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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第四章 バダウィ星系
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63.竜牙



 PM2:00、セキガハラ三日目、曇り。今日も待機命令、そして今日は流石に奇襲もなさそう。警戒は解かないけど私はすでに飽きて、水平線を一望できるグリンカンビ滑走路出口の縁に立ち、二十メートル下の海面に釣り糸を垂らしていた。開始十分経ってヒットなし。普通なのか、どこか悪いのか、なにも分からない。ちなみに釣り具はグリンカンビ中央の半分シャッター商店街にあった。リールがこんなに複雑な機構をしている意味はなんだろう。騙されている気がする。


『姐さんズリぃっス』


「団長特権よ」


 デジャブラリーをチラっと意識して目は戦況を眺める。私の隣りにプロペラで空飛ぶタブレットが何台か、一切揺れずに宙に固定されている。イナバンバウ商会、色物だらけだけど時代遅れか先取りしているのか迷う感じがちょっと気に入りつつある。クモ型掃除機は不評。これは妥当。


 セキガハラは三日目ともなると雰囲気が変わってきた。ジャブを打ち合ってたラウンド1からボディブローが増えるラウンド3へ。


「空戦で両軍ともに数が減って、地上も接近してきたかな。どこの戦場も制空権が決まれば一気に傾きそう。普通の戦争だったら戦力の補充があるけど、定員制ってルールは面白いわね」


 援軍をどう使うかが采配の妙になりそう。


 :今年は誰かさんのせいでワンサイドゲーム

 :西軍の他責合戦のほうがニュースになっとる

 :鬼読め、出荷まだっスか?


「ゴメンね、軍との取引きが優先されるから、民間に卸されるのは少し時間がかかりそう」


 まさかの全国から受注きた。イナバンバウ商会にエナドリの差し入れとボーナスを出すのは当然として、私もどえらい稼ぎになったからまた使い途を決める必要があって、とりあえず全国からフリーズドライの肉と魚をアテナに数年ストックできる量、取り寄せてみた。他に欲しい物が思いつかないという。爆買い観光は決定。


『もう俺らの、東軍の勝ちは確定っスか?』


 サッカーに置き換えると、東軍十一人対西軍九人でイチ対ゼロ、今日を入れてあと五日の試合終了のホイッスルが鳴るまでに逆転があるかどうか。

 

「普通に考えたら確定でしょうね。数の差はそう簡単には覆らないから。っつっても私のようなイレギュラーもいるから油断は禁物だけど。竜騎士さん、そろそろ来るんじゃない?」


 情報では西軍偽銘ナギシリが竜騎士を雇ったとか。この襲名する竜騎士という存在は裏がある。どうやら個人ではなく、星の紐付き。地球でいう北大西洋ナントカ(N A T O)は大袈裟だけど、最強の看板を背負って治安維持、具体的には犯罪者寄りのロードスターを始末する非公式の任務があるっぽい。


 初めて聞いた時から出来過ぎた正義の味方みたいだとは思っていたけど、全国家がパトロンならそうなるか。で、過去のセキガハラを分析したプー兄さんとノクちゃんによると、バランスが崩壊して決着が早くつきそうな時は、竜騎士が不利な側につく、というルールがあるっぽい。これは一般人にも広く知られているお約束だとか。一般人は竜騎士を名乗る者の志の問題だと思っているけど、裏で協定が結ばれている。


 つまり、少なくとも西軍は私を犯罪者寄り、もしくは自分たちにとって都合の悪いロードスターと見なしているかも、てことね。危険分子と言われたら身に覚えはあるけど失礼しちゃう。


 画面の多くは土煙と黒煙が増えて、引きの絵に変わった。全体としては西軍が東軍のエリアに侵攻している。西軍はエリアを取らないと後がない国ばかりだし、東軍は無理せず守りながら削っていけば勝てるという余裕がある。思考停止の突撃を選んだら詰み、まだそこまでは壊れていないけど時間の問題のような。


「あら、来たわね、ってキタぁー」


 釣竿にクンっと手応えがきた。クンっと。私はアニメかなにかで観た気がする構え、腰を落として上体を反らし竿を立てた……、らルアーが目の前に帰ってきた。へー、この私に駆け引きを仕掛けるとは、さてはヌシとみた。


 :釣りウォッチング希望

 :な、見せてくれよ

 :セキガハラよりそっちかぁ


 ダーメ、今の私は出撃に備えてGスーツ姿。特に羞恥心はないから私は平気だけど、安易に見せてはいけないとウチのコたちが口を揃えて言う。身体のラインが露わで多少エロいのは自覚してるけどそこまで? 外から見えてるのは人工筋肉であって、着ぐるみみたいなモンなのに。これがアウトなら競泳やバレリーナや新体操はR15かよ。


 もう一度ルアーをトポンと海に投下してモニターを見る。東軍数打ちサナキーユ六万弱が担当するエリア、殺島中央前線の鉄錆(ラスト)渓谷(バレー)は赤茶けた峰に挟まれ、申し訳程度の浅い川が流れる雄大な景色が美しい。山肌は剥き出しで身を隠す遮蔽が少なく、進軍経路が限られていて、斜面にはサナキーユのトーチカが無数にくっつき銃口を向ける。守るに易い要害となっている。


 ここを攻めるは西軍偽銘ナギシリ三万弱。先日私たちに四万近く潰され、残り全てを投入しても削られてもう終わりそう。戦車隊の砲撃でトーチカをひとつずつ潰しながらゆっくり谷底を進軍しているけど、ジリ貧の潰し合いにしか見えない。大破した戦車は退(ど)けないといけないし、足を止めればそれだけ命中する。どちらの有利不利になるとも言えないけど、制空権の取り合いはまだ時間がかかりそう。対地対空ともに、射線が全方位からではなく谷に沿っているから空と陸の戦場が連動しにくい。


 そこに現れたナギシリの増援、たった三両のロボット。一枚のモニターに映る、ノクちゃんがフォローしてくれる情報によると、ロードスターのジュンチィ、カナタ、そして竜騎士のドレイク・ハインド。この二人も国の紐付きかな。


 三両はどれも標準タイプの二足。なんとなく傾奇者って言葉が浮かぶ、派手な装甲と塗装が目をひく。地上が主戦場だからか、どれも全身を隠せそうな盾を左手に構え、右手はそれぞれ違う。


 竜騎士の駆る機体は全身黒に朱の差し色は多め。頭がドラゴンを模していて、肩と腰まわりもウロコのトゲトゲでデコっている。右手に突き専門のランスを握り、盾は頭から膝まで隠すくらいの円形、後背がゴチャゴチャしているけど、チェーンガンにグレネードランチャー、ミサイルポッドも重なっているかな。他の二両もコンセプトは似たりよったり。ふーん、火力優先。レーダーなしは結構甘えているような? どうだろ。


『り、竜騎士』

『はぁー、撤退の見極め早めとけ』

『弾幕張って寄せ付けるなっ』


 弱腰になるのはネームバリュー、だけではないか。腰とふくらはぎからエアブーストを噴かせ、山の斜面を三段跳びのような山なりの機動で敵陣に肉迫する三両の速度は時速百キロメートル台と遅い。ただ、代わりに見た目以上に装甲が厚いみたい。トーチカからの砲撃はかわしつつ、多分盾に当たっても耐えられる。そして高所に展開した機械化歩兵たちによる、一撃が軽い連射系の弾は時折当たって盾以外からも火花が散るけどそれだけ。豆鉄砲ね。


『航空支援頼む、オーバー』

『チーム・スモーカー、分かってるだろ、無理だ』

『自分が行きますっ』


 あらあら、サナキーユの戦闘機が三両の背後から突撃したけど、三両は同時に宙に跳んで振り返り、それぞれ連射系の兵器で動線に集中砲火を叩き込み、戦闘機はミサイルの発射すら出来ずに爆散した。


『ニーナっ』

『単機で攻めるな』

『アイツら通信なしに連携したのか』


 通信はチャンネルなんて無数にあるから見つけてないだけとして、レーダーなしにしては反応が速い。レーダー内蔵タイプ、にしてはボディがスマートだし、別の味方機からサポートを受けていそう。


 三両は味方の前線を越えると散開、斜面を利用できる機動力を活かしてトーチカの破壊を優先した。竜騎士の機体が着地と同時に片膝立ちにしゃがみ、盾を側面の防御にズラすと、左肩から中折式の砲身(バレル)が前方に倒れ、間髪入れずに爆炎と煙をまき散らして発射、五人くらいは詰めてそうなトーチカは当たった箇所の反対側が破裂した風船のように吹き飛んだ。機体は即座に右を向いて盾に隠れてブーストを噴かせて離脱、元いた空間を無数の条線が貫いた。隙のない良い動き。


『成形炸薬弾、渋いチョイスじゃないか』


 プー兄さんの好みらしい。逆に嫌いな種類とかあんのかよ。徹甲弾が貫通で成形炸薬弾は爆発ダメージ、ついでに衝撃力重視はホローポイント弾。あとグレネードは榴弾、すなわち破片で攻撃する意味だけど、実際はズドーンと撃つなんか爆風が凄い威力の兵器全般に雑に使われる。キャノンとバルカンとガトリングも広い意味は同じだし、兵器なんてノリねノリ。


 チョイスはまぁ、戦場に合わせて武装を変えるのがロボットの強みだし、過大でも過小でもない、トーチカを潰せるちょうどいい兵器を選択してるわね。他の二両も手際良くトーチカを潰していき、敵意(ヘイト)が消えて息を吹き返した戦車群も加速した。


『竜騎士と死合いなんて最高じゃないか、相手にとって不足なし』

『スナイデル中佐、ご武運を。ゲッペル、俺たちは金魚のフンを殺るぞ』

『死んでも負けられんなぁ、推して参る』


 お、サナキーユからも威勢の良いロボットが突進してきた。どう見ても貴族。それぞれタイマンとか青臭い演出だけど、お祭りなんだからこういうノリも楽しいじゃない。


 サナキーユのロボットも見た限りは似ている。国旗カラーの緑とベージュで統一されているのが正規軍っぽくてカッコいい。盾を持ち標準二足の足は遅い。後背にレーダーで火力よりバランス重視な武装が違うくらいか。アレね、この星のロボットはアビャーナの兄と方向性が同じ。貴族のおもちゃだから死ににくさを優先して頑丈に作られていて、敵に合わせてどの勢力も似たコンセプトになる。


『お前らっ、俺たちが竜騎士を足止めしている間にそっちのケリをつけろ』

『ここをしのがなきゃ来季も数打ちだぞっ』

『命が惜しけりゃ今死ぬ気で殺せーっ』


 サナキーユのロボットがブーストを噴いて、サブマシンガンやライフルを撃ちながら竜騎士たちに迫るが、ゆっくり後退しながらのジグザグ機動でかわされ、あるいは盾に当たってまるで効いていない。口径の小さい火器はレールガン以外意味なさそう。せめて背後の火器やブースターに当てないと。だから、つまり。


 射撃していた機体は互いに至近距離まで接すると、無頓着に得物を地に捨てて、腰か盾にセットされていた鞘から抜刀した。装甲の硬さを無視する高周波ブレードの一撃が決め手になる。この星らしい様式美ね。


『シャアアアっ』


 誰の声かは分からない気合いとともに激突、ほぼ一瞬で勝負がついた。竜騎士の機体は腕に特殊な仕掛け、パイルバンカーのような機構があるっぽい。明らかに腕を突き出す速度だけが突出して、盾のない右側へ逆袈裟斬りしようとする相手より速く、遠い間合いの一撃で右腕ごと喉元を貫いた。


 他の対決はもう少しグダグダ。サーベル同士の接触で互いに破損。生身の戦いと違って腕まで壊れることはないけど得物を失い、互いに後背に積んだ兵装をセレクト。至近距離の撃ち合いは、発射(で)の速いほうに軍配が上がった。一勝一敗、つまり竜騎士と僚機は生き残り、サナキーユ側の生き残りは一両。


『……撤退する、総員、出し惜しみなしだ。使えるものは全部使って生き残れ』


 サナキーユ司令官らしき人物の淡々と押し殺した声に悲壮感のあるため息がいくつも重なった。


『まだだっ、まだやれるっ』


 そう叫び、生き残ったロボットは竜騎士に突撃して、先ほどの決着をなぞった。


『そうだよっ、俺たちはまだ負けてねぇっ』


 トーチカと、おそらく殿に任命された戦車部隊が竜騎士に弾幕を浴びせた。竜騎士は左右の機動を多用しながら、谷底からは死角になる位置取りからの片膝立ち、グレネードランチャーが火を噴き、即座にダッシュ、といった必殺ルーティンを繰り返し、作業的に処理していく。なんか強いは強いけど、ゲームやシミュレーターのCPUみたい。通信に声が乗らないからとかではなく、動きに感情が、顔が見えないとでもいうか。


『よせ、無駄死にを選ぶな』

『司令っ、無駄死にってなんですか?』

『!』

『ここで逃げて、俺らに、次代のサナキーユに先があるんですか?』

『だよな、俺、故郷のツレに見得切っちまったよ』

『俺もだ。来シーズンは偽銘のエースになってみせる、空は俺に任せろ、てな』

『数はこっちが倍なんだ。これで逃げるならもう勝てる戦いなんてねぇよ』

『逃げて千社札貼られて肉壁にされて、そっちのほうが無駄死にじゃねーか』

『ふぅ、いっちょ前にデカい口叩きやがって』

『司令っ』

『司令っ』

『『『司令』』』



『………………、総員反転、竜騎士もナギシリも全員殺せぇっ』

『『『応っ』』』


 あー、多分、竜騎士が出たら退けとか暗黙の国際ルールがあって、一部の将校には伝えられている、てとこかな。でもこんな流れじゃ逃げるのはダサい。庶民の一兵卒まで闘志を燃やして将校もあてられるとか、熱いじゃん。


 :涙、止まんねぇ

 :毎回思う。命が軽いけど、全員生きてんだな

 :サナキーユ国民として彼らを誇りに思う


 うん、いいイベントじゃない。ルールがあっても、ラリっていても、人間崖っぷちで本性を暴かれる。意地と意地をぶつけ合う両軍全員カッコいいわよ。それに引き換え、あの熱を感じない人形は、もう興味ないな。


 ああ、ナギシリは前のめりになったところをカウンターされて動きが止まった。戦いは想定外を押し付けたほうが強い。空もサナキーユが取りそうな展開に見えるし、うん? 竜騎士の動きも悪くなった。ターゲットを決めるまでが遅い。どこかに紛れているかもなレーダー役か指示役か、サポーターが殺られたか。


「! キターっ、! ヒャっ」


 クンっときた瞬間全力で竿を立てた……、らウツボ的な何かが宙を突撃してきた。黒地に黄色のドット柄、警戒色のモンスターが逝っちゃった目玉とギザギザの歯を見せてクワっと。反射的に竿を海に捨ててサイドステップ五回ほど。


「ツリ ヤバ ヌシ コワ」


 :今いいとこなのに

 :だからなんで釣りのほうが盛り上がってんの?

 :悲鳴助かる

 :何故カタコト


 元の位置に戻ってモニターを見ると、こっちもラストチャンスと死線に踏みとどまるナギシリを見捨てて竜騎士は撤退していた。うん、あんなパチモンヒーローよりウツボのほうが怖い。まだ心臓バクバクいってる。



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