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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第三章 ドグ・カルマ星系
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39.阿吽



 モーターは使わずワイヤーを収縮させる人工筋肉の上に装甲を張りつけ、ロボットのように電磁スラスターを噴かせて無重力を静かに滑る宇宙仕様のパワードスーツを装備した数人が私の前で美しいチームプレーを見せてくれる。


 二人が廊下を先行し、それぞれ十字路手前で両側の壁に背をつけない程度に近付け、多少は見える正面通路の安全確認をしてから、腕の機構から伸びたアームの先についた小型カメラでさらに先まで確認すると、数メートル後方で警戒する仲間に向けて、腰から輝度を落としたホログラムが投射された。


 サッカーの審判が耳に手を当ててから両手で正面に四角を描く。モニターを、すなわち自分を見ろ、のサイン。今見てんだけどね。

 

 次に野球の審判が両腕を水平に広げる。言わずもがな、安全(セーフ)のサイン。


 それを見た後方の仲間は次の角の手前まで廊下を直進して、一本道だからひとりが同じくクリアリングを行う。


 再びモニターを見ろの事前注意のあと、椅子に座る審判が人差し指を立てて顔に五の数字。五メートル先に敵がひとり、のサイン。文字数字だけでいいじゃんとかツッコんじゃ負け。


 さらにサッカーの審判が片手を斜め上に伸ばす。コーナーキックのサイン。セットプレーと言えばセットプレーか。蹴らないけど。


 短距離走の審判が左手で左耳を塞ぎ、右手を真上に伸ばしてピストルを握る。位置についてよーい、のサイン。音は鳴らないし鳴ったらちゃぶ台返して叫ぶ自信があるけど、銃口からクラッカーみたいにいろいろ飛び出すと同時に後方の仲間がダッシュ。ひとりは腰を落としてスライディング気味に中央でアサルトライフルを構え、ひとりは宙を飛んで壁に一秒間の垂直立ちで同じ銃を構え、ひとりは失敗した時のリカバリーに備えて空いている角に隠れ、クリアリングを行ったひとりが半身を出して銃を構え、ほぼ同時に映画館の咳払い程度の発砲音が鳴って敵は倒れた。


 半身を出した人の腰からサッカーの審判が左腕を水平に伸ばすと、ヘッドセットマイクの実況者が両腕を上げて口を開ける。ゴォォォル、のサイン。


 それを見た後方の仲間が飛び出し先に進み、こんな調子で素早く宙賊のアジトを制圧した。


 仲間の見事な連携に後方腕組み待機の私も深く頷く。HUDに映る他のポイントの制圧速度も遜色ないし、宙賊を利用した訓練のつもりの実戦はいい感じ。

 ナハシュと臣下たちという、元プロの軍人が加わって作戦に選択肢が増えた。始めのころのような、まずは外で私が戦闘機を使って戦闘員を倒してから乗り込む手間が必要なくなった。殴るくせに殴られる想定ができないマフィアの事務所や自宅と同じくアジトは防戦設備とかないし、数がそろえば直接乗り込んで一瞬で片付く。

 私は弱いものイジメから得られるものなんてないから、アジト制圧はまだ部隊編成が固まってないナハシュと臣下たちに活躍を譲った。メンドくなったわけではない。ものは言いよう。


 『作戦終了。人質なし、オールクリア。あとは回収班の仕事だな、任せた』

 『了解、第一班、先行して』

 『了解』


 [ナハシュたち、お疲れ様。ルーブも、単独先行して情報収集、いい腕してたわよ]


 『ありがとうございますっ』


 [危険手当つけなきゃ]


 『ヒィッ、ノーヘルで宇宙(そと)に出ろって隠語ですか』


 [一言のどこにそう汲み取れる行間があるのよ。あ、まさか翻訳バグってる?]


 『いいえラッテ様、ルーブがおかしいだけです』


 [そ、良かった。ナハシュたちは新しいハンドサイン、どう?]


 『シーバたち新米にも分かりやすいようにって分かるけど、気は抜けるな』


 ヘルメットで表情は見えないけど、みんな動きはキレキレのノリノリだったじゃん。通信は傍受される前提だから、アナログなハンドサインは軍人には基本で必須だけど、ウチらは軍人じゃないからボケてもいいかなって遊んでみた。軍属は身体ひとつでサバイバル出来るように、枯れ木で火起こしとか泥水の濾過とか学ぶけどさ、文明の利器(ライター)があれば使えばいい。傍受されなきゃデジタルで良かろうなのだ。あとガチのサバイバルはシーバたちが一番上手いだろうし。


 『オレたちも次はソッチっスか』


 [まだ生身はダーメ。ファームで六年かかることを焦らないの]


 シーバたちや近接が苦手なアドラーはロボットに乗ってアジト周辺で警戒、という体裁で現場の空気に慣れさせている。できないことはしなくていい。六年は大袈裟か。シミュレータ使い放題とか私やナハシュたちの指導とか英才教育だから早めに開花するとは思う。


 アジトに保管されていた鉱物資源だの戦闘機だの輸送船だのをもらって用が済んだら全員帰還。最後にグリンカンビからアジトの発着口に反応弾ミサイルをぶち込み、半径二キロメートル程度の小惑星ごと粉々に砕いた。二度と利用させない。その映像を撮るマーサがカメラを私に向けたから一言。


 「惑星ファウトゥース標準時八月二十日16:22、カンパイナリー王国の宙域に拠点を持つ宙賊を殲滅しました」


 今日の仕事はこれでおしまい。少し離れたアテナに帰還してプチ祝勝会。まぁ食堂に暇な人が集まって乾杯するだけの、ほぼ毎日のように騒ぐ晩ごはん。軽く飲んで、おチビちゃんたちの話を聞いて、後方支援のコたちとも少しはおしゃべりする。悪いけど名前はエクステ頼み。人が覚えられる知人の名前は二百人くらいが限界だっけ。もっと少ないと思う。


 「最近働きすぎたから当分のんびりしますか。ルーブ、ムンクの二度見すんな」

 「いいのですか、なんかファウトゥースは荒れてますけど」

 「エスプリ文書とかいうやつだろ。ドン引きニュースだよな」

 「おのれエスプレッソ」


 そう、今あっちは暴露系ニュースで大騒ぎしている。リュックザイテ社と貴族も含めた関係者の不正に関する内部告発をきっかけに、シャンデストリ王家が調査、一斉検挙となり、そこには含まれなかった人も芋づる式に暴露されてどうこうってニュースが連日報道されている。


 汚職、各種ハラスメント、社員の自殺、買春、乱交、人身売買、人体実験、麻薬密造、地下闘技場、もみ消し、王侯貴族も含めた無数の暗殺、ベタといえばベタよねー。拝金主義を鼻で笑える根拠、使い切れないほどの金を稼いだ果てにすることなんて、美食かコレクションかドラッグかセックスかギャンブルかイジメのどれかしかないじゃん。あーあとは不老不死の探求か。人体実験ってどーせそういうことでしょ全部下らない。財産を教会に寄付したいと言ったら家族に反対されて家出して駅のベンチで凍死した文豪と比べたら富豪なんて全員猿ね。


 社会的トップのはずの連中の、まるで知性(エスプリ)のない実態と、このタイミングで王家が動く有能さから皮肉を込めてエスプリ文書なんて呼ばれている。というか━━。


 「どうも私たち、シャンデストリ王家に利用された疑惑ありね。ちょっとムカつく」

 「あー、リュックザイテ社が戦争を仕掛けてきた、その裏も王家が誘導していたと?」


 すんげー余裕ぶっこいた軍がオラついてきた。

 負けた記憶が消えてそうなくらい一瞬で返り討ちにした。

 私に制宙権を握られたシャンデストリ王国は詰んだ。

 流石に噛ませ犬でも正面からメンチきっといて下向くのはダサすぎる。

 王国滅亡の予感。

 リュックザイテ社は会見を開いた貴族側に責任をなすりつけそう。

 その前に王家が特ダネ爆弾投下したった今ここ。


 いくらなんでもタイミング良すぎでしょ。王家が最初からタイムスケジュールを組んでたようにしか見えない。


 「特大の弱みを握っていたならもっと早く暴露すればいいんじゃ?」

 「握り潰されるでしょ。弱みの中には貴族もいるから自滅だし。世界がね、企業のほうが上、て思ってるから王家は従うしかなかったのよ。本当にマーサの言った通り、まんま江戸時代の皇族と公家。明治維新が成功して天皇主権に戻るには、幕府が武力で倒されるプロセスが必要なの。私が軍を殲滅したように。これによって世界は企業には誰も勝てないという迷信から覚めた」

 「でも、リュックザイテ社がボスに軍をぶつけるよう王家が誘導するって、危険すぎる賭けのような」

 「多分、企業天下を変えなきゃどの道ファウトゥースが遠からず終わりそうって危惧してたんじゃない? 優秀で当たり前の王侯貴族に生まれて少しでも学べばそれくらいの知能はあるでしょ。無い連中は暴露で処分されるんでしょうね手際いー」


 あとみんなは気付いているのかな。


 「先日の配信で私、シャンデストリ王国の名は一度も言わなかった。シャンデストリ王国の貴族の報道官が名指しで宣戦したけど私は理解しているわよ敵はリュックザイテ社、と印象付けた。こちらも対話する気はない、企業のメンツは潰してやったから勝手に動けとメッセージを送り、その返答を受けて王家はとっておきのネタを披露したわけ」

 「出たー、無理っス。お貴族様の副音声怖いっス」

 「今は第二フェーズ。リュックザイテ社の評判は地に落ちた。ここで例えば捕まってはいない会長が辞任とか、捕まえた連中に温情とか、甘い幕引きするならシャンデストリ王国が自滅するルートに、私がなにもしないという形で誘導する。せめて民衆が巻き込まれないよう亡命を促したのもそういうメッセージ。仮に今まで深く付き合ったリュックザイテ社に情があって邪悪ではないとしても、王なら泣いて馬謖(ばしょく)を斬れ」


 こっちの歴史を調べてないから憶測だけど、地球と同じ環境汚染のせいで王侯貴族の地位が落ちたという話は、きっと正解でもあり不正解でもある。例えば伝染病が流行った時、独裁者が国民に対し、外出したら死刑と命ずれば、被害を最小に抑えることができる。極端な例えではあるけど先を考えて厳しい決断をするのも王の役目。甘ちゃんは不幸を拡散するからリーダーになってはいけない。故国の王と同じ、きっとこっちの王たちも甘かった。環境汚染を改善するなら競争を止めない企業を根こそぎ潰すくらいの行動力が必要なのに、自分の手を汚せなかった。企業が幅を利かせる世界って環境破壊の原因絶対コイツらじゃん。それで王家は軒を貸して母屋を取られたんだろうから無能ではある。あくまで過去、先祖の代の話としても、そんな連中に積極的に手を貸す気はない。


 「今までの信頼がないし、厳しい態度は反発受けそうな」

 「それはもうしょうがないよね。身分があってもなくても、社会を動かす一番強い力は世論、そこは変わらないのよ。明治のあと、日本が戦争に負けた時、天皇は戦犯として処刑される予定だったけど、日本側にこんな感じのことを言われた。それやったら多くの日本人がテロリストに変わってもう終わらないぞ、と。キングでもエンペラーでも呼び名はなんでもいいけど、王は周りから、民から認められて王になる。落丁辞書を自慢して流刑先で暗殺された下町のマジシャンのように、王族を公開処刑したフランスなんかで皇帝を名乗ってもスベリ芸でしかない。こっちの王家が行動を起こしてなお民に支持されないなら、この星は王侯貴族を自称する道化(クラウン)だらけだったってことね」

 「ラティシス殿の語る歴史って所々怪しくないか」


 一月から十二月までおフランスな暦を作ったけど一年保たずに消えたとか、日本の伝説の黒歴史、二千円札やないかーい。民から支持されないって哀れ。


 「団長、できたよー」

 「マーサありがと、早いわね」

 「グロくなく派手な絵を繋いだだけだからね。っくあー。そうそう、またなんか大きなニュース流れてたよ」


 マーサが近くの席に座って炭酸ジュースを一気飲み。ほほう、もう動いたか。


 「ノクちゃん、お願い」


 [イエス、マスター]


 大勢で囲む丸テーブルの中央に、なんとなくスタジアムな三面の映像が現れた。

 エスキモアでも体験して違和感を覚えた、日光を模した明かりが特撮くさい地下都市のどこか、中の見えないガラス張りっぽい円柱型のオフィスビルをやや下からなめるように見上げるアングルのカメラに向かって、スーツ姿の小綺麗な中年男性が興奮気味にまくしたて、右上のワイプに映るスタジオのキャスターかなにかが頷いている。あ、見上げるのは、地上は同業者だらけで映したくないと。流石バエのプロ。

 なにを話しているのかイマイチ分からない。ナントカ建設のナントカ、ナントカ戦略室室長のナントカ、みたいな知らないし興味も持てそうにない言葉が多くて脳が理解を拒む。でも画面下の見出しを読むだけで足りる。


 リュックザイテ社経営陣、ゲーリング一族、内乱罪で処刑済み。


 内乱にあたるのかどうかはどうでもいい。トップを始末したなら本気度がうかがえる。リュックザイテ社も解体が秒読みとかで、画面の男性は社員を出待ちしてインタビューが定番か。マスコミって一ミリも進歩しないんだろうな。

  

 「ノクちゃん、先日の会見を開いた報道官の現在は分かる?」


 [イエス、マスター。シャンデストリ王国外務大臣補佐官ゲルハルト・カプス・パトレーゼはおおよそ六十三時間前に死亡が確認されています。記録上は心不全です]


 「ふふ、心不全って心臓が止まったという、そりゃそうだの死因よね。そっか、馬謖を斬った、もしくは貴族らしく自分で始末したか。まだそんな矜持がこっちの世界にも残っていたか。マーサ、動画の公開お願い」

 「全部?」

 「そう」


 私専門チャンネルに新たな動画が二十一本追加。例によってクラウドファンディングを始めたら秒で規定額に達し、宙賊退治に乗り出した。前回後悔したのは、途中からどこの宙賊も隠れてしまったこと。おそらくはコロニーの自宅にでも強制バカンスしてたんだろうけど、それされるとアジトを探しようがない。だから今回は、先にアジトを特定した。そしてひとつ潰して公表ではなく、かれこれ二週間ほどかけて先に全部潰した。まぁ権力者サイドはどこも気付いているだろうけど、一般人にはバレていない。運送業者とか治安の良し悪しを肌で感じる人が、最近宙賊がおとなしいぞと勘繰るくらいかな。この辺りも副音声ってやつね。さっさと動かないと私が注目を集めるぞ、と。


 「はい完了。でも今はインパクトが弱くない?」

 「別に承認欲求に取り憑かれたインフルエンサーじゃあるまいし、寄付額に見合った仕事はしましたよと世間に報告するだけよ。あとは向こうがこのメッセージを理解して反応するかどうか。お、きたきた」


 私は端末を操作してホームページの寄付受付をチェックした。外部には寄付者や寄付額は非公開だけど、私たち運営側は把握できる。当たり前か。マーサは流石に元公主なだけあって理解が早い。同じく端末をつついて目を丸くした。


 「うわぁ、シャンデストリ王家からスゴい桁が」

 「えっと、お二人は分かるのですか?」

 「おい、私だって次期辺境伯の予定だったのだから外すな」

 「私だって元公主だけど分かりませんもの。ナハシュは分かるのですか」

 「分かるわけなかろう」

 「無理ー、解説希望っス」

 「簡単な話よ。王家が覆面シナリオライターだとして、正規軍をけしかけられて返り討ちした私たちはタダ働きなんだけどそのへん落とし前はつけてくれんの? というメッセージがこの新作動画。私は、リュックザイテ社に関係する国にアジトを持つ宙賊は退治しないと言った。その上で、他の宙域の宙賊は退治完了の報告をした。本当にこのまま私たちが動かなければ、宇宙軍をゴッソリ失ったシャンデストリ王国はたかが宙賊にやりたい放題暴れられて完全に終わる。私の言葉を額面通り受け取って一銭も出さないケチなら滅べ、言葉の裏を読んでお詫びも兼ねて袖の下を奮発すれば協力してやることもやぶさかではない、という二択のクイズに一応正解したのよ偉い偉い」


 遅れて数分、シャンデストリ王国以外のリュックザイテ社の傘下にあった小国からも次々と寄付金が贈られてきた。


 「まぁ示し合わせているわよね。対応は事前に決めてあったか。少しは見込みあるじゃない」

 「これがボスたち貴族の政治か。こわっ」

 「魑魅魍魎っス」

 

 政治は表の情報から裏を読まなきゃ食い物にされるだけなのよ。当然残ったアジトの座標も把握済みだし━━。


 「じゃ、もう数日実戦訓練続けますか」

 「すげーワードだな実戦訓練」

 

 ルーブ、仕事ができて胸をなでおろすな。コイツ見てるとファウトゥース星人って放っといても大丈夫そうな気がする。


 

 

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