意をまぶして答えてあげる。ああ、やっぱりコイツは竜騎士か。昨日までの感想そのままの人間。中身のないつまんねーヤツ。


“やはり相容れないか。私は、ずっと虚しかった”

“しょーもな”

“なんだと?”

“貴女が才能はあるくせにモブ臭しかしない理由が分かった”


 ケツにつこうとする竜騎士を連れてスプリットS、急下降の途中でトリガー。私から離れようとする敵機を撃墜。


“武術の本質はジャイアントキリング。強者は学ぶ必要はない。強いのだから。自分を基準に格上を殺すための技術が武術になる。いや、武に限らず技とはそういうものね”


 今不便と感じるナニかを克服していくのがテクノロジー。にしてもコイツらもう逃げるだけかツマンネ。鬼が圧倒的に速い鬼ごっこ、勝負にならない。


“貴女が今見ているコレが貴女の生き方。ただの弱いものイジメ。そりゃ虚しいでしょうね”

“何が言いたい?”

“自由な空で戦えるのはジャイアントキリングに闘志を燃やす強者だけなのよ。誰だって、私だって流れ弾も含めて全ての攻撃を見て避けるなんて不可能。向かってくる敵は弱くない。全員強者だから私も命を懸けている”


 逃げる敵は戦闘機に乗る資格なし。さっさと往ねとトリガー。


“塚原卜伝や宮本武蔵が伝説級に強いのは何故か? 格上を殺し続けて成ったからよ”


 卜伝なんかは格上がいなくなったと見るや仕上げに師匠を斬って隠居して表舞台から消えるとか潔い。五輪書とか戦い方がトリッキーとか自己顕示欲が強めの武蔵と、自分にしか興味がなさそうな卜伝と、性格は違っても行き着く先は同じなのかもね。


“昨日貴女を倒したあのコ、シーバっていうんだけどさ、訓練を始めて半年程度のペーペーなのよ”

“な、んだと?”

“私と出会う半年前まであのコ、今日飢え死にしそうなガリガリの身体でスラムを生き抜いていたの。格上しかいない世界で戦い続けていたの。そんなコに技を教えたら、そりゃ剣聖手前まで成長するわ”


 馬小屋にも泊まれず膨大な経験値を貯めたレベル一、みたいなヤツ。他のスラム組もシーバに頼る側だったから一歩足りないけど急速に成長しているし、最高の人材だった。


“確かに私は弱いものイジメしかしていなかった弱者だ。だがしかしっ、これでもムサシの秩序を守ってきた自負がある。殺しを楽しいなどと嘯(うそぶ)く、ムサシを荒らすお前を倒す”

“だからそれがしょーもないっつってんの”


 再び急旋回急減速バク宙からのトリガー、私のケツを追って正面の空間に飛び込むはずの竜騎士は、しかし手前で機首を上げて回避した。やるじゃん。すかさず私も急加速でケツにつける。東軍はすっかり私の周囲から離れて、西軍に各個撃破されている。まだ数の優位はあるはずだけど感じさせない戦況。ああ、整備不良も効いてきているか。繊細な機体に激しい負荷をかける戦闘機は整備なしに連続運転できるほど単純ではない。もう空は決したわね。そして群れに紛れる逃げ方ができなくなった竜騎士は、激しく蛇行しながら急下降に切り替えた。視界は雲海を貫き、靄(もや)がかかった山水画。障害物の多いそこで振り切ろうって? 上等。


 靄を突き破って幾筋かの白煙。竜騎士は東軍のSAM、地対空ミサイルをバレルロールで躱して背後の私にあわよくば命中しろとなすりつけてきた。私は射線が同軸ではないから無視してさらに加速、プレッシャーを与える。


 地上に衝突するぞと悲鳴を上げるレッドアラートを無視してスティックを引いてエアブレーキ、電磁スラスターの助けも借りて強引に機首を前に向けて加速。上空ほどじゃないけどそれでもマッハ二は出ている。私は二回目だから感覚はつかんでいるけど竜騎士はここを飛べたらたいしたものね。


“誰かのためだの何かのためだの、中身のないヤツは外に動機を求める。お国のためだの世界平和のためだの究極は神のためだの言い訳で正当化して一生戦争をやめなかった、見ず知らずの他人を憎しみながら殺せたおめでたい地球人のようにね。それを偽善っていうのよおバカさん”

“偽善だとしても殺しを楽しむよりはマシだっ”


 竜騎士は数キロメートル先の射線が通った崖に銃撃して、三秒後には欠けて落ちる岩の下を通り過ぎた。クク、昨日の私の真似かしら? 

 私はバルカン砲で岩を爆散させながら左右に素早く電磁スラスターを噴かせ、細かい、けれど無視はできない小岩を弾いて直進した。ゴインゴインこすった音は聞こえたけどセーフ。ボア兄さんの悲鳴も聞こえた気がするけどセーフ。


『なんじゃこのドッグファイト』

『デタラメだぁ』

『いやでも英雄の墓標(エインヘリヤル)だからな』


 ……ああビックリ、集中しすぎて忘れてた。視界の利かないここを何故外野が見えているのか気になったけど、マグちゃん視点の配信か。てか戦闘中になに観てんのよ。

 気を取り直して左右に旋回しては台地に沿って距離を詰め、思いをぶつけた。


“貴女が乗っているのは飛行機、戦闘機、どっち?” 

“え……”

“私はっ、空を飛んでっ、戦うのが好きだから戦闘機に乗っている。自分が楽しくてしたいことも胸張って言えない弱者がイキるな見苦しい”


 一瞬射線が重なるタイミングで撃ったけど、竜騎士は同じタイミングで急上昇して回避した。私も追随するけどなんとなく速度を落として待った。彼女、今、成った気がする。そして通信が入る。イメージと少し違う、初めて聞く本物の声。


『ブルーエンプレス、礼を言う。格上を倒して至る道が見えた。死ね』


[見えるだけの天才は履いて捨てるほどいるの。至ってから礼を言いなさい]


 竜騎士は上から、私は下から、同時にフルスロットル。互いの距離が重なるまで一秒もなし。強Gに顔を歪め、血液が後背に押しやられる慣れない恐怖を気合いでかき消し、ずっと瞬きしていないせいでかすむドライアイにも気付かず脳内レーダーに集中してトリガー。即座にバレルロール。互いに電磁スラスターの反発をくらって擦過音が聞こえないのが不思議なくらいのギリギリを通り過ぎた。


 互いに透明なキャノピーは持たない宇宙仕様だからじかに顔は見えないけど、ほんの二メートル先、目が合ったと感じた。


 直後、竜騎士の機体は大地に直撃する前にコクピットが吹き飛んでパイロットを横に飛ばした。


“はぁ、やっぱり無理か。本物には届かないなぁ”

“そうでもないわよ。貴女、ちゃんと面白い人に成ったじゃない”

“慰めはいらない。負けて至れるわけもなし”

“うわぁ、そういうとこはさっさと直したほうがいいわね”

“?”

“知らないの? 戦場は、生き残った人が勝ちなのよ”


『くっくっく、あーはっは、完敗だ。ありがとう、ブルーエンプレス』

『どういたしまして。ところで貴女のお名前なんていうの? 私はラティシス・ウッドストック』

『私はドレイ……、いや、もう竜騎士ではないから、クルシェニア・ガット・コンティノだ。あー、爵位も怪しいからガットは消えるかも』

『そう。コンティノ、ムサシに居場所がなければウチに来て。歓迎するわよ』

『……考えとく』


 なんか戦場が静かになってるけどなに? 終わったの?


『……全軍、撤退しろ』


 正気に返ったような西軍司令っぽい人の通信に、東軍から上がる鬨の声。私も肩の力を抜いて……、とはいかないらしい。プー兄さんから緊急通信が入った。


『ラティシス、コマチカットのエリア、ストーンリーフに急襲だ。ショージャが最後に仕掛けてきたぞ。どうやらあの王子じきじきにな』


 へぇ、戦場だったら遠慮はいらない。引導を渡してやるか。




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