48.速攻
気温六度、湿度二十二パーセント、風速十二メートル。ファウトゥース基準では微風とはいえ遮るものがない地形と惑星全体に占める砂丘が広すぎるせいか、一日中収まることのない砂嵐で視界は利かない。豪雨の中を愛車のハムスターで駆け抜ける感じ、て走れとるやないかーい、てね。墜落のない地上ではたいした障害でもない。
でもふと思ったけど、もしかしてこの星、山脈とかそういうのも砂嵐で削られて風化してる? いくらなんでも百年二百年でそこまでの変化はしないか。一生やまない星の喘鳴を聞いていると気が滅入るわね。鉄錆の匂いにつられて窓の外の曇り空と雨粒を零す紫陽花を見てポードレールの詩集を開く乙女、なんて感受性育たないじゃん少し同情するかも。乙女がセンチメンタルに死の舞踏を詠うかはほっとけ。
軽量高速機動をいいことに単騎駆けする私の脳内に詳細なデータが送られた。コッソリ私の前に先陣を切る斥候、ルーブの駆る機体、ハイド&シークからアドラーの駆るフォルケを介して情報が共有される。
ルーブ専用機は隠密特化の軽量四脚。足はクモのように広がり、上体を倒すと正面投影面積が戦車並みに小さくて、起動中は光学迷彩がデフォだから視認は難しい。リュクザイテ社を彷彿とさせる流線型のスベスベボディは形状も素材もステルス仕様で電波探知にかかり難く、全てのブースターとモーター周りにテシガワラ重工が嫉妬しそうな高性能冷却装置を配して熱源探知もすり抜ける。ルーツはイヤホンらしい軍用に転化したアクティブノイズキャンセリング搭載で音響探査も素通り。静音性もこだわってロボットのくせにモーター音どころか足音も微か。スカアハ並みに重力制御を仕込み、足裏の掃除機的な吸盤を稼働すると壁も天井もカサカサ歩けるとか、性能だけ文字にするとまるで台所のアイツ。
こんな無敵の反則機体はアリなのか、というと実際はあまり使えない。まずグリンカンビにはニュートリノスキャンって素粒子を利用したレーダーがあるから普通にバレる。あと光学迷彩は移動するとズレるから、二枚の絵を見てアハ体験くらいの違和感は与える。敵も自重なしの空中管制機を使うようになればルーブは隠れられない。ファウトゥースは空が死んでるからハマる。じゃあよけいに各企業が使いそうなもんだけど、金がすんごいの。しかもニュートリノスキャンは主要基地周辺には多分配置されてるから使い所がないという。さらにハイド&シークは生存第一に考えて武装が貧弱。後背右にEMP爆雷二ダース、左にスモークディスチャージャーと妨害のラインナップ。左腰に装着された警棒のような伸縮自在の柄を抜くと後腰に隠れた死神の鎌が現れるけど、これは万が一周りを敵に囲まれた時の非常手段であってほぼ飾り。四脚にサーベルは間合いが足りないから長柄は当然として、実用性の怪しいロマン兵器なのはセットアップした誰かの趣味。
あとまぁ単独で敵陣に近寄り情報を取る斥候って誰にでもできることではない。ルーブにバスティン、それに父さんなんかも影の薄さを日常的に利用していたフシがあるけど、あれもシノビの才能なんでしょうね。
ふむふむ、砂塵の向こうに展開するのはテシガワラ重工製のフローター戦車八百数十両。基地にかき集めた分を全部投入してきたかな。基地在住のVIPどもが前回落とされてビビってるのか。他星だったら戦闘機による制空権の奪い合いから始まるのに、高速移動できる戦車で突撃って、ああ、歴史上たまに変な兵器が散見するように、やっぱ企業主導で戦争やってると認識がズレるのかも。どうして制空権が優先されるのかって上をとったほうが勝つからじゃん? 移動制限のない戦場で空中機動可能なロボットに戦車をぶつけるって、これ指揮官素人だな。先日巨大メロンを撃ち落とされたからって戦車のほうが強いつもりなのかカワイソー。
[後続ロボット部隊約百両が接近中、合流される前に潰すわよ]
『了解』
『やれるもんならやっ━━』
視界を塞ぐ砂塵越し、時速約三百キロメートルで爆進中のフローター戦車に同伴できる性能の装甲車かなにか、指揮官は上空からアドラー機が撃ち抜いた。コソコソ敵陣の背後に回って優先目標を探ってアドラーに伝えるのがルーブの役割。ロックオン補助はミサイル攻撃に利用されるけど、狙撃の精度も上げられる。非常識な弾速のまえに強風も距離も関係なく貫かれて爆散。
『はぁー? レーダーの精度高すぎだろ』
『チッ、散開して射程に入り次第撃てっ』
ちょっと遅かったわね。空気を切り裂く音が連続して、敵集団の進む先の左右に長く長く炎の壁が立ち昇った。コールサインはチャリオット2から7とかスペードやダイヤに合わせて振られているけど、全員まとめてナハシュ隊と呼ばれる不遇なオッサンたち、四十六両のフローターロボットによるナパームロケットの仕業。テルミット反応も利用したジェル状の発火物は強風に消されることもなく三分ほど燃え続ける。
ロボットの一番の強みは汎用性、戦場や敵に合わせて武装を変えられること。敵の戦車もロボットもフィンだらけ、つまり表面積を広げて高速機動による空冷の効率を高めるなど、高熱を発するパルス弾連射によるオーバーヒート対策が見て取れるけど、言い換えればそうでもしないとオーバーヒートしちゃう機体の弱点は高熱でやんす、じゃん? そりゃ高熱浴びせたくなるよねウリウリ。
戦車は高速前進中に止まることも横に広がることもできず、死の花道を直進するわけで、炎の壁に誘導された道の長さはせいぜい三百メートル、時間にすれば一瞬で通り抜ける距離だけど、最新兵器に更新した現代戦でその隙は崖から飛び降りる普通のレミングスでしかない。ついでに炎の壁は逆ハの字って視覚トリックのトラップつき。
先行する私は、固まった中央のやや上をくるくる回って踊りながら両手に持った二丁の火炎放射器でさらなる炎をプレゼント。敵が砲身を向ける隙も与えず後方に駆け抜けた。破壊するほどの威力はないけど、数秒はロクに攻撃できなくなる。それで充分。
次いで正面からナハシュの号令一下、ナハシュ隊によるアサルトライフルの斉射。基本旧式以外の実弾系の銃火器はレールガンになる。高負荷の電圧や摩擦熱で砲身が溶ける問題さえクリアできれば火薬よりあらゆる面で優れているから。特に初速用の薬莢が小さくて装弾数が景気良い。鏡面装甲にも使われる摩擦係数が限りなくゼロの素材が凄い発明らしいぞ。ショットガン? 完全な趣味でしょ。
私やルーブを除いて両軍の距離は二キロメートル、向こうは射程に入ってないし、指揮官の乗る支援機を潰されてレーダーの共有も消えた。肉眼は当然見えない。そこへ二十三両が横に並んでフルオート。秒間十数発の9mm弾は火薬の時代と重ねると頼りないけど、空気抵抗で減速するとはいえマッハ三十三くらいって冗談みたいな初速だから、相手の正面装甲が宇宙仕様に硬くても数撃ちゃ貫く。
先頭の戦車群は子供に蹴られたミニチュアのようにまとめて宙を飛び、後続もそんな味方の塊を受け止めたり蜂の巣にされたりで玉突き事故が起きる。全体が止まった所に上空へ跳んだシーバ隊からさらなる弾幕。
人型のフォルム。特に軽くも重くもなく、特に速くも遅くもない、クセがないことが強みの機体はパイロットの成長に合わせて一両一両外観も性能も変わってきている。成長というか整備班たちと組んで遊んでいる。機体は変に愛着を持たず消耗品って割り切らないと危ない、という常識もあるけどそのへんは天性の生存本能が優れているから大丈夫と思いたい。
この娘たちも……、すっかり戦士の風格が出てきた。おもちゃを与えられて調子に乗るチンピラじゃない。自分の意思でチャンスを求め、磨き、戦い方を身につけた。ガンナー、マークスマン、サポーターの三人一組で戦う九人は戦況を読み取り、今や通信を、言葉を必要とせずに連携をとる。
敵は止まった前列に気をとられ、高熱にさらされ上空に弾幕を張る余裕もなく、命令系統が絶たれて後退もままならずに立ち往生する、そんな隙をついてシーバ隊は中空を高速前進しながら全員実弾連射系のメインウェポンを浴びせ、八百数十両の戦車群はまたたく間にスクラップと化した。ナハシュ隊の残り二十三両が両サイドに散って炎越しに外周を刈り取る。生存者は多少はいるだろうけどもう脅威ではない。
[討ちもらしは無視して各隊前進、後続を一気に潰す]
『了解』
アドラー経由でルーブからのトラップ設置報告を見て思わずニヤける。そっかー、ハメちゃうかー。なんか敵は仲間割れしてるし、士気とかまるで感じない烏合の衆ね。
『はぁ? もう壊滅ってなにやってんの?』
『なにが新型戦車だよ。てんで弱ぇじゃねぇか』
『訓練不足で使いこなせてないだけじゃね?』
『るっせ、模擬戦ではテメェら木偶の坊をボコったの忘れたのかよ』
『うぅ、ユーク、テス、みんな』
『コイツらが異常なんだよ。お前ら新設のアサルトリープスとは次元が違う』
『そもそもあの修羅の星の傭兵をたったひとりで瞬殺した化物が仲間を率いてって勝てるかンなもん』
『だっ、黙れっ、エースだかなんだか知らんがビビりすぎなんだよっ』
『そうだっ、戦争はひとりでやってんじゃねぇんだぞ』
『俺らひとりひとりが命を懸けて届かないわけあるかぁー』
『そうだよっ!』
シーバ?
『戦場は、オレらひとりひとりが命を懸けて立ってる。全員等しく、あっけなく死んでいく。でもなっ、エースは、いっつもひとり、平然と笑って一番危険な死線に立ってんだよ。背中でオレらを引っ張ってくんだよ。なあ、オレらの王はカッケーだろ。テメェらの王はどこでなにしてんの? そこにいないならなおさら、味方に文句を言うひまあるなら生き残る方法死ぬ気で考えろやぁ!』
それはそう。王に逃げられ、一体誰の命令に従って戦っているのやら。辞令を受けて出向してきたサラリーマンが私たちと戦いになるわけもない。自分の戦場を間違えている。
ロボット部隊約百両との会敵まであと一キロメートル。じゃ、そろそろ。私はルーブのコールサインを呼んだ。
[アシェムートン、お願い]
私たちの先にばら撒かれたEMP爆雷起爆。音はなく、見た目もなにも起きてない。けれど、そのエリア上を走り幅跳びに似た挙動で移動していた敵機約百両は地に転がった。どれも重量級の逆関節だから、久し振りに全力疾走するつもりで身体に裏切られた運動会パパみたいなコケかたまではしなかったけど、ひざが逝ったメタボの悲鳴は聞こえそうな鮮やかな電源オフだった。
EMPというのは、古くは太陽風になでられて都市まるごと電子機器が壊れたような現象を人為的に起こすイヤらしい兵器になる。とはいえ流石に現代は対策がとられている。強大な電磁波を浴びても一瞬耐えて、その一瞬でキャパオーバーする寸前にブレーカーを落としてやりすごす。だからロボットたちはすぐに再起動する。立ち上がる。さっきの炎で炙られた戦車と同じ、その数秒の隙が命取りなんだけど。
さっきと同じく隊長機は最初に狙撃され、私は転がる機体の上を通過しながら火炎放射器で炙ってあげる。その上からナハシュ隊のナパームロケットが砂嵐を伴奏に風切り音を重ねて降り注ぎ、半包囲からのアサルトライフル斉射、シーバ隊が私の後を追うように中空を飛びながらとどめ。ぶっちゃけ連射系の武器をそろえて適切に運用すれば大軍も簡単に消せる。だから他所では回避特化の戦闘機で戦局が決まる。避けられなければ全部かかし。せめて戦力は集中させればいいのに、時間差でぶつけて各個撃破されるって戦略シミュレーションゲームの敵CPUかよ。
『な、こうなるよな』
『十年実戦やってないってキッツいなー』
『砂地に寝転んでライブ観てる俺らもたいがい場馴れしてるけどな』
『結局若いのから先に死んで俺らベテランが生き残るんだよヤになっちゃう』
戦車隊の生き残りのおしゃべりは無視して前進。パチカスセントラル基地まで六十キロメートル、十分ちょっとで着く、まで余裕があるから多分大勢観てるはずのリスナー向けになにかしゃべるか。言われて思い出したわけではない。
[ずっと視界が砂嵐も飽きたわね。あとこの星、サソリがいないのガッカリ。私ねー、サソリ好き。触れないけど、アイツカッコいいと思わない? 昼は酷暑、夜は極寒、エサの少ない過酷な砂漠に潜み、全身鎧、両手はハサミの武器腕、八脚で機動力を確保、尻尾に毒。コイツよりコンセプトが戦闘特化の生物他におる? 戦闘のために作られたロボットですら毒ガス散布は止めとくくらいの遠慮はあるっつーの]
『ボスも口から毒吐くからイーブンじゃね?』
『空飛ぶから上っスよ』
[誰が上手いこと言えと]
失礼しちゃう。




