七十四話 最強の冒険者
———全力で行けよ、歩。アイツは強いぞ。
(「分かってます。相手は世界最強です。やれるだけやります!」)
僕は腰につけた鞄から、お面を引き出した。雅国さんに修理されたそれは、以前よりも張り付いている黒が深くなっていた。髑髏の形をしたそのお面を僕は顔につけた。
「それが君の武器かい?!」
「そうですよ。今、僕ができる限界まで貴方にぶつけます!」
顔につけたお面から、触手状に伸びたその黒が僕の全身を覆い隠した。そして、その黒がコートに姿を変えた。深くフードを被って、僕はハインツを見た。
「いいぞ、ルーキー! さぁ、俺に見せてみろ!」
僕は鬼月を鞘から勢いよく引き抜くと、地面を蹴った。
「 五式 虎爪!」
鋭く、重い斬撃をハインツへと振り抜いた。
「甘いなぁ、ルーキー!」
ハインツはそう言うと、僕の虎爪を容易に躱した。それも、大袈裟に躱すのでは無く、最小の動きで躱されていた。けれど、そんなことは想定済みだった。
「 二式 神速」
避けられると既に想定していた僕は、ハインツが躱す時にはもう、納刀は完了していた。そして、ハインツの死角から、高速の抜刀を繰り出した。
けれど、神速はハインツには当たらなかった。いや、神速を出すことさえ叶わなかった。僕が抜刀をすると同時に、ハインツは鬼月の柄を押さえつけて、抜刀させることを僕に許さなかった。僕は特別力が強い訳じゃない。だけど、新宿御苑ダンジョンの戦いを経て僕は少なからず強くなった。それに、このコートのおかげで力も上がっている。それなのに、目の前の最強は力づくで鬼月を押さえつけていた。
「甘い!!」
そして、ハインツは鞘から手を離すと同時に、重くて鋭い蹴りが僕の腹を突き刺した。
「ぐぅっ・・・・!」
僕は地面を転がった。胸元につけているバッヂのおかげでダメージや、痛みは無い。だけど、衝撃で、僕の身体は吹き飛んだ。
「おいおい、ルーキー! そんなものじゃ無いだろう? ほら、能力も使ってかかって来い!」
「言われなくても、そうしますよ!」
———アイツの能力は知ってるか?
(「アーサー王関係の能力ですよね」)
———そう。アイツの能力はラウンド・オブ・サーティーン。アーサー王、円卓の騎士に深く関わっている能力だ。詳細は知らんが、確かアーサー王の武器や、円卓の騎士達の力を扱える能力だったはずだ。
(「あの人がどんな能力であれ、出し惜しみはしないです」)
———ああ、そうだな。だが、君のその強い能力だけに拘りすぎるなよ、歩。周りを広く使っていけ。
(「はい!」)
立ち上がった僕は、またハインツへと駆け出した。
「また突っ込んでくるだけか? 工夫が足りていないんじゃ無いのかぁ?!」
「複式 虚爪」
斬撃が空を飛んだ。三つの斬撃がハインツへと襲いかかった。
「宗一郎よりも威力がないな」
けれど、ハインツは何事もなかったかのように無傷で立っていた。舞った砂煙を手で払いながら、そう言った。
「四式 冥突」
僕はその砂煙に紛れ込むようにして、一気に距離を詰めると、ハインツへと突きを繰り出した。
「遅い。それに、突きはこうやるものだぞ、ルーキー!」
ハインツは僕の突きを素速く躱すと、後ろに一歩右足を下げたまま、右手を僕の腹へと突き出した。
ハインツの突きは速かった。目で捉えるのがやっとのほどの速さで突きが繰り出された。
「ん?」
けれど、その拳は僕へと届きはしなかった。僕は自分の身体より少し前に封印で固めた空気を纏っていた。その透明な壁はヒビは入っていたものの、ギリギリでハインツの突きを受け止めていた。
「複式 龍爪!」
僕は超至近距離から、今の僕にとって一番高い威力の技を繰り出した。一振りで、まるで龍の爪で引き裂くように、三本の斬撃が同時にハインツへと襲いかかった。
ハインツは後ろに引こうと後ろへ下がった。けれど、何かに妨害されるようにして、ハインツの身体はそれ以上後ろに動くことは出来なかった。
「こりゃ、ちょっとまずいか・・・・」
完全に無防備なハインツの胴へ斬撃が直撃した。手応えはあった。それに、いくらこの最強でも、至近距離からの斬撃を移動することが出来ない状況で躱せるはずが無い。僕の脳裏には取ったという確信が生まれていた。
「ハハハ、危なかった。ルーキー、いい攻撃をするじゃ無いか」
斬撃と衝撃によって巻き起こった煙が一瞬にして、晴れた。そして、バッヂが既に壊れているはずの最強はまだ直立していた。まるで、何事もなかったかのように。服に攻撃が当たった様子はない。バッヂもヒビすら入っていない。煙によって服が若干汚れた程度だった。
「マジかよ・・・・」
「ハハハ、お返しだ、ルーキー!!」
そして、ハインツはどこから取り出したかも分からないけれど、その右手にはさっきまでは無かった両刃の長剣が握られていた。
そして、ハインツはその長剣を僕へと振り下ろした。
「クッ・・・・!!」
ハインツの振り下ろした剣は重かった。物理的に重いのもあったし、それよりも単純に僕がハインツに力負けしていた。
僕は鬼月で受け止めたけれど、それは勢いが少し弱まった程度だった。鬼月が確実に押し込まれていく。
「ッッ・・・・! 三式 昇覇!」
僕は左手を鬼月の峰に当てながら、強引にハインツの剣の軌道をずらした。本来ならば、昇覇は相手に攻撃をそのまま返す。だけど、僕の力じゃ逸らすことで精一杯であった。
ハインツの剣を押し返すと、すぐに僕は距離を取った。
「逃がさないぞ」
ハインツは距離を取った僕の背後にもう既にいた。また、ハインツが僕へと剣を振り下ろした。
僕はギリギリで反応した。今度は鬼月で受け止めずに地面を転がって躱した。単純に鬼月で受け止めるのは間に合わなかった。
「クッ・・・・」
すぐに立ち上がると、今度はハインツの速い追撃は無かった。剣を肩に担いで僕の方を見ていた。
「・・・・・・、ルーキー。それが君の全力か? だとしたら、宗一郎の目は曇っているのかもしれないな」
「ッ・・・・・・! 聞き捨てならない台詞ですね」
「もうちょっと動けると思ったんだけどな」
「・・・・。封印 自転選択・速血」
僕は鬼月を地面に突き刺した。そして、右手を心臓の位置に持ってくると、そう言った。その瞬間、身体がドクンと脈打った。速血は読んで字の如く血流の流れを速くする。長くは出来ないけれど、レナの空間跳躍のような事が出来るのだった。
地面に突き刺した鬼月を引き抜いた。
そして一歩、地面を蹴った。一瞬でハインツの後ろを僕は取った。
「 二式 神速」
さっきまでとは比較にならないほどの速さで抜刀した。ハインツは棒立ちのまま鬼月がうなじへと近づいていく。僕の力が弱くても、速度があれば破壊力は倍増する。鋭く、鈍く、速い一撃を僕は抜刀した。
「それが、君の本気か!」
ハインツは身体を正面に向けたまま剣だけを後ろに伸ばすと、鬼月を受け止めた。ハインツの受け止めた剣はピクリとも動かなかった。巨大な岩に当たったような感覚だった。
「いいね。もっと見せてくれ、ルーキー!!」
僕はレティアが言ったように、闘技場を広く使った。ハインツの後ろをとっても反応される。受け止められたら僕じゃ勝てない。それなら、手数で勝負するしかない。僕は闘技場を縦横無尽に駆け抜けた。
「複式 虚爪・無尽」
僕はハインツを中心にして、駆け抜けた。僕の軌跡が黒い線を空に引いていく。
全方位から、ハインツへと斬撃を放った。封印でタイミングを合わせたその斬撃は、ほぼ同時にハインツを襲った。僕は空中を舞うようにして、上からその集中砲火を見ていた。
「さっきの言葉は訂正しよう。ルーキー、いや歩!! お礼に俺の力も見せよう!」
ハインツは気持ちのいいほどに満面に笑った。そして、長剣を高く掲げた。
「ラウンド・ワン。プロテクト・アヴァロン!」
ハインツの長剣が形を変えた。抜き身の剣から、鞘に納まった剣にその姿を変えたのだった。
純白の一切の穢れを知らないその鞘に光が灯った。その瞬間、ハインツを襲う斬撃全てが掻き消えた。その光によって、まるで蒸発するかのように静かに跡形もなく消え去った。
「ラウンド・ツー。アロンダイト!」
その輝きが消えると、そこにはもう純白の鞘は無かった。代わりに、薄い赤みがかった刀身の両刃の長剣が右腕に握られていた。
「血塗りの聖剣」
そして、闘技場の地面が割れた。もはやそれは斬撃と呼べるものでは無かった。ハインツが長剣を振り下ろした瞬間、地面が一瞬にして割れたのだった。
到底、鬼月では受け止めることなんてできない一撃だった。
「マジかよ・・・・・・」
ハインツは僕に当てるつもりは無かったらしい。けれど、僕の左腕を少しだけ掠めた。ただ掠めた。
ただそれだけで、僕の胸元につけていたバッヂには小さなヒビが入っていた。
ハインツは長剣を虚空に消して、別の長剣を出現させると、空中に浮かんでいる僕を挑発するように僕へと手を向けた。けれど、もう速血は切れる。これ以外で戦わないといけない。あんなものを見せられた以上、僕も奥の手を出すしかない。
僕は両手で持っていた鬼月を鞘に納めた。封印で固めた空気の足場の上で、左手を心臓ではなく首を絞めるように置いた。
———あれを使うのか。
(「はい」)
———くれぐれも気を付けろよ。絶対に呑まれるな。
(「はい、分かってます。時間は守ります」)
「封印:自転選択・融合」
そう言った瞬間、僕の身体を纏っていたコートと、僕の身体の境目が消えた。
これが、僕の新しい力。人によってはこの力を見て非難するかもしれない。それは、一時的なモンスターとの融合するものだった。
「! これは、また禍々しい形態だな」
お面はその形を変え、髑髏から目だけが青く光る黒鬼に変わっていた。今の僕は人であって、人じゃない。あの液体化の能力を持つモンスターの能力をこの身に無理矢理封印していた。
タイムリミットは六十秒。ほんの僅かしか使えない、まさに奥の手であった。
「本当に人間かと疑うレベルだな。歩」
「イ、いきまス」
僕がハインツを正面に捉えて、柄に手をかけた。少し腰を落とした。
その瞬間、ドンと鈍い破裂音がした。空中ではなく、僕は既にハインツの真後ろにいた。
「いきなりはっええな!!」
そう言いながらもハインツは完全に反応していた。鬼月をしっかりと受け止めていた。
けれど、さっきとは違って受け止められた鬼月に力を込めることは無かった。むしろ、僕は力を抜いた。すぐに、鬼月が押し込まれて、峰が僕の身体に触れた。けれど、峰は僕の身体を通り抜けていった。水の中に入るようにズブズブと僕の身体を鬼月がすり抜けた。
「凄いな、その姿は・・・・」
僕は身体の中を貫通する鬼月の刃を無視して、柄を掴んだ。そのまま、自分の身体を斬りながら、ハインツへと斬りかかった。
今の僕は殆どの攻撃を受け切れる。だから、ハインツの攻撃は守る事すらなく、ひたすらに攻め続けた。
「複式 瀑突」
残り三十秒。息つく暇も無く僕は攻め続けた。無数の連撃をハインツにぶつけていく。
けれど、決め手に欠ける。未だ、ハインツのバッヂは傷一つ付いていなかった。無数の連撃も全て避けるか受け止められていた。
「聞いていた以上だ、歩! だが、その状態は長くは続かないんだろう?!」
ハインツはタイムリミットがある事に気づいていた。現に、さっきまでは、全身が液状化出来ていたのに、少しずつ元に戻ってきてしまっていた。
「それに、少し力も落ちているんじゃないのか?!」
ハインツはそう言うと、薙ぎ払うように鬼月に剣を当てた。
「グぅッ・・・・!」
鬼月が僕の腕から抜けてしまった。剣が当たった衝撃に耐えきれずに、手から落ちてしまった。
融合のデメリットは時間制限がある事だけじゃ無い。融合が解けていくと、その部分に極端に力が入りにくくなってしまうのだった。
今、僕の身体を変異させていた黒は右胸と左肩は元のコートに戻り始めていた。
「終わりだ。割と、楽しかっ———」
ハインツは武器を落とした僕に追撃を仕掛けた。もう、コートに戻っていた胸に狙いをつけて剣を振るった。
けれど、その剣が僕に触れる前に、ハインツは身体を捻って後ろに退がった。
「ヒュー。身体から武器を生やすとは」
僕は以前僕自身がやられた時のように、武器を身体から作り出した。
完全な不意打ち、それもほぼ避けれない位置での攻撃。それでも、ハインツに当たる事すらできなかった。
「そろそろ、動けないか?」
「・・・・」
ハインツの言う通りだった。もう時間は十秒を切っていた。それに、立つのも辛くなってきた。出来ても、残り一撃が限度だと思う。だから、全身全霊の一撃を僕はハインツにぶつける。
「ハ、ハインツさン。これで、終わリです」
「ああ、来い! 歩の全力を受け止めよう!!」
落ちた鬼月を拾うと、ハインツに向けて構えた。
ハインツは大きく笑うと、腕を大きく広げた。
直後、僕は殆ど感覚が無くなった足で、地面を蹴った。全力で踏み込んだ地面は凹んでいた。
この一撃のために、全てを鬼月の上に乗せた。
「柳生新陰流 奥義 月影!!」
その空間すらを断ち切る柳生新陰流の奥義。今の僕じゃ融合をしていないと放つことができない技。
腕の融合が解けていなくて良かった。
瞬時にハインツと目と鼻の位置にまで移動した。
空間をも斬り裂く一撃。全身全霊の奥義を僕は放った。
「俺も、本気を見せよう!ラウンド・ワン。エクスカリバー!!」
ハインツはそう叫ぶと、抜き身の剣が現れた。金色の刀身の両刃が光り輝いていた。
「王の一閃」
ハインツは小細工無しに真正面からぶつかってきた。ハインツのエクスカリバー叫ばれた剣と鬼月がぶつかり合う。
「アアアアアアア!!!!!!」
真っ向からハインツを打ち破るように、僕は叫んだ。
爆発にも似た衝撃が闘技場を駆け抜けた。観客席までその衝撃は飛んでいく。観客席には防御の魔道具が用いられている。だから、衝撃が来たとしても、それが防いでくれる。けれど、今はその防御ですら、悲鳴を上げるほどの衝撃が闘技場を舞った。
「気迫も良い。だが、まだ未熟だな、歩」
そして、ズドンと鈍い音がして、僕は闘技場の壁に背中からぶつかった。
「がはッ・・・・!」
コートに戻った液体が、お面に吸い込まれるようにして収束していった。その下にある胸元についてあったバッヂが粉々に砕けて地面に落ちた。
「終わりだな、歩」
闘技場の中心では、剣を地面に突き刺して腕を組んでいるハインツの姿があった。
「そう・・・・ですね・・。僕の・・負けです」
壁から滑り落ちて、地面に僕は腰を落とした。もう、力が入らなかった。僕は、清々しい笑顔をしたハインツを見ながら、そう言った。
最強冒険者との一戦は僕の敗北という形で決着がついたのだった。
更新が遅くなりすみませんでした。
一応、僕の受験も終わったので書けそうだったら、明日からは毎日投稿していきたいと思います。
面白かったら、高評価、ブックマーク登録の方お願い致します。感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




