45.企業
暴風をねじ伏せスカアハを駆って空を飛び、セネナゼーデン王国王都上層に位置するナントカ基地までほぼ一時間かかった。思ったより遠かった。航空法? この星誰も飛んでないし、もうなんか今さら感。
そっちに待機していたグリンカンビに合流したころには要求が通り、公共電波に乗ってセネナゼーデン王国高官から声明が発表、無事撤収作業を片付けてとりあえずアテナに帰還した。
セネナゼーデン側からすれば屈辱の敗北宣言。国のメンツを勘案すれば私の要求なんて無視一択なのに従ってしまった。よっぽど基地内にテシガワラ重工の大事なものがあって、爆破されたくなかったらしい。まぁほぼ確実に、重役以上が重役出勤とか言ってダラダラしていただけだと思うけど。
私たちはこれといって誰かと交渉することもなく、数日機体整備に充てて休養をとった。優しく扱ったのに回し蹴りもダメ? あっそ。まぁ戦車同士も正面衝突したら凹むのだから、戦車より遥かに精密機器なロボットはオッケーとはならんか。それはさておき大きな目的は観光だから、グリンカンビに機体を詰め直して惑星に降下した。グリンカンビは戦艦級に大きいけど、ロボット約六十両の格納はすし詰めしていてちょっと狭苦しい。いざ増えてから困りたくないし、拡張するよう頼んでおこっと。
降下先はショキープ王国。先日の戦場の通信は垂れ流しだったから、国民のアタナシア・レミングスへの好感度はストップ高。映えを意識した言動だったから狙い通りとはいえ、やりすぎたかも。公的には私たちと無関係なショキープ王国のほうも、多分捕虜を返す条件とかでガッポリ賠償のうまみがあるだろうし、着陸申請に応じた王家というか行政筋からも歓迎された。
まぁ裏側をバラすと、私は参戦直前で察したけど、やっぱりプー兄さんとここの王家が事前に組んでいた。義勇軍なんて私が気に入りそうな情報ありきだとは思うけどそれだけじゃない。例によって戦争の勝敗とかいつまでに終わるかなど、多くの国民が一口乗るギャンブルになっていたわけで、テシガワラ重工が支配するセネナゼーデン軍が少数で攻めたのも賭けが成立する塩梅に調整していたわけで、その上でテシガワラ重工側は確実に勝って儲けるつもりだったわけで、相変わらずプー兄さんは動画収益などを容赦なくショキープ王国側に投入して、兄さんにそそのかされて一枚噛んだショキープの貴族たちもここが勝負と上乗せしてオッズが釣り合い、それ見たテシガワラ重工側はさらに目の色を変えてぶっ込んできたわけで、あとは分かるな? ゴチです、とショキープ貴族たちとカンパーイ。
王都上層近く、正しいかどうかはともかく急速な風化で更地になったっぽい岩石砂漠に着陸して、グループに分かれて二両の輸送車に乗ってピストン、防衛基地に観光ツアー第一陣二百人くらいが降り立った。希望者を募ると約三千人中六百人ほど、意外と少ない。どこも準戦争状態な地域が怖いって軍人以外はそんな感想になるのか。
「セネナゼーデン王国の基地と比べると国力の差が歴然ですね」
視界いっぱいに黄色、陽が差さない薄闇に砂塵が吹き荒れ大地は何もなく、巨大な風車のシルエットがいくつも霞む。考えたらそりゃそうって話だけど、軌道エレベーターを通して高効率太陽光発電を利用できない国は風力発電がメインになるのか。そんな終末世界の淋しい雰囲気にのまれる人が多いなか、アビャーナは基地を観察して言った。あっちは敷地内にスケールの大きい軌道エレベーターもあったし、大国の虚栄心を反映して景観というか武威をアピールする意図が見えていたからね。対するこっちは何を想定しているのか対空兵器が据え置かれているっぽいドームが散見するくらいで、基地といっても最低限の機能しかなさそう。
「肥え太った豚小屋がないだけあっちより好ましいわよ」
一声返して私は先頭に立って地下都市へのエレベーターに進んだ。まだアテナに待機していてあとから来る仲間はともかく第一陣は全員軍服だからなかなか絵になる。鮮やかな青に故郷、南国の海と空をイメージした隠れる気のない迷彩服はこの星から浮きまくっている。しれっと同じ軍服に身を包んだマーサも混じっていて、基地の屋内に入ると四基のプロペラで浮く手のひらサイズのドローンを飛ばした。虹色に反射する鏡のようなサングラスにドローン視点も映っていて、シンクタップで操作もするらしい。そしてその映像を配信開始。
大勢の傭兵が軍服を着て王都をぞろぞろ歩く姿は、カタギの住人をいたずらに怯えさせるおそれがあるから、いっそ観光する様子をオープンに生配信したれ、てなノリでマーサに頼んだ。観て安心するだろうし、こちらとしても変なのが寄って来る危険性が下がる。日常系の動画はそれなりに放出しているからみんなも撮られ慣れている。
「おぉー、やっぱ星が変わるとビミョーに変わるんスね」
ショキープ王国が田舎だからかも知れないけど、わざとらしいくらい自然が配置されている。エスキモアと同じく高い天井に虚構の空が映り、街路樹は当然として緑のカーテンとか言ったか、個人の家も公共施設も商業ビルも一様に蔦で覆われている。道路と歩道以外は剥き出しの土が目につき、花壇のような囲いはなく、ランダムに花が咲きました風を装って結果はハーブに侵略されたっぽい。ギリ青臭くなく、色合いが地味すぎる。
ただ、自然最高を演出しながら道を走る車はやけにSFってる。現代技術から見てなお未来感と言わせるなんて相当と思っていただきたい。液晶ボディにモフモフな毛並みや星雲を映して走り去る車。あ、これSFじゃなく痛車って言うんだっけ。星系が違っても文明に差なんてないけど、デザインセンスはゴッソリ変わるのね。ちなみに軍用以外にフローターはない。あれ、めっちゃ風をまき散らして迷惑だし。とか思ったらフローターのチャリみたいな乗り物が通り過ぎた。人ひとり乗せる軽量ボディならイケるのか。にしても。
「価値観が違うせいだとしても、なんか……、イタくない?」
「アドラーしっ。他国に来て一番言っちゃダメ」
「分かるけど、変だな。お隣さんがこんな星だなんて聞いたことがないし、どう見ても不自然というか」
アドラーやナハシュの感性は多分正しい。この光景は自然ではない。ここ数年変化しようと現地民が無理してる。
一言で言うと迷走中、ってことだと思う。
統一歴、みたいな物差しはない。人類はそれなりに広く進出して、他星への過度の干渉は控えるようになった。みんなで共通の規格を作ろう、という宇宙規模の同調圧力はなく、私の知らない変な文化はどこかで育っているはず。それは確かだけど、それでもあえて言うと、文明はもう頭打ちしている。
西暦から数えると現在一万年は経っているけど、正確な年数は知らない。もうそういう細かい数字を覚えることが下らないくらい、歴史の大半は薄いから。
原因は王侯貴族が支配する身分社会に戻ったせい。中世と同じく、この仕組みは文明が停滞する。
例えば西洋の歴史について紀元前の旧約聖書、ユダヤ教から始めると、金融業を禁ずる教えがある。金の貸し借りは人間関係壊れるから止めとけ、と。ただしユダヤ人は、禁ずるのは同族間であって他民族にはオッケーと解釈したから、特に西洋人から蛇蝎の如く嫌われた。そんなユダヤ教から選民思想を除いたキリスト教が生まれ、金融業の禁止は引き継がれた。金銭欲の浅ましさを戒める常識が、プライドの高い人種の自制を促し、過度な競争には至らず、結果文明は長く停滞した。
十四世紀、大航海時代が始まり、植民地主義が広まると国単位の競争が起こり、傍観していたら自国の滅亡がありえるから当然過熱する。そんな環境で教会は腐敗して、免罪符とかいう霊感商法など金に汚くなる。カイゼルのものはカイゼルへ、信仰心を換金するなとキリストはたしなめたのに馬耳東風。十五世紀に入ると意地汚さに耐えられなくなった勢力が原点回帰を求めて分裂、プロテスタントとカトリックになるけどそのへんは置いといて、要するに拝金主義を否定する宗教が金になびいて競争社会が加速した。そして大航海時代終盤、十六世紀には株式という新しい形の金融業が生まれてもう誰も抑止できなくなる。お金は紀元前生まれなのに、銀行が概念はともかく銀行として生まれたのは十五世紀ごろって開きがあるのはこんな事情になる。
一方、ディストピアが落ち着いてから荒廃しすぎた地球を捨てる過程で身分社会に戻り、宗教はとっくに無視されて、王侯貴族は停滞を分かった上で競争しない統治を進めた。もう国の興亡を賭けた戦争はしない。文明は十分に進みすぎて、誰もがオーバーキルのチカラを持つ。誰かが一歩間違えた時のリスクが大きすぎる、と。基本貴族は優秀だから、旧時代の政治家とはデキが違う。過去から学び、発展よりも破滅しないための政治に舵をきり、ここ数千年は進歩と呼べるほどの変化はほとんどない。
もちろん歴史的な事件は腐るほど起きた。星の消滅とかやらかしもある。いつか話したように、ビリヤード台をハイテクにしてみたけどやっぱり無骨なままが一番とか、壁を越えようとして失敗する迷走は何度も何度も繰り返してきた。そう、このファウトゥースもよくあるそういう時期ってことね。企業の台頭で競争社会が始まったけど、文明はカンスト気味だから一瞬でブラック一色の環境になり、新しいモノづくりに励んでも空振り。船頭多くして船山に登るけど、企業経営者なんて歴史から学ばないギャンブラーを船頭にしたらタイタニックに乗る。どんな豪華客船作ってイキっても沈むオチが視えてんのよ。
「これも観光。エスキモアと全部同じよりはずっといい。楽しみましょ」
旅行中と思えば軍服の上からイタい法被くらい羽織ってやんよ。アイ♡ショキープとか書いてあっても着てやんよ。あまり離れない程度に小グループに分かれてショッピング。後方支援組はメカニックが多いからか理系だからか、家電量販店のビルに入るとテンションが上がった。少し気持ちは分かる。地上にビビる留守番たちをしりめに第二陣に入る予定のおチビちゃんたちが喜びそうだから、プロペラがついて目の前を浮くウザいタブレットとか、脳に優しいらしいVRゴーグルとかチェックしていく。VRって何度でも忘れたころに市場に出るけど、はたから見ると幻覚幻聴にラリってるのと同じでキモさが尋常ではないからねぇ。定期的にヒットしてはキッズからジジイまでエロに夢中になってるところを他人に見られて尊厳ハルマゲドン、までがお約束。本人は健全なMMORPGのつもりでも周りはそう見ず白眼視する環境でプレイできるもんならしてみろ。脳の負担も事実だけど、優しさの問題じゃないのよ。だから普通は訓練シミュレータとかってお固い環境でしか利用しない。
「うわぁ、伝説のクモ型掃除機があるっ」
「伝説?」
「アイデアも行きつく先は同じなのね。怖いものしらずで買ってみようかしら。マーサの汚部屋に放ってやる」
「やめてよ。それと汚くねーわ整頓しとるわ」
「お目が高いっ、それはウチの新型、なんと集めた埃を加工してクモの巣を張って天井に待機する曇羅刹です毎度ありがとうございます」
「伝説のその先があったとは。よく作って売ろうと思ったわね。て、あら、貴女もしかして」
しれっと混じって売り込んでいたのは聞き覚えのある声の店員だった。いや店員ではなくメーカーの社長か。
「はい、その節はどうも。わたしも王都に住んでいるので配信を観てご挨拶をと」
戦場では結局バタバタして話せなかったからね。後日ホームページのほうに依頼料だのなんだの金の話をしてきたけど、義によって助太刀いたすとか言って金をもらったらカッコつかないでしょいらんわ、と断ってそれっきりだった。実は一山当てて今爆買い中とか教えたほうがいいかな。
確か……、ウサニー・デュボンヌとかいったか。私と同い年くらい。えんじ色のパンツスーツを隙なく着こなし、赤みがかったブロンドの長髪をたるみなくうなじの辺りでお団子にして、ややツリ目がキツそうな印象を与えそうだけど、安っすい未来感の片眼鏡が全部台無しにしている。魔女っ娘ステッキやランドセルくらいの違和感。自社製品を身につけるのは社長あるあるっぽいけどコレ正気? 真面目な教師のようなツッコミづらい雰囲気のせいで触れちゃいけない気がして戦慄が止まらない。
「ふふ、貴女はわたしの恩人なのですから畏まらなくて結構ですよ。どうぞフレンドリーに接して下さい」
ヤベェこいつ、あさっての方向なのに察しているつもりか。さては……、ポンコツだな? でも面白いから黙っとこ。
「改めて、なにかお礼をしたいのですが」
「気持ちだけもらっとくわ。戦場に出ちゃうくらい経営大変なんでしょ。自分のことに集中なさいな」
「あー、そっちはもう落ち着きそうというか、終わりというか」
「どうかした?」
「国が買い上げようかって話がありまして」
「会社を?」
「はい、一時的に国営にして立て直す選択もありかな、と」
「貴女は? 社長のままでいられるの? ……無理よね。マーサ、こっちはしばらくオフで。他を撮ってて」
「はーい」
彼女、ウサニーの手をとり強引に歩いた。休憩用のテナントだろうか、観葉植物の花壇で間仕切りする程度の広い空間に丸テーブルと椅子が何セットも置かれた喫茶スペースに連れて行き、初見はタッチパネルが面倒くさい自動販売機を相手にもうなにも考えず連打して端末かざして支払って出たストローつきカップを持って座った。
「貴女、どこまで知って……、いやいい。私が察している話をするわね」
キョトン顔のウサニーを見て察した。
「まず、セネナゼーデンというかテシガワラ重工がここを攻めた理由はソレ」
「え?」
私が指差した先、片眼鏡を触ってウサニーは間抜けな声を上げた。
「商品としては売れなかったみたいだけど、というか売れないように仕向けられたと勘繰ることもできるけどおいといて、フェロモンを分析して近くの人の思考を洞察するって凄い技術よね」
「分かりますっ? 自分のフェロモンは除外するフィルターの設計が壁でして、濃いフェロモンは自分だから薄いフェロモンを走査すればいいじゃない、て技術班が閃いた時はもうなんというか、凶器は氷だから溶けてなくなったのだ、とかトリックを暴く名探偵のように拍手喝采でして━━」
「ああうん、凄い凄い。それより大企業のトップが一番恐れていることって分かる?」
「倒産、でしょうか?」
「大企業は成功する自信しかないわよ。部下の手柄を横取りして、責任は部下になすりつける。クズ上司のあるあるだけど、安定の立ち回りではある。それと同じで失敗のリスクは子会社に押しつけるとか汚い真似して大企業に出世するんだから。倒産なんて会社のことではなく、トップという個人の話。自分がさせてる相手が一番嫌がること、そして自分が一番怖いことは暗殺。ところでその眼鏡、殺意を隠す人も分かるんじゃない」
「暗殺ってそんなサスペンス映画じゃあるまいし」
「ククク、カタギの反応って初々しいわね。無理に信じなくていいけど、テシガワラ重工は勢力拡大の意図があるのは当然として、その技術が欲しくて戦争を仕掛け、貴女のえーと、イナバンバウ商会だっけ、を吸収するつもりだった。ここまではいい?」
「カタギって……、普通に商品を買って分析して望む機能を作ればいいのでは?」
「他社に真似されたくないから独占しなきゃ。他社に悟られないようにコソコソと。で、その方針は負けておじゃんになった。そしたら次はここの貴族が動いて国有にしたい? 私と関わって美味い汁を吸って欲が出たか。強制はしないけど前言撤回、イナバンバウ商会の希望者は私のもとに、アテナに来なさい。特に貴女、下手したら近日中に消されるから」
「ナンデ」
「まぁ為人を知らないから最悪の可能性を言ってるだけだけど。貴女、今結構有名人でしょ。道行く人がチラチラ見てたから。ジャンヌ・ダルクが火あぶりにされたように、大衆ウケする庶民の英雄って権力者には目障りなの。貴族はカッコつけたくて貴族を名乗る。カッコいい庶民の影に隠れるなんて許せん、てな発想よ」
「その貴族ダサい」
「それはそう。社長の貴女に裏も話さず善意のフリして会社を渡せって態度がもうダサい。この国に私が今後協力することはないでしょうね」
あと先日の通信、細かい部分は忘れたけど、貴族を否定するような言い方があったような。普通は気にするほうがおかしい内容だとしても、おそらくあの日のやりとりは世界中でとんでもない回数再生された。今も多くの人に観られているかも。そうなるとたかが一文が癇に障る貴族がいそう。その上でウサニーにいやらしい提案をしてきた貴族がいると。ふん、陰湿さが気に入らない。
「倒産にせよ国営化にせよ、社員には今後の話をして希望を聞いてみます。わたしについては、少し考える時間を下さい」
「ええ、仮に消すつもりだとしても国営化が決定してからだろうから余裕はあるはず。ビクビクしなくて大丈夫」
「そういう不安はないけど、なんというか、大企業だの貴族だの、そしてあなただの、遠い存在の人たちの考え方が怖いです」
視界の端にきょろきょろするアビャーナが見えて首を向けると、あちらも気付いて駆け寄った。
「ラッテ様、多分気になるニュースが入ったのでチェックを」
「ありがと、どれどれ」
端末を手に取ると、ほっほう、十分ほど前になる現地時間午前十一時、テラミタス王国、エニグ・マター王国、フワ王国とかいうセネナゼーデン王国の周辺三国が一斉にセネナゼーデン王国に軍事侵攻開始。事前に悟らせないとかやるじゃん。いや、外に向かうと見せかけてたのか。
「これは……、一体。傘下の国が反逆、でしょうか」
この星に暮らす一般人の視点も貴重な意見ね。アテナに来ても適材適所になるか疑問だけど、アテナがイタい家電で溢れたらそれはそれで面白いか。
「約一ヶ月、セネナゼーデン王国は国外で軍事行動がとれない制約を課した。でも早く勢力拡大しないと先がない。だから傘下の国々に軍事行動をとらせる。傘下の国々は盟主を見限って裏で手を組んだ。ま、予想通りの展開よね。テシガワラ重工は何手先まで読んでいるのやら。いや、読んでいたら傘下に頼らないか。寝耳に水とか今驚いていたらウケる」
ウサニーがたがた震えんな。お貴族様コエーって顔に出すぎ。




