55.武闘
王が観覧する御前試合ともなれば厳かな雰囲気かと思いきやそんなこともなく、試合会場の外も中もお祭り騒ぎに賑わい、六、七メートル四方、石畳のリングを見下ろす神社のような縁側にカジュアルなワンピース姿の女王が顔を見せると歓声が湧き、リングを囲む残り三方の観覧席は売り子がビールかなにかを給仕している。しょっちゅう開催していてどうせ賭けもあるんだろうしそんなもんか。
スタジアムを瓦葺きの屋根が覆うような不思議な造り。神社に見えるけど宗教は関係ないでしょうね。確か神道って流血を穢れとして嫌うはずだから。どこにも日本人が見えないことといい、この日本を描いた外国の映画っぽさに軽い不快感とバカバカしさが込み上げる。
ざっとそんな具合に、私は石畳に立って注目を集めながら視線は動かさずに周りを観察した。青のグラデーションが鮮やかな軍服を隙なく着こなし直立しているから様になるでしょ。少し気に障るのはプロペラのついたドローンが十台前後、周囲を徘徊している。生放送用の機材らしい。
「生ヤバ、スんゲェ美人」
「なにあの透明感、え、向こう透けてるって」
「女が二人か。最近武闘派の女増えてね?」
「アイツ『野獣』の異名持ちじゃねぇか」
「おぉ、そろそろ自前のドレスアームズお披露目とかありそうか」
客席の声を受けて意識を参戦者に移す。左右隣りに立つのは三人。私を入れて四人のトーナメント。情報に乏しい戦国時代初期ならともかく、こんな環境で我こそは最強と自負する武人が四人も集まるってだけでこの星イカレてんなってなる。しかも私と同じく竜騎士を倒すつもりだったのでしょう? ポーカーフェイスが崩れそう。
まぁ三人とも十代っぽいから実績のない向こう見ずな過信に見えるけどね。ヤンキーの喧嘩と違って命懸けだから勇気は称えましょう。
「武器防具は自前、制限時間なし、火薬、電力、その他外部からの供給によるあらゆる手段は禁止」
審判らしき巨漢が私たちの前に向き合い、大声でレギュレーションを説明する。パッと見バーテンダーのような白黒の出で立ちが似合わねぇ。軍のお偉いさんかな。私の嫌いな筋肉至上主義者だよ。前線に出ない老害ほど無益な戦争をしたがるように、頭の足りない指揮官ほど筋肉を求める。人殺しのプロを従えなきゃってプレッシャーに勝つ自信が欲しいってとこか。
「それ以外は自由。各々持てる全てを懸けて武勇を示せ!」
お決まりの文言なのか、締めの言葉と同時にドッと会場の熱気が膨れ上がった。景観に合わせて木枠にしつつも微妙に浮いてる大型掲示板のモニターに組み合わせのトーナメント表が映り、私たちは一瞥してから控室に下がる。個室じゃないのが性格悪い。絶対わざとでしょ。案の定、うざ絡みされた。
「なぁ、その医療ポッド、あんたのだろ? 怪我が怖けりゃ棄権して失せろババァ」
「これは気にしないで。私のためじゃないし、貴方のためでもない」
「じゃあ何のためだよ」
「恐怖をまぎらわすおしゃべりに付き合う気はないの」
「はぁ? ビビってねーわ」
「ホントにそうなら口を閉じてろって言い回しが理解できないボーヤの来るとこじゃないわよ」
「プッ」
「チッ、てめぇ何がおかしいんだ。ババァのあとはてめぇだビーストぉ、せいぜい生き残れ」
とか悪態をつきながら着替えるチンピラに腹筋が壊れそう助けて。鎖帷子の上からめっちゃフルプレートアーマー着込むやん? 中世の本物と違ってひとりで着られる工夫がされてるみたいだけど、肌が露出する箇所はなし。刃が通るのは兜の目元に空いた隙間くらいか。どんだけ斬り合いにビビってんのよ。
口を開くともう笑いが止まらなくなりそうだから、スピーカー越しに進行役から開始の合図が聞こえたのを幸いに、なんかポジションが悪いのかガチャゴソしている鎧は視界に入れずに控室を出てリングへ向かった。まさかこんな方法で殺しにくるとは、恐ろしいヤツ。
リングに立ち、平常心を取り戻すお呪い、巨人になって掌に人を掴んで飲み込む想像をしていたらフルプレートアーマーが対面に立ち、右手に鎖鎌を構え、そこから伸びる分銅を左手を起点に頭上でヒュンヒュン鳴らし始めた。これ以上はズルいってぇ。なんなんコイツ?
「東、ラティシス・ウッドストック、西、ポンペイン・ガット・アッキーナ、始めっ!」
合図とともに私は抜刀しながらダッシュ。両者の距離六メートル程度を詰める。顔を潰す迫力で飛んできた分銅を軽くかわし、宙に伸びた鎖を左手でいなすように叩き、その左手を芯に鎖が巻き取られるから頭を下げてやり過ごすと、敵は鎖を力一杯引っ張った、から私はその力としゃがんだバネを利用して前に大ジャンプ。一瞬で敵の前に到達、鎌を振り抜こうとする右肩に特撮ヲタクもニッコリのライダーキック、体重を預けて地に倒し、肩と喉元を踏みつけ直立したまま私と目が合うギョロ目に刃をブスリ。
「は? ……、し、勝者、東、ラティシス・ウッドストック」
審判は我に返るのが早かったけど、会場は展開についてこれずに静まりかえっている。私は気にせず鎖を振りほどいて控室に足を向けた。
「危なかった、もう少しで笑い死ぬところだったわ」
サクっと殺して熱が冷めた。高周波ブレードが禁止ならあれで大抵の攻撃は防げて、鎖を絡めたら機動力の優位性も潰せて、きっと竜騎士すら殺れるって? 考えの足らないボーヤの発想だったわね。
「なに今の覇気」
「おお、いい得て妙だな。王の風格ヤベェ」
「それな。あれホントに人か?」
「これは……、ブレイクの予感」
控室からも壁に嵌ったモニターで観ていたらしく、ビーストと呼ばれているらしい女性から称賛された。
「アンタやるねぇ。竜騎士がいなくて萎えてたけど最高の御馳走いたわ」
「アリガト、貴女も頑張ってね」
まぁ結果は明らかかな。女のほうは目を輝かせ、青年のほうは下を向いてしまっている。
特になにを話すでもなく待つこと数分。死体の片付けが済んで次の呼び出しがかかった。
モニターを観ると女は両手持ちの大剣、男はサーベルを抜いて対峙する。結果は豪快な瞬殺。女は私のように前にダッシュするやいなや、百九十はありそうな身長を超える両刃の大剣をフルスイング。ボッって風切り音が聞こえそうな剣閃に吸い込まれ、男の身体は防ごうとしたサーベルごと泣き別れになった。パワー凄っ。
「オメデト、貴女もやるわね」
「へへ、どーも」
得意気に控室に戻ってきた女に祝福を寿ぐ。ジロジロは見ないように目線は進行役がなんかテンション上げて叫んでるモニターに向けて、改めて観察。
名はえーと、ハン・ガット・フーイエ。長身、手入れしてなさそうなくすんだ金髪はスポーツ刈り、勝ち気なツリ目、アスリートのカテゴリーでは美女と呼ばれそうだけど色気はなし。タンクトップのような袖なし道着から覗く腕周りは、よく日焼けした小麦色の肌に男ほどじゃないけど筋肉ムキムキ。うーん筋肉至上主義者かぁ。好みから外れるけど、十代は筋肉に憧れあってもしゃーないかな。
「ねぇ貴女、私が勝ったら仲間にならない?」
「断る」
「ふーん? 信念ありそう」
「あるっちゃーある。俺、群れるの嫌いなんだよ」
「そっか、まぁ無理強いはしない。勝ったあと改めて聞くから少しは考えてみてね」
「それって殺さず勝つつもりか。ナメてんな」
「殺すわよ。そのための医療ポッドだから」
「マジか」
「心肺停止から五分経過すると脳のタンパク質が融解を始める。流石に現代医療でもそこからの再生は不可能。メモリーチップを粉々にするのと同じで、メモリーチップは直せても中にあった情報は消える。言い換えると五分以内に蘇生処置を行えるなら殺してもセーフ。これがウチの故郷にあった五分ルールよ(大嘘)」
「アンタのいた星系快楽殺人でも流行ってんのかっ」
「少しは興味湧いた?」
「フン、まぁこんな俺をスカウトとかアンタは面白いヤツだよ。それは認める」
「ふふ、ありがと。美人って見りゃ分かる褒め言葉の百倍嬉しい」
「嫌味に聞こえない自信家って初めて見た」
『あー、ハイハイ、急かさないで下さい。早く決勝を観たい気持ちは私も同じですが、大人の事情というものがありましてですね、いわゆる放送時間余りすぎてどうすんの問題、誰か解けます? それよりホラ、ここスローモーションでもスンゴ。鎖を使ってそんな機動ってワイヤーアクションワイヤー無しでやる人いるんだぁ』
『あ、ああ、まさかこれは、ドラゴンの異名がつく前フリ?』
『やがてドラグーンのドレイク・ハインドが退治するって? そりゃ出来すぎでしょ』
モニターには苦し紛れの時間稼ぎでプレイバックの実況解説みたいな漫才やってる。
「瞬殺って普通じゃないの?」
「普通、ではねーんじゃね」
うーん、普通でしょ。リアルではキンコンカンコン撃ち合う剣術なんてない。一対一に時間がかかるなら多対多の合戦は決着まで徹夜すんのかよ。
確か記録では、決闘十九回に合戦三十九回だったか。矢傷以外に怪我はなく、生涯無敗のガチ剣聖、カウカウ流とリズム芸の開祖、塚原卜伝は一ノ太刀という奥義についてこう歌った。
斬れるー 時にー 剣をー 振ればー ……、 斬れますっ!
当たり前剣法ー、てやかましいわ。これだから天才ってやつは教え方が致命的に下手。要はこの人、後の先のカウンターで全員ワンパンしてたっぽい。
「逆に真剣勝負でどう時間をかけろと?」
「誰だって死にたくないからギリギリの間合いでフェイントの掛け合いを延々やってる感じだな。どちらかが思い切って前進すると一瞬で決着がつく」
「覚悟なんて決めてから斬り合えばいいのにね」
「俺らが異常だとは思うぞ?」
集団縄跳びに躊躇する絵面が思い浮かぶ。縄は刃物だけど。
『オーケーオーケー、これ以上の引き伸ばしは暴動が起きるってか、始めてやんよ。その代わりみなさん、後半差し込む特別番組のご視聴、よろしくお願いします。それではお二方、おいでなさいっ』
なんか放送局も大変ねぇ、とかどうでもいいことを思いながら入場。私は当然としてフーイエも死合いを前に自然体って立派ね。異名がつくくらいだから場数は踏んでるのか。
『東、ラティシス・ウッドストック、西、ハン・ガット・フーイエ、始めっ!』
割れんばかりの歓声を受けて両者ダッシュ。フーイエは先と同じく横にフルスイング。私はスライディングリンボーダンスで剣風の下を掻い潜りながらサーベルを一閃、フーイエの右太腿外側を数センチ斬り裂いた。
「グゥっ」
フーイエは小さく呻くも烈火の迫力はそのまま、今度はやや背後に立ち上がった私に振り返りながら上段から振り下ろす、が、踏ん張りが利かずに速度も重さも落ちている。私はサーベルを斜めに傾けながら受け流し、大剣が上体の隣りを通過するあたりで外側に強く弾きながら一歩前進。右側に重心をかけられると同じく力が入らずたたらを踏むフーイエの右腕を唐竹割り、肘から斬り飛ばした。
「ナメんなぁぁ!」
ククク、ナメてねーよ。むしろ貴女最高。頭から唐竹割りできたのに腕を攻撃した。これで降参すればそれでいいつもりだったけど、フーイエはそうくる予測をして、勝負は決まったと油断した私を殺すつもりだったらしい。ノータイムで私の喉笛目掛けて大きく開けた口から跳んできた。威圧するために怒鳴って、ほんの一瞬でもすくめば儲けものってか。そこをなんちゃって燕返しで一閃。首を下から跳ね飛ばした。そして私目掛けて飛んできた生首の短髪を左手でキャッチ。ガチ恋距離とかいうやつで目を合わせて囁く。
「私と一緒に暴れたければ瞬きしなさい。嫌ならサヨナラ」
ナメてるのはそっち。生き返らせてから勧誘するなんて一言も言ってないわよ。
私は首チョンパされた経験がないから真偽は知らないけど、ギロチンが流行ったころのフランスかどこか、首を斬ったら即死するのか疑問を持った学者がいたんだそうな。その人はギロチンされる罪人に取り引きして、首だけになっても意識があるうちは瞬きをするよう頼んだらしい。イカれた話だけど知的好奇心の業って深いよね。結果は、意識があったのかどうかは不明だけど、生首は数分瞬きを繰り返したんだとさ。
果たしてフーイエの生首は、ゆっくり、ゆっくりとまぶたを下ろした。他人の天使と悪魔の戦いなんて初めて見た。
『勝者、東、ラティシス・ウッドストック』
歓声を無視して私は生首と、フーイエの足首をつかんで控室に向かった。五分で戻るから待ってなさい。
応急処置の手順はレクチャーを受けた。士官学校でもあった気はする。まずは生理的食塩水で傷口を洗う。あ、右腕。ま、いっか。
「団長、お待たせしました」
医療班のエノコが右腕を持って現れた。早い、有能っ。まずは二人で服を剥いだフーイエの身体を抱えて医療ポッドに入れる。次に洗った首の断面に医療用に化合したハチミツに近い何かを塗りたくる。その上からペースト状の何かを混ぜて首と胴体を合わせて固定するとすぐに接着した。ナノマシンが新陳代謝的なアレを代行するらしい、細かい理屈は知らん。
右腕と太腿の切り傷も同じ処置でくっつけたら、チューブの先についた注射針みたいなやつをフーイエの内太腿の動脈だか静脈だかに突き刺しポッドの蓋を閉める。人工心肺の接続は五分以内に余裕で間に合ったからこれで大丈夫。ポッド内は羊水みたいな何かに満たされ、ここからは時間をかけて身体を修復する。と言っても一日あれば完治かな。
「あとはお願いね」
専門的なことはエノコに任せて、私はリングにインメルマンターン。いや宙返りはしないけど。
『あ、主役が帰ってきました良かったあのね勝手なことされると困るんですけどそのへん反省して頂きた━━』
「人命より大事なこと? 貴方の優先順位はそうなのね覚えたわ安心して」
『え?』
「貴方の命はスケジュール帳より軽いのでしょう? 立派なプロ意識よ」
面白味のない人間と関わる気はない。あとは表彰式みたいなセレモニーで騎士爵をゲットすればミッションクリア。さっさと片付けて帰りたい。
そう期待して正面の壇上、女王が観ているはずの御簾を見上げると、迂回して青年が現れ近付き壇上から言った。
「気に入った。お前、私のものになれ」
オゥエ、栄養の乱が反射で出ちゃったイッケネ。ゴメンねフーイエ私貴女にこんなのしちゃったの? いやこれはないよね、ナイナイ。はー、めんどくさ。




