九十話 暴れる二匹の龍
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范怎 地下一階
「ちょこまかと逃げてんじゃねぇ!!」
金髪の男が激昂しながら叫んだ。叫び声が反響して階層に響いた。
よく見ると、男の身体には小さい切り傷のようなものがいろんな場所に付いていた。
「なら、捕まえてみなよ」
縦横無尽に動き回りながらフーがなおも煽るようにしてそう言った。フーの両手には黒いナイフが握られていた。
「クソがッ!」
地面を強く踏み込んで、男がフーへと急接近した。
「一辺倒だね。少しは学習しろよ」
フーは焦ること無くそう言うと、両指の間に挟んだ計八本のナイフを男へと一瞬で投げた。そして、それと全く同時に男の背後にも八本のナイフが飛び込んでいた。
「! チッッ・・・・!!」
フーを殴ろうとしていた腕を止めて、地面にへばりつくようにして身体を倒して前後から飛び込んで来るナイフを躱すと、そのままハンドスプリングをするようにしてフーへ蹴りを放った。
「バレバレだよ」
フーは上半身を捻りながら、右足を半歩逸らして蹴りを躱すと、ナイフを男の脚に突き刺して、すぐにそこから離れた。
「痛ぇなぁ!!」
地面に着地した男は、右足に刺さったナイフを強引に引き抜いて、投げ捨てた。
「どうすんの? 勝てなさそうだけど」
「あ? あんま、舐めてんなよ。クソガキ」
「・・・・まぁ良いや。喋れなくなるまで削ってあげるよ」
フーがそう言うと、地面の影が薄く延びた。
そして手を開くと、影の中からナイフが飛び出てきた。
「武器を収納してる訳じゃ無さそうだな」
丸腰だったフーの手に武器が一瞬で現れたのを見ながら男が呟くようにそう言った。
「さぁ? どうだろうね」
フーの能力は投影。自らの影を媒介に無生物であればあらゆるものを創り出せる。また、自らが創ったものは、再び影に戻すこともできるため再利用することが出来る。ただし、影を消費しすぎると貧影という状態になる。貧影になると、平衡感覚の消失や失神などに陥ってしまうのであった。
けれど、そんな能力を戦いの最中にペラペラと喋るほど、フーはお人好しではなかった。
「人に聞きたいんなら、まず自分から言えよ」
挑発するように、ナイフの切先を男に向けてフーが言った。
「あ? ・・・・それもそうだな。良いぜ、俺の能力は重力操作。その名の通り、重力を操作出来る。まぁ自分にかかる重力とごく近い範囲限定だがな」
男は躊躇うことは無く、何かを企んだ様子も無いまま自分の能力について全て話した。
「は?」
まさか、返ってくるとは思わなかった返答にフーは間抜けな声が漏れた。
「で、お前のは何なんだよ?」
「・・・・馬鹿かよ、何で能力について教えんだよ。まさか、教えてくるとは思わねぇだろ」
フーはナイフの刃を外側に向けつつ、顔を手で抑えながら呟いた。
「あ? 何言ってんだ、テメェわ」
「マジで馬鹿すぎるだろ。・・・・はぁ、投影。影を使って色んなものを創り出す。それが俺の能力」
フーは少し笑うと、自分の能力についてそう言った。普通なら絶対にしないはずだけど、男に感化されたのかフーは自らの能力について話した。
「へぇ、成る程。良い能力だなぁ」
「そりゃどうも。だけど、能力を言った分、確実にテメェは殺す」
「はっ、クソガキ。まだ言うかよ」
「・・・・」
そして、今度はフーから仕掛けた。両手には持っていたナイフを予備動作無く男へと投げた。
「今更・・・・!」
男が横にずれてナイフを避けようとした。しかし、その瞬間にナイフが男が避けた方向へと進路を変えたのだった。
「ッッ・・・・!」
男は腕を捨てて、致命傷となる頭と胴体を守った。その判断は英断だった。しかし、その代償として、男の左腕に深い切り傷が刻まれていたのだった。
「完全に捉えたと思ったんだけど」
少し暗いこの部屋の中で、目を凝らしてフーの手を見ると何かが光を反射して光っていた。
「・・・・糸か」
「鋭いな。野生の勘か?」
いつ創り出し、いつ付けたのかは分からないがフーは投げたナイフに糸をつけていた。だから、男に合わせて軌道を変化させていたのだった。
「もう一回、言うぞ。どうすんだ? 諦めるなら楽に殺す」
「舐めんな、こんなのは怪我じゃねぇよ。動くんなら問題はねぇ」
そう言って男は左手の動きを確認するようにして握って開いてを繰り返した。
動かす度に血が流れているのを見ても、左腕の傷は深い。動かすだけでも相当な痛みがあるはずなのに、男は気にしていないようだった。
「イかれてんな」
「イかれてる? イかれてなきゃ生きていけねぇ世界もあんだよ!」
「! ・・・・そうか。考えが変わった。敬意を払って殺してやる」
「・・・・殺される気はねぇが敬意を払われるのは良いな」
フーがまた動いた。フーは自らの影からナイフでは無く、腰に付けていた二本の双剣を抜いて襲いかかった。
「今度は接近か?!」
「さっき言っただろ、本気でやるって」
フーは中距離では無く近距離で攻撃をすることにシフトした。フーは華奢に見えてそこそこ力が強い。加えて、変幻自在の無数の攻撃パターンを持っている。
事実、フーは近距離で戦う方が強いのであった。けれど、それでやられるほど男は弱いわけではなかった。
「近距離は俺も得意なんだよなぁ!!」
男はそう叫ぶと、向かってくるフーへと突撃した。
「重力球ァ!」
開いた両手の真上の空間が歪んだ。そして、右手を開いたまま至近距離まで接近したフーへと振りかぶった。
「!」
フーは急ブレーキをかけて、男の前で止まった。同時に、身体を後ろに仰け反らして、男の右手の延長線上から避けた。
そのまま、バク転をするようにして後ろへと退いた。
「あっぶな・・・・」
体勢を整えたフーは額に薄らとあった冷や汗を手で拭って呟いた。フーは、経験上嫌な気配がしたらその場から離れることを身体に叩き込んでいた。
もし、それが無ければ今頃肋骨の何本かが粉砕していた事だろう。
「初見で躱されるとは思わなかった。よく避けれたな」
「何だよ、それは」
「これは重力球だ。かかる重力の向きをあらゆる方向に捻じ曲げてる。当たれば・・・・ただでは済まんぞ?」
男の能力である重力操作は、自らの身体と身体から十センチ以内の重力を操作出来る。操作は、向きだけで無くその強さも変えることが出来る。重力の強さは二倍までしか変えることが出来ないが、その分圧縮を行うことで事実上二倍以上の強さを引き出すことも出来るのであった。
今回の重力球はその圧縮を使ったものであり、当たりどころが悪ければ、死を免れることのできないほどのダメージを負わせることが出来るのであった。
「当たらなければ良いんだろ」
フーはそう言うと、もう一度男へと突っ込んだ。早い話、遠距離攻撃をしていれば男は対処のしようが無い。一方的にボコボコにすることは可能であった。けれど、今のフーに近距離以外の選択肢は無かった。
「またかよ?! 凝りねぇなぁ!!」
向かってくるフーへと走り出すと、両手を開いた。
フーが避けれないように、男はさっきよりも速くフーへと近づいた。重力の向きを変えて、加速させれば、高速移動をすることも可能であった。
フーの眼前まで一瞬で距離を詰めた男は開いた両手をフーの上半身と下半身に向けて押し付けるように前へと出した。
「想定内だよ」
フーがそう言った瞬間、男の足元にまで延びたフーの影から黒いナイフが飛び出た。そのナイフは真上にあった男の右足に突き刺さったのだった。
「!! ッ・・・・、関係無いな!」
男は一瞬だけ、痛みに顔をしかめたけれどすぐに獰猛に歯を剥き出しにしながらフーへと腕をさらに伸ばした。
けれど、その一瞬が命取りになった。いくら痛みに強くても、一瞬だけ男は怯んでしまった。
その一瞬の隙で、男の手を躱しつつ、左側に滑り込むようにして男の右腕を斬り裂いた。
フーが通り過ぎると同時に、双剣によって男の右腕はズタズタにされたのだった。
「ぐぁっ・・・・!!」
流石に、これには男も呻き声を漏らした。
「もう右腕は動かせないだろ」
フーは的確に右腕の関節と筋肉とを切り離した。フーの言う通り、男の右腕は完全に使い物にはならなくなったのだった。
「関係ねぇ。左腕が動くならそれで良い」
そうは言うものの、男にとって勝利をすることはかなり厳しいものであった。確かに左腕は動いている。けれど、その傷は深く、脚にも裂傷が刻まれていた。
「・・・・そう。いつまで保つかな?」
フーは手を抜くことはしなかった。相手が生きている限り、攻撃の手を緩めることは無かった。それは、本気であろうとなかろうと、共通していることであった。
瞬時に、男との距離を詰めると首元を狙って右手に持った剣を振るった。
「今更、当たるかよ!」
男は一歩下がって剣をギリギリで躱すと、即座に加速した左拳をフーへと突き出した。
正直に言うと、もう男は重力球を使うことが出来なくなっていた。重力球は高威力な分、制御をするのが難しかった。常に両手で重力球を行うのは片手だと制御性を失い、暴走してしまうためだった。
フーはいとも簡単に左拳を躱すと、残った左腕を斬り裂こうと双剣を振った。
男は倒れ込むようにして迫り来る剣の向きに合わせて地面を転がって双剣を躱した。
そして、綺麗に立ち上がってフーを真正面に構え直した。
「あの奇妙な球は使わねぇのか?」
男へ向かってフーがそう尋ねた。今の状況で重力球を使ってこないことに違和感を感じたからだった。
「使えねぇんだよ!!」
普通なら、自分の弱みは隠すものであるのに、男は隠すことなくそう言い切った。
そして、重力球を使えないことをカバーするようにして、左手だけで鞄の中からガントレットを探して着けていた。
「・・・・本当に馬鹿かよ。けど、・・・・まぁ偶には、そんな奴がいても良いか」
フーはフッと笑うと、垂れ下げていた腕を上げて双剣を構え直した。
「そろそろ決めようか。次で終わらせてやる」
「やってみろや。返り討ちにしてやっからよ!」
男はこの状況でもなお、強くそう吠えた。弱い犬ほどよく吠えるとは言うが、この男は弱くは無かった。
少なくとも、フーが手加減を一切せずに潰そうとしている辺り、フーはこの男を認めていた。
二人は同時に強く地面を蹴った。一瞬で二人がぶつかりあった。
フーが振りかぶった双剣を左腕に当てて防ぐと、すぐさま右足でフーの脇腹へ向かって蹴った。
男の右足は加速されて、異常に速かった。至近距離でその蹴りが出れば、避けることはまず不可能であった。
「・・・・見せてやるよ、能力の真髄を」
迫り来る加速した脚に焦ること無く、そう言うとフーの影がいっそう強く濃くなり延びた。
「投影:リュー・リン」
男の脚がガクンと落ちた。まるで、自らの重量に耐えることが出来ないようにして男は膝を付いてしまっていた。
「は?!」
後ろを少しだけ振り向くと、男の真後ろには人の形をした真っ黒な人影があった。
そして、その影は男の影をちょうど半分に断ち切っていた。
男は、何が起こったのかは分からなかった。けれど、このまま膝をついたままであれば間違いなく自分は死ぬ事だけは肌で感じ取っていた。フーにたった一撃も喰らわせること無く、命が消える。男にとってそれだけは許せなかった。
だからこそ、足掻いた。人生最後の足掻きは男にとって無駄では無かった。
「重力球ァッッ!!」
完全な不意打ち。動かないはずの右腕を無理矢理動かすとともに、片手で重力球を出現させた。
そして、そのままガラ空きとなったフーの腹部目掛けて突き出した。
「投影:リィ・ミンチェン」
突如、フーの真横に人影が現れるとともに、重力球ごと男の右腕を黒い穴のようなものが呑み込んだ。そして、男の右腕は肘近くまで消え去り、フーに攻撃が届くことは無かった。
「クソ・・・・、バケモンが」
複雑な表情をしながら、男はそう嘆くようにそう言った。
「俺にここまで能力を使わせたのは少ない。誇れよ、名前は?」
「!・・・・ユゥ・ジンソン」
「記憶に遺しておくよ。ユゥ・ジンソン」
「はっ、そりゃありがたいことで・・・・。俺の完敗だ、だが楽しかったぜ」
最後に、フーは男に名前を聞いて、双剣を男の首へと振り下ろした。ユゥは抵抗すること無く目を閉じた。そして、フーの双剣はユゥの首に触れるとともに、斬り飛ばした。
フーの技量があれば首を両断することは難しいことじゃ無い。痛みを感じること無く、あの世に行く事が出来た。
地面に首が落ち、残った身体がよろめいて地面に臥した。フーはその遺体を見ながら、双剣に付いた血を振り払って鞘の中へと納めた。
「イかれて無いとやってらんないか・・・・。確かに、それは同意だ。ほんと、生き辛い世の中だよ」
フーの脳裏に、昔の記憶が鮮明に蘇っていた。
裏の世界は想像している何倍も過酷だった。明日の命どころか、一分、一秒先の未来だって確証は無い。頼れるものは何も無い。自分自身と姉だけが全てのゴミのような世界。
たまたま、救われただけでユゥのようになっていた可能性は低くは無かった。だからこそ、フーはユゥに敬意を払って殺したのだった。
「さて、みんなは大丈夫かな。・・・・ていうか、ここ何処?」
思ったよりもユゥとの戦闘でもといた場所から離れてしまっていた。甚平からもらっていた情報が入ったブレスレットはユゥとの戦いによって壊れ、場所が分からなくなっていたのだった。
「チッ、ちゃんと爪痕残しやがって・・・・」
そう呟くと、フーは走っていった。
残った遺体の顔はどこか清々しい顔をして、笑っていたのだった。
◆
范怎 地下一階
「楽しいねぇ!!」
フーがユゥを殺す少し前、リンは二人を相手に戦っていた。
リンは戦い始めてすぐに二人に挟まれる形にはなったけれど、五角以上に渡り合っていた。
戦いに入ってすぐにリンが電光灯を破壊したせいで辺りは暗くなってしまっていた。
「嫌だねぇ・・・・。本当に嫌になるよ」
「おじさん、どうしたの? 諦めようとしてんの?!」
「それが出来るならしたいんだけどねぇ・・・・、そうもいかないようだ」
「当たり前ですよ! 今、抜けられたら困るんですよ!」
「おや、珍しい。君が弱気になるとは」
「弱気っていうか、分かるでしょ! この女は普通に化け物の類ですよ!」
「・・・・それはそうだね」
マスクを着けた男の言う通り、リンは化け物クラスであった。
普通に考えて、挟まれた状況で傷一つ負わずに自分たちと互角、いやむしろ押している状況は化け物と言いたくなるのは当然であった。
それに、リンはまだまだ力を余していた。敵だとか関係なく、素直にこの力は認める他なかった。
「何? 可憐な乙女に向かって化け物だとか、失礼じゃ無い?」
「可憐な乙女って言い張るなら、乙女らしくしてろよ」
愚痴を溢すかのように、マスクの男がそう呟いた。
「あははっ、じゃあ乙女じゃなくていいや。その代わり、ちゃんと殺すよ」
リンはそう言うと、殺意を剥き出しにしながら双剣を構えていた。少しだけ付いていた光が双剣に反射してギラギラと光っていた。
「やばいねぇ。おじさん、泣き出しそうなほど怖いよ」
「? おじさん、本気出してない癖に何言ってんの?」
「・・・・」
「・・・・まぁいいや。はぁ、覚悟してね」
そう言うと、リンは走り出すと同時に影に潜るようにしてその場から消えた。
「チッ、またかよ・・・・!」
そして、辺りを忙しなく見渡していたマスクを着けた男の影から飛び出ると同時に、影を少し断ち切った。
「ぐっ・・・・!」
影を断ち切ると同時に、男は少し身体が前屈みになって呻いた。
そして、男が振り返るよりも先に、右足のふくらはぎを斬りつけた。
「っ!」
男は痛みに耐えつつ、直ぐに後ろへと右腕を振りかぶっていた。
しかし、リンは斬りつけるとすぐさま男の攻撃を避けるようにして影へと戻ると、距離を取りつつ後ろへ退いた。
さっきまで挟む形になっていたのに、その状態からすぐに抜け出すと、二人と真正面から向き合っていた。
「まだまだ、いくよ?」
息を整わせる事もせずに、すぐさまもう一度影に潜り込むとマスクの男よりも後ろにいたおじさんの真後ろへと移動した。
「流石に、見切ってるよ」
けれど、おじさんはリンが攻撃を仕掛けるよりも先に後ろへ振り返り、両手で握っていた太刀を振った。
しかし、おじさんの後ろに現れたのはリンでは無く、リンの姿をした影だった。
「!」
「残念、でも狙いはこっちだから」
そう言うと、リンの本体はマスクの男の目の前に現れた。
リンも、フーも多対一を行う時は徹底的に弱い方を叩いていく。リンは早々にマスクの男の方が弱い事を悟ると、攻撃を行うのは一人に絞っていた。
「なっ!」
「はい、終わり」
動揺して少し後ろに下がったその隙に、リンはフーと同じ双剣を男の首へと振りかぶった。体勢が整っていない状態で、この双剣を躱す事は出来なかった。
口角を吊り上げたリンの双剣が首に肉薄した。
「泥沼」
おじさんが右手だけを後ろに回すと、リンの踏み込んでいた脚元が泥のようになるとともに、脚が沈み込んだ。
「!」
「ッ抜刀!」
マスクの男が両刃剣を鞘から一瞬で抜刀し、リンへと振り抜いた。
「ッ・・・・!」
リンは双剣の刃で男の剣を受け止めた。しかし、筋力差によって受け止めた刃ごと後ろへと吹き飛ばされた。
「あっぶなぁ・・・・」
両手が痺れたのか、剣を持ったまま腕を振った。
「死んでおけよ・・・・、今ので」
「あはっ、こんなんで死ねるんならとっくの昔に死んでるよ。まぁでも今のは危なかったよ、市販の剣だったら折れて死んでたかもね」
リンは笑いながらそう言った。その笑みは二人に少しの恐怖を抱かせた。
そして、リンの持っている双剣には傷一つついていなかった。リンの言う様に、市販の双剣を使っていたならまず間違い無く男の抜刀によって叩き折られていた。しかし、歩に折られて持ち合わせが無くて、しょうがなく使っていた双剣は魔道具の類であった。
それを壊すのはかなり骨が折れるのであった。リンの実力と持っている一級品の装備。その隙の無い布陣に二人は、冗談抜きに恐れていた。
「・・・・本当に、怖いね。最悪だよ、こんなの相手にするなんて」
「能力は泥・・・・、いや地面を溶けさせるとかに近いか。それと・・・・鞘内限定での加速ってところかな?」
リンは一目見ただけで大まかな能力を看破していた。
特に、抜刀の方は可視化出来るわけではないため、たった一度で見破れるのはリンの経験によるものだった。
「! さぁ、どうだかな」
「あはは、顔に出過ぎだね。動揺は隠さなきゃ。そこのおじさんみたいにさ」
マスクの男の僅かな動揺にリンは鋭く気づいていた。片方の双剣でおじさんのことを指しながら、ケラケラと笑っていた。
リンの大まかな能力への見当は大体当たっていた。
マスクの男であるワン・チェグンの能力は内部加速。鞘などの密閉された空間内にある物質を加速させるというものであった。それを利用して、ワンは鞘内で剣を加速させ、高速の抜刀術を得意としているのであった。
そして、おじさんことヤン・ユートンは地面変化というものであり、自分が触れている地面を直径十五メートルまで任意の地面の性質を変化させることが出来る。さっきリンに行ったように、地面を泥のように変化させたり、トランポリンのように跳ねるようにすることが出来る能力であった。
「チェミン、あの子の言う通りだ。顔に出た時点でアウトだよ」
「っ・・・・すみません」
悔しそうな表情を浮かべながらワンは素直に謝った。
「相手には例え表情だけだとしても表に情報を出しちゃダメだよ。まぁケースバイケースではあるけど」
「・・・・はい」
「・・・・何か話聞いてるとさぁ、まだ自分たちに未来があると思ってる話し方してない?」
「・・・・そうだけど、何か?」
「いや? 自信を持つことは悪いことじゃないよ。実現可能かどうかは別だけど」
「・・・・、影に関する能力なんだろう。明るければ意味が無いんじゃないのか?」
「っふふふ、そう思うならそうすれば良いじゃん? わざわざ聞かなくてもさぁ」
リンの能力は断影。影を断ち切ったり、他人の影と自らの影とを移動したりすることが出来る。また、他人の影を断ち切ると、その大きさに比例して相手にデバフがかかるというものであった。
フーがユゥにやったように、影を半分断ち切れば、切られた相手は身体能力が半分以下に下がってしまうのであった。
しかし、そんな能力でも影を媒介にしている以上、影がなくなれば能力は使えなくなるのであった。歩が閃光弾を使った時のように、影を無くす行為はリンにとって致命的な一手であった。
けれど、あれは歩だからこそ出来たものであって、二人が同じことを行うことはほぼ不可能であった。
「でも、そんなことをしてる暇はあるのかな?!」
そう言うと、リンは二人の元へと走り出した。リンの影が広がるとともに、その影の中から無数の黒いナイフが飛び出てきた。
リンとフーは双子、それも一卵性双生児であった。ごく稀に、一卵性双生児の能力は共有する事が出来る現象があった。リンとフーは正に、その現象が起こっており、リンはフーの、フーはリンの能力を一部だけ扱えるのであった。
「ッ・・・・!!」
急に眼前に現れた無数のナイフにワンが明らかに動揺していた。
「泥沼」
ヤンは即座に、ワンの足元を泥のようにして体勢を崩させる事でナイフを避けさせた。
「やっぱ、おじさんが面倒だね」
ナイフの陰に隠れて、ヤンの真後ろに移動していたリンがそう呟いた。
「マジ・・・・?」
振りかぶった双剣がヤンに当たった。ヤンが振り返るよりも先に、リンの双剣が斬り裂いた。
リンに追撃をさせないように、 即座に反転してワンがヤンに当たるスレスレで剣を抜刀し、斬り上げた。
しかし、リンは追撃をするつもりは初めから無かったのか、直ぐに後ろへと退いていた。
「ッぅ・・・・!」
ヤンは右腕を庇いながら、後ろへと退いたリンを見ていた。
腕は斬られて、血が流れてはいるものの両断はされてはいなかった。けれど、その傷はそこそこ深いようだった。
「やっぱ侮れないねー。殺したと思ったんだけどね」
ヤンは完全に躱す事が出来ない時悟り、ワンに行ったように左の足元だけを泥化させる事で重心を左に移し双剣が直撃するのを避けたのだった。
その一瞬の出来事だけで、このヤンがどれほど戦いに慣れているのかはリンにはよく伝わっていた。
「ひぃー、痛いねぇ。ちょっと・・・・勝てないかもなぁ、これは」
ヤンは苦笑いしながら脇の下を圧迫して止血していた。
「特攻でもしますか?」
「絶対にダメ。その考えは勝ちを放棄しているのと同じだからね」
ワンの意見を即答で否定してそう言った。
「じゃあ・・・・ッ!」
「何々?! 私も混ぜてよ!!」
二人に話す暇を与える事なく、リンからナイフが飛ばされてきた。
「ヤンさん、俺の後ろにいてください!」
ワンはヤンにそう言うと、剣を抜刀してナイフを撃ち落としていった。しかし、さっきの範囲を広げたものとは違って、今回はワンを集中して狙っていて、量と威力がさっきよりも高かった。加えて、リンが不意打ちを仕掛ける可能性も考慮しなければならなかった。そんな中で、迫り来るナイフ全てを落としきるのはワンには不可能だった。
落としきれなかったナイフが何本かワンの身体に突き刺さっていた。
「ぐぅっ・・・・」
リンは特に両足へ向けてナイフを出していた。その結果、ワンの両足には無数の切り傷が残されていた。
無論、上半身にナイフを集中させていればそれだけで殺せていた可能性はあった。しかし、それでもリンが上半身を狙わなかったのには理由があった、
「もう立てないでしょ」
リンはそう言ってワンへと近づくと、前に向かって延びていた影を断ち切った。
ただでさえ脚はボロボロでその上、影まで切られて力が入らなくなった以上、もうワンは戦いに参加することは出来なかった。
「ぐっ・・・・!!」
ワンの意思に反して、身体は動かなかった。もはや、立ち上がる事すらままならない状態だった。
「どうする? おじさん。私に一対一で勝てると思う?」
「・・・・いや、思わないねぇ。ただ、逃げるだけだったら、三回に一回は成功するかもねぇ」
ヤンは既にリンと真正面から戦うことは選択肢から除外していた。
既に立つ事すらままならないワンを連れて、逃げる方法を必死に探していた。
「あはは、正直だね。確かに、おじさん一人だったら逃げるのは多分出来るよ。でも、怪我人がいたら話は別でしょ?」
「・・・・そうだね」
ヤン一人なら、能力を駆使して逃げることは不可能じゃ無い。けれど、ヤンの頭の中にワンを置いて一人で逃げると言う選択肢もまた無かったのだった。
「俺を置いて行ってください! これは俺の自己責任です!」
「うーん、そうは言ってもねぇ。若人を見殺しにするのは寝覚めが悪いからねぇ・・・・」
「あははは! 本当に面白いね。・・・・じゃあ私から提案を出すよ。こんな范怎なんか捨てて、紫龍に来ない?」
ツボに入ったのか、笑い出したリンは双剣を鞘の中へと仕舞い込んで、とんでもない提案をしだした。
「「!!」」
「ああ、勿論。戸籍上では死んで貰うけどね。だけど今ここで抹殺されるか、逃げる代わりに死ぬまで紫龍に追われる事に比べれば、百倍マシじゃ無い? 特におじさんは」
ヤンにとって願ってもいない事だった。殺されるかもしれない相手から、戦いを止めることを提案されたのはヤンにも、ワンにとっても悪い話では無かった。
しかし、その提案には問題があった。
「・・・・そうだね。けど、その提案はあまりにも僕たちに利があり過ぎる。疑わずにはいられないよ」
ヤンの言う通り、リンの出した提案はワンとヤンに利があり過ぎた。むしろ、リンに利は無いと思えるほどであった。問題はそこだった。
あまりの好条件は、信用を得ることは難しくなることだった。
「えー、あーじゃあ今は見逃すよ。それで良いでしょ。で、今回のこの騒動が終わったら私がもう一回二人の元へ行ってあげるよ」
めんどくさそうな顔をしながらもリンはそう言った。よほど気に入ったのか、それとも利用する価値があると思ったのかは分からないが、少なくとも殺意は無くなりかけていた。
「・・・・逆に聞くが良いのか?」
恐る恐る、ワンが口を開いた。
「別に良いよ。紫龍はいつも人不足だし。どうせ、范怎だって潰れるんだし。次の仕事に困るでしょ」
「・・・・それはそうだね」
「で、どうする? 忠義を尽くして死ぬか、恥を忍んで生きるか、どっち?」
笑っていたリンが急に殺意を放ちながらそう言った。
ほぼ確証された提案を出された以上、抵抗したところでヤンたちに得は無かった。
「生かさせて貰えるなら、そうしようかなぁ。君とはこれ以上戦いたく無いしね」
目を瞑って少しだけ考えたあと、ヤンはそう言った。
「はい、オッケー! 今回の戦いはこれで終わり! じゃあ、下の階層へ案内してくれる? 私、方向音痴だから」
手を叩いて、殺意を引っ込めて笑顔になるとリンは嬉しそうにそう言った。
リンはあくまでカマをかけていただけで心ではほぼ確実に誘いに乗ってくることは確信していた。けれど、それは簡単なことでは無い。ひとえに、リンの実力が本物であったからこそ、実現出来たことであった。
「・・・・はいはい、人使いの荒いお嬢さんだ。・・・・よいしょっとぉ」
ヤンは腕を少し庇いながら、立てなくなっていたワンを背負った。
「すみません、ヤンさん」
ワンは少しぐったりした様子で、ヤンに背負われるとそう言った。
「気にしなくて良いよ。今は、死ななかったことを喜ぼうか」
ヤンは首を振って、そう伝えると何も気にしない様子でワンを背負って歩き出した。
「ほら、早く!」
リンは手招きをしながら、二人を呼んだ。リンはワンが怪我をしていることに関しては何も気にしていない様子だった。
「・・・・はいはい」
そうしてリンは二人を殺すことなく、この戦いを終わらせたのだった。
これが、もう少し、あとほんの少しだけでも早く決着していれば、歩の物語が加速することは無かったのかもしれない。
更新が遅くなりました。次回は月曜までにはしたいです。
謝罪なのですが、リンと、フーの名前について変更です。リン・リューヂェンとフー・リューヂェンにしてましたが、中国名は日本と同じなのを忘れていました。本当にすみません。
変更後はリュー・フーとリュー・リンです。他の話も変更しておきます。すみませんでした。
あと、本編の補足ですがユゥ・ジンソンの能力はポテンシャルだけで言えば多分フーよりも強いです。ただ、頭が少し悪かったのが敗因です。
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