八十五話 戦えなければ、戦わなければそれは。
「高雅、早くこれを!」
未だに腹部から出血をしていた高雅に駆け寄ると、ルーシーが回復薬を飲ませた。
実際、高雅の傷は深く、あと少しで内臓が外に出るほどであった。
けれど、ルーシーが早い段階で高濃度のポーションを飲ませたことで傷は塞がり始めていた。
「大丈夫?! 高雅!」
「ッッ、、ああ、何とか・・・・」
腹を抑えながら高雅は立ち上がった。本当ならば、高雅は戦わない方が良かった。ポーションを使っても失われた血は回復しない。あそこまで出血していた高雅はすぐに休むべきだった。しかし、そんな余裕は無かった。そして、それは高雅自身が重々承知していた。
それに、眼前で遼山たちが命を賭けて戦っているのを見て、休む気などは起きはしなかった。
「ルーシー。絶対に、守るから、羅針盤を続けてくれ!」
実際、この戦いにおいて、ルーシーがいなければ、ほぼ遼山たちの負けが確定する。バーターの瞬間移動は能力が似ていた遼山以外は予測も出来ないものであった。つまり、ルーシーが位置を共有出来なくなった瞬間、奈々たちは成す術もなく殺られるということを意味していた。
だから、高雅は何が何でもルーシーを守り通さなければならないのであった。
「時溜速撃弾」
「貴女のは当たりませんよ〜!! 狙いがバレバレなんですよっ!!」
バーターは奈々の攻撃を全て躱した。掠りもすること無く、その悉くを避け切った。
奈々の能力と、バーターの能力とはあまりにも相性が悪すぎた。それに、奈々はバーターに比べて対人戦闘の経験があまりにも不足していた。余程のことが無い限り、バーターに攻撃が直撃するのは有り得ないほどであった。
「良い!! 狙い続けろ、巻羽!!」
それでも、使いようはいくらでもある。当たらないだけで、相手を避けさせることは出来る。それに、例えまぐれでも当たりさえすれば大きな隙が生まれる。
だから、奈々は四方八方に撃ち続けていた。
「チッ、あの女・・・・!」
拳大の大きさの羅針盤でバーターの位置を常に捕捉し続けていたルーシーを忌々しそうに見た。
けれど、バーターはそれと同じようにルーシーを守り続けている高雅にイラついていた。
さっきから何度か遠距離からルーシーを狙って攻撃していた。しかし、その悉くを高雅に止められていた。
勿論、近距離なら絶対的な有利がバーターにある。しかし、接近することを遼山が許さなかった。
「何処へ行こうとしてるんだ?」
「・・・・餅次、邪魔ですねぇ・・・・!」
餅次は元々、能力が似ていることからバーターの動きを読んでいた。そして、今はその勘に加えてルーシーの位置の共有がある。
今までよりもずっと速く、正確にバーターの動きを妨害し続けていた。
けれど、驚くべきことはそこでは無かった。驚くべきことは、味方の攻撃も全て避けた上でバーターの妨害と攻撃をし続けていることだった。
四方八方に放たれる奈々の攻撃を、凛理の地形を変形し続ける攻撃を、そのどちらも全て躱しながらバーターと戦い続けていた。
着々と、バーターを追い詰め始めていたのだった。
「くっ・・・・」
バーターの頬を凛理の槍が掠った。頬から血が流れた。不意打ち以外で、初めてバーターに攻撃が当たったのだった。
「文凱!!」
「分かってますよ!! 戦乙女の檻!!」
凛理が放った一つの槍がバーターのすぐ近くでその形状を変えた。先端から分裂するようにして裂けると、バーターを呑み込むようにして槍の中へと閉じ込めた。一瞬にしてバーターを狭い檻へと入れたのだった。
「チッ!!」
「時間経過:時溜超———」
時間が経過した。さっきまで、奈々は撃つことをやめていた。ほんの一分程度ではあるけれど、奈々は設定した時間をチャージしきったのだった。
「死の円弧!!」
けれど、奈々が撃つ前に遮るようにしてバーターが叫んだ。瞬間、檻の隙間から少し見える鎌が紅く光った。
「巻羽撃つな!! 全員しゃがみ込め!!」
遼山が焦った声でそう叫んだ。遼山のその必死の叫びから、全員が頭を下げてしゃがんだ。直後、全員の頭があった位置を紅い直線が通過した。その軌道は円を描くようにして全員の頭を刈り取ろうとしていた。
「チッ、餅次ぃ!! 本当に、貴方はめんどくさい!!」
遼山が叫ぶのが少しでも遅れていたら、全員即死は免れなかっただろう。この戦いは、ルーシーと遼山の二人がいてやっと成り立っているものであった。
「戦乙女の宴」
凛理が手のひらを地面に思い切り叩きつけた。その瞬間、バーターへ切っ先を向けた無数の棘が檻の中で生まれた。いや、棘と呼ぶには大きすぎる、もはや槍のような物が一斉にバーターへと飛び込んだ。
斬られたとはいえ、まだ檻はかろうじて檻の形をしていた。だから、ほんの僅かならばまだ人を捕らえられた。凛理にとってその一瞬だけで良かった。
バーターの身体が見えなくなるほど槍が埋め尽くした。通常ならば肉塊になる程のものだった。
「奈々! 後ろ!!」
ルーシーが叫んだ。バーターはもう鎌を振りかぶった状態で奈々の真後ろに立っていた。
「まずは一人目ッッ!!」
この距離間では、遼山も間に入ってくることは出来ない。手遅れの状態だった。
けれど、それは狙い通りであった。
人が一番油断するのは、勝利を確信した時。バーターの心中には奈々を取ったという確信が生まれていた。そして、その想いは最もしてはいけないものであった。
「そんな簡単に殺せると思うなっ!!」
バーターの鎌が奈々の首に触れる前に、バーターの身体が吹き飛んだ。
「なっ・・・・!?」
奈々は、手からでは無く、背中から砲弾を射出した。
大砲のような大きさの穴が服の背中部分に開いていた。
奈々の能力は溜弾と言うもので、エネルギーを固めた砲弾を射出する。砲弾の威力は溜めた時間に比例して強くなる。あらかじめ時間を決めておき、時間が経過した場合、通常よりも砲弾が上がる。ただし、あらかじめ時間を決めておいた場合、その間は能力を全くとして使うことができない。また、身体のあらゆる部分からエネルギー弾を生成、射出することが出来るというものであった。
「畳み掛けろ!」
時間をほとんど溜めていないため威力は低いが、確かに砲弾はバーターの身体に直撃していた。
威力は低いとは言っても、木で出来た的を破壊するほどには威力はあった。だから、直撃したのなら、少しはバーターにも応えているはず。
遼山と凛理は走り出した。追撃を、立ち上がれなくなるほどに、攻撃を喰らわせるために。
「戦乙女の審判」
「ッアッ・・・・!!」
バーターが吹き飛んだ場所から少し離れたところから全方位に螺旋状の槍が突き出た。地面から串刺しをされるようにして、バーターの身体が槍に刺されたまま宙に上がった。
「終わりだ、バーター!!!!!!」
磔にされたようにして、槍に持ち上げられ、至る所から出血したバーターへと遼山のトドメの一撃が加えられた。
「があっ・・・・!」
口から血を撒き散らした。完全に、遼山の右手がバーターの心臓を貫いた。手足を槍に刺されて抵抗できないままバーターは身体を遼山の手を貫通させられた。
「餅・・・・次・・・・!」
バーターは力が抜けるようにして、顔が下に垂れた。
心臓の鼓動も消えた。それを一番近くで実感した遼山はズボッとバーターの身体から手を引き抜いた。手は真っ赤に染まり、バーターの肉片すらもついていた。
「これで・・・・、やっと・・・・」
遼山はそう呟くように言った。血塗れの手をグッと握って、遼山が天井を仰ぎ見た。
———けれど、もう一度言おう。一番危険なのは、勝利を確信した時であると。
「・・・・そんな訳、ないデショウ?」
グルンと、垂れ下がっていたはずのバーターの首が前を向いた。
両目は充血しすぎて血が溢れていた。
「なっ・・・・!!」
遼山は有り得ないこの光景に恐怖のようなものを感じた。一瞬で、バーターの元から離れた。
そう、有り得ないのだ。両手両足を封じて心臓を潰し、確実に殺したはずだった。なのに、バーターはまだ死んでいなかった。
「暴食の鎌よ。全てを喰らえっ!!」
血を吐き出しながら、バーターはそう叫んだ。
瞬間、バーターの顔に紋章のような黒い線が浮かび上がった。顔だけじゃない、服の隙間から見える腕や脚、首にもその黒い線が全身を覆うようにして浮かび上がっていた。
「ハハハハハハッッッ!!!! これが、これが悪魔の力ですか!! 最高に気持ちが良いですねぇっ!!」
両手足を封じていた槍のバーターに触れていた部分が吸収されるようにして消え去った。
地面に降り立つと、鎌を一度振るった。たった一度、軽く振っただけだった。それなのに、地面がばっくりと割れていた。それだけで、バーターと、鎌の危険を物語っていた。
「ど、どういう事だ・・・・?!」
「殺したと思いましたか〜? 倒したと思いましたか〜? 残念ですねぇ〜、殺せてなくてぇ!!」
バーターは高笑いをしながら叫んだ。鎌はさっきよりもずっと速くまるで胎動するかのように脈打っていた。
刀身は紅色をドス黒く濁らせたように染まっていた。
「何をした、バーター!!」
「・・・・・・・・。喰わせたんですよ、僕の全てを。暴食の鎌は何でも喰らうことが出来る。そして、もう一つ。コイツは契約をすることが出来る。代償を喰らわせることで対価を得る。僕は自分の全てを代償に力を得た。それだけですよ〜」
「!! ・・・・狂ってるな」
「狂ってる? 何を言っているんですか〜普通ですよ。死なないために全てを使うのは至って自然でしょう〜?」
「・・・・、まさかお前が自分の命惜しさにそんなことをするとはな」
「・・・・感謝してますよ、貴方たちには。このお陰で僕は更に強くなった。もっと多くの人を弱者にすることが出来ましたからね〜!」
バーターは心底楽しそうにそう言った。
この事態はまずかった。バーターが言うように、アイツはさっきとは比較にならないほどに強くなった。理論じゃ無い、直感で遼山たちはそれを感じ取っていた。
さっきですら五対一で戦って、互角程度だったのに、それよりも強くなったのならば、正直に言って勝ち目は無いに等しかった。
「・・・・誇って良いですよ〜。貴方たちは強かった。だから、この鎌で残酷に殺してあげますよ〜」
「寝ぼけたことを言うなよ、バーター。強くなったからどうした? お前は今日、ここで死ぬんだ」
けれど、遼山たちに引くと言う選択肢は無かった。どんなに、強く、絶望的でもここにいる全員に諦めて、命を差し出す事なんて選択肢に入っていなかった。
例え、勝ち目がなくても、負けることが決まっていたとしても、遼山たちは戦うのだった。
◆
その一方で、レナたちもまた因縁の相手と対峙していた。
「・・・・、ここ、もしかして海底火山みたいなところ?」
出てきたモンスターを倒しながら、レナがそう言った。さっきから、出てくるモンスターは火山などの暑い場所に現れるものだけだった。
「モンスターだけ見ればそうですね・・・・。ただ、景色は暑い場所とは思えないんですよね・・・・」
「・・・・どっちにしたって、警戒をする事には変わりないさ。それに、何だってアタシたちには進むしか選択肢は無いんだしねぇ」
「そうですね、ミス街中の言う通り。私たちに引くという選択肢は無いですからねぇ!」
「はぁ・・・・、私が死なないなら、どこでも良いですよ・・・・。はぁ、帰って布団で眠りたい・・・・」
ハキハキと喋る健とは対照的にぼそぼそと翡翠がそう言った。
「翡翠は力はあるんだから、もっと自信を持てといつも言っているのに」
「・・・・すみません・・・・。でも、この性格は元からなので・・・・」
相も変わらず、覇気のない声で翡翠はそう言った。
実際、翡翠は強かった。けれど、異常なまでの自己評価の低さから、いつもおどおどしているのであった。
「まったく・・・・」
頭を抱えながら、さざめさんが呆れたようにそう言った。
「でも、どうやってここから戻るんだろう? やっぱボスみたいなのがどこかにいるってことかなぁ?」
「んー、現状はその可能性が高いだろうねぇ」
さざめさんが辺りを見渡しながらそう言った。無名教のアジトの一つであるだけあって、一筋縄では行かなかった。
「とりあえず、少し休んだら行こっか」
「そうだねぇ・・・・、そうしようか。じゃあ、五分だけ休んで、すぐに行こうか」
そして五分の休憩の後、レナたちはまた進んで行った。
それから僅か十分後の事だった。レナたちが因縁の敵とと出会うのは。
「? ここは・・・・?」
一際大きい空間に出た。辺りにはいくつかの滝が少し高いところから勢いよく水を落としていた。
そして、前方には浅めの湖のようなものが広がっていた。
「湖・・・・かな? 水の中に入っていくしかないっぽいねー」
辺りを見渡しながら、橋などの渡れる場所がないのを確認しながらレナがそう言った。
「はぁ・・・・、水の中に入るなんて・・・・。動きも鈍るし、調子も悪くなる・・・・。最悪だ・・・・」
「そんなに嫌なら、アタシの能力で連れてってやる。一人くらいなら大丈夫だしねぇ」
翡翠を慰めるようにして、さざめさんがそう言った。
「その心配は無い」
この中の誰のものでも無い声が響いた。
「!! この声は・・・・!!」
瞬間、目の前の湖の底から炎柱が立った。それに呼応するようにして、浅い湖の全ての水が干上がって底が剥き出しになった。
そして、干上がった湖の向こう岸で、地面に大剣を突き刺してこちらを見ている誰かがいた。
「鬼丙 陸!!」
レナが叫んだ。
「フッ、つくづく縁があるな」
呆れるように、レナたちを見ながら陸は笑った。
「てめえ・・・・、よくのこのこと現れたなぁ!?」
さざめさんとは思えないほどに言葉に怒気の籠った声でそう言った。
眼には明らかな殺意と怒りが含まれていた。
「・・・・沖縄支部のマスター、街中 さざめか」
「よく知ってるじゃ無いか、鬼丙陸。よくも、沖縄の人を、冒険者を喰い物にしてくれたもんだなぁ?」
「・・・・喰い物にしたつもりは無いがな。それに、そのことに関しては俺は関わっていない。俺に当たるのはお門違いというものだろう」
感情の入っていない声で陸はそう言った。それがさらにさざめさんをイラつかせた。
「お前・・・・!!」
さざめさんを制するようにして、レナが一歩前に出た。
「鬼丙、お前たちは何なんだ? 何が目的で———」
「それをお前たちに答える義理はない」
陸はレナが言い切る前に食い気味にそう答えた。
「そっか、じゃあ仕方ないねー。力づくで聞くしか無いか」
「五対一なら倒せるとでも思っているのか? 以前、三対一でも勝てなかったのにか?」
「ああ、そうだよ。勝てると思ってるよ。あんまり、舐めるなよ?」
レナが眼に陰を落としつつ笑ってそう言った。
「魔剣起動」
「空間跳躍:モード・エンドレスカウント」
そして、どちらかが示し合わせたわけではなく、自然に。
両者は同時に、攻撃体勢に入った。
「全員、いくぞ!! 敵は無銘教、鬼丙陸!! 命令は一つ、生きて奴を倒すことっ!!!!」
レナが叫んだ。それに呼応するようにして、この場にいた全員が臨戦体勢を取った。
ノアはすぐさま杖とコートを羽織ると、後ろへと下がった。
「身体付加:魔剣超武装・焔神」
陸は最初から全力で潰しに来た。前回とは違って、様子を見るなんてことは無かった。大剣を地面から引き抜くと同時に、陸の身に纏った超高火力の焔の熱がレナたちを襲った。
けれど、前回とはレナたちも違った。ノアが改良していた冷却剤のお陰で熱自体は今はそこまで問題にはならなかった。
けれど、それはまだ距離が離れているからの話。接近しすぎたら冷却剤を飲んでいたところで、効果は全く無いのは明白だった。
そして、問題なのはこの場の四人のうち三人の能力が接近戦向きであるということであった。
けれど、そんなことは関係無い。レナは一瞬にして陸との距離を詰めた。
「ここで終わらせてやるよ!!」
「・・・・極焔尽裂」
燃え盛る焔を纏った大剣がレナに振り下ろされた。
「それは、やらせませんよ!! 圧力噴射!」
瞬間、レナへと向かい来る大剣に弾丸が直撃した。銃口から白煙が上がるリボルバーを構えた健は正に神業とも呼べるほど正確に、大剣の刃に当てた。
そして、当たると同時に弾丸が加速した。
「?!」
普通ならば、いくら弾丸とはいえ大剣に当たったらすぐ弾かれる。けれど、健の撃ったものは違った。刃に当たったまま、加速し始めて、剣を押し返そうとしていた。
腹鎌 健の能力は圧力可変。その名の通り、様々な無生物の圧力を変化させることが出来る。健は専用武器である、通常のものよりも火薬と真空部分が多い特殊な弾丸を撃ち出し、任意のタイミングで圧力を増加させ、銃弾をもう一度加速させる事が出来るのであった。
「! チッ・・・・、獄炎天衣」
大剣が後ろに弾かれた陸は身体に纏った焔の出力を一層上げた。
「あっついなぁっ・・・・!!」
その熱の量にはレナでも引かざるを得なかった。
いくら、冷却剤とノアの回復があるからといっても、限界はある。今の陸はその限界を超えていた。無策で突っ込んで良いレベルでは無かった。
「さて、どうするかなー」
籠手の下で少し火傷した右腕を振りながら、レナがそう言った。
「・・・・アタシが炎を消す。悔しいがアタシにアイツを直接倒せるほどの力は無い。だから、決め手は任せたぞ。三人とも」
そう言うと、さざめさんが左の人差し指につけていた指輪を回すと、カチリと言う音がした。
目の前に黒い穴のようなものが開くと、さざめさんはその中に手を突っ込んだ。
その中から青白い鮮やかな色をした二対の扇を取り出した。
「鉄扇・・・・?」
「ああ、そうさ。これが私の武器、瀬織津姫/弁財天の水扇さ」
瀬織津姫/弁財天の水扇は、二対で一つの鉄扇。右に持つものが瀬織津姫、左に持つものが弁財天と呼ばれる武器であった。その能力は水をほぼ無限に放出することであった。能力自体はそこまで強いものでは無い。驚くべきはその放出速度であった。その速度の上限は、五十メートルプールを僅か数秒で満たすことが出来るレベルであった。
そして、その速度は一つの場合。二つを同時に使っていれば、その速度は当然ながら倍増する。その勢いに、常人ならば為す術もなく命を奪われる。最早、災害とも呼べる武器であった。
ただ欠点としては、自分を含めて敵味方関係無くその溢れ出る水に呑み込まれるということだった。つまり、最大量を扱えば自分も、仲間も大量の水に呑み込まれ、死ぬ危険性があるということであった。
けれど、この武器はあまりにもさざめさんの能力と相性が良すぎた。この癖の強すぎる武器をさざめさんは右に出る者がいないほどに扱う事が出来るのであった。
さざめさんの能力は、水操。名前の通り、水を操る。生物の体内以外の水全てをほぼ無条件で操ることができた。ただし、水を操作する際の脳への負担が大きく、使いすぎると脳がショートしてしまうのであった。しかし、やろうと思えば、たった一人で津波を止めることもできるほどの能力であった。
「好きに動いて良いよ。アタシが全部合わせるからねぇ。特に翡翠、遠慮はしなくて良い。全力でやれ」
「・・・・ハハ、ハハハハハ!! 言われなくてもそうしますよ!! アイツは殺し甲斐がありそうだ!!」
翡翠はそう笑いながら叫んだ。さっきまでのオドオドした卑屈そうな性格は消え失せていた。笑う口元から鋭く尖った犬歯が見えていた。
その眼と顔に宿る狂気は戦闘狂と呼ぶに相応しいものだった。
「アッハハハハハッッ!!!!」
翡翠は笑いながら太刀の鞘を投げ捨てた。薄い紅色の刀身が剥き出しになった太刀を両手で構えながら、陸へと走り出した。
「極限葬え・・・・!!」
大剣の上に更に刀身のような形をした焔が現れた。接近してきた翡翠へ向かって、陸が振りかぶった。普通ならば、すぐさま退かなければ身体が燃えるほどの熱量。ノアの能力も追いつかない、火傷では済まない重傷を負う一撃だった。
けれど、それはサポートが無かったらの話。今は、さざめさんがいる。その焔は脅威にはならなかった。
突如として、翡翠の身体を水が覆った。まるで、水が着物のように覆い尽くした。翡翠の顔は、水で出来た般若の面が覆っていた。
「!!」
陸が気づいた時には少し遅かった。陸の焔が突如として翡翠の身体を覆った水によって相殺されていた。水が蒸発する音を発しながら、辺りには水蒸気によってできた霧が一瞬にして辺りを埋め尽くした。
「居合・血桜ァァ!!」
刹那、視界を埋め尽くした霧が斬り裂かれながら紅色の光が現れた。
陸は咄嗟に大剣で防いだものの、完全には防ぐことは出来なかった。何とか太刀の軌道を変え、直撃を避けただけだった。
翡翠の太刀が陸の身体に纏った焔ごと脇腹を斬った。
地面にピッと血が飛び散った。深い傷でも無いが、浅い傷でも無かった。
「ぐっ・・・・!!」
小さく呻くと、僅かにその顔をしかめた。
「逃さねぇっっっ!! 居合・乱れ咲!!」
瞬時に、後ろへ退いた陸へと無数の斬撃が迫った。太刀を使っているとは思えないほどに速い斬撃であった。
陸は焔を出そうとしても、その全てがさざめさんの水によって消されていた。
「ッ・・・・!! 身体付加 加速二倍」
陸の身体が急激に加速した。それと同時に、さっきまでの水が蒸発する音が消えた。
「チッ、外した・・・・」
霧が散っていくと、不満そうな顔をした翡翠の姿が現れた。
陸は霧の後方で、肩で息をしながら翡翠の方を睨んでいた。
不満そうな顔をしつつも、太刀をその場で大きく振りかぶると、腰に帯刀するようにして構えた。
翡翠の能力は居合。半径三メートルの見えない円を自分を中心に展開させる。その中に入ったものに対して任意で超速の反応を行うことができるものであった。ただし、一度何かに反応してしまうと、もう一度円を展開しなければならないため、ブラインドのような一瞬で連撃を行うような攻撃、特に銃撃には対処しづらい能力であった。
「私も交ぜろよッ!!」
飛び出したのはレナだった。構えた翡翠の頭上を飛び越えて、陸へと急接近した。
「身体付加:速度二倍」
陸に休む暇なんてものはなかった。息が整う前に、レナが陸へと殴り掛かった。
「どうした、疲れてんのか?!」
「チッ・・・・!!」
陸の能力はオールラウンダー型であり、近・中・遠のその全ての攻撃で高い水準で戦える。しかし、レナは完全な近接戦闘が得意なタイプであった。加えて、陸は魔剣を封じられている。アドバンテージであった焔が完全に封じられてしまった今、陸は窮地に陥り始めていた。
現に、少しずつレナの攻撃に押され始めていた。
「居合・落花」
レナが横に身体を捻った。その瞬間、レナのすぐ真後ろから太刀が振り下ろされた。
当然、その太刀にも水が纏われている。陸にとって出来る行動は回避一択であった。
「逃しませんよ!!」
「逃がさねぇよ!!」
しかし、そんな好機をみすみす逃す訳が無かった。健とレナは同時にそう叫んだ。
既に後ろに回り込んでいた健と身体をずらしたレナが左右両方から退路を阻むように攻撃を仕掛けた。
そして、その動きに陸は一瞬、躊躇してしまった。
健の銃撃もレナの攻撃も、ほぼノーガードの状態で直撃したのならば大打撃になる事は目に見えていた。だから、判断が遅くなった。そしてその遅れは翡翠が太刀を当てるのには充分すぎる時間だった。
「クソ・・・・」
翡翠の太刀が陸を捉えた。陸が少しだけ後ろに退いた事で真っ二つにはならなかったが、左眼から左の太腿付近まで太刀によって斬られた。致命傷と言っても良いほどの攻撃が陸に直撃した。
「がアッ・・・・!!」
陸の身体が前のめりになった。けれど、地面に倒れる寸前で右足を強く前に出して踏み込んだ。
「!! 翡翠、トドメを刺せ!!」
さざめさんが叫んだ。言われるまでもなく翡翠は動いていた。陸に完全な死を与えるために。陸のうなじへと太刀が振り下ろされた。
「・・・・それは流石にやらせねぇなぁ」
突如、誰のものでも無い声が現れた。そして、同時に翡翠の身体が吹き飛んだ。
「ガハッ・・・・!?」
後ろにあった岩に背中から直撃した翡翠は何が起こったのか分からない状態だった。
岩に当たった衝撃で、立ち上がれないでいた。
「翡翠!!」
「てめえ、誰だ?!」
「・・・・、鬼丙をここまで追い詰めたんだし、褒美に教えてやろうなぁ。俺は、無銘教。No.7、黒泥のクロウ・リーブルンだぁ」
「!!」
陸を守るようにして立っていた男はそう言った。百九十センチほどの背丈で、無精髭の生えた四十代ほどの男だった。
「何しに来たんだ、てめえ・・・・」
「何しに来たも何も、お前を助けに来ただけだぁ。お前はここで死ぬには惜しい人材だからなぁ」
「クソ・・・・」
「って事で、今回はこちら側の負けだぁ。それじゃあなぁ」
「逃げられると思ってんのか?!」
充血した眼でクロウを睨みながら翡翠が叫んだ。
「逃げられるさぁ。お前たちは俺には勝てないからなぁ」
クロウがそう言った瞬間、全員が同時に攻撃を仕掛けた。ほぼ全方位からの同時攻撃は陸を守りながら避け切ることなど出来ないはずだった。
予備動作なくクロウの足元から急に黒い何かが湧き上がった。そして次の瞬間、全員に向かって棘のように鋭くなった黒い何かが突き出た。
「なっ!!」
けれど、その棘は当たる寸前でその動きを止めた。
「じゃあなぁ」
左手で陸を持ちながらひらひらと手を振ると、クロウの身体が泥に飲み込まれた。
そして、泥が消えると同時に、クロウと陸の姿も消えていた。
「クソッッ!!」
翡翠が太刀を地面に叩きつけた。地面が少し抉れて刃が突き刺さった。
「・・・・はぁ。またか・・・・」
やるせない気持ちを抱きながら、レナは拳を握った。
無銘教との戦いが一つ終わった。勝ちとは言い切れない結果ではあったが、レナたちは誰一人欠ける事なく、戦いを終わらせたのだった。
◆
「ぐっ・・・・、クソ・・・・! 離せ、自分で歩けるっ・・・・!!」
「何を言ってるんだぁ? 無理したら死ぬぞぉ? お前の傷はそれほど深い。それに、多分その左目はもう使えないぞぉ?」
「あいつら・・・・、絶対に殺す・・・・!! 絶対にっっ・・・・!」
「はぁ・・・・、少し眠っとけぇ」
「がっ・・・・、」
震える手で暴れようとする陸の首に素早く、けれど重い手刀を放った。
少しだけ呻くと、陸はその意識を無くした。
「・・・・、すぐに殺せるようになるさぁ。お前は成長の余地があるからなぁ」
そう言い残すと、クロウは陸を抱えて暗い道を歩いていくのだった。
更新が遅くなりました。すみません。次回は来週の土曜だと思います。
少し遅れてしまいましたが、お陰様で投稿してから一年が過ぎました。これからも封じる世界と動き始める予言のダンジョンをよろしくお願いいたします。
一年が経過したという事で、本作の登場人物たちの誕生日を書いていきます。
歩 11月 13日、レティア 3月 1日、レナ 4月 7日、ノア 12月 27日、蒼丸 9月 20日、陸 1月 19日、柳生宗一郎 7月 26日、龍羽 12月 17日、ハインツ 1月 2日、ラウスト 2月15日です。
また定期的に詳細は書いていくのでお楽しみに。
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