七十話 勢い増し始める火種
僕の目の前には壊れたダンジョンが広がっていた。近くには組合員の姿は見られなかった。あの不気味に大口を開けていた入り口が見る影もなく崩れ去っていた。
「終わった・・、のか・・・・」
僕はお面を外しながらそう呟いた。お面を取ると、所々破れていた黒い服が全てお面に纏わりつくようにして僕の身体から外れた。元々着ていた服も斬り裂かれたように所々破れていた。
僕は自分の手を見ていた。ラウストをこの手で殺した。姉さんたちの仇をこの手で討った。そして、強く拳を握り締めた。
「レナたちは?!」
ハッとしたように僕は辺りを急いで見渡した。辺りを見渡すと、少し離れた場所に四人組が立っていた。そして、その内の一人の姿がどんどんと近づいてきていた。
「歩君!!!!!!」
そう叫ぶ声が聞こえた。その直後、僕に何かが衝突した。
「ぐはっ・・・・」
痛めていた左腕にレナが飛びついてきた。僕は急すぎて受け止めきれずにレナを上にしながら、背中から地面に着いた。柔らかい感触と左腕の激痛が同時に僕を襲ってきた。
「歩君、歩君!! 大丈夫だった?!」
「今、大丈夫じゃ無くなったかな・・・・」
レナがペタペタと僕の身体を触ってきた。僕はそんなレナを少しどかして、身体を起こした。すぐに僕の元へ走ってくる姿があった。
「歩! 怪我してないか?」
ノアが走ってくるとそう聞いてきた。
「左腕を少し。治してくれる?」
「すぐにやる」
駆けつけてすぐに、ノアが僕の左腕を治し始めた。
「ラウストは?」
「・・・・僕が殺した。遺体は持ってこれなかった」
「・・・・・・・・そっか」
ノアはそう聞いてきてから、ラウストについて聞いてはこなかった。そして、レナも僕に何かを聞いてくることは無かった。
「はい、終わり。異常は無いよな?」
ノアはそう言って、僕の左腕を軽く叩いた。
「うん、大丈夫。ありがとう、ノア」
僕は左腕を触ったり動かしたりしたけれど、痛みも動きに異常も無かった。
「良かったー。歩君が無事で」
「うん、なんとかだけどね」
「歩、その傷どうやってついた? なんかおかしいんだけどそれ」
僕がレナと話していると、ノアが聞いてきた。
「おかしいって?」
「傷はだいぶ深いのに、出血はないし、傷口自体は塞がりかけてたんだけど」
「封印をかけたからかなぁ?」
「は?! 封印をかけた? 何を言ってんの?」
ノアは驚いたようにそう言った。そして、それは近くにいたレナもまた同じだった。
「それは———」
「みなさん!!」
僕の声を遮るようにして、そんな声が聞こえてきた。声のする方を見ると、スーツを着た女性が走ってきていた。以前、奥多摩ダンジョンまで迎えに来てくれた橘さんであった。
「大丈夫でしたか?!」
「ノア、レナ、この話はまた後で」
「ああ」
「うん」
僕は二人との話を一度切った。そして、僕は地面から立ち上がった。立ち上がると、僕から離れた場所でかつてのパーティーリーダーが立っていた。僕が立ち上がるのを見とどけると、すぐに後ろを向いていた。
「みなさん、すぐに組合へと来て下さい。それと、ラグナロクパーティーリーダー、西倉 蒼丸。貴方もです。理由は、言わなくても分かっていますね?」
「はい」
蒼丸ははっきりとそう言った。何があったのかは知らないけれど、僕が最後に蒼丸を見たときとは変わっていた。
「華先輩は少し、私と残ってて下さい」
「了解っス」
そう言うと、華は僕たちの方へと近づいてきた。
「って言うわけで私はここで一度別れるっス。後で正式に言いますけど今一度言ったくっス。トリックスター、今回はありがとうございましたっス!」
そして、華は僕たちへ向かって頭を下げた。
「じゃあ、組合にすぐ行くっスよ。私もすぐに行くっスから」
「うん。こちらこそ、ありがとう。華」
「はいっス!」
僕がそう言うと華は笑った。
そして、僕たちは華たちを残して、この新宿御苑ダンジョンを後にした。
◆
ダンジョン組合
僕たちはその足ですぐにダンジョン組合へと向かった。ダンジョン組合では慌ただしく人が行き交っていた。
僕たちが組合に入ると、一斉に注目を浴びた。
「え? 何?」
そして、次の瞬間には、雪崩のように僕たちの元へ大勢が集まってきた。
「何、何、何?!」
「新宿御苑ダンジョンを攻略したんですよね?!」
「今のご感想は?!」
カメラを持った人や、マイクを持った人、冒険者のような人たちが一斉に僕たちへと質問を投げかけた。カメラが僕たちの姿を捉えていた。
「いや、あの、ちょっと・・・・」
僕はしどろもどろになっていた。
「歩君はこれから用事があるから、邪魔をしないで」
「歩、早く上に行け。お前が目当てっぽいしな」
「私たちは後から行くから、先に行ってて」
そんな僕をマスコミたちから防ぐようにして、レナたちが押し退けていった。僕は二人の言葉に頷くと階段へと急いだ。
この前は龍羽さんが階段まで来てくれていたけれど、今日はその姿は無かった。
僕は二階に行くと、そのまま三階まで行き、組合マスター室へと急いだ。
マスター室の扉を叩くと中から返事があった。
「失礼します。刻藤 歩です」
「歩。よく攻略してくれたな」
「はい。なので、詳細を———」
「ああ、分かってる。すぐに準備をする。一階のマスコミから助けられなくてすまなかったな」
「いえ、レナたちが防いでくれたので」
「そうか。騒がしくなったのは分かっていたが、生憎、手が離せなくてな」
「大丈夫です。それより、会議室ですよね?」
「ああ。先に行ってるか?」
「はい。そうします」
「なら鍵を渡しておこう」
そう言うと、龍羽さんはポケットから鍵を取り出し、僕に投げた。
「ありがとうございます」
「ああ。メンバーを集めてすぐに行くから少し待っててくれ」
「はい。失礼しました」
そうして、僕は組合マスター室を出ていった。マスター室を出て階段を降りていると、レナたちと会った。
「どこ行くの? 歩君」
「会議室で待っててくれって。龍羽さんが」
「そうなの? じゃあ、私たちも会議室に行こっか」
レナたちは反転すると、今来た道を戻り始めた。レナたちから少し離れた場所には蒼丸の姿が会った。僕と一瞬目が合うと、すぐに目を逸らしていた。
反転して、蒼丸を先頭にして、僕たちは会議室へと向かった。
◆
ダンジョン組合 会議室
それから十五分ほどして、龍羽さんが、麗さんたちを引き連れて会議室の扉を開いた。
「待たせたな」
「遅いよー、龍羽さん」
「すまなかった。集めるのに少し時間がかかった」
僕は先に会議室の椅子に座っていた。机の上に上半身を乗せていたレナが龍羽さんに文句を言っていた。そう言いながら椅子を引くと、龍羽さんたちも椅子に座った。
「まぁ、そんなことより、ダンジョンの詳細を話そっか」
「ああ、そうしてくれると助かる」
レナは立ち上がると、ダンジョンで起こったこと、僕とはぐれる前から僕とはぐれた後のことを説明した。
「———ってくらいかな。私たちがダンジョンで経験したのはこんな感じかな」
レナは話終わると、僕に目配せをしてきた。僕は、レナに代わって立ち上がると、レナが説明していたように話し始めた。
「僕は、レナたちとはぐれた後、ラウスト、若林 拓義、鬼丙 陸と遭遇しました。その結果、ラウスト、若林 拓義は僕が殺しました。けれど、鬼丙 陸だけは逃げられました」
「若林 拓義? それは誰だ?」
「この前、組合に来ていた警察官ですよ。マスター」
「警察官? なぜ警察官がダンジョンに・・・・。 ! いや、そう言うことか」
レナの話と照らし合わせて合点がいったのか、龍羽さんは僕に詳細を聞いてはこなかった。
「そして、ラウストが死ぬ直前、アイツから少し情報を得ました」
「ラウストから?」
「はい。ラウスト曰く、今回の騒動の裏にあるのは無銘教というものらしいです」
僕がそう言った瞬間、会議室の中にいたレナが激しく動揺したように立ち上がった。
「無銘教?! 歩君、今、無銘教って言った?!」
「はい、言いましたけど・・・・」
「まさか・・・・、あいつらが・・・・!」
「どういうことですか? レナは無銘教を知っているんですか?」
「うん。無銘教は———」
「レナ、それに関しては俺から話す」
レナが話そうとするのを、龍羽さんが遮った。
「分かった」
「マスター、無銘教とは?」
「・・・・無銘教は、過激宗教団体だ。いや、アレを宗教団体と言って良いのか分からないが。下手すると、一国を滅ぼすほどの軍事力を有した組織だ」
会議室がざわついた。けれど、無理もなかった。いきなり、そんな危険な組織の存在を聞かされ、ましてやそれが騒動に関わっていると聞いたら、冷静を装うのは無理な話だった。
「歩君、私がダンジョンに行ってなかったっていう話はしたよね?」
「うん」
「私がダンジョンに行かなかったのは、その無銘教の動向や存在を調査してたからなんだ」
「無銘教は抱える人数が多いのに対して、その存在が公に出ることはまず無い。その理由が、宗教に入った一人一人に高度な隠蔽がされているからだ。俺は一度、無銘教信者を捕らえたことがある。しかし、情報を吐く前にそいつは目の前で身体が破裂した」
「じゃあなんで、龍羽さんは無銘教の事を知っているんですか?」
「・・・・ラウストの情報からだ」
「どう言う事ですか?! ラウストですって!?!」
そう叫んだのは麗さんだった。麗さんは今にも龍羽さんの胸ぐらを掴む勢いだった。後から聞いた話によると、今回の騒動で犠牲になった人の中には麗さんの弟が居たらしい。そんな麗さんが激昂するのは至極真っ当なことであった。
「先輩、落ち着くっス!」
華が麗さんを羽交締めにして抑えていた。
「龍羽さん、それはどう言うこと? 事によっちゃ今ここで私が殺すよ?」
「・・・・・・・・」
龍羽さんは何も言わずに机の上に日記のようなものを投げた。
「これは?」
「ラウストが姿を消した日に俺が見つけた物だ。麗、中を見てみろ」
「!! これは・・・・!」
「それはラウストの日記だ。アイツがこの組合を辞めるまでのことが全て書かれてあった。そして、その中に、無銘教の文字があった」
日記に書かれてあったのはラウストが組合に入ってから、辞めるまでのことが不定期に書かれてあった。
そしてその中には、彼女が死んだこと。そして、そのすぐ後に無銘教に入ったことが書かれてあった。最後のページには一言だけ、龍羽さんへの謝罪が書かれてあった。それでこの日記は終わっていた。
「・・・・、それを見てからだ。俺が無銘教について調べ始めたのは」
「そう・・・・だったのね。ごめんなさい、マスター。何も知らないのに怒鳴ってしまって」
口を抑えながら日記を見ていた麗さんが龍羽さんにそう言って謝った。
「良い。俺も説明が足りなくてすまなかった。・・・・話が逸れたな。歩、ラウストは他に何か言ってなかったか?」
「他に・・・・。そう言えば、ラウストは最後に、お前の敵は神だと言われました」
「神? 歩、詳しく教えてくれ」
「それが、ただ神と言っていただけで詳細は分からないんです。すみません」
「いや、お前が謝ることじゃ無い。神・・・・、か。今回の件については、調査を行っておく必要があるようだな」
「ですね。無銘教について、もっと詳しい情報が必要ですね」
「ああ。俺の方でも調査は行うが、麗、お前の方でも行っておいてくれ」
「分かりました」
「歩たちは他に何か言うことはあるか?」
「僕は特には。レナたちは?」
「僕は無い。レナさんは?」
「私は・・・・、ああそうだ。西倉 蒼丸の件だけど」
「! っ・・・・・・・・」
蒼丸は急に自分の名前が出てきて、少しビクッとしていた。
「私が見たところ、西倉 蒼丸は鬼丙 陸に操られてた節があるんだよねー」
「どう言うことだ?」
「そのまんまの意味。多分、桜 つぐみも同じだったんじゃ無いかな?」
「そこに、西倉 蒼丸の意思は無かったと?」
「いやー、どちらかと言うと、鬼丙 陸に都合が良いように思考が制限されてたんじゃ無いかなーって」
「・・・・、仮にそうだったとしても、犯した罪の重さは変わらない」
「でも、情状酌量の余地はあるでしょ?」
「・・・・そうだな。だが、証拠が無ければそれはただの偽造だ。だから一度、研究機関で調べてからだ」
「うん、まぁそれで良いんじゃ無い?」
レナはそう言うと、僕の方を見てきた。
「ごめんね、歩君」
「へ? 何が?」
「いや、歩君にとっては嫌かなと思って」
「別に大丈夫だよ。むしろ、レナがそこまでするなんて、何かあったの?」
「早い話、危ないところを助けられたからね。恩を受けたら、恩で返さないとねー」
「あー、なるほど。まぁ、僕から特に言うことはないよ。龍羽さんたちがそれを了承してるんなら良いよ」
「そうか、分かった。じゃあ、話はこれで終わりだ。特に、お前たちは今日は帰ってゆっくり休め。西倉 蒼丸お前は明日、病院に行ってこい。そんで、そこで精密な検査を受けて来い」
「分かりました」
「それじゃ、これで終わりだ。ああ、それと歩。その日記はお前にやる。お前が持っておいた方がいい気がするしな」
「え、あっ、はい。ありがとうございます」
「それじゃあな」
そう言うと、龍羽さんは会議室を出て行った。そして、それに続くようにして、麗さんたちも出て行った。
「刻藤君」
僕の元に雅国さんが近づいて来た。
「あの黒服壊れてないかい?」
「あっ、すいません。所々破けてしまいました」
僕はそう言いながら、異空鞄からお面を取り出した。お面は所々纏わりついている黒い液体のようなものが剥げていた。
「あー、本当だね。じゃあ直しておくから、二日後くらいに取りに来てよ」
「お願いします」
「うん。それじゃ、ちゃんと休んでね」
僕からお面を受け取ると雅国さんもまた会議室から出て行った。
「じゃあ僕たちも行こっか」
そして、僕たちも会議室から出て行こうとしていた。突然、蒼丸が立ち上がると、僕たち、いや僕の方へと近づいて来た。
「・・・・何?」
「・・・・・・・・歩、本当にすまなかった・・! お前を貶して、陥れて、あまつさえ殺そうとして、本当にすまなかった・・!!」
蒼丸はそう言って頭を下げた。蒼丸は深々と頭を下げていた。その姿からは以前のようなプライドの塊のような姿は見られなかった。そして、その姿はこの場しのぎの作ったもので無い事も明白であった。数年ぶりに本来の蒼丸と僕は会ったのだった。
「・・・・、今更謝られたところで過去は変えられないよ」
僕は淡々と蒼丸を見下げながらそう言った。レナにああは言ったけれど、蒼丸にされたことは生涯忘れることはないと思う。そして、恨みが無い訳でもない。けれど、
「だけど、レナたちを助けてくれたのは感謝してる。だから今までの事とチャラって事で」
普通に考えて、僕が受けたことと、レナを助けてくれた事を同じ天秤に乗せたら、僕の方に傾くだろう。釣り合いは取れているわけじゃ無い。だけど、僕の口からはその言葉が出て来た。結局の所、僕は死んでいないし、それに、見方を変えれば蒼丸たちのおかげでレナたちに出会えたことも確かだった。だから、僕は蒼丸のこれからに賭けてみるのも悪くは無いと思った。
「すまない・・・・! ごめん・・・・なさい・・・・!」
蒼丸の足元に水滴が零れ落ちた。震えた声で蒼丸はそう言っていた。顔を上げた蒼丸の目からは涙が溢れていた。
それから、蒼丸は泣き止むまでずっと僕に謝っていた。小さい子供が母親に叱られたように泣きながら、謝っていた。
そして、しばらくして蒼丸は、目を赤く腫らしながら泣き止んだ。
「泣き止んだか?」
「うん。ヒック・・・・、うん。もう大丈夫」
蒼丸は目を擦ると、僕を真っ直ぐ見つめ直した。
「歩、今まで、本当にすまなかった」
「うん」
「また、いつか一緒に戦えるよう頑張るよ」
「うん、そうだね」
そう言って僕たちはどちらかが何かを言うわけでもなく、手を握り合った。
そして、僕たちもまた会議室を出て行ったのだった。
◆
あれから一週間経った。
一週間経った今、僕は自宅のソファでダラダラとしていた。
「あー、疲れた」
「本当にねー」
思い返せばこの一週間は忙しかった。姉さんの葬式やら、つぐみの遺体関連やら、取材やら、拓義さんのことについて警察に行ったりやらで休む暇もないほどにスケジュールが詰まっていた。
けれど、この一週間で色々と区切りがついた。
「歩君、コーヒー淹れたけど飲む?」
「あー、貰おうかな。ありがとう」
「はい、どうぞー」
レナからコーヒーが入ったマグカップを受け取ると、それに口をつけながら、ソファに座り直した。
あの事件の後、組合は秘密裏に無銘教について捜索を行っているようだった。けれど、一向に足取りが掴めていないらしかった。そして、無銘教や、陸が僕たちを襲ってくることは無かった。
今回の事件で多くの謎や疑問が生まれた。特に、レティアや無銘教についてはよくわからない事しか無かった。
僕はそんな事を思いながら、雲一つないほどに晴れた青空を眺めているのだった。
◆
市山財閥 本部
「鬼丙 陸。あのお方は、なんと?」
「自分たちが成せる事を成せと」
「そうか・・・・! ならば、始めなければな・・・・! この残酷で、残虐で、刺激的な興奮冷めぬ血の祭りを!!」
高くそびえ立ったビルの一室で、今では指名手配されている鬼丙陸と一人のスーツを来た中年男性の姿があった。スーツを着た男性が眼下に広がる景色を見下ろしながら、そう高らかに叫ぶのであった。
「鬼丙 陸。貴様にも働いてもらうぞ」
「ああ」
「ああ、楽しみだ。早く、早く、始めたいなぁ・・・・!」
そして、これが新しい事件の火種となる事を僕たちはまだ知らないのであった。
更新が遅れてしまいすみませんでした。次回は土曜日には更新します。
二章の本編はこれで終了です。あと、1、2話だけ幕間をやってから三章へと突入します。
三章では多分ですが学校での話もやると思うのでお楽しみに。三章もお付き合いください!
面白かったら高評価の方お願い致します。感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




