62.健気
AM9:00、セキガハラ二日目。生温い潮風が頬をなでる感覚に時折鳥肌を立てつつ、私は滑走路出口近くに椅子とテーブルを用意してもらい、モニターに映る戦場を視聴しながらモーニングティーを嗜んでいた。今日は待機。グリンカンビは沖合に停泊して、日陰から覗くきらめきがうねるオーシャンビュー最高。一応いつでも発進できるよう機体のそばを離れず、Gスーツを来たままなのが煩わしいけど、そこを除けばほぼ休日モードと変わらない。セキガハラが終わったら、釣りしてみるか。故郷は水葬があってアレだったからしたことない。
『姐さんだけ優雅。ズリぃっス』
「団長特権よ」
文句を言うシーバを一言でシャットアウト。ロボットに乗る仲間は昨日と同じく陸からの侵攻に備えて現場の塹壕に待機している。
コマチカットのディフェンス四万は昨日と同じ布陣。本当は昨日と同じ実質八万だからこの分け方に意味はない。オフェンスもいるぞ? という対外向けのハッタリに近い。半数は準警戒態勢で休んどけ、という状態なだけ。人間の集中力は長続きしない。いつ攻撃されるか分からない塹壕に一日中隠れてろ、は精神が病むから休息は大事。
メディアは表向きの情報であってブラフも混じっている。例えば大艦隊が航行する映像がリアルタイムじゃないとか。いつものことだけどオープン回線の通信が台本臭いとか。「ナントカ社のデオドラントが一番」とかたまに聞こえるアスリート起用のCMくらいの棒読みがオモロイ。絶対上官が賄賂もらっただろ。
そんな騙し合いの情報戦を意識しながらモニターを観ると、今日も遠距離からの撃ち合いが主軸になりそう。一瞬で距離を詰める空は様子見とかないから制空権の奪い合いが先って感じらしい。
『座標D4からP4まで4のライン注意。対空揃えてるから避けろ』
『昨日のアレの真似か?』
『あー、地上からの弾幕で一掃って? できるかンなもん』
『じゃあH2に展開、て危ねぇ。誘われてた』
『一機やられた。チッ、引っかかんなよ』
地上から撮った豆粒や逆に拡大されすぎた戦闘機が動き回る空の絵はなにがなんだかだけど、聞かれていることを意識しつつも駆け引きが窺える通信のやり取りは参考になる。
「みんな色々考えてるのね。立派立派」
:姐さんの配信が刺激強すぎて他が
:どこも視聴率ピンチらしい
:同接エグ、この星こんなに人いたっけ
「だから同時視聴って伝統芸能で貢献してあげてんじゃん。セキガハラを盛り上げたいってどの国も思うことだろうし、報道の手法も変わっていくんじゃないかな。軍は秘密だらけだから問題山積みだとしても」
:貴女が明け透けだらけとも言う
:イマドキ産業スパイ警戒みたいなことする?
:どちらが優勢とか分かります?
「今通信聞いてるモニター2の空戦、東軍数打ちアケビ対西軍偽銘バショウの戦いは、綱引きやアームレスリングが始まった直後の硬直みたいなもんよ。パワーバランスが崩れるまではチマチマ潰し合う。崩れた、とリーダーが判断したら局面が動く。ホラ、バショウの後方に他国の、影打ムカッチャオの増援が控えてる。ここが動くとグロ映像観れるんじゃない?」
:いやグロを観たいわけでは
:え、そここそ機密じゃねぇの?
:えー……、そこ盗撮してんの
お、ムカッチャオは動かないか。揺さぶってみたけど引っかからないのはやるじゃん。真打ショージャは戦力がなくなって数落ち確定。影打のムカッチャオとナギシリも半分消えて戦果なしだから相当焦っているはず。自陣を取られる可能性の低い序盤にディフェンスを無視して、全戦力をオフェンスに投入して最悪でもひとつ、できれば三つはエリアを取りたい、てな皮算用をしていそー。て、おや?
:あ
:動いた、後ろ?
:ウソだろ退くの?
あーあ、配置がバレたからってリスクを嫌って仕切り直すか。でもそんなのバショウが無駄に削られた形で終わるから仲間割れしちゃうでしょ。
「撤退の気配を感じたら掃討戦って前のめりになるところだけど、アケビは深追いせず。こちらは堅実に削っていく方針が安定していて隙がないわね。それに引き換え西軍はまとまりがない。雰囲気悪そー」
:元凶が言うと煽りにしか
:今言葉だけで戦況コントロールした?
:ああ、特番の専門家の解説がギャグに成り下がりそう
「第二次大戦だったか、イングランドは手品師を雇ってイリュージョンを依頼した。手品師は空地に照明や空き箱を配置した。夜、何もないそこにドイツ軍が空爆した。兵は詭道なり。情報を制す者が世界を制す。戦場の主役はエースやロードスターだろうけど、戦争の中心は情報よ」
何故ガチで殺し合う戦国時代にだけ忍者の存在が浮かんだのか? て話よねー。
グリンカンビ船内に一回アラートが鳴って赤く点滅した。来たか。
「やれやれ、お休みさせてくれないみたい。出撃しまーす」
『ラッテ様、広域ジャミング発生。これはおそらく』
「そうね」
『団長━━』
ルーブからの通信が入って、私は即座に配信をミュートして回線を切り替えた。聞かれちゃダメな情報は隠す。
『発見しました。鬼読め必要なく』
[まぁある程度カラクリは解いて警戒してたからね。映像渡せる?]
『どうぞ』
ぶふっ。何も口に含んでないのにむせた。映像はルーブの駆る隠密特化型、ハイド&シークの視点で隠れ潜む森から上空へ。ピクモンが昨日の成功に味を占めて、謎が解かれないうちに繰り返すと予想して、ルーブとコマチカットの斥候にはストーンリーフのエリア外を警戒させておいた。
まさかとは思ったけど本当に空から来た。完全なアナログで。
映像には首をつままれた子猫のように力なく垂れ下がる重量級逆関節のロボットが、間隔を空けて編隊を組んで整然と飛んでいた。おそらく昨日と同じ二百両。肩と背中に引っ掛けるような見た目の翼が生えていて、翼の後方に四十前後のプロペラが回っている。回しているのは、人間。角度的に地上からは見えないけど、上空に飛ばしたドローンからは、翼の上、プロペラの手前で透明なキャノピーの中、人間がペダルを漕ぐ姿が映っていた。ひとりだけ翼の先にいるのは舵取りかな。そう、ピクモンは、一万人近いチャリ漕ぐ細マッチョを仕込んでいた。正気とは思えない。
『やられたよ。脱帽だ。まさか本物のサムライに出会えるとは』
常日頃他人はモブ呼ばわりするプー兄さんが感動していた。まぁコイツら普通ではないな、うん。
[ニュートリノスキャンを無効化したのではなく、脅威と認識されなかったのね]
『ニュートリノスキャンによる索敵は二段階。素粒子が分子を潜る際のチェレンコフ光を光子スペクトラムアナライザーで解析して、一定以上の質量を持ち、移動していると計測した結果、侵入物を検知する。次に検知した座標にピンポイントレーダーを照射して正体を特定するわけだが、ピクモンは電子機器を一切稼働しないこと、それと広域ジャミングの援護を借りて、プログラムによる情報分析上は鳥の群れと誤認させた。これが不意打ち成功のカラクリだな。ロボットは……、どうだろ。鳥のフンとか?』
まぁ鬼読めで分かるかも、イコール、フェロモン、つまり身体ひとつで電磁波の網をすり抜けるって予想できたけど。それでも多分念入りに風向き風速を計算して、輸送機かなにかに牽引されて勢いをつけて発射されて、浮かせるほどの揚力は得られないからジワジワ降りながら、太腿パンパンにふくらませて乳酸溜めて、突然戦場に現れて度肝を抜いてやるとかドヤってるツラを想像すると……、こっちの顔が熱くなってきた。スベリ芸人の楽屋裏とか見たくない。
[テクノロジーに頼る盲点と言えばそうなるけど、なんか脱力する絵面ねぇ]
『おそらくアナログのみの合戦の中で閃いたんだろうな。重量級とはいえ武器腕以外の武装は外して極力軽くして、あと十分くらいコイツらはペダルを漕ぐんだぜ。イニシエのロマンがここにある』
[えー、これもロマン判定なん?]
『バカなことを真面目にやるヤツはロマンを分かっている。ラッテ、今コイツらを撃ち落とすなんて不粋な真似はするなよ?』
[はいはい、準備中は待ってあげるのがお約束ね。分かってしまえば脅威でもなんでもないし、仰せの通りに。ルーブ、そこはもういい。次の仕込みをお願い]
『了解しました』
会話しながらもヘルメットを被り、マルチロールのΖマグちゃんのコクピットに潜り込む。百式はもう出番なしかも。どうせ広域ジャミングだけじゃない。敵はもう電子戦の対策はとっているはず。昨日のようなハメ方は無理だから、正攻法の空戦で潰してやる。
回線を戻して一言。
「リスナーのみなさん、ここからは実戦のお時間です。もう返事はしないから空の戦いを堪能して下さいな」
電磁カタパルトでぶっ飛び急上昇。Gに強張りながら青空へ。
[ナハシュとナハシュ隊、敵フローター戦車の相手は貴女たちに任せていい?]
『了解だ。腕が鳴る』
武装のレベルを落としているけど、あの戦車って堅くなかったから当たれば問題ない。
[シーバたちはいつも通り、アビャーナの指示を聞いて当てるのではなく場を整えて]
『そろそろ任せて欲しいっス。当ててぇっス』
[ヒヨッコがナマ言うな。アドラー、シーバたちのフォローお願い]
『くっく、過保護。任せて』
[カウリーン、あまり敵をイジメちゃダメよ]
『はーい』
『イジメに……、なるのか』
『なるな』
[花鳥風月、そっちは問題ない?]
『ハッ、現在スクランブル発進中、あと二分以内に本隊に合流します』
『おいっ、新入りの俺は無視かよ』
[貴女は好きに突撃なさいなフーイエ、こっちが合わせてあげる]
『フンっ、士気の上げ方分かってんじゃねぇか』
[本隊お待たせ、空は一気に支配する。エリアF5で地上をからかいながら合図を待て]
『雪中松柏、全機了解』
『はぁ? やれるもんならやってみろぉ』
威勢良く吠えたレーダーに映る最初の敵は航空部隊、ざっと百五十機。こちらは花鳥風月と雪中松柏を合わせて百二十機、数字上は少し不利。ピクモンは昨日の戦いで削られたのにこちらより上。数打ちと偽銘の差か。とはいえ練度は負けてない。八十キロメートル先、互いにマッハ一で接敵まで二分。侵攻を察知してから迎撃体制が整うまでのスピードは合格。
先に仕掛けたのはそちらだけど、タイムスケジュールが同期すると思うなよ。アフターバーナーでマッハ五に加速。
『あれがブルーエンプレス、絶対にナメるな』
『速ぇ』
『202、203小隊、特殊兵装いけ』
『『フォックス3』』
対面のミサイルは回避か攻撃か迷う隙でもないとまず当たらない。私は機体を傾け大きくふくらんで横に旋回。間を置かず百八十度傾け、ミサイルをかわしながら敵のケツにつこうとする機動をとる。敵機も同じ意図の機動をとるけど、音速から速度を落として旋回する時に水蒸気、ベイパーと呼ばれる雲が発生した瞬間、私は速度を上げて突き放し、ターンからの改めて対面から突撃、バルカン砲で撃ち抜いた。そのまま小隊の間を回転しながら通り抜ける。モニターに映るキャノピー越しの敵の顔に思わず苦笑。
『なっ』
『どういう機動だよ、デタラメだ』
『散開、距離を置け、同士討ちが狙いだ』
それはそれで戦いやすい。相手は距離を開けたつもりでも、マッハ三以上を維持できるΖマグちゃんは一瞬で詰める。敵が追いつけない私の後ろをとろうとまごつく間に、一機ずつ着実に落としていく。私からすると時間のかかる戦い方だけどイージーな作業ですらある。そして敵からすると、私ひとりに予定を潰されて焦りが大きくなる。
『くっそもっと遠くから囲め』
『フォックス2』
『適当に狙うな、コイツ白煙も目隠しに利用してる』
逃げ遅れて群れからはぐれた子供を追う肉食獣のように処理しながら、そろそろ視界に入る地上の戦いをモニターで拡大した。
速さは強さ。古代の歩兵隊を狩る弓騎馬隊のように、平原で機動力を存分に発揮してクロスファイアや引き撃ちし放題のフローター戦車は昨日は気持ち良かったでしょうね。今日の相手は同じフローターのナハシュたち。最高速度は戦車のほうが上だけど、なんせロボットの強みは立体機動。横だけでなく上下に照準が振られると、それだけで命中率は下がる。
ナハシュたちは両肩にナパームロケットを積んで平原を火の海に変えた。フローター戦車の弱点は高熱。直接ナパームを浴びなければオーバーヒートで撃てないということはないけど、心理的に熱上昇を嫌って炎を避ける、つまり機動力が落ちる。視界も利かない。一方ナハシュたちは炎を飛び越え最高速度を維持して頻繁に上空から撃ち下ろす。この不利なフィールドを離れようとする戦車はもっと上から雪中松柏に撃たれ、あるいはナハシュたちが同時に高く跳ぶと、敵しかいない水平の射線上をシーバたちがハッピーにトリガー。みるみる数が減っていく。
『航空支援、早くっ』
『地上部隊後続がもうすぐ追いつく』
『それまでに全滅しそうっつってんだよ』
あー、そっちの通常車両部隊にはフーイエが単騎で突っ込んだ。大剣状の高周波ブレードを振り回してわりと無双。射撃メインの集団って懐に入られると弱い。おまけに足が止まって座標特定からの、コマチカット艦隊からの支援砲撃も始まった。
『くっそなんでこうも』
『ブルーエンプレスっ、コイツひとりに狂わされてんだ』
『もういい、301から320までは地上支援に向かえ』
[全機、今]
はい引っ掛かった。戦力の分散は悪手。フローター戦車の頭上、エリアF5は雪中松柏が待ち構えていて、飛び込む敵百機の後ろに上空から花鳥風月が一糸乱れぬスプリットSからの遠慮なくミサイル発射。挟み撃ちで瞬殺した。
『司令っ、退却をっ!』
『まだだ、もう少し耐えろ』
『そんなっ』
奇襲部隊はそろそろ起動するかな。言い換えるとまだ連絡がとれない。と思ったら脳内レーダーにマーキング。おっと来たか。
『今からこっちのターンだぁ』
『くたばれぇ』
『て、チョッ、え? 待って、なんで?』
フローター戦車がボコられる現場からやや離れた山脈に続く小高い森、その端からロボット隊と機械化歩兵部隊が姿を現した。歩兵用の装備も空輸してたのか。まぁそりゃそうか。
そんなドヤ顔部隊に迫る不吉な風切り音。最初から照準を合わせていたコマチカット車両群から一斉砲火。バレバレの奇襲って飛んで火に入る夏の虫って言うのよ?
『えぇー……』
『夢だな、夢に違いない。早く目ぇ覚めろぉ』
『たっ、退却ぅー』
フローター戦車を強制殿にして、敵軍は雪崩をうって敗走した。が、そんな彼らの進路上に、こそこそ背後に回っていたルーブによるEMP爆雷をしこたまプレゼント。先頭車両が止まって後続が玉突き事故。一瞬でほぼ全員戦闘不能に陥った。隠密使いはそっちだけじゃないのよねー。
私も逃げる戦闘機をテキトーに撃破しながら地上を俯瞰した。回線を切り替える。
「情報を制す者が世界を制す。リスナーのみなさん、納得したかしら」
:なにコレ?
:コッワ、え、コッワ
:奇襲部隊、レーダーに映ってなかったよね?
:それな、なんで気付いてたん?
よしっ。配信画面には、わざとコチラのレーダーの光点を全体マップに重ねるってゲームみたいな演出をしておいたから、ちゃんと戦況を読めるリスナーも多かった。狙い通りのコメントきた。
「森を撃ちまくってる機械化歩兵たちをよーく見て」
Ζマグちゃんのモニターに映る地上の兵士を限界まで拡大。フルフェイスヘルメットを透かして、目元になにやらSFなガジェットが。予め何人かにつけるよう命じておいた。
「アテナが誇るイナバンバウ商会の目玉商品、鬼読めです。ピクモンはどうやら電子機器を作動させず、風に乗って空を飛び、己の身体を頼りに気付かれないよう接近したつもりでしょうが、フッ、風上から漂うフェロモンを検知する鬼読めの前には無力。フェロモンを騙す発想はなかったようねアーハッハ」
とか棒読みで言いながら、さっき見た鳥人間コ……、壮大な光景を視聴者に届けた。
:スッゲー
:熱いっ、なんだこの攻防は
:カッケー、それ買う、買います、いくらですか?
ぶっちゃけ鬼読めはなくても良かったけどそれはそれ。世界中の軍が注目するかもだし、売れる時に売れるだけ売ったれ。だから今ウサニーたちはブラック戦士で頑張っている。
CMって大事なのね。




