34.疑心
スキャナー星系の外れ、来た時にも利用したワープゲートを通ってサクッとドグ・カルマ星系の外れへ。絶対ではないけど、巨星は系外系に作られやすいんだとさ。てか中心の恒星に近い巨星にゲートを設置したら太陽の重力で事故るのか。ノクちゃんに頼んでコントみたいなワープ演出をしてもらい、何が起きたのか理解できずにフリーズするナハシュたち新顔組は見なかったことにした。あとで他の娘から事情を聞くといい。
細かいことは知らないけど、ゲートの運用は一日中とかではない。時間のズレによる事故が怖いってことかな。使えるけど使わないアソビの時間が長く設定されていて、田舎の交通機関くらい義務でやってあげてる感の過疎った時刻表になる。
実際義務だけの仕組みではあるか。全く繋がりがないのは心理的に怖いからか、大国を自負する国は外交官の派遣とか情報のやりとりをするけど、基本的に別の星系に用はない。金持ちの道楽か、生まれた星と趣味が合わなくて耐えられない人か、別星系のコンテンツを輸出入して一攫千金を狙うギャンブラーか、星系間を渡る個人はそんなとこ。あとは企業が、星系間も含めてコロニーとコロニーとの輸出入で無難に儲けるらしい。宇宙は箱さえ用意できたら大量輸送がメッチャ楽だから。
そんなわけでゲートに隣接するISS、国際宇宙ステーションには発進待ちの船がたくさん係留されていて、商談となにより情報交換で賑わっている。いくつもゲートを越えた商人なんかもいるから、ここが一番トレンドに強いかも知れない。
係留するのは物の取引をする商人か、長めに滞在して商機を探る人、いわゆる旅慣れた人たち。私たちのような素人は勝手が分からず横目に見ながら惑星やコロニーに向かう。でも私もワープは二回目、初見ではないからベテランぶってみようかな。
こういう小さな宙域、コミュニティにも闇掲示板レベルにセキュリティの甘いネットが敷かれている。甘いけどここは海千山千の商人やたまに外交官も混じる、リアルがヤバい人だけの環境だから民度は高い。暴言吐いたら即座に身元を特定されて全てを失うからね。そんでコレは多くのISSの常識らしく、気軽に会話できるメタバースが用意されている。システム環境は昔ながらのMMORPGと同じと思っていい。VR? ないない。軍事シミュレータでは使うけど、あれって無理矢理幻覚を現実と思い込む行為なわけで、異常事態を処理する脳に負荷がかかるんだよ。ヴァーチャルリアリティを極めてかからないようにすればそれはそれで、脳が現実と虚構の区別がつかない認知症になるし。VRゲームなんて最初は目新しかっただろうけど一瞬で消えて、いかがわしいヤツがたまに現れるくらい。結果面白さにハマって比喩ではなく脳が壊れた廃人になる人はいても、初めから大金をかけて疲れて障害を負ってもゲームしたい人はいない。医療現場や免許のような資格取得といった実用性のあることに、長時間は禁止した上でVRは使われる。ハイテクがなんでも優れていると思ったら大間違いだし、パジャマやビリヤードと同じく、おしゃべりにハイテクいらない。
私はアテナ自宅のモニター越しにコミュニティ参加の手続きを行う。ただのキャラクリ。名を売りたい商人なんかは本名をさらすけど、なんとなく正体は隠したいから名前は……、アラシヤマと打つ。意味はない。ヤマアラシが思い浮かんだだけ。どうでもいいけどエクステが耳打ちしてきた雑学。ヤマアラシはネズミで草食、ハリネズミはモグラで肉食。へぇー。
無駄に膨大なアバター選択画面、動物、ネズミで絞ったらどっちかがいたからポチる。外見の見分け方は知らん。これでハリネズミだったら「ハリネズミはモグラの仲間ですぅー」とか文句言う人いるのかな。いるんだろな下らね。
二足歩行の三段腹、小物に丸い縁のサングラスとふんどしを選んで決定、か、カワイー。
ご機嫌でマウスを使ってモニターに映る街中をうろうろしてみる。人間大のロボやファンタジーなキャラがそのへんに座って誰かとしゃべっていたりおふざけなエモートかなにかで遊んでいる。視界に入る数はざっと二十人、配信で観たことあるオンラインゲーム四年目くらいの密度? ボイスチャットで会話中のキャラの頭上にはスレタイをつけている場合もある。参加してほしい人の工夫かな。分かりやすくていい。
『エドゥー星系のNTRプリン』
『隠れ親衛隊員』
『要塞メンバー賞金首』
『あのスタンプがどこまで通用するか試してみた』
微妙に神経に触れるタイトルをスルーして、今始まって現れた文字が目に止まった。
『スキャナー星系ハイリスクハイリターン』
近寄ると趣きの違うエイリアン二人とベタな天使が立ち話している。
「企業撤退はリスクだろ」
「だから俺たちには旨味あるんじゃねーの」
「軍需はやめとけ、簡単に首が飛ぶ」
「撤退したの?」
「お、見ない顔だないらっしゃーい、スキャナー行くのか?」
「今荒れてるから気をつけろよ」
「アリガト、スキャナーから来たばかりでゴワス」
「いや別にキャラになりきらなくても」
「その格好に女声は脳がバグる」
「アンタも来たほうか。コイツらに教えてやれよ。政治の混乱ひどかっただろ」
「そうね、王権交替いくつも起きてたみたい」
「なにがあったんだ」
「だから企業が撤退だって」
「その原因はなんだよ」
「ブラッディースターダスト事件だよ」
「昔あったワンクリック流星群事件を思い出すよな」
「どうも犯人は同━━」
「なんか難しいから外すねゴッツァン」
不穏な気配を感じて去った。
まぁ一言目で察した。他星系にちょっかい出した企業は干されたか。外部からCPUに停止命令を出せる悪意がバレたら信用ゼロだわな。
ただ……、あっちでは企業関係者の影も見えなかったのが少し引っかかる。大半は平凡な社員だろうから目立たなくて普通だとは思うけど。
話し声の聞こえる距離を歩き回っていたら気になるワードが。
「餅ニウムってなんだよ今日四月一日か?」
「いや俺だって冗談かと思ったさ。でも真顔で言ってる連中がいたんだよ」
「どんな教育受けたのやら。ついに発見された181番目の元素餅ニウムびよーんてやかましい」
「見つけたのが化学者じゃなく企業ならそういうのもあるんじゃね?」
「元素記号はライスケーキからとってRi、で、新素材がなんだっけ、ゼンザイとオシルコン? 俺上司に伝える自信ねぇよ」
「エクステの日本語翻訳がバグってどおこうってアルアルじゃん。アレ発音同じで意味の違う言葉多すぎだもんな。それより仮に噂が正しかったらわりと深刻な話になるかもだぞ?」
「そりゃあ資源争奪戦がヤバいだろうさ。もとからこっちの戦争ってテロ気味が怖かったのにさ」
うーん、うん? なんだろ、すんごい馴染む単語が聞こえた。マウスから手を離して契約結びなおした端末で検索。ヒットなし。餅ニウムとやらは完全に秘匿されてる特ダネなのか。おかしい。どこかで聞いた、理系力皆無のこの私がっ。
“Ri-Cr-Ni-Ag オシルコン 餅ニウムをベースにした合金。カチカチなのに火を通すとモッチリ、新機軸の防弾性能が注目を浴びる。ラティシス・フォン・ウッドストック著『ボクの考えたサイエンスフィクション』エクス王国士官学校パイロットコース卒業論文より抜粋”
エクステが答えをささやいてくれた。恥ずかすぃ。あったあった思い出した。卒論書け言われても、格闘と操縦の実技以外なにも学んでないわよ、て教官にキレたら自分なりの集大成を言葉にすればいいんだよ、と諭されたから渾身でボケてみた。提出して返ってきた書類は花丸ついてカピッてた。教官は小雨の降る中で読んだらしい。自国の地図を書いて間違ってたのに卒業した同期もいるし、軍人はこんなもんよ。
えーとちょっと整理してみよう。私しか知らないはずの作り話がトクガワ埋蔵金ぽくまことしやかに他星系まで流れている。二百年財政難だった政府のヘソクリが実在したら骨を埋めて忘れる犬以下じゃんとか考えて分からない? てツッコミに通じるこの奇妙な事件が起こりうる唯一の可能性は……。
「おいおい生き馬の目を抜く商人がデマに踊らされるな」
「ほほう、事情通か?」
「情報提供感謝、くれくれ」
「テシガワラ重工が所有する宙域で新素材ゲット、てデマを流した出処は不明。テシガワラ重工の広報課は鼻で笑って否定するが、企業なんて秘密だらけだからテシガワラ重工の社員すら信じない。先陣を切ってリュックザイテ社が探りを入れたが当然分からない。テシガワラ重工も身に覚えがない噂が立って不審に思う。デマを流したのはリュックザイテ社じゃないのか? やましい秘密を抱えているのはむしろリュックザイテ社のほうで、ウチの反応を見たいのかも、てな」
「ややこしいな、結局誰がなにしたいんだ?」
「そりゃ二社が噛み合うなら犯人はもうひとりだろ」
「かぁー、そういうことか、ウーミンインダストリねぇ」
「スキャナーで大ポカやらかしたからな。連鎖的に他の企業も締め出しくらって他星系への足がかりが消えた。こっちの企業どもが一時休戦して用意した展望がパーだ」
「ちょっ待て、それってつまり」
「ああ、休戦協定は終わりだ。始まるぞ」
「うへぇ、どうする、他星系へ逃げるか?」
「だな、リスクがデカすぎる。火中の栗どころじゃねーよ」
野太い声をした魔法少女二人がほうきにまたがって飛び去り、目が逝っちゃてるウマヅラケンタウロスがボーっと突っ立って、身体ごとギュルンとこっち向いた。今のところ事件が起きたら犯人はプー兄さんね。とりあえず真面目に話せる自信がないから私も立ち去った。大体察したけど答え合わせはあとにしよう。
『インペリアルガード募集』
「今なら10番になれるっス。早いもの勝ちっスー」
間違いようのない声のコボルドがスレタイのプラカードを掲げてなんか勧誘してる。親衛隊とかあのての組織運営って大変そうだけど出来るの? 抜け駆けするメンバーに制裁とかドロドロな話を聞いたことが。アテナで誘えよ、アテナにいないからやってんのか、終わってるやんけ。
「おおナハシュ、何故貴女はナハシュなのか」
「えーと……、キャロウかコズキラーノか、それが問題だ」
ちょんまげ侍と着物の町娘がシェークスアピってる。忠臣蔵の次はロミかよ軍人に教養求めんなジュリ違いのハムうろ覚えで事故ってるやんどっちも問題ねーし。てかお前アテナに乗ってたのか、どっちの家も潰れたから自由に恋しろよ。
なんでMMORPG風の街を散歩しただけで疲れるのか。もう少しまともな情報収集したかったけど無理、ギブアップ。ログアウトして部屋を出た。ご飯行こ。
「スキャナー星系も少しは違いを感じましたが、二つ離れるとより大きくなった気がします」
「私はまだひとつだけど、みんなが星人性とか言ってたの分かる気がしてきた」
いつも食堂で食べていたら誰かしら相席してくる。今日はアビャーナとアドラーだった。
かつて似た思想の集まりで暮らす、というスタートで星系を増やしては分かれた。とはいえ大半の人は細かいことはどうでもいい派だから、せいぜい文化圏ごとに分かれ、国ごとに分かれる、冠婚葬祭や食事などの宗教関係がメンドイくらいの違いのはずだった。
それでもひとつの星系につき三つまで気が合う星系とお隣さんになろう、というワープゲートで区切って数百数千年も経つと、伝言ゲームのように故郷から離れるほどに価値観の違いが浮き彫りになってくるのかも知れない。都市伝説くらいの怪しい噂だけど、各種オタクの国家に分かれた惑星だの女だけのアマゾネスな惑星だのもあるらしい。メッチャ嘘くさいけどね。
初めからそうすりゃ良かったって夕食をもぐもぐしながらネットでざっと調べた感じ、ドグ・カルマ星系はそう遠くないうちに滅びそうに見える。なんだかんだ人間はしぶといから見えるだけとは思うけど。
「こっちは民間人が死亡するケースが多すぎないか?」
「ええ。流れ弾はしょうがないとか軍事施設にいたら民間人とは見なさないとか、ルールの抜け道は故国にもありましたが、こちらはマフィアの抗争に見せたテロとかやりすぎですね」
そう、エドゥー星系では考えられない一線を越えちゃってる。スポーツ化した戦争もなく、破壊のための破壊が起きている。
「王侯貴族が力を失うとこうなるのですか?」
アビャーナが戸惑い気味に訊ねてきた。別に王政がこの世で最も素晴らしい在り方とは思わないし、正解は私にも分からない。でも感じたことで良ければ。
「貴族と企業の在り方の違いでしょうね」
「違い?」
「王とは国を富ませる存在、ではない。だってそれじゃあ弱小国の王に価値ないの? てなるじゃん。王とは国を存続させる存在なの。もっと噛み砕いて言うと、誰でも畑を耕せば生きていける社会とか、最低限滅びないように整えるのが王侯貴族の役割なの」
「あー、なんとなく分かった。企業は逆なのか」
「そう、競争社会の象徴ともいえる企業は一位を狙ってナンボなの。二位じゃダメなんですか? 二位でいいと思ってる負け犬根性じゃ二位にもなれないからダメに決まってんだろ雑魚、なの。そんな企業が国を運営すれば富ませようと考える。一位になるために必要なことは、自国を発展させるか、ライバルを妨害するか。だからテロって答えも出る」
「シーバからなれそ……、出会った時の話を聞きましたが、庶民が犠牲になって、その」
アビャーナが口ごもった。あー、同じ貴族でも共感が難しいラインなのかな。
「私は庶民の味方を自負しているわけじゃないわよ。どうして庶民は王侯貴族に敬意をはらうのか。貴族は高潔に生きて自分たちの先頭に立つ騎士だと信じているから。その剣で敵を斬り、その盾で守ってくれると信じているから。その信用を客観的にはブランドと言い、貴族の側からは誇りと言う。信用を得るには長い時間がかかり、失う時は一瞬。庶民からの信用を失った貴族はもう貴族ではない。弱者から奪うだけの意地汚い賊党と同じ。だから貴族にとって誇りが命より重いの。政治は清濁併せ呑むが道理だから汚い一面もあるけど、そこは絶対に表に出してはいけない。バレたらアビャーナの故国のように滅ぶ」
「……そうでしたね」
うつむくアビャーナに微笑む。切ない思い出だろうけど誇りが汚されるなら自害を選んだ貴女は立派な貴族よ。
「シーバの時は信用を裏切って平気な連中がムカついたからぶっ飛ばした。スキャナーの貴族の多くも、宙賊を黙認するならまだしも共闘とか、誇りの持ち方をはき違えているからムカついた。宙賊と肩組んでモヒカン肩パッドで釘バットを振り回すヒャッハーの分際で自分はお貴族様などと寝言をほざくから鏡を見ろってツッコんだ」
「ああそれ、ずっと私が思っていたモヤモヤの言語化かぁ」
アドラーがなにか合点がいったらしい。スキャナーの貴族は色々おかしかったもんね。
「多分企業に入りこまれて感化したんでしょうね。プー兄さんの見立てだと十年以上前から策動していたようだから。まぁアッチの星系は今責任者が責任取って落ち着いたらマシになるんじゃないかな。信用を取り戻せるかどうかは知らんけど。そしてコッチの星系は、もう信用なんてない。すでに王侯貴族の誇りは消えたあと」
二人がゴクリと生唾を飲み込んだ。そんな大袈裟な話じゃないわよ。
「マーサがコッチは江戸時代なんて言ってたから合わせると、江戸時代のエンペラーや公家には庶民を導くチカラも義理もない。南北朝の大義不明な内乱で信用を失った自業自得とはいえ、庶民からいらないコ扱いされたんだから。庶民がトップに選んだのは武士、コッチに戻すと企業、その企業のせいで庶民がとれだけ死のうと自分で選んだ結果じゃん。そんなことで安い正義を振りかざして怒るほど私はお人好しじゃないわよ。だからまぁ━━」
私はいつの間にか背後に控えたバスティンがいれた紅茶をひとくちすすって一拍おいてから言った。
「今まで通り他人の思惑なんぞ無視して暴れましょ」




