七十七話 感じる違和感
九月 十二日 午前八時
僕は羽田空港の飛行機搭乗口にいた。
飛行機の入り口に直結している通路の小さな窓から、滑走路と飛行機の一部が見えていた。
僕たちは六時半に空港に集合して、今沖縄行きの飛行機に乗り込もうとしているところであった。
飛行機の中へ入って、座席表を確認して僕の席へと着いた。窓側の席で隣の通路側には深鈴さんが座っていた。
そして、しばらくしてから飛行機が動き始めた。少しずつ加速して、一瞬身体が浮いた感覚がした後に、飛行機が離陸した。
僕は窓から離れていく地面を見ながら考え事をしていた。
◆
九月 十一日
「どうしたんですか? 師匠。電話なんて」
僕は急にかかってきた師匠からの電話に出ていた。
「歩、お前たちは明日沖縄に行くんだよな?」
「はい、そうですけど」
「・・・・。いいか、歩。今、沖縄では連続失踪事件が起きてる。ニュースや新聞には書かれていないがな」
「失踪事件・・・・ですか?」
「ああ。子供から老人まで年齢に区別なく失踪している。そして、一番怖いのがこれだ。現地の奴は人が消えたことを認識していない」
「え? それは一体?」
「何故かは分からんが、消えた奴に関して記憶にもやがかかったようになっているらしい。だから、人が消えたと言うより存在が消えたということに近い」
「どういうことですか? ・・・・まさか、無銘教絡みってことですか・・・・?」
「そこまではまだ分からない。・・・・ただ、最近活性化してきた奴らの動き、そして盗まれたムーアの土・・・・。歩、十分に気をつけろ」
「・・・・分かりました」
「だが、せっかくの修学旅行なんだ。楽しむことは忘れるなよ。お前は良くも悪くも気に負いすぎるからな」
「はい、分かりました」
「それじゃあな、気をつけて行ってこい」
「はい」
師匠はそう言うと、通話を切った。
———存在が消える、か。
(「どうしたんですか、レティア」)
———いや、それは恐ろしいことだなと思ってな。人にとって一番の恐怖は存在を忘れられることだからな。それは本当の意味での死だよ。
(「本当の死・・・・ですか」)
———ああ。何も起きないことを祈るが、準備は万全にしておけよ。
(「・・・・・・・・はい」)
僕はその日、その話がどうしても頭をよぎってちゃんと眠る事が出来なかったのだった。
◆
ムーアの土、無銘教、失踪事件。何も関係無ければ良いけど・・・・。
修学旅行は一日目、二日目、四日目の半分は自由行動で、三日目だけダンジョン講座を選択している人たちがクラスごとに沖縄の緑ダンジョンへと行くのであった。ちなみに、一組の生徒は全員がダンジョン講座を取っているため全員がダンジョンへと向かうのだった。
ダンジョンに向かうと言っても、銅級の冒険者が一つのダンジョンにつき五人配置されていて万が一何があっても即時対応できるようになっている。そして、今回は僕も金級としてダンジョンの警戒及びクラスメイトたちの守護に当たるのだった。
本当に、何も無ければ良いんだけど・・・・。
「どうしましたか? 気分が優れないのですか?」
僕がそんなことを考えていると、隣で座っていた深鈴さんが僕に近づいてそう言った。
「え? ああ、いや飛行機に乗るなんて初めてなので・・・・」
僕は、深鈴さんに何も悟られないようにしながら、笑ってそう言った。
「ああ、成る程。酔い止め薬は要りますか?」
深鈴さんは膝の上に乗せていたバッグから箱入りの酔い止め薬を取り出しながら、そう言った。
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「・・・・、そうですか。それでも、何かあったら言ってくださいね?」
深鈴さんは少し僕の顔を見つめた後、酔い止めをバッグの中へとしまい直した。
「はい、そうします」
「それにしても、沖縄は楽しみですね!」
「行った事が無いんですか?」
「いえ、何度か行ってはいるんですが、こうやってお友達と行けるのなんて初めてですから」
そう言って、深鈴さんは付箋が貼られた沖縄の観光本を取り出して笑った。深鈴さんは心の底から、沖縄に行く事を楽しみにしているようだった。
それは深鈴さんに限った事でなく、前の座席に座っていた鷹郷さんや、友里も飛行機に乗っているみんなが楽しそうにしていた。
「・・・・そうですね、僕も沖縄なんて初めてなのですごい楽しみですよ」
だから、僕も少しだけ不安な事を忘れて深鈴さんに笑ってそう言った。
「そうですよね! 刻藤さんはどこに行きたいですか?」
僕がそう言うと、深鈴さんは嬉しそうにしながら、僕に観光本を見せてきた。
僕たちはこれからの旅行について話すのだった。
◆
僕たちの後ろの一人席に座っている一平がスマホを操作していた。
スマホの画面には、誰かと話している跡が残っていた。
『今の所、対象及び周囲に異常はありません』
『・・・・そうか、引き続き監視をしておけ。絶対にバレるなよ』
『了解しました』
『問題が起こり次第、すぐに連絡しろ。もし出来ないようなら、お前の力でどうにか切り抜けろ』
『・・・・、了解しました』
そう文字を打ってからスマホの電源を落とすと、一平は前の席の僕たちに気付かれないようにしながら、はぁとため息を吐いた。
「無茶言うなよ・・・・」
そう呟くと、スマホをポケットにしまい込んで、ゆっくりと視線を上げて僕のことを見ているのだった。
◆
午後 零時 二十分 那覇空港
僕たちは飛行機から降りて、荷物受け取り場で各々の荷物を待っていた。
しばらくして僕のキャリーケースが運ばれてくると、それをとって出口へと向かった。
出口に行くと、一組のクラスメイトたちはほとんど揃っていた。
「来たぞ! 沖縄!!」
少し遅れて、出口から出てきた当夜がそう叫んだ。
「やっと着いたな、沖縄に!」
当夜は後ろを振り向いた僕に気づくと肩を組んでそう言った。
「楽しみだな、歩!」
「そうだね、当夜」
僕たちはそのまま濱筒先生がいる所まで歩いて行った。
「はい、じゃあ全員揃いましたか? 班長の人たちは揃っているか確認してください」
濱筒先生がそう言うと、各班長たちがメンバーを数え出した。
僕の班の班長である鷹郷さんが友里と深鈴さんと一平と僕がいる事を確認すると濱筒先生に報告しに向かっていた。
「はぁい、じゃあ全員揃っているようなのでバスへ向かいますよー」
そうして、一組は全員バスへと向かって行った。
その後、バスが走り出すと先頭でマイクを持った濱筒先生が話し始めた。
「これから宿泊する場所へと向かいます。その後、荷物を部屋に下ろした後にそれぞれ班ごとに移動してください。門限は五時半までですので気を付けてください」
先生はそう言うと、席に座り直した。
先生が座ると、バス内では班の人同士がわいわいと騒いでいた。
そして、僕もまた、四人と一緒に話しているのだった。
◆
午前 零時 四十五分 リバースホテル in 沖縄
バスで移動する事二十分ほどして、僕たちが宿泊するホテルへと到着した。黄印学園の三年生は総勢二百人程度で三十五人で一クラスで、それが六組まであるのであった。そして、その六組全てがこのホテルに宿泊をする。
リバースホテルの外観は豪華で、入り口近くの外には噴水が置かれていた。内装も綺麗で良い所であった。
僕たちは、荷物を持ってそれぞれの部屋へと移動した。部屋は二人一組か三人一組で、大体同じ班の人と相部屋になっているのであった。
だから、僕と一平は同じ部屋で、203号室の扉を開けた。部屋は二人で使うには広すぎるくらいの部屋で、真ん中にシングルベッドが二つ連なって置いてあった。
「じゃあ、三日間よろしく、一平」
「う、うん。よろしくね」
僕はキャリーケースを机の近くに置いて、一平にそう言った。
「じゃあ行こっか、一平」
「あ、僕は、トイレに行くから、さ、先に行ってて」
「分かった。じゃあ、また後で。鍵だけよろしくね」
「う、うん」
僕はそう言うと、小さい鞄だけ持って部屋を出て行った。
一人だけ残された部屋で一平はトイレに行くことは無かった。
扉が閉まると、すぐさまカーテンの上に小型カメラを設置し、僕と、一平のベッドの下には盗聴器のようなものをつけていた。
そして、入ってすぐの部屋全体が見渡せるようにもう一つ小型カメラを扉の上付近に取り付けると椅子に腰を下ろした。
「はぁ、これで大丈夫かな・・・・。失敗したら、またなんか言われるのかなぁ。って言うか、今回に関しては、失敗したら僕の命はあるのかなぁ・・・・。はぁ・・・・、めんどくさい・・・・」
一平は深いため息を吐いた後、鞄を持ってゆっくりと部屋を出て行ったのだった。
◆
リバースホテル エントランス
一平が少し遅れて、エントランスへ来た。僕たちは、すでに集まっていて、一平を待っていたのだった。
「もぉー、遅いよ、一平!」
「ごめん、黒那」
「冗談だよ、一平。よーし、じゃあみんな揃ったし、しゅっぱーつ!!」
鷹郷さんがそう叫んで、僕たちはホテルから出て行った。
「さっき、友里ちゃんと深鈴ちゃんには聞いたんだけど、歩君と、一平はどこか行きたい場所はある?」
「ぼ、僕はどこでも良いよ」
「僕は・・・・、美ら海水族館とか行ってみたいかなぁ」
「それ友里ちゃんも言ってたよー。じゃあ、明日は美ら海水族館に行こうー! とりあえず、今はソーキそばを食べに行かない?」
「良いですね、行きましょう」
鷹郷さんが提案したソーキそばにみんな同意したのだった。そして、そのままソーキそばの店へと向かって行った。
「あっ、ここだー!」
ホテルから少し歩いて、家のような場所の前で鷹郷さんが止まった。
少し広めの庭と、入り口の門の上にはシーサーが二体置かれていた。そして、入り口のすぐ右横にまるとらと書かれた看板が置かれてあった。
「ここがソーキそばで有名な所なんだよねー! 確か、ここの店主がすごい面白くて、ソーキそばも美味しいんだってー!」
鷹郷さんが観光本に書かれたまるとらの部分を指差しながら、僕たちにそう言った。
「美味しそうだね」
「うんうん! 早速入ろー!!」
鷹郷さんは元気にそう言うと、店の扉を開けた。
「すみませーん、五人なんですけど空いてますかー?!」
扉を開けて、鷹郷さんが大きな声でそう言った。
さっきの観光本にはいつも人が多いと書かれていたはずなのに、何故か店内に人はいなかった。
「ん? 今日ってお休み・・・・?」
「はい、今行きます」
鷹郷さんが首を傾げると、店の奥から声がした。すると、店の奥から三、四十代の女の人が出てきた。
「お好きな席に座ってくださいな」
その女の人がそう言うと、僕たちは大きめのテーブル席へと移動した。席に着くとすぐに人数分のメニューと水が運ばれてきた。
「君たちは、修学旅行?」
「はい、そうです。東京から」
「へぇ、東京から。お疲れ様ね」
「いえ、そんな。あれ? ここって一人で切り盛りされてるんですか?」
「ううん、私と、もう一人従業員がいるわよ。その二人でこの店をやっているわ」
「? 店主は今日はいらっしゃらないんですか?」
「店主? いえ、ここはもともと私とその従業員だけで営業してますけど・・・・」
「え? いや、そんな訳・・・・」
鷹郷さんはそう言おうとして言葉を飲み込んだ。女の人の顔は冗談を言っているわけでは無く、本当に店主のことなんて知らない顔をしていた。
「ここって、まるとらって店ですよね?」
「ええ、そうよ。少し気恥ずかしいけれど、そこそこ有名なのよ」
「・・・・、そうなんですね。ソーキそば楽しみです」
「ええ。じゃあ注文が決まったら、ベルで呼んでね」
そう言うと、女の人は店の奥へと去って行った。
「・・・・、どう言うことだろ? この本には確かに書いてるんだけど・・・・」
鷹郷さんは首を傾げていた。もしかしたら、少し異常に気づいていたのかもしれない。
だから、僕は脳裏をよぎった師匠から聞いた話を必死に表情に出さないように隠していた。
これが、師匠の言っていた事なんだと思う。
人が消えたのに、身近な人はそれに気づいていない。ましてや、その存在にすら気づいていない。
「どう言う事なんでしょう? 刻藤君は何か知ってますか?」
「ううん、僕も何も分からない。どう言う事なんだろ・・・・?」
「と、とりあえず今は何を頼むか決めた方が良いんじゃ無いかな・・・・?」
一平がおずおずとそう言った。
「・・・・それもそうだね。今は何を頼むか決めよっか」
鷹郷さんはその言葉に同意すると、僕たちはさっきの不可解な事は一旦後回しにして、メニュー表を見た。
メニュー表には料理名とその料理の写真が載ってあった。
僕たちはせっかくだからと言う事で、まるとらで一番人気の特製ソーキそばを頼むことにしたのだった。
注文してから、少しして特製ソーキそばが人数分運ばれてきた。流石は有名な店で特製ソーキそばは凄く美味しかった。
そしてお会計の時、さっきと同じ女の人がレジの前に立っていた。
———歩、あれを見ろ。
(「? ・・・・!」)
僕はレティアに言われた方を見た。
そこには、満面の笑みを浮かべたその女の人と肩を組んでいる四十代程度のおじさんが笑って写った写真が飾られていたのだった。そして、写っていた男の人はさっき観光本で見たおじさんと同じだった。
僕はお金を受け取った女の人の顔を見た。けれど、ただ見ただけで僕は何も言うことは無かった。何も言うことが出来なかった。
僕たちはもうそれ以上はその事に触れることはしなかった。僕だけじゃなく、他のみんなも異常に気付いたのか、誰も詮索することは無かった。
「修学旅行楽しんでな!」
店を出る時に女の人が言った言葉が印象強く、僕たちの心に残ったのだった。
「・・・・はい、楽しみます!」
鷹郷さんがそう言うと、女の人は笑って僕たちに手を振っていた。そして、僕たちは店を出て行った。
「・・・・、美味しかったねー、ソーキそば」
さっきの写真に気づいていたのかは分からないけれど、誰もさっきのことには触れることは無かった。
「そうですね。この後はどうしますか?」
「んー、海にでも行きますかー。みんな水着は持ってるよね?」
鷹郷さんが明るくそう言った。
「うん、持ってる」
僕はバッグの中に入ってあった水着を確認しながら、そう言った。
「じゃあ海に行こ」
そうして、僕たちはバスを使って海水浴場へと向かって行った。
◆
海水浴場
近くにあった更衣室で着替え終わった僕たちは先に砂浜に出て来ていた。強い日差しがガンガンと降り注いでいて、足元の砂は少し熱かった。
「すっご、海めっちゃ綺麗ー!」
僕たちが準備体操をしていると、女子の更衣室の方からそんな声がして来た。
振り返ると、白い水着を来た鷹郷さんが外に出て来ていた。そして、遅れて白っぽいTシャツを上に来た友里と深鈴さんも外に出て来た。
友里は何故かうなだれていた。足に力が入っていない友里を強引に深鈴さんが連れ出していた。三人とも顔もスタイルも良く、周りの人もその三人に目を奪われるほどだった。
「待たせたかな?」
「全然待ってないよ」
「それなら良かったー。じゃあみんなで写真でも撮ろうよ!」
そう言って鷹郷さんは手持ち鞄のようなものからスマホと自撮り棒を取り出した。
「集まってー」
一箇所に集まった僕たちは鷹郷さんの掛け声で写真を撮ったのだった。
そして、僕たちは夕暮れまで海で遊んだのだった。途中三人をナンパして来たバカがいたけど、まぁ特に何事もなく返り討ちにしたのだった。
そのナンパ男にはちょっと警戒したけど、ただのパリピだった。
◆
午後六時半
僕たちはリバースホテルで夜ご飯を食べていた。僕たちのクラスは今日はお風呂に入る前に夜ご飯を食べるのだった。
僕たちは海で不安や少しの恐怖を塗りつぶすようにして遊び回ったのだった。結局、誰もあの事について触れることは無かった。
僕たちはご飯を食べて、お風呂に入ってベッドに入った。
一平は何か話す暇も無く寝てしまっていた。
「・・・・一平? ・・・・。寝るか、僕も」
そうして、今日は特に何事も無いまま終わったのだった。
◆
午前零時 二十分
一平は僕を起こさないようにしながら、ゆっくりとベッドから出て、部屋の扉を開けた。
そしてそのまま、誰に気づかれることもないようにしながら、屋上へと向かって行った。
「・・・・で、何の用ですか?」
屋上へと繋がる扉を開けると、そこには黒を基調とした服を纏った人が立っていた。一平は、その人の姿を見るとそう言いながら、近づいて行った。
「気付いたか? この異常に」
「・・・・はい。それに、僕の班の人は多分全員何かしら気付いてますよ」
「じゃあ、そいつらも含めて監視しておけ。お前はそれだけに集中しておけ。他のことは俺がやっておく」
「了解です」
「・・・・三日目のダンジョンに気をつけろ」
「まぁ、そうですよね。・・・・とりあえず、僕の班だけはやり通しますよ」
「死ぬなよ」
「死にませんよ」
一平がそう言うと、男は少し笑って暗闇の中に消えて行った。
「まぁ、保証は出来ませんけど・・・・」
そう言い残して、一平は自室へと帰っていくのだった。
そして、僕たちの初日の夜は更けていくのだった。
更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
次回は明後日までには行えると思います。
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