八十八話 絡み合い
「で、これからどうする? 一平」
特に大きな問題も無く、地上へと戻ってきた僕たちはこれから何をしていくかを話し合っていた。流石に、早朝なだけあって、周りに人は全くとしていなかった。
「・・・・まずは、星桜さんと宮家さんを安全な場所、大使館まで連れて行こう」
「分かった。フーたちは?」
「うーん、俺たちはー・・・・。歩たちが大使館に行くんなら、俺たちもついて行こうかな。嫌だったら、ここで俺たちは別れるけど」
「いや、僕は全然。皆んなは?」
僕は一平たちを見ながらそう言った。けれど、誰も嫌がるそぶりは見せなかった。
フーたちが付いてくることに関して、誰も拒否はしなかった。
「そう言えば、一平。ここの後始末ってどうするの?」
「ん? あー、それは・・・・」
「いや、私たちがやっとくよ。もう連絡しておいたし。一平もそっちの方が楽でしょ?」
「それはそうだけど・・・・。良いのか?」
「うん、特に気にしないで良いよ」
リンがスマホをしまいながら、そう言った。
そして、リンがそう言ってから一分も経たないうちに、清掃員の姿をした人たちが車に乗って、来た。
「あっ、来た、来た。んじゃー、後はよろしく頼んだよ」
リンは清掃業のロゴがついた車に近寄っていくと、運転席の窓から中にいる人たちへとそう言った。
「了解しました。リンさんたちはどこに?」
「私たちは歩たちを送ってくる。リィさんにもそう言っといて」
「了解しました。お気をつけて」
話し終えると、リンはこっちに戻って来た。
「後は、あの人たちに任せて私たちは早く行こ」
リンの後ろでは、清掃員の服装に身を包んだ三人の人が車から降りると、自然な流れで準備をして、凄惨な事になっている中へと入っていった。
「・・・・うん、そうだね。じゃあ行こっか」
そして、僕たちは上海にある日本大使館へと歩いていくのだった。
歩きながら、僕は今回の事を振り返った。大勢を殺した。僕が殺した人たちにも家族や、恋人がいてその人たちからすれば僕は恨みの対象になるんだろう。
でも、そうだとしても僕に後悔は無かった。何も知らない、その人たちに対して罪悪感が無いかと言われると怪しいけど、少なくとも後悔は無い。今はそれで十分だろう。
◆
時は少し遡り、レナたちが沖縄に来る少し前。
ムーアの土によって、東京でもまた混乱が生じていた。
「ハインツ、分かってるな?」
イヤホンをつけ、腰には二本の刀を携えた宗一郎が壊れたビルを見ながら、ハインツと話していた。
『殺さず生け捕りだろう?』
「ああ」
『むしろ、俺よりもお前が気をつけた方がいいだろ。手加減出来るのか?』
「いつも、歩で試してる。だから・・・・」
『いや、普通の人間を歩と同感覚で考えるなよ。アイツは割と異常・・・・だからな』
「・・・・・・・・。まぁ、上手くやる。どうやら沖縄も大変な事になってるようだし、すぐに片付けるか」
『そうだな』
宗一郎は目の前に立つドス黒いオーラを身に纏った人間を見ながら、イヤホン越しにハインツとそんな事を話していた。
既にいくつかのビルが倒壊し、地面は陥没し、荒れ放題だった。
「そろそろ切るぞ」
『ああ』
「・・・・随分と好き勝手してくれたじゃねぇか。今、降伏するのなら不用意に傷つけないが、どうする?」
ブツッとイヤホンの音声が消えると、少し強い口調で宗一郎がそう言った。
「キヒッ!! 圧倒的、圧倒的な力ッッ!! 今だったら何でも出来そうだぁっ!!」
目の前に立つ男は、血だらけになって倒れていた女の頭を踏みつけながらそう言った。
その血走った眼は焦点は合っておらず、気が狂った人間のようであった。既に満足のいく受け応えは出来ないようだった。
「もう、言葉は通じないか・・・・」
「お前も、俺の邪魔をするんなら死ねやァッッ!!」
踏みつけていた頭を蹴り飛ばして、宗一郎へと走り向かって来た。
意思を持つかのようにして、黒い霧のようなものが男の右腕に集まっていった。
「・・・・」
宗一郎は焦る事なく、無言で刀を抜いた。その動作はあまりにも洗練されていて、その動きを見ただけで、宗一郎の剣技が極地に達している事が分かるほどであった。
「ハハハハハッッ!!」
そして、黒い霧が覆い尽くした右腕で宗一郎を掴もうと腕を伸ばした。
「・・・・」
けれど、それでも宗一郎の動きは最小限であった。
技なんて使っていない。ただ避けて、斬る。宗一郎がやったのはそれだけであった。誰もが行う事ができる普通のカウンター。
宗一郎は、その当たり前の反撃を練り上げられた技術によって一撃必殺レベルへと昇華させていた。
振り下ろされた刀はいとも容易く、男の右腕を斬り落とした。
「!」
けれど、男は腕を庇うことも痛がることすらせずに、すぐさま握った左拳を宗一郎へと振りかぶった。
「痛みも無いのか。もう、人間じゃ無くなってるな?」
左拳を上半身を少しだけ後ろに引いて躱すと、一度距離を取った。
宗一郎の読みは正しい。男は強靭な精神力で痛みを堪えたわけでは無かった。ただ、腕を斬り落とされても痛みを感じていないだけだった。
「その霧・・・・。さて、どうするか・・・・」
男の右腕に集まっていた霧が蠢きだし、地面に落ちた右腕を掴んだ。そして、元の位置に戻るようにして、霧が縮むと右腕がくっ付いた。
痛みを感じない。その上、斬り落としても霧によって元に戻る。そして、霧は刀では攻撃出来ない。
正直に言って、宗一郎にしてみれば天敵と言って差し支えない能力をしていた。
「グゥッッッァァ・・・・!! 憎い、憎い、憎い、憎い、憎いィィィッッ!!!!」
突然、男が頭を掻きむしりながら叫んだ。叫ぶ男の両目から赤い涙が流れた。
一言で言って憎悪。身を壊さんばかりの憎悪が溢れ出ていた。
「アアアッッァァア!!」
もはや、言葉にならない声を発して、男は再び宗一郎へと襲い掛かった。
そして、憎悪に呼応するかのように、黒い霧の量が増加していた。
「生け捕りは・・・・諦めるしか無いか」
その姿を見て、宗一郎は生け捕りをする事を諦めた。
この状態で生け捕りをする事は限りなく不可能に近い。だから、宗一郎は殺す事を決めた。
「柳生新陰流 一刀 一式 虚空・八連」
僅か一秒にも満たない間に、宗一郎は八つの斬撃を放った。
歩のものとは比べ物にならないほどの速度と威力を持った斬撃が視界を逃げ場の無いほどに一斉に放たれた。
「ガアアアァッ!!」
宗一郎の八つの斬撃は男の身体を文字通り八つ裂きにした。けれど、霧による接着が速すぎた。
八つ裂きにした身体が分裂して地面に落ちるよりも速く斬られた身体が元に戻った。
戻ると同時に、霧の量がいっそう増え出した。
「ああ、なるほど。憎悪か。他人を憎む想いが霧を増加させているのか」
宗一郎のその仮定は正しい。ムーアの土による身体能力の向上は使用者の想い、特に憎悪の感情に激しく反応する。憎悪の意識に反応し、身体から黒い霧が生成され続ける。その霧は対象に莫大な力と擬似的な不死性を与える。
ただ、その代わりに対象者の意識は希釈され続け、直に完全に意識は失われてしまうのだった。
そして、最終的には敵味方関係なく、目につくもの全てに攻撃し、破壊の限りを尽くす化け物へと変わってしまうのであった。
「グガアアアッッゥゥ・・・・!」
「意識がまだあるのか、もう無いのか分からんが、これが最後の忠告だ。降伏しろ」
「ガァッッアア!!」
忠告も虚しく、男の耳には届かなかった。もう既に、男の意識は消失していた。残ったのは誰のものかも分からない強大な憎悪だけであった。完全に人外となってしまっていたのだった。
「そうか。ならば、仕方が無い。柳生新陰流 一刀 一×五式 虚爪・微塵」
宗一郎が刀を振った。その瞬間、無数の全てを覆い尽くすほどの斬撃が放たれた。回避も防御も許さない、絶対的な斬撃が全て男へと放たれた。
男は何もする術も持たないまま全ての斬撃をその身に受けた。
今、男の身体はムーアの土の霧によって通常の三倍近い身体能力を持っていた。特に、防御に関しては凄まじく、その身体は鉄よりも硬いほどであった。けれど、宗一郎の斬撃は豆腐を切るかのように何の抵抗もなく、男の身体を微塵切りにした。
けれど、細切れになった状態でも霧は消える事なく、むしろその量と勢いは増し始め、男の身体を接着しようとしていた。
「柳生新陰流 一刀 四式 冥突」
無論、そんな事は宗一郎にとって予想の範囲内であった。斬撃を飛ばした直後に、流れるようにして動きを繋げると、細切れになった男へと突きを放った。鍛え上げられた全身の筋肉を限界まで引き絞り、解放する。その威力は、空間を消しとばすほどのとんでもない一撃であった。
その突きは何の誇張も無く、空間を抉り、細切れになった断片全てを呑み込んだ。後には、黒い霧の残滓のようなものしか、そこには残ってはいなかった。
「チッ・・・・、ハインツにまたイジられるな・・・・」
対象が消え去ったのを見届けると、宗一郎は刀を鞘に納めた。一つ小さく溜息をつくと、消失した男がいた場所へとゆっくりと歩いて行った。
男がいた地面には、灰色の砂塵のようなものがまばらに散っていた。
「・・・・。もう力は無いようだな・・・・」
地面に散っていたザラついた砂を少しだけ取って、人差し指と親指の腹でこねながらそう呟いた。
灰色になったムーアの土はさっきまでの禍々しい雰囲気は無く、ただの砂と化していた。
ムーアの土は一回限りの使い捨ての魔道具であり、一度使い終わったら、ただの砂へと戻るのであった。
「柳生 宗一郎様!! お怪我は?!」
宗一郎の後ろから慌てた声が聞こえてきた。
「ああ、問題無い。ただ、生け捕りは出来なかった。悪いな」
持っていた砂をポケットの中に入れると、後ろを振り返った。
後ろには、数人の組合員が肩で息を切りながら立っていた。
「いえ、アレを止めて頂いただけで、十分です!後は、我々が引き継ぎますので、お休みください」
「・・・・そうするとしよう。後は頼んだ」
「はいっ!」
宗一郎はそう言うと、組合員の横を歩いて行った。
「柳生新陰流 一刀 二式 神速」
「!」
ちょうど、組合員の真横に宗一郎が来た瞬間、宗一郎は、組合員に向かって抜刀した。
ほぼ、零距離からの神速の一撃。身体を反応させる事はおろか、目で追うことすら不可能に近い一撃であった。
そんな一撃を組合員は口角を僅かに上げて笑うと、上半身を後ろに倒して、すんでのところで躱した。
「バレないとでも思ったか?」
「・・・・ハハ、流石は黒級。完全に油断したところを殺るつもりが、まさかバレてるとは」
宗一郎の攻撃を避け、少し後ろに退いて組合員はそう言った。
他の組合員は何が起こっているのか理解できていないようだった。
宗一郎がいきなり攻撃し、それを躱した。何が起こったのか分からなくても無理は無かった。
「・・・・無銘教だな?」
「そう。当方は、無銘教No.3、破刃のリッパー・アルジェーンだ」
その名は悪い意味で知名度の高いものであった。
「! そうか、お前が現代の斬り裂きジャックか」
斬り裂きジャックとは、十年前に世界各地で起こった事件である連続斬り裂き殺人事件から付けられた通り名のようなものである。
犯人の名前はリッパー・アルジェーン。ただし、それ以外の情報は一切として分からず、謎に包まれていた。分かっているのは、かつてイギリスで起こったとされるジャック・ザ・リッパーによる連続婦女殺害事件になぞられた殺人事件であると言う事。いや、その残忍さと被害者の多さは元となる事件よりも数段上ではあった。
そして、宗一郎の目の前にいる者こそ、その斬り裂きジャックその人であるのであった。
「流石に知ってるか。そうだ、当方が現代の斬り裂きジャックその人である」
「まさか、無銘教だったとはな・・・・」
「驚く事じゃ無いだろう。無銘教に正常な奴なんていないからな」
「? ・・・・それはどういう・・・・?」
「おっと、これ以上は言えない。・・・・ふむ、やることも無くなったし、当方は帰らせていただこう」
「か、帰らせると思っているのか?!」
今まで黙っていた他の組合員が声を振るわせながらそう言った。
「・・・・やめておけ。当方の前に立ちはだかろうとする心意気は評価するが、むざむざ命を捨てる愚行はしない方が良い」
「・・・・こいつの言うとおりだ。今は手を出すな。お前たちを守りきるのは多分、・・・・難しい」
「でも・・・・」
「すまないが、これは命令だ。手を出すな」
宗一郎は少し気威すようにそう言った。
「素顔を晒して良かったのか? もう、逃げられなくなるが」
「ん? ああ、これは当方の素顔では無い。適当に奪ったものだから、心配する必要は無い」
「・・・・。最後に一つ聞かせろ、斬り裂きジャック。無銘教、お前らの終着点は何だ?」
「・・・・それは今、当方の口から言うことでは無い。・・・・時期に分かる。当方たちは何を終着とするのか、その全てが」
そう言い残して、無銘教の奴らがいつも使う手段を使ってリッパーはこの場から消え去った。
「・・・・すまないが、後は頼めるか?」
リッパーが消えるのを眺めた後、宗一郎は残っていた組合員へとそう言った。
「・・・・はい」
「よろしく頼んだ」
そして、宗一郎はこの場を組合員に任せると歩き出した。宗一郎と入違いになるようにして、多くの組合員が駆けつけて来ていた。
◆
「さて、こっちも始めようとするか」
「ギャハハハハハハハッッ!! 血、血、血、血、血、血ィッッ!!」
ハインツの眼前に立つ男は死体をぐちゃぐちゃに弄んでいた。
それは形容し難いほどに悍ましく、許されざる行為であった。
一瞬だけ、余所見をするようにして別の方向に目をやってから男の方を見た。
「・・・・兄ちゃんよぉ。楽しいかい? それは」
「アァ? 楽しいに決まってんダロォッ?! そもそも、敗者を遊ぶのは勝者の特権だろォッッ!!」
男は宗一郎の戦っていた奴とは違い、奇跡的に自我を保てているようであった。高らかに笑い、持っていた何処かしらの臓器を投げ捨ててそう言った。男の手は多くの人の血で真っ赤に染まっていた。
「・・・・そうか。これは戦いだ。負けた奴が悪いっていうことを否定する気は無い。だから、これは弔いとかじゃねぇ。ただの八つ当たりだ。楽に死ねると思うな、クソガキ」
ハインツは目に影を落とした笑顔でそう言った。
怖いだとか、そういう次元じゃ無い。息の仕方も忘れてしまうほどに濃密で、重すぎる圧がハインツから放たれた。
「ラウンド・セブン。アキヌフォート」
空間にヒビが入ると、中から真っ白の弓矢が現れた。
力強く弓を掴むと、右手で何も無い弦を引き絞った。
「哀しき情愛の必中弓」
引き絞った弦を離すと、突如実体化した無数の弓矢が男へと向かっていった。
「ハァッ?!」
男は弓矢が当たるよりも先に回避していた。いくらハインツの武器が強く、ハインツ自身も強くても身体能力が異常に向上している男にとって矢を躱す事はさほど難しいことでは無かった。
無論、それは弓矢が普通のものであったらの話。
ハインツが出現させたアキヌフォートは射れば必中の異名を持つ弓であった。
完璧に躱された矢がまるで意志を持つかのようにして、避けた男へと軌道を変えた。
男は避けることが出来ずに、その全身に矢が突き刺さった。
「ラウンド・シックス。ロストエクスカリバー」
無数の矢が直撃した直後、少しくすんだ濁った色をした長剣がアキヌフォートと入れ替わるようにしてハインツの手に握られていた。
「返還・理想郷」
瞬間、ハインツから放たれたのは鋭い斬撃であった。
「があっ?!」
男は身に纏う黒い霧を流動させるようにして、全身に分配すると、その斬撃を受け止めようとした。
しかし、その斬撃は霧を意に介さずに、男の身体を二つに斬り裂いた。
「それ如きで止められるほど、安いもんじゃあねぇよ」
ハインツの出したロストエクスカリバーの最大の能力は防御不可。どんなに堅い身体や防具を纏っていたとしてもそれは意味をなさないというものであった。確実に対象を斬り裂く斬撃、それがロストエクスカリバーであった。
「ラウンドスリー。ガラティーン」
ロストエクスカリバーに入れ替わり、大剣が現れた。今までの剣とは何かが違う、一気に場の空気が重くなった。
その大剣からは熱が発せられ、剣の周りの空間が蜃気楼のように揺らめいていた。
「太陽の号哭」
そして、ハインツはガラティーンを振った。陸の持っている魔剣とは比べ物にならないほどの焔がもうほとんどくっついていた男の元へと襲い掛かった。
焔が通った地面は溶け、その攻撃が如何に高温であるかを雄弁と物語っていた。
男は避けることも、黒い霧で防御することもさせてもらえないまま、その焔をくらった。
「ァァァアアアア・・・・!!!!」
男は喉が焼け爛れたのか、叫び声すらも満足に出すことができないようであった。
ガラティーンは、日中しか扱うことのできない武器。そのため、夜間では大剣として持つことも、振ることも出来ない。
しかし、日中であればその大剣は強大な力を持つ。
大剣の能力は発火と伸縮。刀身に、プラズマが発生することが出来るほどまでの熱を集め、任意で放出することが出来る。加えて、任意のタイミングで大剣の中のエネルギーを稼働させ、自らの目視出来る範囲まで刀身を伸ばすことが出来る。そして、正午の前後三十分限定で扱える太陽モードがある。太陽モードは、最大火力の上限は無く、理論上で上がるところ、つまり絶対高温である摂氏五兆度までならば温度を上げ続けることが出来る。そして、その熱とエネルギーを全て手中に収めることが出来るのであった。
「・・・・・・・・!」
「灰になるまで、自分の行いを反省していろ」
無情にも、ハインツは男にそう言い放った。男は未だ業火に身を焼き尽くされていた。
そして、少しずつ男の身体は炭化し、原形を留めることが出来ずになっていった。
「ァ・・・・!」
焔が直撃してから、一分ほどで男は完全に燃え尽きた。身に纏っていた黒い霧も力を使い過ぎたからか、燃やし尽くされたからかで灰になっていた。
回復する手段を失った男の身体は当然無事ではいられなかった。身体の至る所が燃え尽き、骨が剥き出しになっていた。けれど、何故か男はかろうじて生きていた。いや、生きていると言えるのかどうかは怪しい。けれど、死んではいなかった。
ガラティーンの最大の能力はそのバフ効果である。ガラティーンを持つ者は、自分が選んだ人間にバフをかけることが出来る。最大で自身の全ての能力が三倍となるバフであった。ハインツはそのバフを男へと付与していた。男を殺さないようにするために、生き地獄を味わわせるために。
その結果が男の現状であった。
「・・・・ッ、、ァ・・・・、」
「・・・・。さて、宗一郎はどうしたかな?」
未だ焔が燃え盛る大剣の焔を消してから、黒い穴の中へとしまってそう言った。
両者ともに、時間にしてわずか三分にも満たない戦闘。これが現代の地球で最強とされる黒級二人の力であった。
◆
「うーん、もう終わっちゃったかー。ムーアの土まで使ったのに、戦闘データすらまともに取れないとか・・・・」
双眼鏡を片手に、ハインツの戦闘を見ていた人物がいた。
八重歯の生えた金髪の少女は、少し落胆したような様子で棒付きキャンディーを舐めていた。
「しかも、 速攻でバレてたしなぁ・・・・」
双眼鏡をハインツから倒れていた男に焦点を当てながら、少女はまだ観察していた。
「・・・・・・・・」
少女のポケットの中に入っていた携帯が震えた。携帯の画面を見て、一度嫌な顔をしてから静かに電源を切った。
「・・・・まぁ良いや。どうせ機会は沢山あるんだし。次は覚悟しとけよ、最強」
棒付きキャンディーを噛み砕くと、残った棒をハインツのいる方へと投げた。
そして、少女はこの場から消え去った。
◆
「ヒュッ・・・・!」
ハインツが組合員へと連絡をしていた瞬間、突如何処からか飛んできた何かが焼け焦げた男の胸を貫いた。
「!!」
他のことに気を取られたその一瞬を的確に穿った。いくら油断していたとは言え、ハインツは黒級で、世界最強の冒険者。そんな者の隙は隙とは呼べない。
けれど、何者かは成功させた。それだけで、棒を飛ばして来た相手がどれほどの力を持っているかをハインツは瞬時に悟った。
「・・・・チッ、見逃すんじゃ無かったか。これでは宗一郎のことをとやかく言えんな・・・・」
ハインツは既に事切れた男の死体を見ながらそう呟いた。忌々しそうに、さっきまで少女がいた方向を睨んだ。
『ハインツ様? どうしましたか?』
「・・・・、何でも無い。あー、悪いんだが生け捕りすることが出来なかった。すまない」
『! 分かりました。いえいえ、倒していただいただけで感謝でしてもしきれませんよ。今、組合員が向かっていますのでもう少しだけお待ち下さい』
「ああ、頼んだ」
プツッと電話を切ると、右腕をダランと垂れ下げた。
◆
上海 日本大使館
「ようこそ、おいでいただきました」
僕たちが大使館へと行くと、大使館の方々が僕たち、もとい友里と深鈴さんへ向けて深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。私たちには何の権力もあるわけでは無いですし。それに、私たちを守ってくださるのに、そんなものは不要です」
深鈴さんがすぐに、頭を上げるようにそう言った。隣で友里も頷いていた。
二人とも、実家が名家なことを鼻にかけようとせず、礼儀を弁えているあたり、出来た人間なんだろうと改めて実感した。
「取り敢えず、お二人はこの奥の休憩室へどうぞ。詳しいお話は・・・・」
スーツにメガネをかけた三十代程度の男の人が僕たちに目を向けて来た。
僕たちは小さく頷くと、男の人も頷き返した。
「じゃあ、ここでお別れだね二人とも。今回は本当にごめん、ちゃんと守れなくて」
「ううん、歩は頑張った。現に、私たちは傷一つついてないよ。寧楽君も本当にありがとう。二人のおかげで、私たちは無事だった」
僕が謝ると、むしろ二人が頭を下げてお礼をして来た。
謙遜なんかじゃなくて、僕は今回何もしていないのに。ただ、虐殺をしただけで二人には何も出来なかったのに。
「じゃあね、歩。また後で」
「・・・・うん」
そして、二人は奥の部屋に歩いて行った。
「・・・・お話をお伺いしても? いや、まずは私の自己紹介からですね。私は盈戯 新轍です。よろしくお願いします」
「刻藤 歩です」
「寧楽 一平です」
「はい。お話の前に、まずはお疲れ様でした」
「・・・・ありがとうございます」
「貴方方の力であのお二人は救われました。・・・・さて、貴方に聞きたいのは一つ。中国の民間人に手を出しましたか?」
少し新轍さんの圧が変わった。威圧するように強めにそう言い放った。
「誓って、僕たちは一般人には手を出してません」
間髪入れずに一平がそう言った。僕たちはと言ったのは多分、フーとリンが僕たちと同じである保証は無いからだろう。
だが、それでも一平がそう言い放ったことで、真否はどうであれ、この一時の間に不信感を与えることは無いだろう。
「刻藤君もですね?」
「はい。危害を加えてはいません」
だからこそ、僕も言い淀むことなく、はっきりとそう答えた。
「・・・・・・・・」
新轍さんは僕たち二人の眼を凝視し続けていた。
「フッ・・・・。お二人とも聞いていた以上ですね。すみません、お二人のことは事前に聞いていました。しかし、私の悪い癖で自分の目で見ないと納得しないんですよ」
「お二人とも、私からの依頼を受けて頂けませんか?」
新轍さんは突然、そう言った。
「? 依頼ですか?」
「はい。・・・・内容を聞いてから判断してもらっても結構ですよ」
「! ・・・・良いんですか? 僕たちに内容を聞かせてしまっても」
普通、相手の確認が取れていない状態で内容を話すのは得策では無い。万が一のことを考えてギリギリまで言わない事が正しい。それなのに、新轍さんは迷うそぶりすら見せずにはっきりと言った。
「はい。貴方たちが気軽に言いふらすようなことはしないと判断致しましたので」
「・・・・それなら、内容を教えてもらっても良いですか?」
僕たちにデメリットは無い。内容を聞かせてくれると言うのなら聞いた方が良い。
「はい。率直に言うと、ある中国企業から、日本人を攫う。いや、取り戻して欲しいということです」
「どういうことですか?」
「これは公にはなっていないことなので内密に。つい先日、在中日本人が中国人に攫われました。どこの誰に攫われたのかは判明しました。しかし、その相手が非常に悪かった」
「中国だと・・・・、春泰か懺龍ですか?」
少し考えて、一平がそう言った。
「いえ、今回はその二つではなく、無銘教絡みです。無銘教と現在、密接に繋がっていると思われる范怎によるものです」
新轍さんは首を横に振ってからそう言った。
范怎はここ一年近くで急速に勢力を伸ばしてきた中国企業であった。普通、中国で新たに生まれた企業が急成長するのは珍しい。
けれど、その背後に無銘教が関与しているのならば話は変わってくる。無銘教は知らないうちに、その勢力を着々と伸ばし続けていることが推測できた。
「・・・・成る程。大使館だから中国の企業には手を出せない。だから、僕たちに依頼をする。最悪、失敗したとしても僕たちなら簡単に切り捨てられる・・・・。そういう事ですか?」
一平は少し口調を強めて言った。確かに、一平の言っていることは正しい。見方によっては僕たちに捨て駒になってくれと頼んでいるとも取れる内容だった。
「悪く言えばそうなりますね。そこまで分かっているのなら、断りますか?」
新轍さんは誤魔化すことはしなかった。
まぁ、下手に弁解した方がこの場では空気が悪くなることを考えれば当然ではあるのだろうけど。
・・・・とは言いつつも、僕の返事は決まってる。後は、一平の返事次第だった。
「・・・・歩。悪いが僕はこの話を受ける。歩はどうする? 断っても僕一人でやるつもりだけど」
少し意外だった。一平なら断ることも十分に有り得ると思っていた。けれど、一平は即答でそう言った。
それなら話は早い。元々、僕はこの話を受けるつもりだった。
「そんなの決まってる、やるよ。ここまで話を聞いて、そうですかって言えるわけないし」
「・・・・お二人とも、ありがとうございます」
「それで、具体的には?」
「はい、まずは情報の共有からですね」
そして、それから一時間と少しの間、僕たちは話し合い続けた。
短的に言って、酷い内容だった。范怎が攫った日本人とは、大使館に勤めている人だという。
普通に考えて、大使館に手を出す、それは日本に宣戦布告をしたとも取れる内容に僕たちは絶句した。
「んー、でも俺たちはこんな内容聞いてないなぁ。お姉ちゃんもそうでしょ?」
「うん。だから、これは范怎が勝手にやった事だね。・・・・ただ、失敗したらまず間違いなく中国上層部の奴らは日本を責めるだろうね。あの豚どもはそれぐらいの事しかしないからねー」
「アッハハ。まぁそうだね。お姉ちゃんの言う通り、今回の件に中国政府は直接の関与はして無いよ。ただ、捕まえる気も無いんだろうけどね。
中国の上部の人たちは自分が不自由無ければ良いって言うスタンスのゴミばっかりだから」
よほど上層部のことが嫌いなのか、それとも何か問題があったのか口汚くリンとフーがそう言った。
この二人に、新轍さんの依頼を受けることを伝えると、二人も協力する事になっていた。新轍さん側としても中国のそれも暗部の人間が手を貸してくれるとは夢にも思っていなかっただろう。
実際、中国に関する事でこの二人の助けを得られたのは相当に大きかった。
「・・・・上層部の事は一旦置いておいて、范怎については? 何か知ってる事はない?」
「んー、特には。調べれば何かしらわかると思うけど、ちょっと時間がかかるかなぁ。
・・・・でもさぁ、なーんでそこの大使館の人はそんな情報を知ってるのかなぁ? 少なくとも私は范怎の背後に無銘教がいる事は知らなかったんだけど?」
リンは新轍さんに疑いを持っているのか、そう言った。
「・・・・、情報提供があったんですよ。個人的に范怎の内部の人間と繋がりがありましてね。そこから情報を集めていった結果というわけですよ」
「ふーん? まぁ今は、良いよ。でも———」
「お姉ちゃん、辞めてよ。俺たちの品位が疑われるじゃん」
まだ話そうとしていたリンの口元を強引に塞いで、フーがそう言った。
「すみません、うちの姉が変なことを言ってしまって」
「ふぉっと! やめなふぁいよ! フー!!」
口元を塞がれながらも、リンは暴れながらそう言っていた。
「・・・・・新轍さん、なるべく早く動いた方が良いですよね?」
僕はそんなリンを置いておいて、新轍さんに話しかけた。
「はい。少なくとも、この一週間のうちには動いていただきたいと思っています。無茶なのは重々承知です。どうかお願い致します」
「分かりました。リン、フー、一平。明日からすぐに動いても良い?」
「もちろん」
「従うよー、歩。范怎を叩き潰そうか」
「俺もそれで良いよ。存分に俺たちを扱ってくれ」
僕の言葉に三人とも頷いた。全員、まだ少なからず疲れがあるだろうに、不満を一つも言うことなく頷いてくれた。
僕たちはまだ気付かない。
この事件が全て仕組まれていた事に。
大使館に盈戯 新轍という名前の職員はいないという事に。
僕の運命の歯車はこの事件で大きく、そして歪んだ形で加速していく。
すみません、更新が遅くなりました。
夏休みに入ったということもあり、なるべく早く更新していきます。次回は多分今週の日曜日には出来ると思います。
今回から3.5章に入ります。3.5章は今までよりも物語が加速していきます。
お楽しみに。




