65.異名
士気って大事よねー。精神論とは重なりつつ意味が違う。一夜漬けの山勘範囲と違ったテストを見て、諦めんなよって精神論、役に立つ? 西軍は無理を押し通してでも数の力で不利を覆そうとした。ところが私ひとりにかき回されて、横からちょっかい出されて、下から不意打ち食らって目論見が外れて、目に見えて動きが止まった。もう空の趨勢は決まったか。
[花鳥風月、雪中松柏、地上を支援する。ついて来なさい]
各隊長から続く了解の返事に戸惑いがちらほらと。七百機対六百機の空戦は離れていいのか? 説明はしないけど心の中ではいいのよ、と返しておく。私ひとりで敵を全滅するまでの活躍は出来ないしする必要もない。優先順位はアタナシア・レミングス、次いでコマチカット軍を死なせないこと。その上で勝つ。それ以外の、友軍の損耗を抑えるとかはわりとどうでもいい。
主力となる敵戦車の視点で考えると、地上は森に覆われて、進軍ルートが限られる。遠距離攻撃は曲射砲、もしくはロボットが空中から狙うくらい。どちらにせよ圧は薄い。そして大事な点は、時間が味方ではなく敵。後方支援を消した顛末なんて理解しているでしょうし、西軍は今日で優位に立てなければ後がない覚悟で臨んでいる。
そんなクラウチングスタートを足払いでコカすのが私の有効な戦い方。ウン十万人を相手に殺しまくればいいってものではない。それ一兵卒の思考ね。ひとりで出来ることには限度がある。敵は航空支援のあてが外れて余計焦っているはず。そこを煽るために私ひとりでも早めに上からの攻撃で士気を挫く。
[情報は私がとるからみんなは上空から隙を見て攻撃、低空に降りなくてもいいからね]
『言われなくても団長の真似はしませんよ』
[それと上の迎撃をメインにすること。不意をつかれちゃダメよ]
『シワスコマンダー、了解。対地ロケットは小隊ずつに分けて使用する。雪中松柏、上の警戒を任せる』
地上は数が多すぎて、レーダーの光点をそのまま見るとウザい。攻撃目標を見定めるのは、絵本を開いて紅白ボーダーメガネを探すくらいのストレスになる。だから優先順位付けはグリンカンビにお任せ。主に斥候のルーブがコソコソ探る情報、味方陣営が共有する情報、敵陣営の通信傍受など、膨大な情報を分析して要点を整理するのはアビャーナたちの仕事。後方支援ってそういうことも含まれる。お世話になっています。
私はΖマグちゃんを音速のまま機首を下げて、白から黃、赤へと戦力の評価を色分けした脳内マップを見ながら低空に侵入した。敵の先行部隊の進軍ルートは川。頭上を通り過ぎる前にモニターに拡大した姿は、例のフローター戦車とは違うフォルムだった。テシガワラ重工と関係あるかどうかは分からないけど、有用性を認めて独自開発する国もあるか。
その戦車群は無駄死にに見える。見晴らしの良い川上から突撃する敵に、防御陣地を築いて待ち構える東軍の、クロスどころではないファイアが当たる当たる。しかし敵は怯まず高速で突撃し続ける。撃たれて爆発した奥から次の戦車が軽くホップで飛び越えては撃たれて爆発、を繰り返して少しずつ肉迫している。なんとなく鮭の遡上が思い浮かんだ。
大量の命がゴミのように散る光景は戦争ならではね。悲惨? それは彼らへの侮辱になる。血で血を洗う光景は古今東西同じでも、古代とは決定的に違う点がひとつ。この世界は、少なくとも私の知る世界には徴兵がない。お祭りだとしても、無駄死にに見えても、恐怖を紛らわせるために麻薬に依存しているとしても、きっと彼らも自分なりの誇りを持って戦場に立っている。だから私も同情も手加減もしない。
マッハ一はざっと秒速三百三十メートル。音の壁は突き破ったまま、霧の立ち込める摩天楼を右に左に曲りくねる。敵陣後方から味方陣営に向かって。つまり敵からすると、背後から無音で私に狙われる。私が通り過ぎてから音が追いつく、頭では分かっていても不思議な現象。おそらくレーダーで接近は知るから余計怖いかも。
『パシファエ大隊指揮車やられた』
『なんだよ今の、速すぎんだろ』
『ウソだろ、イカれてる』
味方陣営に到達すると上空に上がり、再び敵陣後方に回り込む。時折ヤケを起こしたように対空砲の条痕が空を貫くけどノーコン。まるで脅威ではない。
『あー、クッソ、対地ロケット、今度は航空支援かよ』
『またパシファエ大隊、三小隊被弾』
『狙われてんぞ、対空砲っ』
障害物は霧の向こうを目で見るより脳内マップを頼りに予測重視。少しでも操縦をミスればあの世行きのスリルにドーパミンを噴かせながら、機体を倒して機首を上に、すぐ反対に、S字カーブの連続をこなしていく。地面と平行に飛ぶ時間はまるでなく、高度が下がり続けないよう、垂直尾翼を操作するラダーペダルをリズミカルに踏み込み、森を左に見ながら空に向かって右移動、あるいは森を右に。
『自走式地対空ミサイルやられた』
『せめて撃ってやられろよ』
『アナンケ大隊指揮車やられた、歩兵でいいから対空弾幕張れっ』
その命令は無茶かな。広い戦場のいつどこから無音で襲ってくるか分からない私を警戒して全員後ろを向けって? 出来るもんならしてみなさいよ。
『ヒマリア大隊指揮車大破』
『なぁ』
『あぁ、ニルアナの、一国の軍団の要所だけ狙ってるやん』
上に離脱して下界を見下ろすと、入れ替わりのように味方小隊が対地ロケットをばらまき森がしばらく炎と黒煙に包まれる。延焼はしないけどこれだけでも足止めは十分かな。よし、中央後方寄りに布陣しているここにとどめのトリガー。
『軍団指揮車大破、ガニメイデ少将戦死』
『いかん持ち場を離れるな、対空構え』
『無理だ遅ぇ、司令本部、爆撃食らった』
西側連合軍の柱はニルアナ。これでほぼエインヘリヤルの戦局は決まった。次いこ次。
『ペルポ大隊指揮車大破』
『次はヨウクヒトかよ』
『てかなんで要所が筒抜けなんだよスパイいるよな』
いないけど情報こそが命、常識でしょ。
『竜騎士っ、さっさと前線出てこい』
『今代はハズレか』
『やっぱ女には無理だって』
あらあら、フェミが聞いたらキレそうな、でも古代からありふれた台詞だこと。なるほどねー。なんとなく察した。竜騎士が出撃したら早めに退く、そういうお約束がセキガハラにはあって、今回は空気を読まない私のせいでシナリオ崩壊なのに彼女のせいになってると。なんかゴメン。あともうひとつゴメン。殺し合いに集中している時に無駄口叩かない主義だけど我慢出来ない。
[あれっ、女に手も足も出ない地上から主語デカブーメランが飛んだような、気のせいかしら?]
『プッ』
『姐さん、それは可哀想っスよ』
『デリカシーを求めても男には無理だって』
仲間もノリノリで追撃するし。おっとそれより竜騎士が所属するのは……、焦り方から察するにヨウクヒトかな。じゃあ優先目標はそのままでもうひとつ追加、思考のメールをエクステ経由でグリンカンビに送信。分析と探査はあっちに任せましょ。
『ミマス大隊指揮車大破』
『おい、いつまでひとりに好き放題させてんだ』
『悪ぃ待たせた』
お、一小隊が背後に現れた。少ない側が戦力を分散させるのは悪手なのに。まぁ私を放置するほうが悪手と考えるか。特になにをする必要もない。いつまでついて来れるかの問題でしかないから。
『モルガン2、クラッシュ』
『だからせめて撃ってから終われよ』
『いやちょ、これ、追いつくのも』
自分でやっといてなんだけど、結構無茶してるからね。夜間に単車を転がし対向車と撃ち合いながらアクセル全開でハイウェイ逆走くらいの難易度かな。
『テティス大隊指揮車大破』
『モルガン4、クラッシュ』
『対地ロケット! これいい加減なんとかしろぉ』
バルカン砲でターゲットを撃ち抜き上昇。二機に減った敵小隊もホッとしたようについて来るけど、忘れてる? ここ、東軍のエリアだし味方陣営だから対空兵器充実してるわよ。
『モルガン3、ロスト』
『お前らさぁ、ホント、もう……』
『なんだよっ、俺らが悪いのかよっ』
竜騎士が出張ってきた以上、さっさと命令系統は潰したほうがいいか。予定を繰り上げて後方に飛ぶ。
『軍団指揮車大破、タイタニア准将戦死』
『ああ、クソ……、クソ』
『ブルーエンプレスぅ、テメェだけは道連れにしてでも殺ぉす』
文脈から察するにモルガン1、隊長機は粘るわね。でも気迫で敵を殺せたら苦労しねぇわ。敵陣を低空飛行しながら時折トリガー。当然地上からも少しは先読みした攻撃がくる。通り過ぎた地点から対空機関砲の太い条痕が私をかすめて前方やや上の崖にオラオラオラと着弾し、人間大程度の岩がバラバラと剥がれ落ちた。その下を私は少し速度を上げて通過。
『死ねぇ、フォックスわ、え?』
『モルガン1、クラッシュ』
『エインヘリヤル、親の顔より見た自滅』
優先目標はおおよそ片付けたから、あとは目につくところ、川のルートで押してる戦車群にワントリガー。
『ブルーエンプレス、支援感謝』
『あっという間に盤面を支配したな』
『天空の支配者、二つ名に違わずか』
友軍からも珍しく声がかかる。これ以上目立たないほうが賢明なんだけど、もう一仕事必要かな。
『今日勝てなかったらもう、もう』
『へへへ、今さらビビってんじゃねーよ突撃ぃぁ』
『おうよ、竜騎士さんよぉ、せめて仇はとってくれよな』
させないわよ。分析結果の赤色二重螺旋がマップに点灯。そこか。ルーブと同じく大軍の中を光学迷彩とジャマーでコソコソしていたら、気付かなければ見つけられないけど、気付けばそう難しくない。グリンカンビも味方陣営も複数のレーダーで戦場を監視しているから、ニュートリノスキャンにしか反応しない光点を検索すればいい。
森から跳ねた赤いマーカー、目視では霧しか見えない空間に長めのトリガー。上空を通過する前に小さな爆発、手応えあり。一瞬見えた敵影はロボット。ルーブと同じってそりゃ有効な戦術の考え方は同じか。
『……!』
通信越しではないけど竜騎士の動揺は感じたわよ。レーダーの光点は前線に到着。退治は味方に頼むか、て、マジか。
[シーバ、退いてもいいわよ]
『あー、信用してねぇっスね。カッチーンっスよカッチーン。竜騎士さんカモーン』
まぁ情報処理役は潰したからイケる、かな。コンピュータみたいな動き、ってそれシーバが一番慣れてる相手だから。
上空を旋回しながらモニターに地上を映して観戦。タイマンの美学でもあるのか、両軍が衝突する最前線なのに、シーバにも竜騎士にも弾が飛ばない。
先に仕掛けたのはシーバ。カイトシールドで半身を隠しつつ右手に下がるゴツいガトリングガンをフルオート。竜騎士も盾に隠れながら右サイドステップで難なく回避。シーバも反時計回りにステップしながら撃ち続け、着地と同時に反対側に跳んだ。竜騎士はその動きを読んでいて、ブースターを全開、正面に突進し、シーバが着地する空間を狙い、ランスを握る右腕を後ろに引いた。パイルバンカーのような勢いを持つ刺突の構え。そして突き出すための踏み込みと同時に地面が大爆発。盾で威力を半分相殺したとはいえ、その盾もろとも竜騎士の腕と下半身が吹き飛んだ。
後背から爆雷落として視線誘導しながらのステップ。いいんじゃない? 私だったら引っかからないけどね、私だったら! ハラハラさせるわよまったく。
『どーっスか、ラゴー1、竜騎士討ち取ったりー』
『あ、ああ、そんな、竜を従える者が』
『ドラゴンスレイヤー』
『ああ、ドラゴンスレイヤー、他所者がとっちまった』
出会ってせいぜい半年なのに、気付けば一人前になっちゃったね。シーバ、おめでとう。独特のノリかなにかよく分からないけどムサシの伝統かなんかそんな感じの流れで異名持ちに昇格ね。
畏怖される側へようこそ。




