七十五話 奢りって最高
「大丈夫か、歩」
ハインツは地面に突き刺した剣を消すと、僕の方へと走って来た。
「ああ、はい。大丈夫です」
ハインツの差し出した手を取ると震える足で何とか立ち上がった。
「怪我はして無いか?」
「怪我は大丈夫です。力が入りにくいだけで」
「さっきの反動か?」
「ええ。あれをやると使った後反動で力が入りにくくなるんですよ」
「まぁ、あんな力をノーリスクで使えたらチートもいい所だからなぁ」
「反動無しで使えるようにはしたいんですけどね」
「うーん、歩の場合はそこよりも、純粋な自分の肉体をもう少し鍛えた方が良い。全体的に筋力が足りて無いからなぁ」
「それ、師匠にも同じ事を言われましたよ」
「ハハハ、宗一郎からも言われてたか。なら、俺がとやかく言うことでは無いな。まっ、君の場合はまだ若いし鍛えていれば着実に筋力はつくだろう」
「その時はハインツさんを倒せるように頑張りますよ」
「! ハハハハ、タフボーイだな、歩! 気に入ったよ、後で飲みにでも行こう。俺が奢ってやる!」
「良いんですか? じゃあご馳走になります」
ハインツは僕と肩を組むと、背中をバンバンと叩いて来た。ハインツの腕は太く、筋肉が凄かった。
そりゃあ、あんなに強い力を出せるわけだ。
「素晴らしいものを見せてもらったよ。刻藤君」
ハインツと話していると、パチパチと手を叩きながら、星桜さんが観客席から降りて来た。
「・・・・これで良いんですか?」
「ああ、もちろんだ。君の実力はこの目でしかと見た。それと、この戦いをテレビで流しても構わないかい?」
「テレビ・・・・ですか?」
「ああ。この戦いを見れば、君に良い意見を持たない人でも否応無しに君を認めるだろうと思ってね。勿論、そのテレビで得た収益は君に渡すけれど、どうだろうか」
「でも、良いんですか?」
「大丈夫だよ。それに、収益関係は私たちにとって重要では無いからね」
「・・・・分かりました。お願いします」
「ああ、任せてくれ。じゃあ次は本来の話をしようか」
「契約についてですよね?」
「ああ、その通りだ。君の言うとおり、私たちは君と契約を結びたいと思っている」
「・・・・」
「そんなに固くならないで大丈夫だ。契約と言ってもとても厳しい訳じゃない。私たちは君のサポートをして、君は私たちの依頼をこなす。ただ、そんなものだよ」
「コイツの言うとおり、厳しいものじゃ無い。さて、刻藤君。君は、私たち宮家財閥と、星桜財閥。どちらと契約をしたいかな?」
「・・・・・・・・」
正直、僕には身に余るほどの光栄であった。日本で超有名な四台財閥のうち、二つから契約の勧誘を財閥トップの人から直々に受けている。
それに、星桜財閥と、宮家財閥。一つは師匠も契約している財閥で、もう一つは冒険者たちにとって神とも呼べるほどに支援をしている財閥であった。
・・・・、めっちゃ悩む。一高校生として、この選択は荷が重い。
「・・・・言い方を変えるよ、刻藤君。君は、この二人のうちどちらを護りたい?」
そう言うと、伸治さんと悠馬さんは御令嬢である深鈴さんと、友里さんを指差した。
「へ?」
「先に言うと、私達が君に依頼する内容は、娘の護衛だ。それは、私達も、星桜も同じでな。だから、君はどちらと契約をしたいかと言うよりかは、どちらの娘を護りたいかと聞いた方が良いだろう?」
「ヒュッ・・・・」
「歩、どうするんだ? 君のタイプで選べば良いんじゃ無いか?」
ハインツが僕に向かってそう言った。
そんなノリで決めれると思っているのか? この人は。
僕がどっちを選ぼうとも何かしらの角が立つのは目に見えている。
どうにかして、波風立たずに乗り切る方法は無いのか・・・・?
———歩。迷うのなら保留とかで良いんじゃ無いか?
(「保留とかって失礼じゃ無いですかね・・・・?」)
———あー、どうだろうな。まぁ確かにその観点で行けば、今決めた方が良いのかもしれないな。
(「レティアの時はどうやって決めたんですか?」)
———私は狐丸から誘われただけだったからなぁ。君のように二つから同時に誘われてはいなかったから。だから、君の思うような解答は持ち合わせていない。すまないね。
(「そうですか・・・・」)
「刻藤君、君にはこの選択は少し荷が重かったかな?」
「・・、少しですが」
「まぁ、そうだよな。高校生にこの選択は重すぎるよな。ならば、こんなのはどうだろうか」
「何ですか?」
「もうすぐ、黄印学園では修学旅行があるだろう? それが終わるまで、深鈴と友里ちゃんの二人を護衛してくれないか? 言うなればお試しみたいなものだ」
「そうだな、刻藤君。それなら、二人のことも分かるだろうし。勿論、刻藤君が今決めたかったら、それでも良いが」
その提案は僕にとっては願ってもないことだった。だから、僕はその提案を快諾したのだった。
「いえ、それでお願いしても良いですか?」
「分かった。じゃあ刻藤君、修学旅行が終わるまでは二人と同じクラスに行ってもらえるかい? 学園には私たちから話はつけておくから」
「進学科・・・・ですか? 分かりました」
「よし、じゃあこの話は一度終わりだ」
伸治さんがそう言うと、深鈴さんと目が合った。深鈴さんはにっこりと笑うと、僕に丁寧に頭を下げて来た。深鈴さんと同じように友里さんも僕に頭を下げていた。僕はハッとしてから、慌てて二人へと頭を下げたのだった。
「・・・・さて、次は君だ。ノア・ライヘンドア君」
そう言って、伸治さんと悠馬さんは後ろにいたノアの方を振り返った。
ノアはそう言えばそうだったなと言うような顔をしていた。
「僕は、どうすれば何をすれば良いですか?」
「君の場合は、歩君とは違って能力が有能ということは知られている。それに、こちら側で事前に君の素行などを調査をした。その上で、君は私達が勧誘するに値すると判断した訳だ」
「それは、ありがとうございます」
「それで、刻藤君と同じ事を聞くけれど、君はどちらと契約をしたい?」
「僕は、誰かと戦う必要は無いんですか?」
「 ああ。君に依頼する事は護衛では無いから、戦闘をする必要は無いよ」
「ああ、成る程。じゃあ、僕は今決めます。宮家財閥さん、僕と契約をして下さい」
「! 分かった。ライヘンドア君。我が宮家財閥は君と契約を結ぼう。では、明日宮家財閥の本社に来てくれ。その時にもっと詳細な手続きをしよう」
「はい、ありがとうございます」
ノアは迷わなかった。迷う事なくそう言い切ったのだった。ノアと悠馬さんはそこで握手を交わしたのだった。
「それじゃあこれで、今日は終わりだ。二人とも、時間を取ってくれてありがとう」
そんなノアたちの様子を横目で見ながら、伸治さんがそう言った。
◆
星桜・宮家財閥共同運営 大衆居酒屋 夜貴
会合が終わった後、僕とノアは大衆居酒屋の個室にハインツと来ていた。
「って言うわけでかんぱーい!!」
ビールジャッキを片手にハインツはそう叫んだ。一息で半分ほど飲み干すと机に置いた。
「あー、美味い! 歩、ノア。今日は俺の奢りだ。好きなもんを頼めよー! ほら、宗一郎も頼めよ」
ハインツの隣には師匠も座っていた。師匠は浴衣のような服装をしてお猪口に日本酒を入れて呑んでいた。
そもそも、ハインツが日本に来たのは師匠が直々に誘いに来たからだったと言う。ここに来る途中にハインツに誘われた師匠と合流していたのだった。
「いやー、お前の言うとおりだったな、宗一郎! 日本に来て良かったぜ、こんな奴と会えるなんてな!」
「まだまだ、だけどな。で、どうだった? 歩。現時点での最強冒険者と戦ってみて」
師匠はお猪口を片手で持ちながら、僕にそう言った。僕は箸を置いて師匠の顔を見た。
「・・・・強かったです。正直、奥の手を使っても勝てるイメージが全く浮かないほどに」
「そうか。それが分かったのなら良い。ただ、お前の戦いをネットで見たが悪くはなかった。ちゃんと自分で努力してるのも分かった。頑張ったな、歩」
師匠がそう言って笑った。ハインツには完敗してしまったけれど、師匠から褒められたのは素直に嬉しかった。
「はい!」
「ハー、良い師弟関係だねー。俺もこんな師匠か弟子が欲しかったぜ」
「ハインツ、お前は弟子が一人居たろ」
「随分前に辞めちまったよ。だから、お前らみたいな師弟関係はねーよ」
ハインツと師匠がそんな事を話し合っていた。
「そう言えば、ノア。どうしてあんなに早く決めたの?」
僕は黙々とご飯を食べていたノアにさっきの事について尋ねた。
「ん? んーとね、僕は冒険者だからさ。僕は今、色々作ってるんだけど、耐寒剤とかね。で、その時にサポートが手厚いのは宮家財閥かなーと思ってさ。宮家財閥は冒険者のサポートを多くしてるからさ」
「成る程ね」
「むしろ、歩はどうすんの? しかも、契約もそうだけど護衛って・・・・」
「んー、そうなんだよねー。どうしよう」
「良いじゃ無いか、歩。あんな可愛いガールフレンドが出来るって考えれば」
ハインツの言う通り、深鈴さんと友里さんは控え目に言っても超可愛い。護衛対象とは言え、あれほどの美貌を持った人を護れるならやりがいがあると言うものだ。
「誰の娘がガールフレンドですか?」
ハインツがそう言うと、個室の扉を開けて悠馬さんと伸治さんが入って来た。
「おっと」
「刻藤君」
「は、はいっ!」
僕はビクッとしながら、そう返事をした。何か言われるのかなと少し怖かった。
「刻藤君。私や、宮家の娘はね。幼い頃から色んな人と関わって来た。それこそ、汚い大人たちや、財閥とコネを作るためだけに擦り寄ってきた人たちとも。それに、幼い頃は何度か攫われかけたこともあった」
「・・・・・・・・」
「だから、表には出さないけれど、彼女たちは辛い思いをして来た」
「・・・・」
「君に護衛を頼んだのは、あの子たちにちゃんと楽しい思いをして欲しいからだ。だから、どうか娘たちの事は特別扱いせずに普通に気軽に接してくれるとありがたい」
「・・・・はい。そこに関しては精一杯やらせて頂きます」
「うん。頼んだよ」
二人は僕に対してそう言った。そこにあったのは、財閥のトップとしての顔では無く、娘の事を心配する一人の父親としての顔だった。
だから、僕は迷う事なくそう言った。
「悠馬、伸治、今日は地位なんて忘れてただ友として飲もうぜ」
師匠がそう言って、二人を手招きしていた。
「ああ、そうだな」
「今日は奢りなんだろ? 誰のかは知らんけど」
「Yes! 今日は俺の奢り! だから全員好きなだけ食ってくれ」
ハインツが残っていたジョッキの中身を飲み干してそう大声で言い放った。
◆
それから長い時間が経った。大人たちはアルコールで一目見て分かるほどに、顔が紅潮していた。
もう既に悠馬さんと伸治さんは机の上に頭を置いて眠ってしまっていた。
「・・・・歩」
師匠が顔を紅くしながら、真剣な目つきで僕を呼んだ。
「どうしたんですか、師匠」
「歩、無銘教は覚えてるよな?」
「はい。ラウストや、陸がいるところですよね」
「ああ。その無銘教だが、日本だけじゃなく、外国でも無銘教の動きが活発になっているらしい」
「宗一郎の言う通りだ。俺のイギリスでも、無銘教と名乗る馬鹿が一件問題を起こした」
「問題って何ですか?」
「・・・・盗んだんだよ。イギリス最凶の魔道具を」
ビールを一口呑んでから、ハインツはそう言った。
「最凶・・・・ですか?」
「ムーアの土・・・・ですか?」
ノアが少し考えてそう言った。
ムーアの土
イギリスのダンジョンで見つかった最凶の魔道具の一つ。本来、ダンジョンや魔道具は、それが起因する場所や年代が古かったり、知名度が高ければ高いほどに強力な物となる。しかし、このムーアの土はそれが起因する年代は短いものの、そのイギリス国内での知名度と怨念から非常に強力な物と変異しているのだった。
その魔道具の力は、ダンジョン内限定で使うことが出来、対象者を闇の中に閉じ込める。そして、闇に閉じ込められた対象を融解し、吸収してこの魔道具はより凶悪なものへと変異していく。使用者は魔道具を持っている間、その吸収したエネルギーを受け取り凶暴になっていく。そして最後には死に至ると言う魔道具であった。
「よく知ってるな、ノア。そう、その魔道具が盗まれた。はっきり言ってかなりまずい。そして、それが日本にある可能性が高い」
「日本に?」
「ああ。イギリスには魔道具を探すことに特化した能力があってな。そいつ曰く、魔道具はぼんやりとその位置が分かるらしい。それで、そいつがムーアの土の居場所を探した時に、一番可能性が高いのがこの国だった訳だ」
「・・・・・・・・」
「・・最近、今までは消極的だった奴らの動きが活発化して来てる。歩、ノア、お前たち二人は特に気をつけろ。先の一件でも奴らに目を着けられているはずだ」
「もし、何かあったら、俺に迷わず連絡してくれ。俺の連絡先はこれだから」
そう言うと、ハインツはポケットから少し折れた名刺を僕とノアに手渡した。
「歩、ノア、もし無銘教と会ってしまったら、その時は迷うな。良いな?」
「はい」
「・・・・はい」
師匠が言ったのは、もし無銘教と会ったのなら殺せと言う事だった。新宿御苑ダンジョンでの事件を考えれば、師匠の言っている事は正しい。だけど、一人の人間として、その行いは正しいのかどうかは僕はまだ分からなかった。
自分でもどうかと思う。既に何人もの人を手にかけているのに、今更そんな都合の良い事を考える僕はおかしいのかもしれない。
そして、僕たちは師匠の言葉に頷いたのだった。
「さぁ、もう遅くなって来た。そろそろお開きにするか!」
少し、暗くなってしまった空気を払拭するかのようにハインツが朗らかにそう言った。
そして、未だ、眠っていた財閥のトップたちを起こして、この飲み会はお開きとなったのだった。
大衆居酒屋なのに、お会計の金額は高級料理店で飲み会をしたような値段となっていた。
けれど、そこは黒級冒険者。そんな金額でも特に何も言うことなく全額払ってくれたのだった。
「あー、今日は楽しかった! 歩、ノア、また会おうぜ!」
「はい、今日はありがとうございました!」
「歩君、明日から娘を頼んだよ」
伸治さんと悠馬さんは肩を組んでいた。なんだかんだ言いつつも二人は仲が良いのだろう。
「はい」
「ノア君はまた今度」
「はい」
二人は事前に呼んで置いたタクシーの扉を開けた。
「じゃあ私たちはこれで」
そう言うと、伸治さんと悠馬さんはタクシーに乗り込んで行った。
「歩、また俺の元に修行に来い。まだまだお前は足りていないからな」
「はい、お願いします」
「ああ。それじゃあ、俺はハインツを送っていく。じゃあな、二人とも」
そう言って、ハインツと師匠も僕たちに別れを告げた。
「僕たちも帰ろっか。駅まで一緒に行こ」
「そうだな」
そして、残った僕たちもまた帰路へと着いたのだった。
更新が遅れました。すみません。
次回は明日です。
ちなみに、ハインツは日本語は喋れません。ただ、この作中の人は全て生まれた時に耳に翻訳機を注射して入れてます。そのため、常時翻訳が行われており、言葉のコミュニケーションで困る事は無いようになってます。だから、歩たちにはハインツの言葉は日本語に聞こえており、ハインツにとっては英語に聞こえています。
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