36.羊狼
現地調査データ、基礎資料、ファイルNo.LZ社V-F-1
シャンデストリ王国 サムビア州 ブチストロイ地区
テシマ・ゴルタ・ヴァン=ダイ侯爵の治める領地、区長は寄子のワキオリオ・ゴルタ・テソペソ男爵五十七歳、家族構成、夫のスネーキン五十二歳は領城勤務の監察主任、長女のホッペパン十八歳は今秋士官学校を卒業予定、領城総務部に内定済み。長男のヘソチカ十五歳は同学校兵站科に在籍。
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現地調査データ、ファイルNo.LZ社V-T-14、タグ、統計、商業、流行、飲食
ブチストロイ地区 年間平均気温二十六度、湿度三十一%に設定。低めのおかげで加湿器は定番商品。人口帯一位は三十代男性、次いで十代女性。比較的若い層が多く、趣向に偏りは見受けられず。現時点ではスポーツドリンクの需要高め。数年後に酒類の需要が見込まれる。備考三のグラフの推移から推察すると、ビールよりカクテル、銘柄は━━。
知るかぁぁぁーっ!
私はいったんノーパソを閉じた。ここは深夜だけど客の多いエナドリショップ。絶叫、ダメ、絶対。でも、ああ、叫びてぇ。
頭がおかしくなりそう。この資料が誰かの何かの役に立つ未来が一秒も視えない。まさか窓際と同列じゃないよね。端末にメモした情報を整理しながらキーを打つ自分でも途中から睡魔のバフつき催眠にかかりそうになった。長男のヘソチカ誰だよ一生会わねーわ。
誰にともなくショットガングラスを掲げてショッキングイエローのカフェイン皇帝液を一気飲み。かぁー、五臓六腑にキマってきたぁ。周りの客も真っ赤に充血した目玉をガンギマらせてノーパソを睨んでいる。ここは敵地だけどお前ら同志だよ。深夜のオフィスビル街に舞い降りた救済の天使、エナドリショップ、ほらもっとエナジーをよこしておくれ。断言できる。ここにいる全員元軍属で強化手術を受けた完徹三日以降の猛者だと。一日寝てない程度のヒヨッコにここは早い。そいつらは壁一面の窓越しに光るオフィスのひとつひとつで働いているのだろう。まるで木に留まる蛍。実物見たことないけど。
さらに視線をビル群の上に向けると満天の星空。でもあれは嘘。ビルの二百メートルくらい上は全面の天井。時刻に合わせて青空や夕焼けを映す作り物。ここは地下世界であって見えない天井の向こう、本物の空は一日の大半が砂嵐、まるで死の惑星。外を思うと自然ため息がでる。
っと、標的がビルから出た。私は重い腰を上げて店を出て、標的の六メートル後ろを歩いた。
リュックザイテ社マーケティング部販促課課長、テオドット・ナムサンダー三十六歳。社命だから恨まないでね。
端末に似せた機器を耳元に当てて通話のふりをしつつ、発射口は前を歩く男の背中へ合わせる。マイクロウェーブだから目に見えないし、なんなら即効性もない。でも数秒照射して完了。膨大な数の赤血球の機能が壊れた。
体調を崩してすぐに病院に行けば簡単に治る。行かないだろうけど。だから今日明日に心不全でも起こして帰らぬ人になる。
私は角を曲がった。もう男は見えない。視線は足元、いつも下ばかり見ている。
こうやってひとり始末する度に、人間の弱さに疲れて座り込みたくなる。ファームでは人の殺し方を徹底的に学ぶ。基本は銃撃。そしてまず使う機会はなくても万が一に備えて格闘。筋力に頼った殴る蹴るなんて幼稚な攻撃は必要ない。てこの原理を利用して後頭部を地面に叩きつけるように投げれば相手の体重で即死する。一秒でも早く敵を殺すために無駄な動きは削ぎ落とす。どうも男は筋肉に幻想を抱いているらしく、こういう技術が難しいみたい。だから軍でも本物の殺しは女のほうが上手い。性別よりアクション映画のせいかも。
とはいえ、軍ではコレは学ばなかったな。私は懐にしまった端末風の暗器から手を放した。暗殺なんて軍人のすることではない。スイッチを数秒押して相手にも誰にも気付かれずに殺す。殺せてしまう。アドレナリン全開で殺意を向け合うこともなく、鍛えた全てに意味はなく、自分もいつの間にか殺されているかも知れない、この無常感に凍る恐怖。
ファームは歩兵科を選択し、適性は斥候。だから他の兵科より無音殺人術は丹念に仕込まれた。私に仕込んだ男性ホルモン多めの女性教官も似たようなことを言っていたな。
「俺はエドゥー星系から移住した。いや、逃げてきた。もう三十年近く昔になるのか。戦場で異名持ちの規格外、ファントムサーヴァントに遭っちまってな。当時はともかく今では伝説のスカウトだぜ。遮蔽の多い戦場はヤツの独壇場だった。足音も気配も完全に消して、レーダーの熱源感知すら欺いて、こっちが見失って探す隙に仲間の誰かが殺される。いつどうやってかも分からない、そりゃもう亡霊と呼ばれた通りホラー映画のモブにされたような恐怖でさ。俺は腰が抜けて震えていたから見逃された。ルーブ・グルーイッグ、お前は俺と同じく臆病だから優秀なスカウトになれる。ただし臆病を自覚して、強さをはき違えて自惚れるなよ。この星は個のチカラを笑う傾向があるが、人も、お前も、簡単に死ぬし、世の中には本物の化物が混じっている。自分だって簡単に死ぬと嘯きながら一方的に殺す化物が。強さとは別の、怖さを持つナニかだ。上には上がいる。忘れるな」
自惚れることはないけど、強者は知らない。私も含めて全員、弱い。
地上の戦争は十年くらい前から減っていき、ここ二、三年はない。当たり前だけど、本気の戦争をしたら星が壊れて全員滅ぶ。誰でも知ってる当たり前なのに、自国ファースト、自分さえ良ければの企業が主導すると本気の戦争になってしまった。世界大戦が冗談ではなくなり、危機感を共有してやっとブレーキがかかった。
じゃあみんな仲良く共存するかというと、そんなわけがない。協定が結ばれファウトゥースは休戦となり、各企業は競争の舞台を他星系に移した。いや、順序が逆か。もっと前から進出していて、目処がたったから休戦、その前に軽く本気の戦争をして確認してみた、と。
戦争が消えて平和になった、わけがなく、方向性が陰湿になった。目に見えてマフィアの抗争が世界各地で増えた。市街地で銃撃や建物の爆破が連日ニュースに流れる。誰が糸を引いているのか誰でも分かる。
そして暗殺。表は隠しても私という当事者がいるから裏側が良く見える。どこの企業も過労死が風邪くらい流行っているけど、これやり合ってんでしょ。お互い様だから私の犯行も敵が隠してくれる。なにこの茶番。どこかのお偉いさんが、最近の若者は体力が足りないから倒れる、業務にジョギングを追加してはどうか? てインタビュー映像を見た時はコイツの後ろを歩こうかと思った。
まぁ無理だけど。こういうトップは地上に暮らしている。何故か? 地下のほうが物騒だから。自軍で固めた地上のほうが安全だから。
死んでもいいのは替えのきく歯車の私たち。ふざけてる。
薄暗いリノリウムの街路にパンプスの音がコツコツ響き、一般人を真似て足音を立てる演技ではないと気付いて何度目かのため息をつく。
どこが、なにが悪いのだろう。
最適解が分からない。原因が分からなければ反省できないし、なにも変わらない。
私はいわゆる勝ち組のはずだ。軍属で庶民としては最高レベルの教育を受けて、セネナゼーデン王国を実質支配するテシガワラ重工に引き抜かれて、年収は同世代のトップ。で、そんな私は幸せか? 答えが書いてある鏡は見たくない。最後に勝負メイクしたのはいつだっけ。
敵地に飛んで手当たり次第に情報収集する調査員という表の仕事も、敵対社の課長係長あたりをテキトーに潰す暗殺者という裏の仕事も、意味があるとは思えない。さっきの男、ビルから帰る程度の上司が死んで喜ぶのはリュックザイテ社の部下、あのエナドリショップにいた連中でしょ。もうこんな腐った組織で出世している時点でそいつ嫌われ者確定だから。
意味がない。土を掘って埋めるを繰り返す太古の刑務所の作業が思い浮かぶ。
私、なにやってんだろ。身体は疲れてクタクタなのに。いつからか睡眠より気絶と呼びたいほど寝不足なのに。
車道と歩道を分ける白線を見ながら思う。幼いころに一回やっただけなのに今も覚えている謎の遊び。
白線渡り
白線の上を歩き続ける。踏み外したら負け。なにが勝ちかは分からない。負けたらなんなのかも分からない。……もしかして私、いや人類、ずーっと白線渡りしていないか。理由も分からず歩き続け、踏み外した、ドロップアウトした連中を見下し、横になる広さもないから疲れても歩き続けるしかないと。これが勝ち?
世界、なにやってんだろ。
数ヶ月後、出頭命令を受けて久し振りに本社に顔を出すと、秘密の辞令を出された。秘密と言っても公然のとつけていいくらい安い隠し事だけど。
内容は隣りのスキャナー星系エスキモア、ペタゴーンらっきょう国セルピエンテ辺境伯領に飛び、現地民に身分を偽装して辺境伯家に文官として潜入、国家機密の宇宙戦艦ドレッドノート、及び当艦に搭載されている短距離転移とメガ粒子砲に関する情報収集。辺境伯家長男のウルト・ディア・セルピエンテがキーマンになるから接触を図れ、と。ついでに他社のスパイも紛れるから隙を見て始末しろ、と。なんかコイツらって命令したらなんでも叶うとか勘違いしてね?
まぁいい。命令を遵守するかどうかは別として、他星系に飛ぶって胸が踊る。遠くに行きたいって漠然と思っていたから叶って嬉しい。
「ミクモ・エバ、クォータン・ツェツェウ、ルーブ・グルーイッグ、採用」
領城の一角、面接に行ったら質疑応答なく採用された。偽名を無視して本名で呼ばれて。殺るか逃げるか、ここは戦争大好き星人の戦闘特化領地の本丸、無理ね、おしまい。隣りに立つ同僚候補二人も顔面蒼白で固まった。つまり私と同じか。
「中からエントランスを見て右廊下の途中に事務室があるからそこで関係者証を登録して下さい。出勤は明日九時から、よろしくお願いします」
え? いや、いやいやいや。そうじゃないでしょ。って言いかけてこらえた。殺せよ、てツッコむのもヤダし。その張り詰めた空気感を察して女官長とでも呼びたい老婦人な面接官、従士のエステナは説明してくれた。
「それぞれ別の企業から派遣されたスパイなのはすぐ分かりますよ。いくら脳筋領地とバカにされていようと城に入れる者の身元調査くらいはしますから」
私たちは三人ともうなだれた。その評判を鵜呑みにしてナメてごめんなさい。
「あと貴方たちのその保護犬初日みたいな面構え、三人とも典型的な社畜じゃない。今まで何人か見てきて簡単に見分けがつく。エスキモアにはいないから。ファウトゥース星人性は倒れるまで働く勤勉を超えた狂気ってコッチでは有名よ?」
私たちは顔を見合わせた。サボったら死ぬ、失敗したら死ぬ、上司に嫌われたら死ぬ、同僚にハブられたら死ぬ、死にたくない、でも休みたい、十分だけでいいんです、みたいなツラ。いやいや、いくらなんでも私はこの二人より重症じゃねーよ、て二人とも目で語ってやがる嘘だろおい。
「あらあら、今まで見てきた人と同じく自覚なしなのね。じゃあ第一問、有給はファンタジーと思ってる、イエスオアノー?」
え、ちょっ、コワ、なにこの人。ノーよノー。有給はコメディーでファンタジーは交通費に決まってるでしょバカにしないで。ちなみにホラーはパワハラ、SFは三十八度の熱で早退。命に関わる四十度まで帰れるわけないじゃん常識ぃ。
「あー、その顔から聞かなくても分かる。第二問、夜勤を除いてスタッフの大半は朝九時から夕方五時までを定時とする、イエスオアノー?」
はいはい残業禁止ね法律で定められてはいないけど常識って下調べはついていますとも。ただし残るのは個人の自由ってやりくちでしょ。アッチでは法律で禁止した上でサービス残業っていうけどコッチではどういうのかネットには出なかったのよね。
「アッチは相変わらずなのねえ。いいですか、落ち着いて聞いて下さい。貴方たちの勤務時間は朝九時から夕方五時まで、ここを超えて居座ることは認めません。そもそも軍や医療など命に関わる職業以外で残業させる組織は未熟でしょ。時間内に片付く内容を業務と設定する能力もないのだから。周りも同じを言い訳にそれを恥ずかしいとも思わないトップが地球レベル。通勤手当は自宅が領都内にある前提で、自宅からここまでの公共交通機関を使った場合の定期代を半年に一度まとめて支給します。土日と祝日を除く週五日の平日勤務、継続勤務三ヶ月以降は一年に十日、有給休暇をとってもらいます。これは義務です。ボーナスは……」
三人そろって泡吹いて倒れた。遠くかすかに『医療班!』て聞こえた気がする。
その後、普通に勤務した。スパイなのにいいのかという疑問に対しては、こう答えられた。
「探られて痛い腹がないので好きに情報を流していい。むしろ不正でも見つけたら教えて下さい。確認次第即座に処します。それよりドグ・カルマ星系の人材は当たりだから来てくれてありがたい」
同僚二人はその日に故郷に辞表を送った。私は……、そこまで即決できなかった。何故かは上手く言葉にならない。逃げるみたいでプライドが疼くとか、きっとそんな感じ。今まで頑張った自分になにか意味があったと信じたい。
といってもバレておいてスパイ活動をする気はなく、通常業務に専念した。悔しいけど、アッチになかったやりがいがある。
「いや貴女帰ってからもなにかしてるでしょ。同期二人は顔色良くなってきたのに貴女だけ……。ちゃんと休みなさい」
「早くこの土地に慣れるよう基礎資料を作ってるだけですよ。それよりこの辺りにエナドリショップはないのでしょうか?」
「この惑星にないわよ、メディーック!」
ほどなくしてセルピエンテ家の長男が事故死、間をおかず当主が乱心により死亡、家は改易、私たちの職場も混乱した。
従士のようなセルピエンテ家に忠誠を誓う関係者はクビ、なのは分かっているからその前に自主的に辞めていった。結構な数の一般の女中や軍人も辞めた。
同僚二人は城に残った。新たな辺境伯家に仕えるらしい。思い入れもなにもないしね。
私は……、従士のエステナと連絡先を交換して、どうも匂うコズキラーノ公爵家に潜入、女中になって動向を探った。私も別に忠誠とかはないから復讐のつもりはなく、ドロドロしてそうな裏側の相関図を作ろうとエロゲ同人誌制作くらいの熱量で取り組んだ。エステナ個人には好意があるから情報を流したけど。公爵家もいい人は多く、仕事はやりがいがあった。何故かセルフドアマットの異名がついた。
一年経ったころ、宙賊壊滅だのドレッドノート撃沈だの、世界中のトップ交替だの、失われたと思った短距離転移の再現だの、見事に仇討ち成功で世間の拍手喝采だの、レポート作成が終わらない量の事件が続けて起きた。当主が倒れて大混乱の公爵家に仮眠を挟んで徹夜五日目の朝出勤しながら感謝した。思い出させてくれてありがとう、初心ってやつをよぉ、ウヒヒ、プシュッ、クピクピクピ、堕天使とフュージョンバッキバキにキマってきたぁ。
ほどなくしてコズキラーノ公爵家は改易。私はエステナに従いアテナに向かった。支店から指令が届いたから。
ラティシス・ウッドストックの暗殺。
アテナに乗り込んだ初日に後悔した。
「お嬢さん、一般人の歩き方をもう少し練習したほうがいいですよ」
背後に立たれて小声で話しかけられるまで気付かなかった。一般人の無重力下の歩き方知らんわ。首を気持ちほんの少し動かし横目で見ると、立っていたのは執事然とした紳士だった。やや浮いている私と違ってしっかり床に吸い付いているのはなんだろう。
正体を見破られて総毛立つ私にその紳士はニコリと笑んで会釈して通り過ぎた。すれ違いざまに一言添えて。
「あとそのおもちゃはここでは通じませんよ」
無意識に懐の暗器に伸ばした手がビクリと震えた。教官……、化物ってこういうことですか。
「ガルル、お姉さん、悪 (カフェイン)の匂いがするっス」
「飴ちゃん(エナドリ味)食べる?」
「うん? これは……、和解できそうな気がするっス」
「良かった」
「食べ物の恩は一生忘れねえっス。あざっしたぁ」
「シーバが多分なにか勘違いしててごめんね。生きていればいつかきっといいことあるから、早まっちゃダメだよ」
通路を歩くだけで次から次へとなに? 活発少女にもいきなり警戒されて、連れは私が借金苦で飛び降りようとしているとか勘違いしているみたいだし。悲しみを乗り越えた明るさを感じるこのコたちのほうが絶対苦労してそうなのに。
完全に終わってる。一般人を暗殺してきただけの私なんか脅威じゃないってスルーされるほど、ここは修羅の巣窟らしい。
でも、今までたくさん、たくさん人を殺してきて、今さら引き返すなんて卑怯だよね。
無理と分かっていても歩くしかない時がある。袖に小刀を隠し、居住区の庭園に向かった。
手入れする人が少なくて色彩は寂しいけど、かえって自然の林に作った遊歩道みたいな景色の中に物語は佇んでいた。
水族館のような複雑な水色グラデーションの軍服に身を包み、腰の佩刀は飾り気がないことが無言の殺意。軍服を反射しているかのような青にも金にも輝く髪は一本一本絹糸のように人工の風に揺らめく。
ラティシス・ウッドストック。彼女は背を向けたまま、六メートルまで近付いた私に話しかけた。
「ルーブ・グルーイッグ、裏の世界ではアシェムートン、鋼鉄の羊なんて呼ばれて恐れられているみたいね。羊飼いの鉄則を知ってる?」
「え?」
「背中を見せるな、よ。羊は人に作られた家畜なの。人に刈ってもらわないと毛は抜けずに伸びる。身体の幅の通路があったら入らずにはいられない。人に従順、牧羊犬にも従う。でもね、人が油断して背中を見せたら最後、羊は全身全霊で頭突きする。お相撲さんのぶちかましくらいの破壊力。本気で殺しにくるし、実際死人もいるかもね。つまり本物の羊は、羊の皮を被った狼なのよ。貴女もなんでしょ」
再度教官の忠告がプレイバックされた。怖いってこういうことか。
「人に飼い慣らされて従順を強制されて、本当は内心怒り狂っているんでしょ。ほら、頭突きしてみなさい」
耳に痛いほど音が消え、鼓動とアドレナリン分泌音の幻聴に空間は歪み、永遠に引き伸ばされた数秒の溜め。深呼吸と共に覚悟を決めて、いざ。
私はダッシュして膝の力が抜けて、頭頂を剣風で撫でられながらスライディング土下座した。ギリッギリまで迷ったけど無理ー。スタートと同時に抜刀態勢で振り返った彼女の顔。殺意全開の敵に笑いながら刀を振れる本物の化物。恨みを込めて睨む幽霊があの世に逃げそうな狂気。夢を見ない体質で良かった。
「御社に転職希望します、お願いしますっ」
「じゃ斥候、ヨロシクね」
「えーとはい、適性なので頑張ります」
「うんうん、テシガワラ重工の秘匿されてないデータベースは兄さん経由で斜め読みして、貴女のことも目をつけていたの」
「え?」
「私の暗殺命令を貴女に任せるようスキャナー星系支店を誘導したのは兄さん」
「は?」
「リュックザイテ社、実弾系重視、ボディは空気抵抗を減らす流線型を多用。ウーミンインダストリ、コスパ重視、ワンオフより量産を優先する。テシガワラ重工、光学系重視、宇宙はレーザー、地上は水素ガスをプラズマに変えたパルス弾をメイン兵装、排熱のための全身ラジエーターの外見が特徴」
「あ、それって」
「貴女のレポート、観察力が鋭くて他人に伝える能力も高い。天性の斥候ね。くっくっく、いい戦力ゲット」
そっか、意味、あったんだ。




