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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第四章 バダウィ星系
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60.悲願



 時速三百キロメートルほどで飛行するグリンカンビがバックモニターに迫る。私はΖマグちゃんを時速二百六十キロメートルに調整して、ゆっくりとグリンカンビ左翼に開いた滑走路に後退りした。キュキュッと車輪が路面をかむ感覚に胸をなでおろす。これメッチャ楽しいっ。空中給油ってこんな感じだったのかしら。せっかちなパイロットは大惨事になりそう。空中で片付ける態度がせっかちだけど。


『地上電子戦仕様機、EA-801改ナンバリングラスト・極Ⅲ・真Ⅹ・オセ、三番レーンにて暖機運転(アイドリング)中です』


「ありがと」


 元はキャノピーがあった位置のハッチが三つに分かれて開いて外に出ると、整備班からリクエストした機体の通信が入り、私は足を向けた。三つに分かれる意味何だろう? 気取ったスポーツカーのドアが上に開くじゃん? アレと同じ匂いがする。あとマグちゃん百式の正式名称は最初から聞いた覚えがないから知らない。なんかゴテゴテに魔改造されたような呪文が聞こえた気がしたけどもう忘れた。


 無骨な鉄板の階段を軍靴でコツコツ鳴らして降りると、薄暗い立体駐車場のような空間にマグちゃん百式がスタンバってた。静かに熱を帯びた感じが心なしかサウナ室のうつむくオッサンと重なる。仕上がってきたゼ、とかつぶやいてそう。


 このオッサン、じゃなかった、このコに乗る日がくるとは思わなかった。武装はバルカン砲のみ。対地対空どちらのミサイルすらない。電子戦機は後方支援の前提で運用されるものであって、戦闘は自衛以外に想定していないし、エースが乗る機体ではない。でも……、私が乗って味方を活かすとなると、化けそう。いや、化ける自信しかなくてワクワクすっぞ。ドッグファイトも普通はありえないけど、Ζマグちゃんの姉妹機として魔改造されてるみたいだし、戦闘に不安はない。


「ヨロシクね」


 Ζマグちゃんよりちょっぴりふくよかなフォルムのフロントノーズをひとなでしてから乗り込む。システムチェック、オールグリーンを確認して管制員に通信で声をかけると、床ごと機体がせり上がり、さっきと同じ景色、トンネルの滑走路の向こうに切り取られた青空が見えた。滑走路上のΖマグちゃんは担当者が格納済み。というわけで、電磁カタパルトにぶん投げられて高速発射。


 Ζマグちゃんよりほんの少し、体感千分の一秒ヨーやロールのレスポンスが遅い操作性を確かめながらそれでも音速でかっ飛ばし、現場にはすぐに到着した。時刻は八時二十分。予想ではまだ余裕があったはずだけど、すでに戦端は開かれていた。海側が潰されて急いだか。とはいえそれで何かが挽回できるわけでもなし。


『戦車隊っ、おいストライダーもルークアッパーも、後ろがつかえてんだよ先に進め』

『榴弾重ぇ、これ艦砲だよな。航空部隊、船を始末してくれよ』

『こっちを留守にしたらお前らもっとキツくなるぞ』

『チッ、海からも攻撃とかクロスファイアどころじゃねぇコレ無理だろ』

『分かった。ヘッジホッグ、紅電改、全機で艦隊を叩け。そっちが片付くまで地上は守りに徹する』

『無理だな。敵さんも航空部隊増援がお出ましだ。もう補給済ませたのかよ早ぇ』

『アレがブルーエンプレスか。コイツのせいで俺らは……。全機、なにがなんでも落とせっ』

『言われなくてもっ。あっちは飛ぶ前に潰されたようだが俺らは今飛んでんだよ』

『えーとレーダーの光点は五十くらいか。こっちは二百以上、これで負けるようならショージャもナギシリも二度と空は飛ぶなダッセェ』

『フゥー、ショージャのエースは言うねぇ』

『油断するな、情報通りマッハ四を超えた。機動力は旧式じゃない』

『て、ちょっと待て、アイツ……、戦闘機(ファイター)じゃねぇっ! 翼下にジャマー、電子戦機だ、かぁーっ、ナメやがって!』


 ああ、マグちゃんのポテンシャルを知らない戦闘機乗りからすると舐めプに見えるか。守護神(キーパー)がドリブルしてきた絵面だもんね。ハッ、ファンタジスタが魅せプで黙らせてやんよ。


 私の前方数キロメートル先、扇状に展開した小隊から対空ミサイル五発が白煙を噴いた。私は構わず直進。レッドアラートが二回鳴ったところで攪乱電磁波(ジャミング)放射。フォックス1、セミアクティブレーダーによる追尾ならこれでターゲットを見失う。フォックス2、熱源探知なら反応鈍いからバレルロールでかわす。


 ミサイルは微調整の挙動が消えて全弾私から離れた横を通り過ぎた。大半の戦闘機乗りの悪癖。大金を賭けたルーレットの玉の行末の如く、ミサイルを撃つとそこだけ集中して目で追ってしまう。そんな隙をついてノーズトゥノーズにトリガー。


『マクノーチ中佐っ』

『なっ、初っ端からナギシリのエース撃破だと』


 即座に機体を九十度傾けて旋回。ケツにつけてトリガー、もう一機撃墜。機体を水平に戻して急上昇、レーダーで見えてるけど目でもモニター越しの全方位を確認。私を落とそうと三方向から三小隊接近。私の真下に集まったところで特殊兵装のEMP起動、ほんの一秒、半径十三キロメートル圏内にいる敵機がシステムダウン、からの通信。


[シーバ]


『了解っス』


 シンクタップで伝えておいたマーキングエリアに一拍置いて大量の弾幕が地上から空へ。一瞬の逆豪雨が通り過ぎると一秒だろうと無抵抗な敵三部隊十五機は爆散した。


 ガトリングガンを構えてトリガーハッピーなシーバ隊が未熟だから声をかけたけど、ナハシュやアドラーは言うに及ばず、カウリーンやフーイエも問題なく合わせるとはやるじゃん。

 カウリーンは見た目が大人でも中身がおチビちゃんたちと同じだから遊んでていいって言ったんだけどね、戦うことを選んだ。戦闘力は心配ないし、じゃあ私はリーダーとして死なせないだけ。死んでいい仲間はひとりもいない。特攻(ぶっこみ)のフーイエがギリポックリいきそうだけどそれはしゃーないか。とりあえず予備のノーマルロボットに乗せたら喜んでいるから好きにすれば。


 技術班はカウリーンの機体の魔改造に取り組んでいて、フーイエ専用機は後回しにされている。ウーミンインダストリ製のカウリーン専用機は、簡潔に言うと落ちるところまで落ちた時代のメイドインCだった。性能は高いけど、高評価はそれだけ。安全性はまるでなし。使い捨てを使い回すノンデリ設計。武装は廉価版。主要パーツは全部ジェネリックというか他社のパクリ疑惑。鏡面装甲は爪で引っ掻いて剥がれるペンキ以下の見せかけ。人命ナニソレな低コストで結果を出そうとする意地汚さ。逆にそんな機体で良い戦いをされた私は衝動的に惑星ファウトゥースに戻ってゴッズロッドをぶち込みたくなったわ。


 要するに新型に乗り換えたカウリーンは、ちょっと殺られるところが想像できないくらいに強い。本来はタイマンはしないタンク型の遠距離、とどめに突撃スタイルだし、モニターに映る地上はチラ見だけして、私は空に集中した。


 薄い雲の手前で宙返り、急降下で他部隊に突撃。敵の視線が私に集まれば集まるほどハメやすい。視線誘導(ミスディレクション)、手品の基本ね。地上からの攻撃でまとめて潰された恐怖と挟まれて、思考のリソースを削りなさい。


『くっ、カバー頼む』

『フォックス2』

『無駄撃ちするな』


 動線を合わせてもいないミサイルなんて見る必要もない。真上から一機を撃ち抜いて編隊の下に潜り込み、インメルマンターンでケツにつこうとする、けど敵の数が多くて私のケツに複数つかれた。速度を上げてインメルマンターンからシャンデルに切り替え、そのまま機首を左右に振ってロックオンを外そうとする機動の間に後方の敵機は増えていき、三小隊から白煙が迫る。


 フレアをまいて横旋回。熱の囮に向かってミサイルは直進していく。癖なんだろうけど、フォックス2とか言っちゃうと同機体の武装もバレちゃうから気をつけなさい。

 そんな私のケツにさらに増えた二小隊から白煙。ヘッジホッグのメインがフォックス2で、この紅電改はフォックス1、もう一回フレアをまいて通じなくて絶望するとか期待しちゃうの? ナメるな。


 バックモニターを見ながらカウントダウン。十分引きつけてから急減速、横旋回中の機体をさらに九十度傾けて天地逆転すると先行するミサイル二発が機体をかすめて通り過ぎる。


『はぁ?』


 さらに減速しすぎによる失速(ストール)も利用して、電磁スラスターを噴かせて真下にガクンと下がると、数発のミサイルが残像を貫いて、バトンを空振りしたリレーみたいなジャンカジャンカな挙動と共に彼方へ。


『んなアホな』


 落ちる勢いを利用して機首を下に向けながら加速、のついでに九十度傾けると、身体に触れずに回転ドアをクリアするように機体スレスレを白煙が縁取った。


『なんっ、でだっ、よー』


 敵航空部隊全員の意識が私ひとりに向いたところでEMP起動、からの、電子戦機の別の特技、全方位モニターで追跡中の、半径六十キロメートル圏内の全ての敵戦闘機をシンクタップでオールロックオン。でも私はミサイルを持っていない。この情報(バフ)を受け取って強化されるのは━━。


[花鳥風月、やったれ]


『『『『『『『『『フォックス、ワンーー!』』』』』』』』』


 私を中心に周囲に敵機、その外周に敵と動線を合わせて展開していたコマチカット航空部隊、花鳥風月全機から白煙が伸びて敵機を飲み込んだ。一時的にでも味方機の誘導性能を補正する支援機能が電子戦機の要。ジャミングが乱れ飛ぶ現代戦ではこの一時的な優位を使いこなせるかどうかで戦果が変わる。


 四十八機の両翼から対空ミサイル八発が連続発射されて刹那。空一面を白煙の斜線が塗り潰し、交通事故に似た重い衝突音が重なって炎と黒煙が彩り、二百を超えた敵機は片手で数えられる程度に減った。


『そんな……、そんなぁ……』


 地上か空かは分からないけど敵から心の折れる声。残る敵機も瞬殺して制空権をとり、勝負も決まった。


『……全軍、撤退する。ルークアッパー隊、殿(しんがり)を頼む』

『ざけんな無能ぉ! ショージャのミスをナギシリに押し付けるなっ』

『今はそんな言い争いをしている場合ではないだろっ』


 それな。統制のとれない地上部隊に狙いを定め、私を先頭にした花鳥風月のフォーメーションが機銃掃射しながら頭上を通り過ぎる。最初から分かっていたけど、真打と影打はキツい戦争を経験していないから弱い。データ上はベテランが揃っていて兵器も高性能で固めているんだろうけど、ピンチになったことがないから崖っぷちで牙を向くメンタルが鍛えられていない。


 空からボコられ、遠く離れた海から岩を投げられるような砲撃を浴びて、背中から地上軍に追いつかれて、敵全軍、呆気なく消えた。現代戦における数の暴力とは人の数ではなく弾の数。ひとりにつき一分間に数百発の暴力が背後と頭上から絶え間なくは、そりゃ長く保たない。


 空と海から見守られながらコマチカット地上軍は一部の守備を残し、リョフマ担当のエリアの奥へ奥へと進軍した。今ごろリョフマのオフェンス四万はどこかから急いで駆けつけようとしているかも。あるいは間に合わないと見て攻略エリアを先に落とそうとしているかも。余計な情報が多いと判断の邪魔だから殺島全体の戦況は聞いてないけど、そのへんはプー兄さんとノクちゃんにお任せ。


 敵陣だからトラップを警戒しつつも、抵抗がないから特に問題なく最奥まで進み、コマチカットの司令官、コスカルシア少将が指揮車両から降りてひとり、鳥居を潜って神社の境内に足を踏み入れた。レギュレーションというか過去の文化に対する礼儀として、神聖な境内は武装禁止、戦闘禁止だから警戒の必要はない。ちなみに多分だけど、ショージャの闘技場は神社風であって神社ではないし、一国の文化の在り方だから問題ないんじゃないかな。


 司令官の青年将校は私が独断で任命した。実権は握ったけど他所者の私が司令官を名乗るのは無理があって、元司令の逃げ腰侯爵は論外として、現場で指揮を執る意気地のある者の立候補を募ったら、やや地位は弱めだけどやる気はありそうな伯爵家の少将がヒットした。


 空の上、マグちゃん百式のモニターに放送局のドローンが撮影する司令官の彫りの深い横顔が映った。なんかもうグチャグチャな感情に支配された表情は固く、口は真一文字に結んでいる。真打や影打はヌルい戦争をしていて弱い。じゃあ逆の数打ちは強いかというとそんなこともなく。殺島に来る直前、このアラフォー軍人に礼を言われた一幕を思い出した。


「ウッドストック団長、貴女のおかげで全員いい面構えに変わりました。ありがとうございます」


 グリンカンビに帰るための輸送機のそば、故郷と違う長い長い夕焼けを楽しんでいると声をかけられて、傭兵団長というより師団長のニュアンスで呼ばれるくすぐったさをスルーして私は返した。


「まだ始まってもないのに礼はおかしいわよ」

「言えるうちに言っておきたくて。……すみません。縁起が悪いですね。ただ、本当に感謝しています。自分もそれなりに長く軍属ですが、みんなが勝つ気でいる、こんな雰囲気は初めてです」

「まぁずっと数打ちはしんどいって想像つくけど」

「ふふ、八つ当たりな言い方になりますが、貴女のような強者には分かりませんよ。紀元前から戦争につきものの悪徳をご存知ですか?」

「酒、セックス、麻薬(ドラッグ)」

「流石ですね。惑星ムサシの暗部。この星は麻薬が蔓延しています。精神安定剤と銘打って流しているのは国。酒も風俗も盛んですがそっちはまだマシ。庶民の軍属は全員麻薬中毒(ジャンキー)と言っても過言ではない」

「へぇ、廃人だらけには見えなかったけど?」

「そこは国が上手く調整しています。粗悪な品が出回って国が滅ぶとかバカすぎますし」


 ああ、だから宙賊を筆頭に反社がいないのか。本来取り締まる側の国が麻薬を広めて違法密売好きのコイツらが一枚噛むとバッドエンドだから。


「健康を害さない麻薬? ノンアルコールのつもりかよ。やっぱり良いことだけじゃないかぁ。ちょっと幻滅」

「全滅するかも知れない戦場と、全滅しかしない戦場は全く意味が違う。コマチカットの軍属にとってセキガハラの配属辞令は余命宣告です。そりゃ覚悟はできてると口では言える。実際誰も背中は見せずに突撃する。ヘタレ扱いされたくなければ銃をとれ、ここはそういう星と頭では分かっている。でも死ぬ意味はなに? 生きた証はどこ? 国を守る大義もない。お祭り騒ぎで死んでこいって、ラリってないとやってられませんよ」


 あの時悔しさを滲ませて自嘲気味に笑った司令官は今、本殿の紐を引っ張り鈴を鳴らして二拝二拍手一礼。裏手に回って一畳程度の祠の壁に千社札、御札を貼ると、電子チップでもついているのか祠全体が反応して淡く青緑に光った。


 私は中継と通信のボリュームを落とした。その直後、故郷の潮騒のように━━。



 およそ百年ぶりの戦果。コマチカット、偽銘に昇格確定。



 

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