46.暴走
「改めて、よろしくお願いします」
「気楽にいきましょ気楽に」
自室のモニター越し、アテナのメタバースにて、私はウサニーの硬い挨拶を軽く流した。偏見だけどゴールまでスベリきったアバターを期待したのに、実物に似た普通の人間で話しかけられて逆に恥ずかしくなったから。頭上にラティシスの表示が出てるムササビが寒いじゃねーか。
ショキープ王国と周辺五ヶ国くらいを巡り、観光は一週間ほど満喫した。星間ワープの費用以外は必要ないから景気良く爆買いしてたのに、なにがいいのかそんな配信まで好評でまだ金が入ってきそう。まぁ外の人間が自分の地元を楽しむ姿は微笑ましいのか。動画の人気ジャンルだったわね。四割嘘か編集マジックだと思うけど。私たちが遊び歩く裏では、世界は荒れてるから余計ウケたのかも。
一応旅行の作法として、地元民のオススメスポットなんかも覗いてみたけどそっちはイマイチ。知らない人の生家とか知らない歴史的事件現場とか、元ネタが分からない名所史跡はこれといって印象に残らなかった。ただ、新しいスポーツがゴールまでスベリきっててオモロかった。VRゴーグルをつけたにいちゃん五人と五人が技名を叫び続け、観客はファンタジー空間を映すモニターで観戦する、トレーディングカードゲームとサッカーがくっついて派手なエフェクトを見せたいらしい球技王とかいう謎の試合にハマった。まぁ三試合も観ればお腹いっぱいだけど。やっぱ普通のサッカーがオモロいやん、てファウトゥース星人が正気に返るのは一年後くらいかな。ゲームはルールがシンプルであるほど受け入れやすいから、ブレイクスルーは絶望的のような。あ、でもそれをいうならアルティメット鬼ごっこはちょっと感動した。鬼は利き腕が炎のエフェクトに包まれるとタッチタイム三秒、超えるとチャージタイム五秒。ルールが簡単で三秒間の攻防が熱いけど定番スポーツになるかはビミョーな絵面。あとVRの必然性がエフェクトだけって弱点が。
一通り周辺で見たいものは見て、食べたいものは食べて、特に治安の悪いトラブルに巻き込まれることもなく、売名目的でナンパしてきたらしき有名配信者だかなんだか知らないガキの両肩の関節を外して愛車のハムスターにロープを繋いで市中引きずり回しの配信で望みを叶えてあげたあと、ウサニーを筆頭にイナバンバウ商会の社員やその家族、約千人を迎え入れて宇宙のアテナに帰還した。ほぼ全員移住を選んだらしい。戦争に付き合うくらい情に厚い社長だし、そりゃ慕われるか。この人たちを守るためにも、地上は結構危なくなってきたから離れておかなきゃ。
「お、そろそろ始まるっス」
「あの、これはなんのレクリエーションでしょう」
「ウサねーさんとは無縁そうなドンパチの世界へようこそ」
たったか駆けてきた白い狼、フェンリルがごく自然に私を頭に乗せてウサニーにも声をかけた。人懐っこいシーバのコミュニケーション無双に感心しながら私も答える。
「この星、砂嵐が邪魔で戦場がロクに見えないじゃん? 思えばだからこっちはエンタメ方向が廃れたのね。それはともかく、報道の映像と、あれをこーしてズキューンな裏ワザでゲットした情報を合わせて、ここ最近の戦況を整理してみんなで共有しとこう、という暇潰しよ」
「えっと……、一般人のわたしも見ていいのでしょうか?」
「アテナはそういう線引きあまりないから大丈夫。ブリーフィングは参加者を選ぶけど、機密保持とかじゃなく、参加しなければいけない立場の人が参加してなくて気付かなかった、みたいなイージーミスを防ぐためだし、むしろファウトゥース星人の意見も参考になるかもだから興味があれば一緒に見てちょうだい」
「本当に線引きないですか? あれをこーしてズキューンな裏ワザが気になるのですが」
「私の兄がどこまでハッキングしてるか聞いちゃう?」
「ハッキングって言っちゃうんだ」
ドン引きウサニーはスルーして広場の巨大モニターを見ると映画のようなカウントダウンが始まった。
世界地図を拡大していき、セネナゼーデン王国の国境三ヶ所にマーカーがついてバツ印。プー兄さんの声が解説を始めた。
『一週間前、表向きは同盟、実質傘下にあった周辺国がセネナゼーデン王国に宣戦布告と同時に侵攻を開始した。軍事の暴走が目立つセネナゼーデンを抑える、という大義名分だ』
「大義名分って昔の戦争の作法ね。つまり王都上層まで攻めて降伏させるまで止まらない、と」
『もともと約十年前に鎮火した、世界大戦に突入しそうな残り火が再燃した感じだな。発端は不自然な圧勝に不正がどうこうってありがちな口喧嘩らしいが、世界中がエスカレートを見越してコッソリ軍備にチカラを入れて、この十年の平和で人口も増えて、はけ口を求めてドカーン』
アバターに表情の変化はないけどなんとなくウサニーを見て思う。ひょっとしてファウトゥース星人は最悪のシナリオが視えてない? 極小確率とはいえ、もう明日にでも惑星ファウトゥースが消滅するオチがありえるんだけど。例えば自国の地下をマントルまで掘り進み、最大威力の反応弾を起爆とか。全員を道連れって狂気の所業なんて誰かが止めるはずだけど、ホロコーストのように狂気の所業を誰も止めない前例はあったから、小国相手でも追い詰めるような真似は厳禁とされる。なのに大国相手にやっちゃうのか。
『国境に配置された基地三ヶ所の攻防は奇襲の成功もあって周辺国の完勝。その後、トラップや砲撃による足止めをくらいながらもゆっくり進軍、三国それぞれが軍事的なハブ機能を持たせた重要拠点の攻略に乗り出した。非戦闘員も混じっているから実数は減るが大雑把に、基地に駐屯しているのは師団一万名。対する攻め側は軍団二万から四万名。この激突が同時に三ヶ所で起きた』
映像は三分割だけどどれも似た絵面。そのうちひとつが拡大して、ダムを連想する分厚いコンクリートの壁に囲まれた広大な基地を俯瞰。からのやや離れた障害物のない平らな荒地に両軍が布陣して、壮絶なドつき合いを始めた。
「あの、この映像はなんですか。砂嵐がない?」
「映像はフィクションよ。アテナの技術、凄いでしょ」
だからほぼ嘘。両軍のレーダーや通信、司令部に届く情報を分析して戦況を再現しているけど、リアルさなんて追求はしていない。そんなに弾筋見えるか? てくらい大袈裟に光る射線が戦場を覆っている。
『兵器開発は共同だったからお互い編成は似ている。ロボットは片手で数える程度。主力はフローター戦車。高速で撃ち合っているのと視界の悪さと射程の短さで命中率がお粗末すぎる。どんな戦場を想定して作ったのやら。最前線はフローター戦車が文字通り回避タンクしている後ろ、数は一番多い機械化歩兵が塹壕に隠れながら曲射で支援砲撃。これも互いに同じ戦い方で運任せに近い。基本この星の戦争は砂嵐とジャミングで時間がかかるな』
だから私の近接特化が刺さる、ともいえる。
『ただしセネナゼーデンは国境に集中させていた精鋭部隊を潰されて、守衛は質も士気も低い。周辺国は勝算があるから動いたわけで、数を揃えているし勢いがある。ある程度最前線が削れると、歩兵戦車を盾に自走砲などの旧式安価な質量兵器部隊が前に詰めて均衡が崩れた。そこへコイツが登場する』
うはっ。なにも口に含んでないけど噴き出しそうになった。見たことのないヘリコプター? 直径二百メートルはありそうな球体の上部に長大な二重プロペラが四枚、やや斜めについている。球体は網目状に穴が空いていて、全身メタリックシルバーに油膜のような緑の強い玉虫色。まるで巨大メロン。らっきょといいなんだろこのセンス。
『セネナゼーデンというかテシガワラ重工の切り札、全天候型攻撃ヘリHU-z、アスモデウス』
名前だけカッコいいのヤメロ。
『戦闘機の類いも対空兵器もほとんどない状況を逆手にとったコンセプトの機体だな。空は高速機動しても事故率が高すぎて使えない。じゃあ低速で、その代わり宇宙戦艦並みの防御で固めてやれ、という装甲を地上に向けて、網目から弾数実質無限のパルス弾を豪雨のように降らせて殲滅する巨大兵器。実にいいセンスじゃないか』
フェイク映像とはいえ絵面はひどいもんだけどね。上空百メートルくらいから降り注ぐ火の玉。そんなメロンに向かって地上からも無数の火の玉が。あれっ、これって。
「めっちゃ当たってない?」
『ウム。普通に戦車の射角に入った。無反動のパルスキャノンは仰角六十度までイケる。こんだけデカい的に撃ちまくれば網目を潜って本体に結構当たる』
「仮想敵は他社だもんね。身内とか想定外の戦いがいかに脆いか、良い教材になりそう。あ、落ちた。終わり?」
『ああ。三ヶ所の基地全てに投入されたがどれも瞬殺された。このあたりが報道でうやむやにされている。そしてこの後が、世間がなにが起きたか把握していない問題シーンだ』
瞬殺といってもメロンのほうも広範囲にDPS、瞬間火力が凄まじかったから周辺国軍も勝ったと喜べないくらいに減らされた。そんな敵味方合わせて数万の死傷者がいるであろう戦場に遥か上空から一条の光がほぼ真下に。なに?
『実際は光ってないミサイルだ。どうやらテシガワラ重工も知らない、周辺国が秘密裏に開発した中距離弾道ミサイル、ゴッズロッド』
マジか。ロマン兵器の神の杖、コイツらも作っていたのか。映像はフェイクだから一時停止、空のミサイルが拡大されて解説が入る。
『本物のゴッズロッドは惑星サイズにもよるが、大体高度三万五千キロメートル前後の静止軌道から特殊合金のような重くて耐熱性と硬度の高い棒を落とす究極の質量兵器、という定義になるが所詮はフィクションの話であって実際は使えない。ただ、重くて硬い棒を第二宇宙速度以上でぶつける、という意味で良ければ自重なしのレールガンとして成立する。これはそういう兵器だ。ミサイルの内部に戦艦級の主砲と同等のレールガンを仕込んで発射。口径三十ミリの長さ一メートルにも満たないタングステン鋼を空気抵抗で極端に減速しない至近距離から推定秒速三十五キロメートルで撃ち抜く破壊力は、ご覧の通りだ』
ミサイルから発射された光条は基地中央を貫いた。ドーナツ状の土煙が広がり、基地ごと地面が落とし穴のように消えて、半径一キロメートル以上はありそうな敷地を囲む壁も自重で崩れながら穴に吸い込まれた。ああ、下に地下都市ありか、て、まさかそういうことか。
ドン引きしながら見てると案の定、レールガンを撃ち終わったミサイルも遅れて穴の底に飛んでいき、フラッシュ。
『流れ弾だからしょーがない、という言い訳だろうな。さらに』
「えぇ……、まだあんの?」
『この攻撃をもっていったん周辺国の軍の生き残りは撤退したが、今度はセネナゼーデン軍が三国それぞれにアスモデウスを単騎駆けさせた。三機のアスモデウスは高高度からステルスで王都上層に接近、上空からパルス弾連射、するもやっぱりあっけなく撃墜された、が、先の機体とは違い、何故か地上に落ちたあと、反応弾レベルの爆発が起きて、地上の防衛基地ごと三ヶ国の地下王都の一部は蒸発した。八時間前の話だ』
「えぇ……、それ言い訳可能?」
『旧式のジェネレーター、核分裂炉を使っていたからこういうこともある、じゃね?』
「国外への軍事行動は? 破っちゃってんじゃん」
『革命が起きてセネナゼーデン王国は消えたから約束もチャラ、じゃね?』
無茶苦茶だ。こんな話はニュースで流れていない。今現在は国境付近で情報が止まっていて、大地震が起きたかもと世間は混乱している。終末を目の前に突きつけられてマスコミはフリーズしたのか。報道したら暴動が起きるだろうし。てかこれは予想通りにやっちまってんな。トップ層が正気ではなくなっている納得のいく理由がひとつある。まぁ正解不正解どっちでもいい。酔ってようとラリってようと軍人以外も大量に殺したことは変わらない。心神喪失だからしゃーないって地球の意味不明な言い分は通じない。
「これは……、嘘、ですよね? 悪質ですよ」
ウサニーのアバターは無表情のまま、震える小声で誰にともなくつぶやいた。
「地球の深海には嫌気生物が眠っていたの」
「?」
「文字通り空気を嫌う微生物の総称で、身近にいる有名なヤツはボツリヌス菌やビフィズス菌。人にとって有益なヤツも有害なヤツもいる。深海にもいて、眠っているのはそんな場所にも酸素を運ぶ『流れ』があったから」
「はぁ」
「この『流れ』は世界中を巡る。海水はマイナスまで凍らないから、北極南極でキンキンに冷やされ底まで潜り、百年かそれ以上海底を旅しながら温まって上昇していき、水泳の息継ぎのように海面まで上るとプハァッと酸素を取り込み、また極点で冷やされ潜水する」
「あの、一体?」
「この『流れ』、地球最後の資源を海洋深層水と呼ぶ。たかが一歩先も読めない企業が根こそぎ汲み取り、地球の崩壊のとどめを刺した」
「!?」
「深海に眠る嫌気生物が無酸素になったおかげで目を覚まし、分裂する際に硫化水素を発生させる。人間も含めて大抵の生物はひと吸いで即死する猛毒ね。一匹一匹は微々たる量だけど、海は広く、深海生物は地球全体の一割を占める。硫化水素は水に溶けやすいから、予兆は魚やイルカなどが大量に浜に打ち上げられる不審死だった」
「……」
「硫化水素は海水より軽く空気より重いから地表に溜まる。気付いた時には遅すぎた。そして人類の地下生活が始まり、一部は高層ビル群に暮らし、荒れた世相を反映してディストピアの幕開けとなる。付け加えると海洋深層水は海を冷やす保冷剤でもあった。それを自分が奪っておいて極地の氷が溶けた大変だぁとか、海水温度が上昇してるぞ温暖化のせいだ脱炭素ガンバローとか本気で言ってるならスベリサイコパスな企業。欲望一直線の知性を持たないコイツらを好きにさせたら悲劇、というのが歴史をかじった私の常識よ? だから今のこの状況は……、妥当」
ちなみに恐竜絶滅の原因もこれだと思う。海溝ができるような巨大地震で一時期『流れ』が途切れたとか? 少なくとも隕石衝突説はありえない。だって核の冬状態で凍死したというのであれば、化石の多くは身を寄せ合ってないと辻褄が合わない。蛇でもペンギンでも寒ければ仲間と温め合う。ディストピア以降は考古学は廃れたから恐竜の謎は今となってはただのロマンだけど。
「そんな……、企業が全部悪いのですか?」
「そうじゃない。誰が悪いって犯人を特定できる話ではない。視野の狭い政治家が一番悪いのは当然として、有識者を自称しながらこの程度の警鐘も鳴らせない無知蒙昧の輩が悪いし、海洋深層水の商品をなんの疑問もなく買う大衆も悪い。地球が崩壊した原因は無数にあって、これはそのひとつってだけのこと。地球の歴史はしくじりだらけ。せめて繰り返さないように気をつけないと地球人を笑えない」
『さて、とりあえず今は小康状態だ。周辺国はトップがやられたのか沈黙。情報を拾うと話し合いと暴力半々の権力闘争をしているっぽい。セネナゼーデンもこれ以上はやりすぎを自覚しているのか、壊滅した都市の復旧を優先している』
まぁ地上が丸見えはいろいろ不味いでしょうね。
『他国は傍観かというと、今荒れてる。ウーミンインダストリは沈黙。どうもこっちも権力闘争やってる気配はあるが、暗殺メインで粛清中らしい。企業を吸収して王政トップに戻しつつあるシャンデストリ王国は、やらかしに気付いて同盟国と会議中……、ん? きたか。ラッテ、ワートアーク王家から打診だ。ここはシャンデストリの同盟国。ジャンデストリはお前と対話しないとか言っちゃった手前、今さらコンタクトは取れない。お前に宇宙軍潰されて軍事力ボロボロだし。まぁ王政復活グループの総意としての依頼だろうな。暴走したセネナゼーデン潰しに協力してほしい、だとよ』
ほっほう。結局使える勢力は最初に喧嘩を売ってきた国とかこれは予想外だった。




