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八十七話 その気高き誇りは、人を繋ぐ。

「ああ、面白くない・・・・。だから・・・・、面白くしましょうカ」


突如、そう言ったバーターの顔に黒い紋様が浮かび上がった。いや、浮かび上がるというよりかは、まるで侵食するようにして身体を蝕んでいく。


「!! お前・・・・、ゴホッッ・・・・! 何をした?!」


痛みによるものか、単純に力を使い果たした結果か、高雅は辛そうにしながら、バーターへ向かってそう言った。


「エぇ・・・・? なニッて、嫌がラセですヨ」


壁に埋まりながら、バーターは不敵に笑いながらそう言った。急速に全身に紋様が拡がり続けていく。

もう既にその身体のほとんどを黒い紋様が、覆い尽くしていた。


「是非、楽シんでくださいネ」


「ゴボッ・・・・、、やめろっっ!!」


決して少なくない量の血を吐きながら、高雅がバーターへと殴りかかった。血を吐くことなど気にも留めずに、バーターを殺すために脚を動かしていく。

けれど、遅かった。高雅がバーターにトドメをさすよりも先にバーターの全身を紋様が埋め尽くした。

その瞬間、バーターは笑って白眼を剥くと、ダランとその頭を垂れ下げた。


「?・・・・!!」


高雅の真横を何処かに落ちていた暴食の鎌が、回転しながら通り過ぎた。

高雅は一瞬、鎌に気を取られてしまった。

鎌の動きを一瞬だけ眼で追った後に、バーターが埋まっている場所を見た。

けれど、もう既に、バーターは壁に埋まってはいなかった。壁から消えたその男は、高雅のすぐ目の前に立っていた。そして、その右手には真横を通り過ぎた暴食の鎌が握られていた。


「!!」


高雅が気づいた時には遅かった。高雅が防御をする暇も、躱す暇も与えずにバーターは思い切りバーターの顔面を蹴り飛ばす。


「ぐぅっっ・・・・!」


既に、高雅の身体は限界を迎えていた。能力は元の性能・・・・いや、それ以下に戻り、完全に攻撃を吸収することは出来なくなっていた。

高雅が蹴り飛ばされ、勢いよく地面を転がる。首が引きちぎれるかと思うほどにバーターの蹴りは重かった。


「ゲホッ、ゴホッッ・・・・!! な、なんで・・・・」


「ンッンー。やはり、現世は気持ちが良いですねぇ」


背筋がゾッとする。バーターの声であるはずなのに、高雅の目に映る者がバーター、いや、同じ人間であるとは思えなかった。

それ程までに高雅は、バーターのたった一声に恐怖を抱いた。


「お前は、誰だ・・・・?」


フラフラとしながら、凛理がバーターへと向かってそう言った。凛理も既に満身創痍であり、右眼に至っては固く閉じられている。


「・・・・ンー。普段なら教えるつもりはありませんが、貴女たちは私を現世に出してくれましたしねぇ・・・・。

良いでしょう、私の名は()()()()()()()。冥土の土産にどうぞ、お見知りおきを」


バーター、いやバアルは鎌を地面に突き刺すと、執事が礼をするようにして、左手を胸に当てつつ右手を後ろに回して礼をした。


「バアル・ゼブブ? まさか・・・・、悪魔・・・・?」


「ンー! 知っていましたか。どうやら貴女は博識なレディのようですねぇ。そう、私は七大罪の一つ、暴食を司る悪魔です」


バアルは、凛理を褒めるように数回パチパチと手を叩いた。


「な、んで・・・・?!」


「ンー、この身体の持ち主は私と契約しました。

これは、その代償といったところですかねぇ」


笑いながらバアルはそう言った。


「十数年ぶりの現界。ンー、久しぶりの現世はやはり良い。飯も空気も、全てが良い。それに、欲望がそこら中に渦巻いている。ああ、良いものですねぇ・・・・!」


恍惚とした表情を浮かべながらバアルは嬉しそうにそう言った。

その言葉一つ一つが、表情がより一層高雅たちに恐怖を与える。

ただ、強いからとかじゃ無い。むしろただ強いだけの恐怖であれば良かったのに。この恐怖はもっと根幹の、生理的嫌悪から来る生物的な恐怖であった。


「ンー、恐怖してますねぇ・・・・。折角の久しぶりの現界なんですからちゃんと話して欲しいですねぇ」


「・・・・、何を、しようとしてる・・・・?」


恐怖をしながらも、声を震わせないようにしながら凛理がそう聞いた。


「ンー、まずは貴女たちを殺す。そして、後は・・・・何も決まってませんが、まぁ適当に力をつけましょうかねぇ」


「殺す・・・・か」


「ンー、気に障ったのならすみませんねぇ。でも、それだけは決定事項なので諦めて下さいねぇ」


正直、高雅たちに抗う力は残っていない。それに、もしさっきまでの能力が進化していた状況であっても、勝てる見込みはゼロに近い。

既に高雅たちは満身創痍で、たった二人しか居ない。他の三人は全員、とうに命の灯火は消えていた。ルーシーも、奈々も、遼山も動くことは絶対に無かった。


「ンー、そろそろ殺しますかねぇ。久しぶりにお喋りが出来て楽しかったですよ。あぁ、そのまま動かなければ楽に殺してあげますよ。

理由はどうあれ、貴方たちに感謝してますからねぇ」


高雅は下を俯いていた。首が痛いのもある。けれど、心の底で何かにヒビが入った。いくつもの絶望を乗り越えた。けれど、高雅は身体も、気づかないうちに心も、とっくのとうに限界を迎えていた。


はは、もう無理かなぁ。

俺、だいぶ頑張ったぜ? むちゃくちゃ痛い思いしながら、耐えて、耐えてバーターを全員で倒した。これ以上無いくらいには仕事したろ?

なぁ、朔弥。なぁルーシー。なぁ、奈々。

そうだろ? 俺、頑張ったろ? もう、休んでも良いよな?


高雅の心に諦める選択肢がその大きさを膨らませていった。

バーターを倒した。今、目の前にいるのは悪魔で、規格外の強さ。言い訳は十分に通用する。第三者が見ていたとしても、高雅が諦めることを責めることは無いだろう。それ程までに絶望的な状況だった。

けれど、だからこそ、抗うことには大きな意味を持つ。


・・・・・・・・、あぁ、そうだよなぁ。諦めるなんて出来ないよなぁ。なぁ、皆んな。

あぁ、そうだよなぁ・・・・!


高雅は、ルーシーたちの幻影を見ながらそう言った。

もしルーシーたちが生きていたとしても、高雅の選択を責めるなんてことは無い。むしろ、意見を尊重して笑って許してくれるだろう。

だが、それでも、高雅の描く幻影は高雅を奮い立たせていく。戦う勇気を、動かない脚を前に、背中を押してくれていた。

高雅は分かっている。ここで諦めたら、彼らの魂を汚してしまうと。強大な敵に向かい続けた誇り高い仲間たちの魂を汚さないために、折れかけていた心を高雅は立ち直らせていく。

ギリギリのラインで心が折れ切るのを踏みとどまらせた。その眼には、消えかけていた灯が宿っていた。


「ゲホッ・・・・、悪いな。俺は諦めが悪いんだ、だから全力で抗わせてもらう・・・・!」


「・・・・ンー、度し難いですねぇ。折角、苦しまずに死ねるというんですがねぇ」


「フッ・・・・、関係ないな。俺は、閃光のメンバーだ。俺が折れたら立派に戦いきったアイツらを貶めちまうからなぁ」


「そうね、高雅。やりましょうか・・・・!」


凛理も、高雅もバアルに抗うことを覚悟した。

バアルから見れば、二人とも吹けば飛ぶようなか弱い存在。すぐに決着が着くのは明白であった。


「ンンンー!! これだから人間は面白いですねぇ。さっきまで心が折れかけていたのに。

それじゃあ貴方たちは残酷に、殺しましょうか。死ぬその寸前までその心は持ちますかねぇ?」


バアルへと構えた二人に向かって、鎌を向けた。

とんでもないほどの濃密で重いプレッシャーが二人を襲った。

ハッキリとした死の予感。常人ならばこれだけで戦意喪失どころか、気絶してもおかしく無い程だった。


「これ如きで、止まるかよ・・・・!!」


二人はそのプレッシャーに正面から抗いながらバアルへと走り向かった。

身体は限界で立っているのもやっとのはずなのに、二人の身体はよく動いた。


「まずは足からですかねぇっ!!」


二人へと鎌が振り下ろされた。

そして、同時に小さく笑う、フードを被った一人の人物が現れた。


「良いね、君たち。好きだよー、そういう奴は」


その人物はバアルと高雅たちの間に割り込むと、鎌を受け止めてそう言った。


「は?!」


「それに対して、君は・・・・、ちょっと痛い目にあってもらおうかなっ!!」


鎌を流れるように地面へと誘導すると、動揺したバアルの腹部へと回し蹴りを放った。


「ゴホッッ・・・・!!」


さっきまでバーターが埋まっていた場所とは違う所にバアルが吹き飛ばされた。


「後は私が引き継ぐよ。誇って良いよ、君たちは()()()()()()

強大な敵に正面から立ち向かい、勝利した。素晴らしいよっ!!」


嬉しそうに、そして心の底から褒めるように二人へとそう言った。


「? ・・・・貴女は?」


「あぁ、私? 私は・・・・うん、教えてあげよう。私の名前はマリー・アルスフィア。

そうだなぁ・・・・、()()マリーちゃんって覚えておいてよ」


おちゃらけたように舌を出して、フードを取ると、露わになった白銀の髪を持った女性がそう言った。息を呑むほどに美しい容貌とスタイルを兼ね揃えており、絶世の美少女という表現が正に当てはまるようなそんな感じであった。


「魔王? ・・・・マリー・・・・?」


「アハハ、変に受け止めなくて良いよ。まぁ頭の隅にでも置いておいてよ」


無邪気に笑うと、高雅たちにそう言った。


「安心してて良いよ。君たちに被害は出ないから」


笑顔で高雅たちにそう言ってから、壁から立ち上がったバアルへと向き直した。


「魔王? 私たちを舐めるのも大概にして欲しいものですねぇ。貴女如きが気安く呼んでいい言葉では無いですよ」


さっきまでの慢心していた表情とは違う。今のバアルには明確な怒りが、マリーへの殺意が宿っていた。

魔王は、全ての悪魔の王という意味を持つ。

全ての悪魔にとって畏怖し、従わざるを得ない唯一の存在。それをたかが人間風情の小娘が名乗った。それは悪魔、それも七大罪の一つを司るものからすれば、耐え難い程の屈辱であった。


「アハハ、怒ってるの?」


「私を前に魔王と名乗るその胆力は認めてあげますよ。けれど、その言葉を口にした代価は重いですよ?」


「ん? 何で自分が勝つ気でいるの? 私にお前が勝てるとでも思ってるの?」


それでも、マリーはなおもバアルを煽った。

完全に火に油を注いでいる。人間が悪魔に勝てるはずない。向こうは完全にこっちの常識外の存在。それなのに、マリーはバアルに油断を誘うのではなく、ドンドンと怒らせていった。

まず、慢心することも、手加減することも無いだろう。そうなったら、人間に勝ち目なんてあるはずが無い。


「・・・・ンー、成る程。私を怒らせれば単調になるとでも思ったんですか? けど、それは———」


「アッハハハ!! そんなわけないじゃん。心からの本心だよ! お前は私には勝てない」


「ンー、そうですか。・・・・馬鹿に何を言っても理解されないというわけですか」


「・・・・御託はもういいだろ? グダグダ言ってないで、・・・・かかってこいよ」


マリーは手のひらを上に向けながら、かかってこいとジェスチャーをした。

バアルから見ればさぞ、屈辱的であっただろう。

直後、バアルの姿がマリーたちの目の前から消え去った。


「死ね」


酷く無機質な声でバアルがそう言った。一瞬にして、バアルはマリーへと接近し、鎌を横薙ぎに振った。


「一辺倒なんだよ。それ如きで勝てると本気で思ってる? ・・・・だとしたら笑えない冗談だね」


マリーは目の前に迫り来る巨大な鎌を至って自然に受け止めた。その手にはいつ嵌めたのか、深い翠色をした籠手が着けられていた。

マリーはまるで道端の石を見るようにつまらなそうにそう言った。


「! 貴女・・・・、その籠手は・・・・」


「ん? あー、流石に気付くか。・・・・そうだよ、この籠手は怠惰(アスディア)の権能を持ってる。まぁ、お前と同類ってことだよ」


「ッ・・・・!!」


バアルはその言葉を聞いて、力をより一層込めた。けれど、暴食の鎌は受け止めたマリーの腕をそれ以上押し込むことは出来なかった。

マリーは全く力が強いようには見えない。むしろ華奢な体躯で、力は非力のように見える。

それなのに、バアルは全くとして鎌を押し込めなかった。


「どうした? 疲れてるの?」


「・・・・・・・・」


バアルはマリーの言葉に反応することなく、一度後ろへ退いた。


「へー、逃げるんだ。まぁ、良いけどね。じゃあ次はこっちから」


マリーはそう言うと、目の前に黒い穴のようなものを出現させると、その中から赤色の弓が落ちてきた。


「! それはッッ・・・・!!」


「そうだよ、これは憤怒(ラース)の弓」


バアルが何を考えたのかを読んで、そう言った。

顔面にビキビキと血管が浮き出る程にはバアルの怒りは高かった。

そして、それと同時に焦りも少しだけ含まれていた。


「苛立つのは勝手だけど、ちゃんと受けきりなよ? 地獄業火(ヘルフレア)


マリーは何も無い弦を引いた。その瞬間、引いた場所に炎が矢の形を成して現れた。

いや、炎と表現するのは間違っていた。炎とは比べ物にならないほどの熱量と圧倒的な密度。

空想上の地獄の焱を思わせる様なほど圧倒的なものであった。

そして、その焱が弦から離れ、バアルへと襲いかかった。


「真空悪食」


バアルはバーターがやってみせたように、空間を削り、真空を生み出した。本来ならば、真空に呑み込まれ、焱は消失する。特に、空気が無ければ焱は燃えないはずだった。

しかし、この焱は消えない。多少は真空に消えたが、そのほとんどが勢いそのままに、バアルへと襲いかかった。


「!! ッッッアアア!!」


流石に、これはバアルも想定していなかった。自慢をするわけでは無いが、バアルは自分の能力に絶対の自信を持っている。確かに、扱いようによっては無敵の盾にも、矛にもなりうる力だった。

人間であれば遅れをとることは、まずないだろう。

けれど、今回は相手が悪すぎた。

マリー・アルスフィア。彼女が何者であれ、問題なのは持っている武器であった。今、マリーが見せた二つの武器、司る権能は怠惰と憤怒。その二つの武器が持つ能力はあまりにもバアルと相性が良すぎた。

怠惰の持つ能力は停滞。そして、もう一つの憤怒の能力は支配。その二つはバアルにとって天敵と言って差し支えない能力であった。


「分かった? お前は私に勝てない理由が」


業火に包まれたバアルへとマリーがそう言った。


「グゥゥゥッッッ・・・・・・・・!!」


焱が消えて、所々に大きな火傷を負ったバアルが膝をついていた。


「随分と辛そうだね」


「な、何故、その武器を持っている?! いや、そこじゃない。何故、()()()()()()()?!」


バアルが指摘したのは武器がある事ではなく、二つ持てている事だった。悪魔の能力を宿す武器は基本的に一人一つしか使えない。それは、悪魔との契約によるものが大きかった。悪魔の力が強ければ強いほど、その契約もまた厳しくなっていく。

まして、その中でも最高峰の七大罪の能力の武器といくつもの契約を結ぶ。

それは、異常以外の何物でもなかった。いや、異常どころか不可能なはずであった。

もし、その例外が当てはまるとするならば。

それは、魔王以外には当て嵌まらなかった。


「私は、認めません。貴女が・・・・」


「別に今、認めなくても良いよ。無理やり力づくで認めさせるからさ」


ここまで来れば、マリーが魔王であることを疑う必要は無い。正確に言えば、マリーの能力は魔王では無いが、それに近しいものであった。

悪魔にとって、恐怖という感情が心の中に出てくることすらほぼ、あり得ない。

けれど、バアルの中には、マリーに対して少なからず恐れが生まれてきていた。

そして、その感情はそばで観ていた高雅たちにも同じことが言えていた。


「マリー・アルスフィア・・・・、、何者・・・・なんだ?」


「んー? ああ、怖がらないで大丈夫だよ。君たちには危害を加えるつもりは毛頭無いしね」


バアルと戦っている最中であるのに、マリーは二人に振り返りながら笑顔でそう言った。

それがより一層、高雅に恐怖を抱かせた。


「よそ見ですか、余裕ですねぇ」


「・・・・、余裕だよ? むしろ、想定していたよりもずっと弱くて呆れてるくらいだしね」


バアルは心に生まれた異質な感情を悟らせないように、少しマリーを挑発するようにそう言った。

けれど、その挑発は全く持って意味をなさなかった。むしろ、マリーに皮肉で返される。どちらが優勢なのかは、火を見るよりも明らかであった。


「さ、もうそろそろ終わらせよっか。意味無いし」


「そうですねぇ。私の誇りを掛けて全力で貴女を殺してあげますよ」


「安易にそういう事を口にしない方がいいよ? 全力でやらないと勝てないって言うのはこれ以上、奥の手が無いって言ってるのと同じだからね」


「・・・・、いつまでその軽口が開けますかねぇっ!?」


バアルは自らのプライドを守るため、目の前に立つ小娘を殺すために、全力を出した。出し惜しみはしない。いくら言われようと、この場にいる全員を殺してしまえば良い。それだけであった。


「ッッ・・・・!」


高雅たちは息を呑んだ。バアルから出されるプレッシャーは重いだとか、そう言う次元じゃ無い。真っ黒の重くて息苦しいものが辺りを埋め尽くしていく。

けれど、そんなプレッシャーを目の当たりにしてもなお、マリーがやられる未来を一ミリとして想像することができなかった。


「ふーん、じゃあ私は五割くらいの力で良い?」


「・・・・お好きなように」


バアルはこれ以上ペースをマリーに持っていかれないようにするためか、冷静にそう言った。


「じゃっ、そうさせてもらうね」


マリーは弓を出した時のように黒い穴を目の前に出現させると、その中に弓を入れ、新しく双剣を取り出した。

双剣は金色。それなのに、上品で美しい何処か神々しさすらあるような二振りであった。

そして、これまでのことを考えれば、この双剣もまた悪魔、それも七大罪の悪魔の能力を持つ武器であることが想像できた。

全く持って底を見させない。意図的か、無意識か、おそらく前者であるだろうが、高雅たちはもちろん、バアルでさえ底は見えなかった。


亜空間接続(ロストコネクト)


バアルの周辺がまるで蜃気楼があるようにぼやけた。


「へー、全身が暴食の力を常時出してるんだ。面白い使い方だね」


蜃気楼と思えたのは、常に周りが真空になっている事による空間の歪みによるものであった。

すぐに、マリーはそのカラクリに気付くと、特に驚いた様子も無く、そう言い放つ。


亜空間喰(ロストイーター)


バアルが空間を斬り裂いた。今までとは違って、空間の歪みがはっきりと分かるほどに、大きな裂け目が生まれる。

化け物が大きな口を開けて捕食するかのように、裂け目がマリーへと向かっていった。


「へー、本気っていうのは伊達じゃなかったんだね。確かに、常人だったら即死だね」


マリー単体であれば、躱すことは多分できる。けれど、バアルはその選択肢を消すために、高雅たちをも巻き込む攻撃をした。

マリーは被害を出さないと言った以上、躱す選択肢は取れない。それを計算した上での攻撃だった。


「!! 躱せ!! 俺たちのことは———」


そのことは高雅たちも気付いていた。もしかしたら、自分たちを人質に取るかもしれないと。

だからこそ、高雅は自分たちを見捨てて良い旨をマリーへと伝えようとした。


「いや、大丈夫だよ」


けれど、そんなことを気にする素振りすらマリーは見せなかった。

元から避ける気は無かった。


「だって、せっかく弱者が工夫してるんだから、()()は受けてあげるのがマナーってもんでしょ?」


圧倒的な力の差が無いと言えない言葉。マリーは今のバアルの姿を、攻撃を見てもなお、自分の考えを改める気にはなっていなかった。

そして、苦労をすることもなく至って自然に、迫り来る真空の裂け目を金色の双剣で十字に斬り裂いた。


「真空悪食」


バアルに慢心は無い。普段ならば殺せることを確信し、何もしないだろう。けれど、今回はすでにマリーへと肉薄し、攻撃体勢へと移行していた。


「・・・・」


マリーは無言で鎌の刃と左手に持つ剣の刃をぶつけた。

金属がぶつかり合う甲高い音がして、徐々に、バアルが押され始めた。


「私を警戒してるなら、お前は近づかない選択をするべきだったね」


今もなお、マリーが嵌め続けている怠惰の籠手。その能力は使用者に近づく生物の動きの慣性を増加させ、極端に遅くするということであった。加えて、怠惰の力により、使用者に近づけば近づくほどに、力が分散していく。その二つが合わさり、物理攻撃が使用者に直撃する際には、元の力の四分の一程度ほどしか出せなくなるというものであった。


(ロスト)


バアルは身体に纏っていた暴食の力を調整し、引力のようなものを創り出した。

流石に、いくらマリーが常識外に強いとしても自然法則には逆らえない。

マリーの身体がバアルへとグンッと引き寄せられた。


「貴女の敗因は慢心ですけどねぇ!」


そして、バアルは鎌をマリーに押し付けるようにして投げ捨て、開いた右手をマリーの顔面へと伸ばした。


「工夫は認めるよ。けど、それでも届かないから私は慢心してるんだよ」


けれど、圧倒的だった。幼稚園児が大学生に力で勝てないのと同じように、両者には工夫をしても埋められないだけの差があった。

そして、バアルの腕が届くということはそれだけ両者が接近しているという事であった。

バアルの腕が届くよりも先に、マリーの双剣がバアルを捉えた。


「はい、終わり」


「ッ・・・・!!」


双剣を平行にしつつ、バアルの腹を斬り裂いた。

しかし、それでも悪魔の意地とでも言うべきか、バアルは苦痛に顔をしかめながらもマリーの顔により一層手を伸ばした。あと、数ミリというところまでにまでバアルの手が迫る。けれど、そんな状況でもマリーは瞬きひとつすらしなかった。


「終わりって言ったでしょ。強奪:反抗(シーズ:レジスト)


あと数ミリ、されど数ミリ。あと、ほんの少しであったのに、それが絶望的に遠かった。

バアルの腕はそれ以上動くことが出来なかった。

まるで自分の身体が自分のものではなくなったかのように突然動かなくなった。


「何故?」


「・・・・、あぁそっか。同じ七大罪でもお互いの能力を全部知ってるわけじゃ無いんだっけ」


腕を下ろしたバアルを見ながら一人で納得するようにマリーが頷いていた。


「強欲の悪魔が宿るこの双剣の力は強奪。私に強い意識を向ける対象を斬ることで、一回だけあらゆる物を一つ奪い取る。

私はお前の反抗する力を強奪した。もう一度言うよ。お前は私には勝てない」


マリーが持つ双剣は強欲の悪魔であるマモンが宿った武器であった。その能力は、条件を満たした対象から能力と命以外のものならば何であろうと強奪することが出来るというものであった。

もちろん、永久的に、強奪することは出来ないが、一時間ほどは奪い取ることが出来る。

つまり、マリーに反抗する力を強奪されたバアルはもう戦うことが出来ないのと同義であった。


「・・・・・・・・、クソ」


バアルは短くそう言い残した。プライドはズタズタになっているであろう、その悪魔は一言だけそう言うと、身体に纏った暴食を解いた。


「賢い選択だねー、それじゃあ契約だね」


マリーはその姿を見ると笑顔で手の平を下に向けながら右手を前に出した。


「汝、我が求める鎌となれ。契約者はマリー・アルスフィア。七大罪が一角、バアル・ゼブブとの契約を執行する」


「・・・・、我はその申し出を受け入れる。・・・・ここに、マリー・アルスフィアとバアル・ゼブブとの契約は完了した。以後、我は契約者の武器となる」


バアルは不服そうな顔を隠すことをしないまま、そう言った。そして、バーターの身体から黒い紋様が消えていった。

黒い紋様が完全に消えると、バーターの身体は前向きに倒れた。

それと対照的に、双剣をしまったマリーは黒く大きな鎌を携えていた。

二、三度感触を試すように鎌を振ってから黒い穴の中へとしまった。


「・・・・。ごめんねー、手柄を横取りするような形になっちゃって」


「いえ、・・・・貴女がいなければ私たちは死んでいましたから。むしろ、感謝してます」


「そう? そう言ってくれると気が楽だよ。・・・・もうすぐこのダンジョンは崩壊する。だから、今のうちに、やるべき事をしておいた方がいいよ」


マリーは一瞬だけ、もう冷たくなり始めているであろう遼山たちの姿を見てそう言った。


「・・・・はい。全員分、回収します」


「うん、それが良いよ。・・・・じゃあ私はそろそろ行くね」


「本当に、ありがとうございました」


「ううん、気にしなくて良いよ。・・・・最後に一つだけ。君たちは絶望を何度も乗り越えた。それはとてつもなく凄い事だよ。私は一人の人間として君たちを尊敬するよ」


マリーは真剣な顔で凛理たちの顔を見てそう言った。マリーの目は優しく、その言葉は二人の心を温かく満たしていった。


「! ・・・・、、ありがとう・・・・、ございます」


凛理はふと、涙が流れそうになった。けれど、すぐにそれに気づくと慌てて目を擦った。


「あー、忘れてた。今は気を失ってるけど、その男は死んでないからね。あとは君たちが思うようにすれば良いと思うよ。それじゃあね」


マリーは手を振って凛理たちに言うと、その場から消え去った。


「高雅。悪いけど、まだ動ける?」


「あぁ、多分は・・・・」


「じゃあ、最後に一仕事だけ」


「・・・・そうだな」


二人はお互いに支え合いながら、残した事を少しずつやり始めた。

多大な犠牲、そして、生き残った二人もまた重い犠牲を払った。けれど、それでも閃光と餅次遼山は宿敵を倒したのだった。与えられた使命を全うしきったのだった。


少しずつ夜が明けてきた中でビルの屋上から眼下の街中を眺めている女の姿があった。

何か用があるわけでもなく、ただボーッと眺めていた。


『助けるのなら、最初から助けてやれば良かったんじゃ無いのか?』


その女が契約している悪魔の一体である憤怒を司るサタンがそう言った。


「・・・・・・・・。彼らの邪魔をするのは得策じゃなかったからねー。例え、結果が勝ちでも負けでも当人たちの手で決着をつけないとね。

まぁ、七大罪の悪魔が出てくるっていうなら、話は変わってくるけど」


『ハッ、よく言うぜ。最初は()()()()()()()()()()()()くせに。まぁ、姿を見られることがデメリットなのも確かではあるが』


「・・・・まぁ、確かにお前の言うとおり、最初は助けるつもりは無かったよ。けど、彼らは救うに値する人間だったからね。

それに、そろそろ状況は加速し始める。・・・・刻藤 歩。()()()()()()()()()()、早く会いたいしねー」


『成る程。その男、いや多くの人間にお前を認知させるために助けたということか』


「まぁそんなとこ。けど、さっきも言ったように、彼らを助けたかったって言う気持ちも、もちろんあったけどね」


『・・・・ハッ、良いさ。俺たちはお前に従うだけだからな』


「うん、そうだね。・・・・それにしても、あと三つか。出来ることなら揃って欲しくは無いんだけどなー」


新しく手に入れた黒い鎌を両手で持ちながら、マリーはそう言った。


『それはそうだな。七つが揃う時、それは・・・・』


「まっ、考えてもしょうがない。とりあえず、今日は帰ろっかなー」


一度、ビルの屋上で大きく伸びをした後、マリーはビルの上を駆けて行った。

地平線から浮かび上がってくる太陽の光が強く照らしていた。



マリーが言ったように、しばらくするとレナたちがいた場所も、高雅たちがいる場所もその全てに激しい揺れが起こった。


「!! この揺れは・・・・、、ダンジョン崩壊?」


「そうだねぇ。やっぱり、ダンジョンの中にいたか。一応、全員構えておきな。万が一の可能性もある」


さざめさんの言葉を聞いて全員が頷いた。

今、一番恐れる事は終わったと油断した状態でまた何かしらの仕掛けがある事だった。

ここが普通のダンジョンで無い以上、外に出るまで油断は命取りになる。

そして、ダンジョンが崩壊した。

警戒し続けていたレナたちを裏切るように、特に何かが起こるわけでもなく、崩壊した。


「・・・・何も起きなかったねぇ」


「まぁ起きないに越した事は無いですけどねー。・・・・それにしても、ここ何処なんでしょうね?」


レナは辺りを見渡しながら朝日によって照らされ始めた景色を見てそう言った。

レナたちがいるのはスラム街などでは無く、しかも全く見覚えもない場所であった。


「どうやら、ここは北京のようですねぇ。・・・・さて、どうしましょうか? ミス街中」


上着の内側のポケットからスマホを取り出して、健がそう言った。

レナたちがいるのはスラム街からかなり離れた場所にある北京であった。


「うーん、とりあえずは連絡しようか。安否だけでも伝えておいた方がいいからねぇ」


「了解です、それでは伝えておきます」


健はすぐさまスマホをタップすると、メールを打った。


「はぁ・・・・。やっと帰れる・・・・」


さっきまでの強気はどこに行ったのか、翡翠はまたぶつぶつと呟くようにそう言った。


「うーん、どうだろう。帰れるのかなぁ・・・・? なんか色々めんどくさい事をしなきゃいけない気がするけどなぁ・・・・」


「まぁ確かに、すぐには帰れないだろうねぇ。さっ、まずは上海まで向かおうか」


さざめさんがそう言うと、全員は頷いた。そして、レナたちは上海へと向かって行った。



「・・・・どれほどの被害が出たんだ・・・・?」


レナたちと時を同じくして、鞍馬さんもまた地上に出てきていた。

一人で転移してしまった鞍馬さんの周りに、冒険者は一人として見当たらなかった。

普通、ダンジョンが崩壊したのなら、そのダンジョンがある場所に転移する。だから、上海でダンジョンに入ったのなら上海に転移されないとおかしい。

それなのに、鞍馬さんの周りには誰一人としていない。その事実が鞍馬さんの中に大きな焦りを生んでいた。


「!」


鞍馬さんは少しだけ服が振動したのを感じると、ポケットの中からスマホを取り出した。

パスワードを打ち込んで開けると、健からメッセージが届いていた。

その内容を見て、鞍馬さんの心に少し落ち着きが生まれた。

たまたま、自分はここに転移しただけで、他の冒険者たちはまた別のところに転移をしているという可能性が生まれた。


「・・・・そうか。なら、俺はやるべき事をしなければな・・・・」


鞍馬さんは一度だけ深呼吸をすると、崩れたダンジョンの方へと歩き出して行った。


———数時間後に判明する事だが、この戦いで無銘教、闇組合の構成員たちの被害は尋常では無かった。無銘教のアジト一つと、闇組合のアジト二つを壊滅。加えて、正確では無いが百数十人の構成員を倒しきった。

しかし、冒険者たちの被害もまた少なく無かった。いや、むしろ比率だけで言えば()()()()()()()甚大な被害を負っていた。

突入直後、五十一人いた冒険者たちの内、()()()()が帰らぬ人となった。

それも、()()()()()の手によって。

すみません、更新が遅れました。

次は金曜日までには出来るように頑張ります。


3章はこの話で終了です。次話から、3.5章に突入していきます。

遂に、七大罪の力を持つ武器をたくさん出せました。個人的に七大罪だったら、怠惰が一番好きです。

これから始まる3.5章もお楽しみに。


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