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いつか深海に眠るとしても  作者: 丘上
第三章 ドグ・カルマ星系
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35.気骨



 お椀を上下に合わせたような、乗員は人間よりエイリアンが似合いそうなアテナは宇宙をフミョンフミョンと進み、星系外縁から第三惑星ファウトゥースへ向かう、途中で寄り道。そこの角を左折してロータリーへ、みたいな自然なドライビングテクニックを見せて小惑星群に並走した。

 宇宙は資源がゴロゴロ転がっているからお宝探し感が結構楽しい。岩に含有する各種鉱物をどうやって精製するのかミリしらだけど、後方支援組が作業用ロボットに乗って掘削する光景を眺めていると参加したくなる。


 「ダチが何人かクラフトゲームにハマってるっス」

 「あー、同じかもね。子供のころ遊んでいたらボア兄さんが発狂してたな懐かしー」


 戦闘員は訓練以外は暇の化身だから、私が知ってるだけでもたまり場が六ヶ所はある。そのひとつ、艦橋でモニターに映る作業を見守りながらシーバたち暇人とおしゃべり。これ、邪魔かというと割と重要なつもり。談話室などの他のたまり場は戦闘員だけで集まることが多いから、非戦闘員の仕事を見ていることを伝えるとか感謝を口にするとか関わる姿勢は見せないとリーダー失格だと思う。人望のない頭は惨めよねー。


 「お前のプレイが無茶苦茶だからだよ」


 近くで別の作業を映すモニターを見ていたボア兄さんから反論が。穴掘ってベッド置いて屋根被せた家の中で石斧叩いて獣を解体しただけで悲鳴とか繊細なんだから。


 「スペースクラフトなのになんで宇宙船を捨てて原始人になってたんだか」


 良く覚えているわね流石記憶特化。レーザーガンもなく石つかんでエイリアン殴り殺して食おうとする妹見たらそりゃ叫ぶとか思い出し笑いしてる。自由度の高さがウリのゲームは自由でいいじゃん。


 ボア兄さんが見ているモニターには溶岩みたいなドロドロが。私の位置からは角度が狭くて分かりにくいけど溶鉱炉でしょうね。気圧ゼロの宇宙は融点が低いから、金属加工がしやすいメリットがある、らしい。例によって私にはサッパリな話だけど。溶けた金属をぶん回して遠心分離って見ているだけでもコワい。


 「足りそう?」

 「備蓄もあるし、当面は問題ない。全員に配備するのは時間がかかるが」


 それは重畳。資源はいくらあってもいい。ナハシュの元臣下で元軍人はたくさんいる。ロボットで出撃する直属の四十六人はエリートみたいな立ち位置になり、パワードスーツを着る一兵士から戦車や輸送機を操縦できる元従士まで、戦闘員になれる者は三百人くらいいる。彼らに行き渡る装備や兵器を用意するのがこれまた……、兄さんガンバ。


 「とりあえず防衛力はクリアかな」

 「大軍で出撃するようになるっスか?」

 「そのつもりはない。彼らはアテナかグリンカンビに詰めて迎撃担当、ディフェンス要員になってもらう。オフェンスは私たちの役目、少数精鋭のほうが立ち回りは楽だからね。ただ、総員オフェンスもやろうと思えばできる、という環境は作っておかなきゃ」


 手札はあるほど良い。


 「現状でも過剰戦力ではありますけとね」


 離れた場所からアビャーナがモニターを見たままこちらに背を向けて声をかけた。手元のタブレットと交互に首を動かしながら何かをしている。一番仕事が多いのこの娘ねヨッ大将。 

 

 「そう分析して危険視して襲う連中が現れることを想定して、こちらも防衛力は高めておきたいわけ。アテナに手を出したら反撃覚悟しろよ、て構えを見せて抑止するとか」

 「オレたち過剰っスか」

 「冷静に考えると私たちって結構危ない存在ではある。仮に国家の定義を、世界を滅ぼしかねない戦力を保有する勢力、としたらアテナは国家になる。その上惑星に縛られずに宇宙をフラフラさまよう。まともな国々にとっては一番怖いかも」

 「難しっス」

 「そもそも大国が宙賊を利用する必要悪の真意も、他国の牽制以外に、コロニーがアテナのように首輪を外してフラフラしたら怖いからだし」

 「難しすぎるっス」

 「おそらくどこの星系の国も自国のコロニーを持っている。資源採掘係のコロニーを。自給自足が可能な資源の確保が国家を名乗る資格みたいなもんだから。地球のようにどこの国も他国からの輸入に依存って体制は、採れる場所が限られているからしゃーなしとはいえ、弱すぎるわ戦争の火種になるわの悲劇だったからね。言い換えると、もしもコロニーが繁栄して独立国家になったら惑星上の国は地球のころに戻っちゃうの。大問題でしょ。だから宙賊を筆頭に裏であれこれ汚い真似して治安を悪くしている。コロニーが独立なんて企まないよう、ほどほどに足を引っ張ってる感じ」


 確か神話級元祖ロボットアニメも、独立宣言したコロニーと地球連邦軍とやらの戦争がテーマじゃなかったっけ? 鋭いというか必然の流れなのね。そしてたかが一国が地球と戦える。制空権ならぬ制宙権を持つ宇宙の独立勢力はそれだけ有利ってこと。ぶっちゃけ巨大隕石落としまくるだけの低予算で勝てるし。


 「その、各勢力の思惑ってやつは一生分かる気しねぇっス」

 「私だって分からないわよ。大勢(たいせい)はこんな感じと思うだけ。分かったら歴史は諸説なしの本一冊にまとまるじゃん。全員好き嫌いや欲もあれば計算もする人間の集まりなんだから、ひとつひとつの勢力の行動原理にひとつの正解があるわけがない」


 なんでも感心してくれるシーバにドヤ顔解説していたらプシュッと音をたてて艦橋のドアが開いた。そんなベタな音したっけ? て一瞬疑問を感じたけど細かいことは気にしない。どうせ余った資源使い放題だから技術畑の誰かが改造したんでしょ。トップの私がこんなんだからブリーフィングで遊ぶプー兄さんだけでなくいろんな人が好き勝手を始めているっぽい。気楽な傭兵稼業に規律とかいらんからどーぞ。


 「ボス、評価終了。シミュレータの判定は平均八十台。初めてでこれなら上出来では」


 入ってきたのは簡潔に報告を済ませたアドラーともうひとり、新入りのルーブ。二十二歳のおっとりお姉さんだけど子泣きじじいを背負っていそうなくらい元気がない。これでも数日前よりはマシになった。私より高め、百七十くらいの背筋は伸びているのになで肩とうつむき加減で私より低く猫背に見える。後ろで縛っただけの長く淡い天パの茶髪に艶はなく、鋼色の瞳に光はなく、クマはなくとも死相は浮いているとか、DV借金ヒモ夫に泣かされている三十代、と決めつけたくなるくらいに薄幸感が漂っていた。実際はそんな男につきまとわれたら水葬するくらいに中身は危ない(ひと)だけど。


 この人の経歴はウケる。

 ルーブなんとか。惑星ファウトゥースのなんとか王国出身。軍人養成所(ファーム)を出たあと、同国に本社のあるテシガワラ重工に出向。調査員というかほぼスパイとして各地を渡り、暗殺を中心に破壊工作の任務を遂行していた。一年前、ナハシュの故郷に文官として潜入。他星系で働いて自分のいた環境がブラックと初めて自覚。私への暗殺指令を受けて他の文官に混じってアテナに潜入するも、先日ウチに転職したいと直談判。適性は斥候らしいからロボットの操縦を仕込んでアドラーの相棒(バディ)にしてみた。現在常識改変(デトックス)中だけど完治は長そう。


 「お疲れ様、期待以上よ。戦場で一番重要な索敵係が欲しかったから助かる。でもルーブ、貴女また頑張りすぎてるでしょ? 今日はもう休みなさい、これは命令」

 「そんなっ、一日二時間労働なんて過休死させるつもりですか」

 「そんな死因はないしあったらここ幽霊船(ゴーストシップ)になっとるわ」

 「おおー、これが伝説のシャチクっスか?」


 サービス残業にプライベートのルビを振ってそうなルーブの膝がガクガク笑う。休め言われて動機息切れ目眩を起こすほど罪悪感に押し潰されるな。社畜だの過労死だの限界じゃん。なるべくしてなる競争社会のカタチ。地球の歴史から学ばず繰り返すとかファウトゥース、終わってんな。


 「企業がデカいツラするとこうなるって見本ねぇ」

 「ドグ・カルマ星系、ちょっと怖くなってきたっス」

 「ここはここでぬるま湯を極めているとは思うけど。宙賊のほうが勤勉だったような」

 「汗を流せば流すほど立派とか幻想でしょ。どんな世界でも一番になれる人は、世界一努力した人、ではない。一日中走って、年中走ってたら世界一の料理人になれるの? 頑張り方には上手い下手がある。一番になれる人は、頑張り方が一番上手い人よ」


 例えばシーバたちには訓練目的のゲームは一日一回の制限を課した。はたから見ると一日の大半を何もしてないけど、本人はどうか? その一回の訓練を何度も頭の中で反芻して反省や修正をしていたに決まっている。だから如実に成長した。成長してなかったら未熟を悔しいとも思わず何も考えてない証拠。見込みがないから戦闘部隊からは外す。見込みがあるから誘ったんだけどね。


 「頑張り方が上手いとは、頭を使うってこと。脳死で頑張るシャチクは食い物にされるまさに畜生。必死に頑張っても報われないドグ・カルマ星系は先がないのねー」

 「企業のせい、ですか?」

 「ただの必然。原始時代、夜は暗いから休む。文明が進んで夜も明るくなると、夜も働けるようになり、夜も働かなくてはいけなくなる。休んでもいいけど、周りに置いていかれるのが怖い人は休めない。これは全てに当てはまる。乗り物が進化して移動時間が短縮されたら、家電が進化して家事の時間が短縮されたら、その分が仕事時間に変わる。あるいは通信が発達すると乗り物に乗りながら、または家に帰っても働く。これが競争社会の原理。時代が進むほどにしんどい、緩やかな自滅。効率厨が少しでも無駄を減らす小技をライフハックと呼んで賢いつもり。そうでもしないと自分の時間を作れなくなってるほと追い詰められているって気付けよ。まるで真理を悟ったつもりのエセ教祖のようにクオリティ(Q)オブ(O)ライフ(L)とか叫び始めて、そういう限界を通り過ぎて、勝ち負けやお金を一番にはしない王侯貴族の社会に戻ったのよ。それが分かってないこの星系はやれやれね」


 貴族は優秀で当たり前。優秀とは、長期的な視野を持つということ。理解力が高いということ。例えばプレゼン用の資料作成が仕事? 口頭五分の説明で理解できない無能しか重役席に座ってないことがその会社が三流の証拠じゃん。役立たずを説得する材料を徹夜で残業してまで用意することが時間の無駄。部下のほうが優秀で労力に見合ってないから転職しろ転職。私だったら「私がやるから責任を取る気のない責任者は消えろ」とケンカキック一撃で片付ける、と上司も分かっているから話が早い。それが出来ちゃうのが貴族社会。どんな理不尽な言い分でも暴力でも周りがカッケーと思えば我が通る。


 「ただし誰が悪いとかではなく、競争社会は絶対にそうなるってだけの話。紀元前千年ごろ、いい? 記録に残る人類史の始めごろから、太公望という偉人はこんなことを言った」


 Q. ライバル国(会社)を潰す一番賢い方法は何ですか?

 A. そこから外交官(営業)がきた時、優秀だったら遠ざけろ、無能だったら契約を結べ。


 「つまりね、ライバル組織は無能が出世するよう手を回せ、てこと。さらにここが一番肝心、相手も同じことをしてくるってこと。成果主義とか言ってこういう裏側が見えなければどこの組織も上に行くほど無能が増える。流石にこの星系は平和ボケはしてないからまだまだ優秀な人材はいるでしょうけどね。脳死で頑張るしかない社畜でありながら頭を使うことをやめなかったルーブのように」


 オレだけ神からチートをもらって云々って妄想じゃあるまいし、自分がすることは他人もできる。当たり前だよね。そして貴族社会はそうそう簡単に出世はできない。太公望が示唆した危険性はそうやって封じた。他にも例えば儒教って男尊女卑を普及させたとかヒデー面があるけど、良い面も挙げると士農工商になる。公務員、一次産業、二次産業、三次産業の順に立派という価値観。分かる? 庶民は晴耕雨読の農家が勝ち組であり、商人すなわち企業が底辺、長く拝金主義を否定していたわけ。そういう先人が築いた知恵を笑って壊してどこ見ても無能しかいなくなったのが西暦二千年前後。ブラックだの社畜だの過労死だの当たり前の流れを分からず問題と叫ぶ残念な人だらけ。地球はここが限界点であり折り返し地点だった。二千百年ごろから始まるディストピアに向けて社会の崩壊が加速した。ファウトゥースは、さて?


 「足の引っ張り合いを調べてみたら、ウーミンインダストリの非合法CPUがバレた件はこっちでも大問題になってるみたいね。でも今さら感はある。暗殺も普通って、もうなんでもありじゃん」


 ルーブがビクリと肩を震わせた。なんかこの人、妙に私に怯えているような。なにかした覚えはないのに。


 「たださぁ、こっちの人たちには覚悟があるのかしら?」

 「「「覚悟?」」」

 「そう。サムライはニンジャに暗殺される可能性があった。でも怯えて泣きわめいたりしなかった。新選組のなんとかは寝る時も襲撃を警戒して横にならなかった。大往生した時も正座だったそうな。武士も貴族も殺し合いは上等って啖呵をきってナンボ。こちらの企業戦士たちにはそういう骨があるのかな。あってほしいわねー」

 「出た捕食者の笑み」


 暗殺者を差し向けておいて、まさか自分たちは商人だから殺されないとでも思ってないわよね。どう思っても関係ないけど。


 

 


 

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