幕間 大切なものはいつだって。
2011年 三月 七日
ダンジョン組合の研究室で、ある一人の男が研究に勤しんでいた。その男は、真っ白な白衣を身に纏い、手には何本かの試験管を持っていた。そして、左手の薬指には銀色の指輪が嵌められていた。
「おい、ラウスト。そろそろ休憩しないか?」
研究室の扉を開けて、若い龍羽が入って来た。
「龍羽。いつも言っているだろう。ノックをして入って来いと」
「ああ、悪い、悪い」
「はぁ、全く」
「で、どうだ? 飯でも食いに行かないか?」
ラウストは研究室の扉の近くにかかっていた時計を見上げた。その時計の針は昼の一時を指していた。
「・・・・そうだな。少し待ってろ、これだけ終わらせる」
「おお、珍しく行ってくれるか。じゃあ一階にいるから終わったら声かけろよ」
「ああ」
そうして、龍羽は扉を閉めて研究室から出て行った。龍羽は毎日私を誘ってくれていた。普段は誘われても断っていたが断り続けるのも悪いと思った私は今日は断ることは無かった。
そしてそれから五分ほどして、私は一つ伸びをしてから、散乱した机の上を整理してから実験室を出て行った。
「すまない、龍羽。待たせたな」
私は実験室を出ると、一階の受付の近くで立っていた龍羽に話しかけた。
「終わったか。じゃあ行こう」
「何を食いに行くんだ?」
私たちは話しながら組合を出て行った。
「ラーメン」
「お前、本当にそれ好きだな」
「嫌だったか?」
「いや、それで良いよ」
「それで、研究の方はどうだ?」
「・・・・順調、だと良いんだがな」
「世界初の特効薬・・・・だからな」
「ああ・・・・」
「完成しそうか?」
「・・・・そうだな。必ず完成させる」
「・・・・そうか。俺が出来る範囲で手伝えることは手伝うよ。言っても言ってくれ」
「・・・・そうだな、その時は頼らせてもらおうか」
私たちは色んなことを話しながら、ラーメン屋へと向かうのであった。今思うと、龍羽はずっと私に気を遣ってくれていたのではないかと思う。ある日を境に、研究にのめり込むようになった私を龍羽は、ずっと気にかけてくれていた。
◆
三月 七日 午後六時
私は仕事を早めに切り上げると、組合を出て、自宅へと向かった。自宅に向かっていると、近くの家の主婦たちがひそひそと話しているのが見えた。十中八九、私たちのことを噂しているようだった。
自宅に着いて、ある部屋へ入ると、私は慌てて中にいた人物へと駆け寄った。
「エイナ! 起き上がって大丈夫なのか?!」
「ええあなた。今日は調子が良いの」
そう言って、その部屋にいた女性はベッドに座っていた。
彼女の名は、エイナ=バラックであり、私の妻であった。彼女は、一年ほど前に病気を患っていた。その病気はダンジョンが地上に現れてから発症し始めた新種のものであった。昔は美しい銀髪だったエイナの髪は抜け落ち、今はニット帽をつけていた。そして、白かった肌は少し黒ずんでいた。
その病気は、ダンジョン病と呼ばれるもので、皮膚が腐り、筋肉が腐り、骨が腐り、そして、身体の全てが腐っていく。普通、発症してからニ、三年以内には死んでしまうというものであった。その特異性から多くの人々に忌避されている病気だった。そして、その病気には酷い差別があった。本当なら、病院で治療を受けているべきであった。けれど、その差別も相まって、病院はエイナを受け入れてはくれなかった。そして、近くに住んでいる人たちからも、良い目では見られなかった。
私はそんな彼女を、そして同じように苦しんでいる人たちを助けるためにダンジョン病の特効薬を作ろうとしていた。そして、その薬はあと少しで出来上がるというところまで来ていた。
この時の私は思っていた。この薬ができれば、エイナも、名前も顔も知らないけれど苦しんでいる人たちを救うことができると。
「そっか。それは良かったよ」
「ごめんなさいね。あなたに負担をかけてしまって。それに、私のせいであなたまで白い目で見られるでしょう?」
「こんなの負担じゃないし、そんな目で見られてもなんとも思わないよ」
「・・、ごめんなさい」
「君が謝る必要なんてない! それに、もうすぐ私が薬を開発する! 本当にあと少しなんだ。だから、そんなに気を負わないでくれよ」
「ええ、そうね。あなたがそう言ってくれるなら心配ないわね」
そう言って、妻は笑った。私には、その笑顔は不安や恐怖を無理矢理隠すようにして作られた笑顔にしか見えなかった。そして、その笑顔を見るたびに私は胸が痛くなったのだった。
「大丈夫。絶対に大丈夫だから」
そう言って、私はベッドに座ったエイナをそっと抱きしめた。まるで、愛なだけでなく、私自身も励ますように大丈夫だと言ったのだった。
「さっ、エイナ。食べたいものはないか? 今から作るからさ」
「そうね・・・・。お魚が食べたいかしら」
「ああ。分かった。すぐに作るから少し待っててくれ」
「ありがとう、あなた」
「ああ」
そう言って、私は部屋を出てキッチンへと向かった。
私は知っていた。妻は、私には決して涙を見せない事を。私がいなくなったところで泣く事を私は知っていた。扉を閉めると、押し殺した泣き声が微かに聞こえて来た。私は神に祈らずにはいられなかった。
毎日、主に祈っていた。これ以上、妻が辛い思いをしないようにとずっと祈っていた。
けれど、その祈りが主に聞かれることは無かった。
◆
2012年 三月 十日
レイナが発症してから約二年近くが経過しようとしていた。もう、一刻として猶予は無かった。私は、研究室に籠もり続けていた。昼食も取らずにずっと病気について研究し、薬を試作し続けていた。私は研究を始めて二年かけて完成まであと少し、あと一歩のところまで辿り着いてはいた。けれど、そのあと一歩が出ないでいた。
「何が、何が足りない? クソッ!」
私は少し苛つきながら頭を掻いた。
私の能力は狂気化学というものであり、自分の身体や身体の中に蓄えられているものが含まれた元素からなる物を創り出せるというものであった。例えば、鉄ならば、血などから鉄分を少し取り出して外に出したりすることができる。そして、創り出せる物は、自分が所有している元素が含まれていれば見たことも無い物でも創り出すことが出来るのだった。私はこの能力を使って、日々新しい薬を創っては試しを繰り返していた。
「クソ、クソッ!!」
私は机を強く叩いた。私の研究は完成せず、日々妻の容体はゆっくりではあるが悪化していっている。妻はまだ正気を保っているし、気丈に振る舞っている。けれど、それがいつまで続くのかは分からない。一週間、いや明日には、妻は生きるのを諦めるかもしれない。そんな焦りが私を苛つかせていた。
「どうした、ラウスト。大丈夫か?」
強く机を叩いたからか急いだ様子で、龍羽が扉を開けた。
「・・・・、いや何でもない。大丈夫だ」
「本当か? それに、お前、目の周りの隈が———」
「大丈夫だと言ってるだろう!!」
私はつい、龍羽にそう怒鳴ってしまった。八つ当たりなのはわかってる。けれど、反射的に叫んでしまった。
「・・すまない。怒鳴るつもりでは無かった」
「いや、俺が悪かった。・・・・悪いな邪魔をして」
「いや・・・・、すまない」
「だけど、ラウスト、お前が倒れたら意味がないんだ。だから、少しは休めよ」
龍羽は私が怒鳴っても、怒る素振りも見せずに入り口の近くにペットボトルのお茶を置くと、それ以上は何も言わずに研究室を出ていった。
私は椅子の腰掛けに深く体重を掛けた。大きなため息を一つついて、白く光る天井の電灯を見上げたのだった。
「はぁ・・・・。頭を冷やそう」
私は龍羽に感謝しながら、お茶を取るとそれを飲んだ。
私は目を閉じた。二年前のあの日、妻がダンジョン病を発症してから、生活は大きく変わった。近くに住んでいる人たちは私たちのことを疎ましく思うようになり、時には心ない言葉を投げかけられることもあった。その度に隠れて泣いていた妻の姿をはっきりと覚えている。全員が差別をしているわけじゃない。けれど、そんな人は少数であった。私たちをよく思わない人でこの世は溢れかえっていた。恨みが無いわけじゃない。けれど、そんな世の中だからこそ、私は一刻も早く薬を完成させなければならない。妻も、そして一人でも多くの人を助けるために。
私は目を開けると、また、実験に取りかかるのであった。
◆
三月 十二日
それは事件が起こる前日であった。
私が家に帰ると、家のドアや、ポストの中には悪質なものが入っていた。
ここから出て行け。早く消えろ。
そんな言葉ばかりだった。時々、そんな悪質な悪戯をされていた。私はそれを握りつぶすと、手から液体を出すとその紙を溶かした。
そして私はいつものように、何事もなかったかのように家に妻の部屋に入った。
妻は今日はベッドで横になっていた。小さく寝息が聞こえていた。
今は横になってくれていてよかったかもしれない。今、妻に顔を見られてしまったら何かあったと勘付かれてしまうかもしれなかったから。
「エイナ。すぐに完成させるから。絶対に・・、治すから・・」
私はベッドに腰掛けると、ニット帽を被ったままのエイナの頭を優しく撫でた。不意にその手の上に涙が溢れた。悔しいからか、悲しいからか、それとも辛いからか。真相は分からないけれど、私の眼から涙が溢れていた。
「ごめん・・、ごめんな・・」
布団から出ていた包帯が巻かれた手を私はそっと握ると、部屋を出ていった。
一人になった部屋でエイナは声を立てずに涙をこぼしていたのだった。
◆
三月 十三日
一つの事件と一つの功績が同時に生まれた日だった。
「エイナ。それじゃあ、行ってくるよ」
家を出る前にエイナの部屋に行くと、横になったまま私を見つめていたエイナにそう言った。レイナは他の発症者に比べるとまだ病の進行が遅い部類だった。けれど、猶予が少ないのは事実であった。
「・・・・ええ、行ってらっしゃい。気をつけてね。・・・・あと、無理はしないでね」
「・・・・ああ」
「あなた・・・・、約束して。あなたが倒れたら私は嫌なの。だから・・・・、自分自身のことをもっとちゃんと考えて」
「・・・・、分かった。約束だ」
そう言うと、私はエイナの頬に軽く口づけをした。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そうして、私は家に鍵をかけてから組合へと向かった。ずっと後悔していた。この日だけは組合に行かずに、休めばよかったと。エイナの言う通り、自分自身の状態を省みて、組合を休んで、エイナと一緒に居れば良かったと。何度後悔したか分からない。今でもそのあり得ない未来を頭の中に思い描いた。
◆
「これは・・!!」
家を出てから半日程度時間が経った。私はダンジョン病に効く成分をやっと特定したのだった。しかし、その成分はすぐに創り出せるものではない。少し時間がかかる。けれど、私はやっと、世界初のダンジョン病の特効薬を創り出す事への王手をかけたのだった。
すぐに、それを物質化させることを取り組んだ。
そして、それから二時間ほどしてやっと一つだけその薬を創り出すことに成功した。
「やった・・・・、やっと完成した・・!!!!」
私は研究室でそう叫んだ。興奮が冷めなかった。これで、エイナを助けることが出来る。これでエイナが苦しまないでいられる。エイナの心からの笑顔がまた見られる。
「ラウスト!」
その叫び声を聞いたのか、龍羽が扉を勢いよく開けた。そこにいたのは龍羽だけでは無かった。後輩の雅国や麗の姿もあった。
「先輩、薬が完成したんですか・・?!」
「ああ、ああ!! やっと・・・・、やっと完成した!!」
私はそう言った。私から涙が溢れた。
「行かないと・・・・! 妻の元へ!!」
私は涙を拭うと、急いでその薬をケースに入れて胸元にしまった。
「ああ、行ってこい、ラウスト! 早く行ってやれ!!」
龍羽が私の背中を後押しするようにそう言った。龍羽は自分のことじゃないのに泣いていた。
「ああ。行ってくる!」
私は龍羽たちを避けて、研究室から走って出て行った。
私の家は、組合から歩いて二十分くらいの所だった。私は暗くなり始めたその道を止まることなく走った。寝不足な事も忘れてただ走った。
「エイナ・・・・! エイナ!!」
十分もかからない内に、私は家へと戻ってきた。急いでバックから鍵を取り出すとドアに挿した。そして、そのまま鍵を回した。普段ならばガチャッと音がして、扉が開く。
けれど、今日は何故かそんな音はしなかった。
「? 鍵が・・・・空いてる?」
朝、鍵を閉めなかった? いや、そんなはずは無い。私は鍵をちゃんと閉めたし、確認もした。だから、私は確実に閉めたいた。
じゃあ何故、今鍵が開いてる?
私は急速に胸の内に広がっていく不安を必死に抑えつけながら、鍵を鍵穴に挿し込んだまま家の中に入った。
「エイナ!!」
陽が落ちて暗くなった部屋に電気をつけないまま私はエイナの部屋へと急いだ。胸に広がる不安がただの杞憂であると自分に言い聞かせながら、部屋の扉を開けた。エイナの部屋だけはいつも明かりがついている。だから、リビングとは対照的に中は明るかった。
「良かった、エイナ・・・・」
朝と変わらずベッドに横になっているエイナの姿があった。私はさっきまでの不安は杞憂であったと少し安心しながら、ベッドに近づいた。
どうやら私は朝、鍵をかけ忘れていたようだ。
「エイナ、聞いてくれ! やっと、やっと薬が完成したんだ!! だから———」
私は近づいて、やっと気づいた。最初はエイナは寝ていると思っていたけれど、エイナから寝息が聞こえてくることはなかった。
レイナの身体を揺すっても目を覚ます様子は無かった。エイナはずっと目を閉じたままだった。
「・・・・エイナ・・・・?」
私は布団を捲った。布団を捲るまでは分からない。ましてや、そんなことがあるはず無い。私の鼓動が急速に速くなる。
そして、布団を捲った私は絶句した。エイナは寝ていたわけじゃ無かった。
もう既に、死んでいたのだった。
「は・・・・?! は、え?? 何で? あ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
発狂したように私は叫んだ。エイナに私は抱きついた。エイナの身体はもう既に硬くなって冷たくなっていた。
私は泣きながら、叫びながらエイナの身体を抱きしめた。
「嫌だ! 何でだよ!! エイナ!!!! エイナぁぁ!!!!!!」
エイナはただ死んでいたわけじゃ無かった。エイナの胸から、腹にかけてめったざしにされていた。服は真っ赤に染まり、シーツも布団の裏側もエイナの血で、赤黒く染まっていた。どこからどう見ても、エイナはダンジョン病で死んだわけじゃ無かった。何者かは分からない。けれど、その何者かに殺されたのだった。それなのに、エイナは苦痛の表情はしていなかった。ただ、少し安心したかのように、眠るように目を閉じていた。
私の頭が真っ白になった。考え過ぎて、脳が何も考えられなくなった。
「何で、何で!?!! 何でエイナが!! 主よ、何故、エイナを!! 何で!!!!!!!!!!」
私は叫び続けた。周りの家にもその声は聞こえるほどに、大きく叫んだ。目からは涙が溢れて止まらなかった。
けれど、私がどんなに泣いても、時が巻き戻るわけじゃ無かった。ただ、そこには、一人の絶叫している男と、冷たくなった亡骸があるだけであった。
◆
それから何分、何時間経ったのか分からない。やっと、涙が止まった。けれど、涙が止まっただけだった。頭は今の状況を受け入れることができずにいた。ただ、何も考えられないまま、エイナを抱き抱えながらフラフラとリビングへと歩いた。電気をつけると、壁一面に赤い文字で落書きがされていた。
エイナの血でその文字は書かれているようだった。
けれど、今の私にはそんなものに気を取られているほど心の余裕は無かった。
「エイナ、これを・・・・飲めばもう治るからさ・・・・」
私は冷たくなったエイナの口にケースから取り出した薬を入れた。そして、水を手から出すとそれをエイナの口に注いだ。
「ほら、飲んでくれ、エイナ。それで、もう大丈夫だから」
エイナは何も答えない。そして、薬も飲み込まない。どんなに水を入れても、飲み込んでくれない。どんなに水を口に含んでも目も開けてくれない。ただ、力無く開いた口からタパタパと水が落ちていく。
「・・・・飲めよ、飲んでくれよっっ!!」
口を無理やり空けて薬を捩じ込む。だけど、それでもエイナは嗚咽する事もないし、嚥下する事もない。
「どうして、どうして飲んでくれないんだよ・・・・、エイナッ・・・・!」
水と一緒に薬も床に落ちた。エイナは1ミリとして動きはしなかった。
頭がどうにかなりそうだった。最愛の人を助けることが出来る薬を作れたと思ったのに、最愛の人は目の前にいるのに、少しとして動く事をしない。
この世は残酷だ。何故、悪人でも無く、苦しみ続けた人間に幸福が訪れないのか。何故、エイナに幸福が訪れないのか。
「ハハ・・・・、ハハハハハハ!!!!!!」
私の中の何かが壊れた。壊れてしまった。私の心を黒い何かが染めていく。心が汚染されていく。
そして、私は出会った。否、出会ってしまった。奴に私は出会った。
「・・・・復讐したく無いか?」
奴は私にそう聞いてきた。奴は気づいた時には既に目の前に立っていた。ソファに横たわったエイナを見下げながら、私に話しかけてきた。
そして、心が弱った私はその提案を、奴の手を取ってしまっていた。一度、手を取ってしまった私はもう引き返すことは不可能だった。
この日、私は、俺は無銘教に入ったのだった。
◆
そこから、俺の実験は始まった。
俺はこの事件のことを誰にも言うことは無かった。次の日、俺は何事もなかったかのように組合に行った。そして、表向きはダンジョン病の特効薬を創った。そして、裏では人を使ったモンスターの製造を行なったのだった。沢山の人を攫った。大人も、子供も関係なかった。まずは、エイナを差別していた奴らを捕まえた。生皮を剥いだり、身体を少しずつ切り裂いたり、脳を弄ったり、意識を残したまま解剖したり、ぐちゃぐちゃに、ぐちゃぐちゃにした。およそ、人の所業とは呼べぬ程に悍ましいことを俺はやり続けた。
そして、その中で、俺は知った。エイナが殺されたのはその差別の延長線であったことを。俺が住んでいた所の区長には息子がいた。そして、エイナを殺した犯人はそいつである事を知った。
けれどそれを知って、俺に湧いたのは怒りでは無かった。ただ、どんな目に合わせてやろうかと、もはや楽しさすらあった。俺は、俺自身が怖くなった。けれど、身体は止まらなかった。そして、それを追いかけるように、思考もだんだんとさらに壊れていった。
そして、そんな日々が続いて一年が経った。私はダンジョン病をこの世から無くした。けれど、それと同時に、俺の後ろには夥しい数の屍が存在していた。救った数の数倍の人を殺していた。もう、その頃には俺の元の人格はほとんど消えていた。そこにいるのはもう、ラウスト=バラックでは無かった。今はただどうやったら、人間を強いモンスターに変えられるのかと考えていた。
遂に、私の所業が白日のもとに晒された。それを発見したのは龍羽だった。
「ラウスト・・・・? 嘘・・・・だよな?」
言い逃れできないほどの状況を龍羽は見てしまった。それなのに、龍羽は震える声で、まるで、嘘だと言ってくれと願うようにそう言った。
「・・・・」
「っ・・・・何か、答えろ・・・・! ラウスト!!」
「・・・・・・」
「ラウストォォォオ!!!!」
龍羽はそう叫んだ。何故か知らないけれど、龍羽の目には涙があった。
俺はその意味がもう理解できなくなっていた。
龍羽が俺は向かって走り出した。腰のホルダーから銃を抜き出して俺に向けた。
「粘弾乱射!」
龍羽は俺を殺すつもりでは無かった。現に、俺へ向かって撃った弾は殺傷性が高いものでは無く、捕縛性が高いものだった。
「大人しく捕まれ!!」
「今、ラウスト君を捕まえさせるわけにはいかないなぁ」
突如として、俺の前にフードを被って顔を隠した男が現れた。そして、その男は、龍羽の撃った弾を全て弾いた。
「! お前は、誰だ?!」
「さぁなぁ。夜越 龍羽、お前に話すことは無いなぁ。さぁ、行こうかぁ。ラウスト君?」
そう言って、その男は私にその男が来ているものと同じコートを渡してきた。
私は白衣の上からそのコートを着た。
「待て! ラウスト!! 待ってくれ!!!!」
「・・・・・・」
「では、さらばだなぁ。夜越 龍羽」
龍羽が弾丸を撃つよりも速く、俺たちはその場から消えた。
「ラウスト!!!!!!」
銃から薬莢がカランと落ちた。その音が虚しく血塗れになってしまった部屋に木霊するのだった。
◆
そしてその日、俺が大量の人を殺していたというニュースはすぐに広がった。ダンジョン病をこの世から無くした英雄から一転して猟奇殺人者として指名手配されることになった。
けれど、そんな状況に陥っても、俺の心に変わりは無かった。世間が何と言おうと、俺の命よりも大切な物は既に無い。いくら探しても、見つかることは無かった。
俺は無銘教が密接に繋がっているある財閥が管理する場所でさらに実験にのめり込んでいった。
そして、月日は経った。
俺が無銘教になってから十年後のあの日、俺はやっと死ぬことができた。
俺はやっと、エイナの元へ行くことが出来た。
「俺を殺してくれてありがとう。刻藤 歩」
私は私自身を殺してくれた刻藤に感謝しか無かった。
「すまない、龍羽。今までありがとう」
組合に残していた日記の最後のページには、龍羽への謝罪が一言だけ書いた。自分でも何故、書いたのかは分からなかった。けれど、身体が勝手にそう書いてしまったのだった。
私の物語はここで終わった。
願わくは、私のような人間が生まれないことを祈るばかりだ。その点に関して、刻藤は実に危うい。
私たちは地の底で刻藤が魔に落ちないことを祈りながら、前へと進むその様を見ていくのだった。
更新が遅れてしまってすみませんでした。次回は火曜日までに行います。
次回から三章が始まります。まだまだ歩たちの冒険は終わらないのでお楽しみに。
面白かったら、高評価の方お願い致します。感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




