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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第四章 バダウィ星系
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66.抑圧



 当然の権利として同席は許可されたけど、経験したことのない空気の重さ。私だけ他所者だからしょうがないとは思いつつ、硬質な床から気持ち目線を上げた。


 軍用最高級のクッション性をもってしても振動は続き、ときおり尻が浮いて打ちつけられた誰かの悪態が聞こえる。席に座る全員パワードスーツに守られて痛みはないはずなのに、なにもかもが癇(かん)に障るらしい。全員そうだ。不整地を撤退するニルアナ軍の輸送車内は、通夜のように誰もがうつむき無言ではあったけど、きっかけひとつで殺し合いが始まりそうな剣呑な重苦しさに蓋をされていた。


 そんな車内にすし詰めの九人をチラリと視界に入れて、私はソっとため息をついた。


“竜騎士のくせに負けやがって”


 声に出さなくても怒鳴っている。見てなくても睨んでいる。別に構わない。誰に責められなくても不甲斐なさは自覚している。ただ、この人たちのような激情は理解できなくて、なにかが怖かった。私、どこかでとんでもない間違いを犯していたのでは?

 

 初めて訓練以外で負けて、これといって悔しさも湧かない。今まで負け方が分からなくて、なんとなくで勝ってきただけだから、いつかは呆気なく死ぬと思っていた。運よく機体は大破しても死ななかったけど、運悪く負けただけのこと。そう、生きるも死ぬも所詮は運でしょ。みんな、どうしてこんなに熱くなれるのだろう? おかしいのは私のほうだとは思うけど。


 世間は私を天才という。ひとと違うことを天才と呼ぶのならそうなのだろう。


 でも、才能とはなんだろう? 斬れる時に剣を振れば斬れる。当たる時に引き金を引けば当たる。危ない時に避ければ当たらない。何故勝てるのかと聞かれてもそういう答え方しか出来ない。これが才能であり、私を今まで生かしてきたのであれば感謝すべきかも知れないけれど、こんな得体の知れないなにかに振り回されてきたと思うとため息も出る。


“フェイントからの、ここだっ”

“避けれるもんなら避けてみろ、突きぃ”

“ひっ、く、来るな”


 私には比喩ではなく、いや比喩ではあるけど空気が読める。明確な言語化ではないし、超能力とでも呼ぶような胡散臭いチカラでもない。ないと思いたい。なんとなく、相手の心の声が聞こえる……、気がする。対人戦でこれはズルい。常に後出しジャンケンに等しい。


 そしてだからこそ、シミュレーターは楽しかった。読めないから普通に負けることもあった。特に空戦。自分の機動も、敵の機動も、銃弾も、アラートからヒットするまでのミサイルも、マップから戦況を読まなくてはいけない判断力も、全てが速すぎて私の実力では足らない。


 ごく普通の騎士爵の家に生まれ、ごく普通に士官学校に通い、空に憧れ航空科を専攻し、母国パシファンを守る一員になる、という将来設計は私の対人能力が明るみになって壊れた。もともと駆け引きが得意とは思っていたけど、格闘訓練が本格化するにつれ私も周りも私が普通ではなかったと気付いた。


 国に命令されれば軍属に拒否権はない。私は公的には退役して、先代竜騎士の弟子として出向した。同時に世間は知らない、もしくは都市伝説並みに噂されていた竜騎士の役割を知った。

 

 世界の調整者(バランサー)。


 ムサシは戦死が多い。意図的に極めて多い。だから国家の計算通りにいかないこともある。


 例えば自由騎士(ロードスター)。貴族社会は椅子取りゲーム。席の数には限りがある。古代のように人の数に合わせて意味のない役職名や天下りとかいう席を用意してあげるほど現代は優しくない。老害や席に座れない無能は黙って死ね。そんな環境だから、戦死が少なかった時期などちょっとしたことで人が増えると、席に座れない将来がほぼ確定している貴族の三男四男あたりはロードスターを目指す。ちなみに女性、三女四女の場合は婚活か起業あたりが定番になる。


 本来ロードスターは求道者とか廻国修行とか、ムサシならではの強者の在り方のはずだけど、目指す者の大半は志もない俗物であり、そんな者が運よく御前試合に勝って騎士爵を手に入れると問題行動を起こす例がある。貴族の特権を振りかざして愉悦に浸るタイプ。誰でも簡単に思い描ける典型的なクズ。野放しにすればまともな全貴族の害悪であり、国に属してないから処分も難しい。そんなブランドを貶めるロードスターが増長する前に始末するのが竜騎士の役目のひとつになる。


 この裏の仕事は楽だ。相手は浅はかなクズ。御前試合に勝って爵位と大金を手に入れたあと、金目当ての交友だろうと異性だろうとギャンブルだろうと何かしらの愚行であぶく銭に変えてすぐ金欠になり、また御前試合に参加する。そこで斬ればいい。ブラックリストは各国が共有していて竜騎士に参加要請がくる。


 もうひとつは四年に一度の祭典、セキガハラ。真剣勝負といいつつ二日や三日で終わるワンサイドゲームになったらどの国にとっても都合が悪い。勝っている側ですら人や兵器の消耗を見越して予算がどうとか計画を立てているし、例えば西と東のどちらか全部の国がエリアをひとつも取れなくて数打ちに降格、なんて事態になったら盛り上がらない。かといって手心を加えるのも上手くはいかない。現場の兵士は命を懸けているのだから、わざと死ねなどと命令したら軍事クーデターものの自爆になる。


 そこで不利な側に竜騎士がつき、どちらが勝つか読みにくくする。東と西のどちらが勝つか、どの国がいくつエリアを取るか、エリアの切り取り数が何対何になるか、七日より早く決着がつくか、どこのエースやロードスターの戦果は? などなど賭け事の対象は多岐にわたり、盛り上がるほどに国は潤う。ちなみに二日や三日で決着はつかないようになっているけど、公にはしていないから賭けにはなっている。夢を与える倍率(オッズ)で。


 今回の始まりは……、ショージャからの試合参加要請だったか。

 抹殺対象はハン・ガット・フーイエ。犯罪の前科ありといった瑕疵(かし)はないけど、言動が粗暴で品位が劣る。積極的に試合を求める珍しいタイプだけど、いずれ問題を起こすことは明白として依頼がきた。要は能力が高くても好感度が低いと出る杭は打たれる、ということでしかない。


 なんでもハン・ガット・フーイエは私との試合を望んでいるらしく、私が参加を表明すれば釣れるだろうと。釣れなければ私も不参加に変えればいいということで段取りが進んだ。

 ところが突然ショージャの方から私を不参加に変えるとの通達がきた。ハン・ガット・フーイエは参加するのにどういうことか? 国の思惑など知りようはないから静観していると、ラティシス・ウッドストックなる者の参加に世間が沸いた。そしてあの騒動。まさかとは思うがあの王子、口説くためにお膳立てしたのではあるまいな。


 ほぼほぼそれが真実と感じ、隠せない大きさのため息が出る。


 竜騎士は世界のバランサー。八百長ともいう。


 思えば私は竜騎士になってから白けてたのか。国のため、なんてかつての志は問答無用で世界のためと書き換えられ、筋書きのある英雄を演じて内実は雑魚専門の殺し屋。あるいは接待ゴルフ。ムサシの中でだけ成立するハリボテの英雄だから、他所者の傭兵にあっさり負けて現実を分からされた。


「くくっ、くっくっく」


“気が触れたか?”


 車内の連中の声が聞こえるしそれ以上に蔑みの視線を感じるけどどうでもいい。英雄を自負して取り繕ってきた空虚さの正体が分かってスッキリした。憑き物が落ちた気分だ。


 さっきの敗戦も運ではないと理解した。私は侮って自滅したのか。


『あー、信用してねぇっスね。カッチーンっスよカッチーン。竜騎士さんカモーン』


“竜騎士ヤベェ、オーラパないっス”


 敵は確かに通信は強がっても内心怯えていた。考えなしに正面からガトリングガンを撃ちまくり、私が盾に隠れて右ステップを踏むと、敵も右ステップ、つまり盾のある方に回ろうとした。敵の機体の方が機動力はありそうだから、私の機体の右に回り込むか頭上を取るのがセオリーになるのに反対へ跳んだ。あるいはその機動力を活かして盾どころか背後に回るつもりか?


“ヤベェヤベェヤベェー”


 悪手も悪手、左ステップに切り返し。焦ってやりがちな杜撰(ずさん)な立ち回り。私は敵の着地予測地点に一足早く踏み込み、一撃必殺の刺突を発動した。


“うっわきたぁ、ヤっベェー”


 撃破出来るはずだった。嘘でも演技でもない、無数に屠ってきた、戦場にいくらでもいる臆病者の悲鳴だった。


“でもまぁ、故郷(あそこ)に比べたらヌルゲーっス”


 しばらく何が起きたか理解出来なかった。気絶から覚めて、予備電源すらつかないコクピットをアナログな爆破で開けて外に出て、跡形もない下半身を見て把握した。


 窮鼠猫を噛む、とは少し違うのだろうか。臆病者は臆病者でも、諦めない臆病者がこんなにも強いとは。さしづめ私は……、諦めた強者もどきか。


 ああ、少し、悔しさが込み上げてきた。敵にではなく人生に。私、なにやってんの?


 たっぷり内省してなお余る時間ののち、そろそろ深夜と呼べるころ、切り取った西側エリアに設置したニルアナベースキャンプにようやく帰還した。

 ファフニール、機体を失った今、私に出来ることはない。これ以上戦う義理もない。不敗神話が崩れて世間からは幻滅されただろうし、命があるを幸い、引退して別の道を探すのも悪くない。


 もとより私だって死ぬ覚悟は決めた軍人。生きてさえいれば全部些事だ。もうため息はつかない。


 輸送車から降りて簡易空港に向かう。ニルアナ兵たちと食堂や宿舎へ、なんてことはなく、ここでお別れ。樹脂かなにかを敷き詰めた滑走路にヘリポートや天井だけの格納庫、というか整備工場が併設されている。重機や用途不明の機材が散乱し、動線に沿ってそこら中に照明が置かれ、一足先に帰還した航空機が納まっているけどかえって数の少なさが際立っている。虫の鳴き声が響く夜の帳を切り裂く光に照らされ、明るいだけでカラの倉庫が視界の奥まで続く。


 そんな敗戦の重苦しさに塗り潰された夜景を横目に、私は滑走路から最も離れた区画に歩いた。個人参加だから扱いの悪さはしょうがない。いや、なんか切り抜き動画のニュースを観た感じ、ブルーエンプレスはコマチカット軍を掌握してボス扱いされていたような。人付き合いの苦手な私と彼女の、これが差というものか?


 最奥のヘリポートに私のキャリアーが佇み、四角(よすみ)を囲うようにライトアップされている。ファフニールを格納出来る巨体にティルトローター、可動式のプロペラが二枚嵌った翼。キャンピングカーのように生活スペースもあり、操縦、整備、家事など細かなサポートはシグレ夫妻が引き受けてくれている。三人でムサシを飛び回り、ヒエラルキーは奥さんがトップ。そんな関係ももう終わりと思うと、うっ、話すのが少し緊張する。


 頭の中で台詞を推敲しながら重い足を引きずりキャリアーまであと五十メートルといったところで、すぐ近くで口論が始まった。


「無理ですよっ」

「出来る出来ないじゃない。やらなきゃ死ぬだけだ」

「こんな機体、乗っても死ぬだけです」

「せめてサジハリア少佐じゃなきゃ」

「そうそう、テストパイロットの実質彼専用機ですよ」

「ウチのエースは殺られた。ブルーエンプレスにな」

「だから無理ですって」


 航空部隊隊長っぽい偉そうな軍服とつなぎ姿の整備士四人の押し問答。彼らの隣でライトアップされている機体は他の機体と大きな違いはない。尾翼のサイズと全体の光沢、つまり素材が違うかも、くらい。戦闘機なんて、機能だけならはるか昔に完成していて進歩らしい進歩はなく、見た目は好みの問題でしかないからね。


 会話の雰囲気からおおよそ分かる。ブルーエンプレスの機体は頭抜けて速かった。それに対抗出来る機体をと、かねてからエースの協力を得て開発中の実験機を本国から運んできたものの、乗りこなせる人がいない、と。ニルアナのエースが旧式に乗って出撃した事実をもってお察しではある。もう一度言うと機能はとっくに完成している。ブルーエンプレスのように、コスパを気にしなければ従来より速い機体は簡単に製造出来る。でも誰も乗りこなせないから旧式で止まっている。整備士が正しい。無理だ。ただ、私は歩みを止めて続きに耳を傾けた。


「マッハ五を超えるアイツを殺るにはこちらも同じ性能で挑まなければ勝負にならんだろ。今日の戦い見たか? アイツひとりに全軍振り回されて、明日も同じかもっと悪い結果になると分かっていて、それでも旧式が良いというのか?」

「旧式の方がチャンスがあります」

「そうです。強化手術を受けたエースが何度も乗って、フライトは出来るがファイトは無理と結論づけた意味をご理解下さい」

「十G前後でも思考をぶん回して精密機動が出来るブルーエンプレスが化物なんです。機体の性能差はついでです」


 そう。整備士がド正論。身体を締め付けるGスーツである程度はコントロールするけど、高負荷がかかると脳の血液が大量に下半身に流れて失神したり、逆に大量に集まって血管が切れそうな圧力にさらされたり、まともに思考することすら難しい。


「せめて最高速度(スピード)ではなく小回り重視の機動性(モビリティ)を調整すれば他のパイロットも対応出来たかも、ですが」

「ふむ、じゃあ調整を頼む」

「……、ハァ、無理です」


“整備士ゴッソリ帰して弾薬補給すらままならない時に世迷言ほざいてんじゃねえぞボケぇぇぇ”


 これ聞こえるの私だけって信じられない。私が鋭いのではなく、隊長が鈍いのでは?


 でもまぁ、こんなに心躍るのはいつ以来だろう。私は空気の重いガレージに足を向けて言った。


「ねぇ、その機体、私が乗ります」


 竜殺し(ドラゴンスレイヤ)の異名はくれてやる。代わりに物語殺し(フェアリテイルキラ)の異名をもらってから引退しよう。



 

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