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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第三章 ドグ・カルマ星系
44/53

42.月姫



 正面のみとはいえ高さ四十メートル、幅一キロメートルの鉄壁のいたるところから白煙が上がり、まだ弾幕は張っているけど明らかに圧が弱ってきた。そろそろ前線に登場しそうな傭兵部隊を観たら準備するつもりだったのに、応答しなきゃダメなの?


 [えーと、なにかご用?]


 隣りのシロフクロウがコクリとうなずく。回線に繋いでくれたと。仕方がないから返事をすると、柔らかいけど多分ワンオクターブ高い声で怒られた。自己紹介もなく、私が誰かの確認もなく。いらんけど。


 『どうして参戦しないのよっ』


 [理由がないもの]


 『規定額を払うって打診したのにそれでもないの?』


 [あー、そういう。ええ、ないわね。受け取ってないから動く義理はない]


 当分静観するつもりだったからホームページのチェックもしてない。


 『あなたそれでも━━』


 [あと、言葉は選びなさい]


 口調がエスカレートしそうだから早めに釘を差す。今不特定多数に聴かれているし、ショキープ王国の上が外患誘致罪と判断して命令が現場の軍人に届いて射殺されても不思議はない状況が分かっているのかしら。なんというか、危なっかしい人ね。


 『コホン、申し訳ありません。なにぶん多くの命がかかっているので取り乱しました。第三者に聴かれる環境でお聞きしたかったのです。傭兵団としての仕事を請け負うと宣伝しながら、規定額を払っても受け取らない理由はなんでしょう』


 公開討論のつもり? 正義は我にありとか思ってるのかな。いいじゃん、教えてあげる、フルボッコ。


 [はした金で確実に負ける側について自分と仲間の命を危険にさらしたくないからよ]


 お、傭兵部隊きたー。ピョンピョン跳んで戦車とは角度の違う射線からの弾幕。シーバたちと同じ役割か。両軍互いにジャミング張ってレーダーやFCSを一瞬でも機能障害にするわ砂嵐で目視も厳しいわ、玄人目線だといったん引いて前線(ライン)をそろえるとか連携が見えはするけど、素人目線だと千人のスイカ割り大会みたい。つまりグダグダ。


 『足下を見てもっと出せと? 貴族を名乗る割にずいぶん浅ましいのですね』

 

 [プロアスリートにとって年俸や契約金の意味が分かる? 彼らは金が欲しいだけでより多くを要求するのではない。金が、一番ストレートな自分の評価だからよ。上がれば上がるほど自分が認められているってことだし逆もそう。戦局をひっくり返す戦術兵器レベルの私の腕が欲しければ相応の対価を払え、殺されたくない? では貴女自身や仲間の命の値段を決めてそれ以上を出せ、という理屈が通じないどころか値切り交渉とか組織のリーダー気取りの割にずいぶん浅ましいこと]


 これだから守銭奴は。金勘定しすぎてお金の本質が分かってない。値段がつけられないはずものにも値段をつけられる、そこを受け入れるか拒否するかは好みの問題であり、その一線が自分の在り方といえる。最後の最後は自分が自分の価値を決めるのに、貴女の価値はもっと高いでしょう? と遠回しに言ってあげたら怒って(あお)るとか鈍いやつ。


 [そもそも金を出せば必ず動くと思われるのが心外よ。顧客情報を口外はしないけれど、規定額を遥かに超える条件の打診は無数にあるわ。金だけで決めていたらそれこそ今私たちはその基地を破壊していたかもね]


 あー、正面潰れたな。入口の巨大な鉄扉の一部が溶けた。基地内に入るまでにあと何重かの足止めくらいはあるか。


 『金以外の何で決めるのですか』


 [面白さよ]


 あっさり入ったな。入口から十メートル進んだ出口側に鉄扉がもう一枚あるだけか。ここは中世の城の攻防そっくりで見応えある。足を止めた兵器群に降り注ぐ弾丸。強風に散らされようと構わずスモークも使って被害を抑えようとしているけどあまり効果はない。てかセネナゼーデン軍、上はオッズのバランスを意図してだとは思うけど、圧勝はしないのか。結構ダメージくらってて苦笑しちゃう。練度が低いのはこっちもだった。


 『不謹慎です』


 [へぇ、じゃあなんで今戦場が世界中に中継されてるの? なんで勝敗がギャンブルになるの? 不謹慎だから止めて、すべての国民は報道番組を観ず賭博場(ブックメーカー)に行かず戦地に向かい、本気の殺し合いで決着をつけるべき? 笑わせるな。どこまで行っても人間の敵は人間。人と人が殺し合う業がなくならないのはしょうがないとして、せめてかつてあった最悪の展開を防ぐためにエンタメの茶番に落とし込んでいるのでしょうが。まぁ地球人に退化している自覚のない貴女たちファウトゥース星人には分からない言い分かもね]


 『こっ、殺し合いを楽しむことが進歩とでも?』


 [そうよ。戦場に立つのは死ぬ覚悟を決めた軍人だけでいい。一回二回と回数で数えて勝ち負けを楽しむ()()で片付ける作法は、貴女のいう不謹慎ではなく真摯(しんし)に一般人を巻き込み何年も終わりの見えない戦争とか、なんなら神に救いを求めて一生宗教戦争やってた救いようのない連中より一万年進んでいるわよ]


 地球は下手すりゃまだやってんじゃないの。知りたくもないけど。


 『地球がどうこうというより、それは貴族の考え方なのでは?』


 [王政の復活はディストピアのあとだから、そう言い換えても構わなくてよ]


 『この戦場にいるのはほとんど庶民です』


 [でしょうね。貴族は将校なのだから]


 『それはつまり、庶民を生贄(いけにえ)にしている貴族の自己正当化なのでは?』


 [そうよ]


 『なっ』


 [その通りよ。貴族にとって庶民とは家畜。増えすぎても管理できないから減らす必要もある]


 『最低』


 入口が攻略された。通路にスクラップが詰まって通行できないところを支援砲撃の爆風で吹き飛ばし、フローター戦車が突撃し、それに合わせて傭兵の乗るロボットも壁を飛び越えて侵入、クライマックスはすぐかも。


 [ふふっ、じゃあ聞くけど、自分の飼ってる牛や豚が同業者の子供(きんじょのワルガキ)のイタズラで殺されたとして、なにも感じない牧場主がこの世にひとりでもいると思うの?]


 『……』


 さて、じゃあ準備するか。メタバースのチャットにキーボードで文字を打って全員にメッセージを送る。


 “作戦開始、私はこっち、みんなはあっち、プー兄さん、采配お願い”


 ログアウトして席を立ち、寝室のクローゼットを開けて服をベッドに脱ぎ捨て、いつものGスーツに装甲が貼られたロボット仕様に足を通す。


 [伝染病にかかった個体がいるからって数万数十万羽のニワトリを焼却して埋める養鶏家がヘラヘラ笑うとでも思うの? 貴族は誇りに懸けて庶民の先頭に立つ。家畜だからと見下すのが身分社会などと勘違いで侮辱するな。むしろそういうそちらはどうなのかしら]


 『え』


 [自分から社畜を名乗ってヘラヘラ笑う上司にリストラされる部下がそこらじゅうにいるドグ・カルマ星系は身分社会より平等で上品なつもり? 鏡を見なさい]


 『……』


 私も化粧台の鏡を見ながらルージュをひいてンーッパ。ヘルメットを被って腰に佩刀で準備完了。どこで切り替えたのか分からないほどスムーズに音声が繋がり、HUDに引き続き映像も映る。アテナ内はノクちゃん万能すぎんか。


 [貴女の言う通り、兵士は生贄よ。どうにも人間は暴力を抑えられないし、無理に抑えると別の形で噴き出したり暴発する。だから戦場を用意して、覚悟を決めた者だけで殺し合い、参加しない者はせめて兵士の栄誉を称えなさい、という作法が現代の戦争なの。そして確かに戦争に直接参加する貴族は少ないけれど、庶民と違ってこの世がまるごと戦場といえる。何故なら、貴族にとっては金も名誉も付属品にすぎないから]


 『どういう……?』


 居住区をやや早足で歩く。作戦開始の号令を受けて走るコもちらほら。いやぁ、練度が高いって気持ちいー。


 [()()()貴族はね、金や名誉が欲しくて貴族を名乗るのではないのよ。もとよりお金の概念が生まれる前に王侯貴族はいるんだし、見りゃ分かる当たり前よね]


 『……』


 [貴族は見栄を張りたくて、カッコつけたくて貴族を名乗るの。人間の大半は頭が悪くて弱い。自分たちの先頭に立って導き護ってくれる、賢いリーダーや強い騎士を求める。その信頼を背負って精一杯カッコつける生き物が王侯貴族なのよ。ダサい真似は死んでもできない。私の父はやってもいない不正を疑われて自決した。仲間の父は侮辱を受け流さず死を承知で剣を抜いた。宙賊に負けた恥を死んでそそごうとした仲間もいる。貴族は日常が戦場なのよ。ファウトゥース星人にはピンとこないかもだけど]


 『……』


 無重力エリアに入ると壁をつかんでワーレイで高速移動。途中、これからワーレイにつかまろうとする同じスーツ姿のシーバを追い越す。今回は同じ格納庫、めっちゃ瞳をキラキラさせるやん。


 [カイゼルのものはカイゼルへ。キリストの有名な言葉の意味を知ってる者がいまどきどれくらいいるかしら。皇帝の顔が刻まれたコインは皇帝の命令で発行された。皇帝が税を納めよ、そのコインを寄越せというならくれてやれ、皇帝が作った物が本人に帰るだけのこと。そんなままごとに振り回されて信仰心、キリストにとっては神のモノと思う自分の心は売り渡すな。……政治も宗教もお金より先に生まれた。金なんてしょうもないおもちゃに振り回されていると心を見失う。私を動かしたければ心で語りなさい]


 『貴族は日常が戦場であるなら、あなたはいつでも死ぬ覚悟があるのですか?』


 薄暗い格納庫に到着。暖機運転中の機体各所から無音のモーター音が硬質な緊張感を漂わせている。お待たせ、私専用ドレスアームズ『スカアハ』 武闘派女神最強格の名を冠する機体のお披露目いきますか。


 [ないけどあるわね。そりゃ死にたくはない、そこはカッコつかないけど本音よ。でもダサい真似はもっとイヤだから背は向けない。武士道とは死ぬことと見つけたり。自由と引き換えに命の軽いこんな時代、死ぬのが怖くて生きてられるか。意地汚く逃げるくらいならカッコつけて死地に飛び込んでやる。名もなき大勢の庶民の理想や憧れを背中で受ける貴族はその信頼が、誇りが命より重いの。武士は食わねど高楊枝、腹がへってもそんなそぶりは見せない面倒くさい生き物なのよ]


 うなじからコクピットに搭乗。江戸時代に下級武士の間で釣りが流行った。太公望のエピソードにあやかって、と、まるで学があるかのように(うそぶ)いたけどこれが見栄。平和な時代に武士の数が増えすぎて貧しい下級が飢えて魚を採ってただけのこと。太公望の釣り針は曲がってない。あやかるなら兵農一体で畑を耕せ。


 『わたしは死ぬ覚悟なんてありません。誰だって死にたくない。でも攻められたら武器をとるしかないでしょ』


 [死にたくない庶民は戦場に立たなければいい。自軍が負けるところを安全な場所から観てればいい]


 『我が社が倒産するじゃないっ!』


 エクステに接続。非常灯で仄暗(ほのぐら)いコクピット内が鮮明に変わり、高級マッサージチェアのような低反発素材に首から下が覆われた。操作感はパワードスーツと大差ない。エクステによる思考のトレースも合わせた自身のわずかな動きを察知して、外骨格が身体のように動く。スカアハはさらに細かい。


 全方位、クラゲみたいにフレームが透けて視界が開けた。自分が巨人になった感覚が重要で、動作が細かい私の機体はその上さらに、空間認識力が低いと歩くことすら難しい。簡単に言うとバク転できない人はスカアハに乗ってもバク転できない。生身の身体でバク転に挑戦した時と同じかもっと無様な挙動になる。


 [そう、簡単な取捨選択よね。優先順位を決めて、おとなしく消えるくらいなら抵抗しようって志なんでしょ。立派よ立派]


 システムチェック、オールグリーン


 『どこも立派じゃないわよっ! どこが進歩よ。健全な殺し合いなんてあってたまるかぁっ。お貴族様の都合とやらで、わたしたち庶民が生贄にされて、普通に経営することすら難しくて、なんで、なんで、ただ生きたいってだけで血と涙を流さなきゃいけないのよ。ねぇなんで、教えて』


 シムルタニアスゴースト、同期開始


 [本当は身分なんて関係なく誰だって戦場に立っているからよ]


 『え?』


 セーフティ、セミ・アンロック


 [差別、いじめ、貧困、ハラスメント、同調圧力、マウント合戦、全員自己中、なにやっても運次第(ガチャ)、現実は地雷原、人間関係はストレス。誰だって知ってる真実でしょう? 目を逸らして答えを聞くな。誰もが理不尽で無慈悲な戦場に立っているからこそ、虚構と分かっていても人はヒーローを求めるの。届かないと分かっていても貴族はヒーローを演じるの]


 指差し確認のように丁寧にひとつずつタスクを潰す間、機体は無重力を利用して子猫のように持ち上げられて、縦に割ったタケノコ的な容れ物にイン、同じタケノコ的なふたをされた。尖ったほうが足側。そして一回転させられて側溝にポスっとはまるとノの字に滑り落ちる。ほぼ無重力だから上下の感覚は薄くて、エレベーターで降下する時のヒュンって連続がくすぐったい。


 『嘘つき。助けを求めたのに無視したじゃない。出したくてもこれ以上のお金なんて持ってない。あとは倒産寸前の我が社、イナバンバウ商会の有価証券、まるで価値のない経営権くらい。エスキモアの辺境伯家の反乱に手を貸した動画は観ました。全部差し出したら助けてくれるの?』


 [最初からそう言えばいいのよ]


 『え?』


 [察しろ、光より速く]


 『は?』


 [民間人が戦場に立って泣きべそかいて生きたいと叫ぶ、そんなSOSを出されて見殺しにする貴族は偽物だっつーの]


 『本当に?』


 [義を見てせざるは勇なきなり、義によって助太刀いたす]


 メインシステム、宙域からモード変更。FCS並びに機体制御、惑星ファウトゥースの重力及び北半球の気象データにアジャスト完了。敵がいたら撃って良し(ウェポンズ・フリー)、HUDに大きく『Ready』 あらスカアハ、今貴女ンーッパってした?

 

 低軌道、高度千キロメートルあたり、大気圏の外側にグリンカンビは転移して、即座に電磁カタパルトというかレールキャノンを発射した。巨大なタケノコもとい弾丸の中身はもちろん私。


 これってまるで神の杖と呼ばれるロマン兵器みたい。衛星高度から硬くて重い物体を落としたら究極の質量兵器になる、という発想ね。宇宙開発が始まったころから実はどこそこの国が衛星に搭載しているとかってまことしやかに噂されていたらしい。

 実際は凄まじい威力にはならない。空気抵抗で減速しまくって地上に衝突するころには普通に撃つより弱い。海に銃を撃つのと同じ。


 とはいえ秒速二十キロメートル近くで大気圏内に撃たれるとまぁまぁ怖い。Gもグギギとか言いたくなるくらいはクる。コクピット周りにカウンターGを当てて相殺する仕組みがなかったら寿命が縮むわね確実に。

 見えないけどタケノコの外は炎に包まれてそう。先日大気摩擦がどうとか言ったらプー兄さんに鼻で笑われた。断熱圧縮とかなんかそんな感じの訂正をされた。物理のそういう陰キャなとこ嫌い。


 さて、グリンカンビから送られるデータからマップは見えている。三分経過でGも軽くなってそろそろ地上か。スイッチはないけどポチっとな。

 タケノコのジョイントのくさびが外れて、爆竹のように上から下に爆発音が連続してパッカーンとはずれて上空に置き去りにして、欲しい物はレベルを上げて物理で解決する系かぐや姫降臨。レーダー起動、マスコミドローンはえーと、あそこか。

 エアブースターと電磁スラスターの調子を確かめながら基地外側の入口近くに着地。そりゃいい絵が撮れるポジションはここくらいか。最前線は基地内、まだ外側にいて、歩兵戦車に追従して突入しかけた鋼鉄の着ぐるみ機械化歩兵たちが振り返って唖然としている。冥土の土産によく拝んどけ。


 十メートルを超える全身メタリックシルバーに紫の強い真珠のような玉虫色が混じり、装甲は隅々まで波打っている。その姿はまるで、最後の騎士(ザ・ラストナイト)と呼ばれた神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン一世の勅命により研究開発された全身金属鎧(フルプレートメイル)の頂点、中世貴族のロマン、フルーテッドメイル。


 『敵味方識別装置(I F F)設定終了、ラッテ様、ご武運を』


 [ありがと]


 左手に持つショットガンを左肩に預け、すました細面のうなじまで広がる兜(サレット)がフォーカスを向けるカメラ群を睥睨(へいげい)し、あざとく膨らんだ胸部を反らし、くびれた腰をひねり、左腰に佩いた鞘から長大なサーベルを抜いて水平に一閃。ブオン、ァ゙ァ゙ァ゙……。高周波に周囲の空間が悲鳴をあげる。もう死者の怨念をまとってるの?


 [セネナゼーデン王国に賭けた人たちへ、先に謝っておくわね。ゴメン]


 見せてあげる、紅い砂塵吹きすさぶエースの剣舞。




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