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七十六話 その影は薄らと。されど、着実に。

九月 二日


「———という訳で期間限定でこっちのクラスに来た刻藤 歩君です。ほら、刻藤君からも挨拶して」


教室の一番前で、進学科の担任である濱筒(はまづつ) 三夏(みか)先生がそう言った。濱筒先生は黄印学園の教師の中で、特段美人な人で生徒、教師に関わらず人気の高い先生であった。その性格はのほほんとしていて優しく温和であった。


「はい。ご紹介に預かりました。刻藤 歩です。短い間ですがお世話になります」


僕はそう言うと、椅子に座りながら、僕の方を見ていた進学科の人たちへ頭を下げた。

僕はチラッと頭を下げながら、みんなの方を見た。

少しの静寂の後、クラスメイトたちは次々に拍手をしてくれたのだった。


「それじゃあ、刻藤君は窓側の一番後ろの席に座ってねー。授業とか普段と違うと思うけど、みんな助けてあげてね。はい、じゃあこれで朝のホームルームは終わり!」


そう言って、濱筒先生は教室を出て行った。

先生が出て行ってすぐに、僕の元にはクラスメイトたちが駆け寄って来たのだった。

みんなは口々に先日ネット上とテレビで放送された僕とハインツの戦いのことを話した。


「刻藤君って、あんなに強いんだね!」


「やっぱり黒級は強かった?!」


そんな事をみんなが話していると、眼鏡をかけたいかにも委員長をやっていそうな真面目そうな男が少し大きな声で言った。


「刻藤君が困っているだろう、質問などをしたい気持ちは分かるが、まずはちゃんと挨拶をすべきだろう!」


そう言うと、その眼鏡の男は自己紹介を始めた。


「僕は、三年一組で学級委員をしている、字羽(あざばね) 当夜(とうや)だ。よろしく頼むよ。気軽に当夜と呼んでくれ」


そう言って、当夜は僕の腕を握ると笑顔で手をブンブンと振った。


「ところで、刻藤君。僕にサインをくれないか?」


「サイン・・・・ですか?」


「うん、そう。ダメだろうか?」


「・・・・いえ、僕で良ければ良いですよ」


「もちろんだよ、刻藤君! ああ、それと敬語は要らないよ。むしろ、僕の方が敬語を使おうか?」


「いやいや、敬語なんて使う必要無いで・・無いよ」


「そうだね。じゃっ、この色紙にサインを!」


当夜はそう言って、どこからか色紙を取り出すと、僕に手渡した。


「当夜、お前サインが欲しくてあんな事を言ったな?」


「ずるいよ、字羽君!」


揶揄うようにして周りから当夜に対して、そんな声が聞こえて来た。


「い、いや違うよ? 別にそう言う訳じゃないから!」


当夜が少しキャドったようにしてそう言うと、みんなが笑っていた。この短い間だけで、このクラスのみんなは仲が良くて良いクラスなんだと分かった。

僕は初めてのサインを書いた。少しもどかしかったけれど、そこは初めてだから許してくれる・・・・はず。


「これで良い? ごめん、サインなんて書いた事ないから下手だ」


「いや、ありがとう刻藤君! これは大切にするよ!」


僕が書いたサインを見ると、当夜は嬉しそうに笑ってそう言った。


「あの、当夜。僕のことも刻藤じゃなくて歩って呼んでよ」


「ああ、そうだね。じゃあ改めてよろしく、歩!」


「うん、こちらこそ」


そして、そんな事を話していると、予鈴が鳴った。先生が入ってくると、みんなは急いで自席へと戻って行った。

そして、授業が始まったのだった。


放課後、僕は護衛対象であり、クラスメイトでもある深鈴さんと、友里と一緒に帰っているのだった。

二人とは昨日、ちゃんと挨拶をしていた。僕に護衛される事に関して、二人は特に嫌がる様子は無かった。本当に良かった。これで拒絶とかされてたらとか思うとゾッとする話だった。

二人と少し話すとすぐに仲良くはなれた。特に、友里に関しては呼び捨てで呼べるほどに。でも、深鈴さんはどうしても敬語が抜けないでいるのだった。


「刻藤さん、進学科はどうでしたか?」


右隣で歩いていた、深鈴さんが僕の顔を覗き込むようにしながら、そう聞いて来た。


「凄く良かったです。みんな優しくて楽しかったです」


「そうですか! それは良かったです」


そう言うと、深鈴さんは微笑んだ。

その深鈴さんに不覚にも僕は少しドキッとしてしまった。


「何、鼻の下伸ばしてんのよ、歩」


そんな僕の頬を引っ張りながら、友里が言って来た。この前の敬語でお淑やかそうだった人柄はどこに行ったのやら。


「友里、痛いから離して。そ、それに鼻の下なんて伸ばしてないから!」


「いーや、伸ばしてた。そんなに巨乳が良いの?」


少し落ち込むようにして、友里は無い胸を触っていた。うっすらと目には涙のようなものが浮かんでいた。

まぁ、確かに幼馴染が自分とは正反対のスタイルをしてたら、羨ましがるのも必然か。

それにしても、びっくりするほど正反対だなぁ。


「今、失礼な事考えてたでしょ」


「・・・・考えてないよ」


友里は無言で僕の目を見つめてくると、にっこりと笑って僕のお腹にジャブを打ち込んできた。しっかりと腰の入った重い一撃だった。


「二人とも、仲が良いのですねー。羨ましいです。刻藤さんは友里には敬語を使っていないのに、私には使われていますしね」


「いや、なんかそれは深鈴さんは敬語を使わないといられないって言うか、何と言うか」


僕はジャブを食らったお腹を抑えながら、深鈴さんに少し口ごもりながら、そう言った。


「へー、深鈴は丁重に扱うのに、私は違うんだー。へーーー」


友里が僕の肩に手を置いてそう言って来た。そう言う友里の目は全く笑っていなかった。


「だって、友里は猫被ってたじゃん! 初見の時と、昨日とでさ! むしろ腹黒で親近感湧いたわ!」


「腹黒?! 乙女に向かって何言ってんのよ! ・・・・そんな事言ってるとモテないわよ?」


「へー、友里はそう言う事言っちゃうんだー。はぁっー、そんな事言ってるお子ちゃまだから、身体も成長しないんじゃない?」


「はー?! あんた、言っちゃったわね!? 私が一番傷つく言葉を! この童貞っ!」


友里は若干涙目になりながら、ギャンギャンと言っていた。まさか、御令嬢の口からそんな暴言が飛び出してくるとは。


「はー?! 御令嬢がそんな暴言吐いてて良いんですかねー?! 少しは深鈴さんを見習ったら?!」


「お二人とも、仲が良いのは良いですけれど、公共の場所なのであまり大声はダメですよ」


僕たちがアップヒートし始めると、深鈴さんが僕たちに向かってそう言った。

深鈴さんは普段はいつもニコニコしていてとても優しい。けれど、今はニッコリと笑っているのに、オーラののようなものが凄かった。もし擬音語があるなら、背中からゴゴゴゴという音がついているほどに。

先に気づいた友里があんなに吠えていたのにその深鈴さんを見て縮こまっていた。

僕たちは、それに気圧されるようにして口喧嘩をすぐに止めた。


「ほら、友里。あんまり強い言葉を使わないの! それに刻藤さんもですよ」


「「・・・・はい」」


僕たちが素直に受け入れると、深鈴さんはすぐに普段通りに戻った。あの凍えるようなオーラもすぐに引っ込んだ。


「・・・・深鈴は、絶対に怒らせたらダメよ。あの子、本当に怖いから・・・・」


何事も無かったかのように歩き始めると、小さな声で友里が耳打ちして来た。

普段怒らない人ほど、怒る時は想像を絶するほどに怖いと言うが、深鈴さんはそれを地で体現するような人だった。


「あの、オーラを見たら分かるよ・・・・」


僕と友里の脳内には同じことが浮かんだ。

もう、深鈴さんの前では口喧嘩しないようにしようと。


———君も、あんなふうに言うんだな。


(「・・・・偶々ですよ。普通は言いませんよ」)


———フフ、君も高校生だもんな。むしろ、普通はそういうものだよな。


(「・・・・・・・・」)


———まぁ何にせよ、ほどほどにしておけよ、歩。


(「・・・・はい」)


そんなこんなで僕は、二人の護衛の初日は大きな問題無く終わらせたのだった。

まぁ、なんだかんだで二人とも仲良くはなれたと思う。それに、こんな学生生活を送っていて楽しいと思った。束の間かもしれないけれど、ちゃんと学生生活を送れているような気がしているのだった。


中国・上海市


「で、首尾は?」


黒いスーツを纏った男がタバコをふかしながら、そう言った。その男の手にはいくつもの金色の指輪が嵌められていた。

その男の背後には、膝をつきながら頭を下げている部下らしき男の姿があった。


「はい。概ね今のところは順調です」


「そうか、それならば良い」


「ですが、少しお耳に入れて欲しいことが・・・・」


「何だ? 言ってみろ」


窓から、既にライトアップされた外を見ていたその男が、部下の方へと振り返った。


「それが、対象に護衛が付いてしまったらしく・・・・。一部の計画は変更する必要があるかもしれないです」


「護衛・・・・? 誰だ、それをしているのは」


「・・・・例の少年です。あの方が目をつけているあの少年です」


「! そうか、それならばまさに一石二鳥ではないか! その少年も、星桜と宮家の娘も纏めて手に入れられる絶好の機会じゃないか!」


「ですが、大丈夫でしょうか? 少年・・・・刻藤 歩は先日ラウストを倒していますが・・・・」


「ラウストに手こずってるようじゃ俺らの敵じゃ無い。まぁ念には念をだ。一応、闇組合を使っとけ。万全は期せよ? 失敗したら、命は無いと思え」


そう言った男の手に握られていたタバコが消失した。蒸発するかのようにタバコが消え去ったのだった。


「は、はい」


部下は怯えた様子でそう言った。その声は少し震えて額には冷や汗が浮かんでいた。


「行け、計画を完遂させろ」


「はい、失礼しました」


部下は最後まで顔をその男に上げることなく、すぐさま部屋から出ていった。


「刻藤 歩、ねー。君は私にどんな色を見せてくれるかな? 君はどう思う? 元同じパーティーだった君は」


黒スーツの男が一本の柱を見た。そして、その柱の影からは陸の姿が現れた。


「・・・・気づいてたか」


陸は顔まで隠せる黒いローブの様なものを纏って、歩いて来た。


「そりゃあな。で、どう? 刻藤 歩について」


タバコをもう一本取り出して吸いながら、そう言った。


「どうだって良い。俺はアイツに何一つとして思うことは無い。それよりも、ぬかりは無いな?」


「君も、今回は私の下に付くんだろう?」


「ああ。そう言う命令だからな」


「・・・・勝手な行動はしないでくれよ? 計画を乱されちゃ困るからな」


「それはお互い様だ。俺にくだらない命令を行うなよ?」


「ハハハハ。N()o().()()はガキでも大きい口を叩くもんだな」


男は一息でタバコを吸い切ると、煙を吐き出しながら、そう言った。強いプレッシャーを煙と一緒に吐き出しながら陸を見た。


「・・・・・・・・」


「で、今日は何の用?」


途端にプレッシャーを引っ込めると、元の調子に戻って陸に尋ねた。


「あの方がお前をお呼びしている」


「! あの方が、私を? ・・・・分かった。すぐに向かおう」


「・・・・俺の要件は以上だ。それじゃあな」


そう言うと、陸は暗闇に消え去っていった。


「・・・・・・・・チッ、気に入らない・・」


一人残された部屋で、その男は陸が消えていった暗闇を見ながら、大きな舌打ちをしたのだった。

そして、その男が部屋を出ていくと、部屋の中には粉々になった柱の欠片が散らばっていたのだった。


九月 五日


土日を挟んで学校に行くと、今日は修学旅行の班について決める日であった。


「刻藤君、どうしますか? あと二人決めないといけませんけど」


学校では全力で猫を被っている友里が僕に敬語を使いながら、そう言ってきた。


「二人の仲の良い人で良いですよ。他の男子を入れても良いですし」


僕も学校の中では友里にも敬語を使っている。流石に友里が作ってきたイメージをぶち壊すほど僕の品性は悪くは無かった。


「うーん。・・・・それなら、刻藤さんも仲の良い人を一人誘ってくださいよ。私たちも一人誘いますから」


パンっと手を叩くと閃いた様にして友里がそう言った。


「・・・・分かりました。じゃあ、僕も一人誘いますね」


とは言うものの、もう既にほとんどグループの様なものが出来上がりつつあった。まぁ友里や深鈴さんの方は黙っていても今の話を聞いて誘いに乗る人は多くいると思う。


「当夜、僕たちの班に入らない?」


「ん? ああ、すまない。僕はもう班を決めてしまってね・・・・」


「いや、無理言っちゃってごめんね、当夜。全然、気にしなくて良いから」


「ほんとごめん、また誘ってくれ」


「うん」


・・・・どうしよ。僕はこのクラスに来てからまだ一日しか経ってない。ちゃんと話したのなんて当夜くらいで、他の人とはほとんど喋ってすらいなかったのだった。

迷ってたら、尚更班が決まっていってしまう。けど、本質的には陰キャの僕が知らない人と軽々喋れるのは無理があった。


「あの、刻藤君。ぼ、僕じゃダメかな。いや、あの、ほんとダメだったら全然それで良いんだけど・・・・」


どうしようかと考えていると、後ろから僕に声がかけられた。


「ヘ?」


僕が少し驚きながら後ろを振り返った。後ろには、長い前髪で目が隠れている男子用の制服を着て僕を見ている姿がそこにあった。僕よりも小柄で少しビクビクとしていた。


「えーっと、君は・・・・?」


「あっ、す、すみません。ぼ、僕は寧楽(しずき) 一平(いっぺい)と申します」


何故かシンパシーを感じた。いや、僕よりも重症っぽいけれど。


「寧楽君、僕たちの班に入ってくれるの?」


「その、いや、嫌だったら良いんですけど・・・・。本当に・・・・」


「いや、嫌じゃ無いよ! むしろありがとう!」


「あ、あはは。じ、じゃあ、よろしくお願いします」


「うん!」


そうして、僕は新しく友達を作ると、班の勧誘に成功したのだった。まぁ勧誘とは言うけど、僕は何もしてないんだけどね。


「寧楽さんですか?」


「はい。何か問題でも?」


「いいえ、何もありません。私たちが誘ったのはこの方です」


深鈴さんは、僕にそう言うと、後ろにいた女子に手を向けた。


「どうも、鷹郷(たかさと) クロナです。あれ? 一平もこの班に入ったの?」


「・・・・クロナ・・・・」


「? 二人は知り合い?」


僕は少し後ろにいた寧楽君へと振り返って尋ねた。


「うん。ぼ、僕たちは幼馴染なんです。家が近くて」


「そっか。じゃあ鷹郷さんよろしくお願いします」


「うん、こちらこそ!」


そうして、僕たちの班はこの五人で決定したのだった。けれど、まだ僕たちは知らない。この寧楽 一平には、隠された裏の顔がある事に。



すみません、更新が遅くなりました。次回は明々後日までには書きます。


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