六十七話 前を向け
「ぐっ!!」
僕はマスクをした男の腕を受け止めた。お面をつける暇もなく、鬼月を引き抜いた。その腕は鋼鉄のようになっており、鬼月で受け止めたのに、腕が傷ついている様子はなかった。
「塩酸の礫」
直後、後ろから雨粒のようなものが僕へ向かって飛んできた。
「封印!!」
何とか、僕に届くギリギリでその粒を宙に留めた。
「反転!」
そして、そのまま僕へ向かってきたその粒をラウストの方へと飛ばし返した。
「ハハ、効かないな。その程度じゃ」
ラウストはその粒を生身で受け止めた。その粒が触れた白衣の部分に穴が空いた。けれど、ラウストの身体に穴は空いていなかった。まるで、身体に吸収されるようにして粒が消えた。
「グゥッ・・!!」
マスク男の腕に更に力が込められた。一瞬とはいえ、ラウストの方に気が散っていた僕はその急激な力の上昇に思わず姿勢を崩した。
「しまっ」
「遅いな。硫酸の刃」
ラウストがそう言って腕を伸ばすと、指の先から透明な刃が僕へ向かって射出された。僕は首を捻って刃をスレスレで躱した。けれど、完全に躱すことは不可能だった。頬から右耳付近まで刃が掠った。
「つゥッ、、」
その刃が掠った部分から熱く激しい痛みが襲ってきた。血は流れていないけれど、火傷をした時のような皮膚が爛れた痛みが続いていた。
僕はマスク男の腹に蹴りをくらわせると一度二人から距離を取った。
「痛いよな刻藤? それは濃硫酸だからなぁ」
ラウストが刃を出す直前に言ったことは本当らしかった。現に刃が掠った部分が硫酸に触れたようになっていた。
「こんなのどうってことねぇよ」
僕はそう言って異空鞄からお面を取り出した。
「その面はこの前までは無かったな。新しく作ったか?」
「・・・・」
「つれない奴だな。俺と話す気は無いのか」
「黙れ、テメェの話なんて聞きたくねぇんだよ。黙って死んでろ」
僕はお面をつけた。その瞬間、僕の身体を黒い液体が包み込み、服に変わった。
「三号いや、あー何と言ったか。ああ、そうだ王・陣の魔石を使ったのか、それは。ハハ、ひどい奴だな」
「柳生新陰流 複式 虚爪・三連」
「七号」
僕はラウストの首目がけて三本の斬撃を飛ばした。けれど、ラウストの言葉によって動いたマスクをつけた男、いや拓義さんがその全てを受け止めた。合成技で、そこそこの威力を持っている虚爪を三撃くらってもその身体に傷は一つとしてついていなかった。
「チッ・・!」
「煩わしいだろ? このモンスターのベースはお前も知ってる警察官のものだ。そして、その警察官の能力は硬化力というもの。これが存外扱いやすい。俺は一週間かけてこの能力を更に強化した。今やタングステンを凌ぐ硬度を持ち続けられる。さぁどうするんだ?」
◆
新宿御苑ダンジョン二階層
「歩君!!!!!!」
レナはそう叫んで、僕の腕を掴もうとした。けれど、一瞬遅く、レナが捕まえる前に僕の身体は光に包まれた。
「歩君・・!! 歩君が・・、どうしよう!!」
「十中八九ラウストの仕業ですよね、これ・・」
「ああ、その通りだ」
レナたちとは逆側から、誰かが現れた。前と同じようにまた何も無いところから現れた。
「お前は・・!」
「陸!! お前、何をやってたんだよ!」
「・・・・・・」
「おい! 何か言えよ!!」
「ああ、死んでいなかったのか」
「は?」
「大人しく死んでいればいいものを」
「は? お、お前何を・・・・」
「鬼丙 陸!! 歩君をどこにやった!!」
「歩に関しては俺は何もしていない。今頃、ラウストのところにいるだろうな」
「お前は何しに来たんだ!!」
「ああ、そうだった。俺はお前たちを始末しに来た。大人しく死んでくれ」
「寝ぼけたことを言ってんなよ、私たちがお前を殺す!!」
「やってみろ。魔剣起動」
陸が大剣を取り出すと、その剣に呟くようにしてそう言った。その瞬間、大剣が紅く光り出した。
「俺たちは、同じパーティメンバーじゃないのか・・・・? 陸・・」
「ああ。俺はお前たちを利用していただけだ。仲間? そんなことを思ったことなんてない。ただの駒としか見たことはない」
「そ・・、んな・・・・」
蒼丸はへたり込むようにして地面に落ちた。
「ノア君は、その後ろの荷物と一緒に後ろに下がってて」
「はい」
そう言われると、ノアは蒼丸を引きずるようにして一緒に後ろへ下がった。
「華、行くよ」
「分ってるっス」
「かかって来い」
「言われなくても!!」
レナは陸の元へ走り出した。陸に近づくと、レナは高く跳び上がった。
「全弾同時撃ち:バニシング」
レナが跳び上がると同時に陸へ向かって無数の銃弾が飛んできた。華がレナが跳ぶタイミングに合わせて、銃弾を撃っていた。上からはレナが、正面から銃弾が同時に襲いかかってきていた。
「・・・・、身体付加:魔剣武装」
陸は身体に焔を纏わせた。その焔によって、華の銃弾はかき消され、レナも近づくことが出来なかった。
「あっっっつ・・!!」
「・・・・所詮は、その程度か」
陸はつまらなさそうに一瞬で自分から距離を取ったレナを見た。
「ならば、これで死ね。猛炎焔獄」
陸は手に持つ大剣を大きく振りかぶった。大剣からは大きく燃えさかる焔が出ていた。そして、そのまま焔を飛ばすようにしてレナたちへと振りかざした。
高速度で巨大な焔の塊がレナたちへと飛んで行った。
◆
———なぁ、歩。そんなことで君はへこたれないだろう?
(「レティア?!」)
今まで何回も話しかけてはいたけれど、一回も返事が無かったレティアからいきなり話しかけられた。
———ああ。
(「今まで、一体・・・・? いや、それよりも」)
———ああ、そうだな。今はそれよりも目の前のこいつらをどうするかだろう?
(「はい」)
———考えろ、欠点のない能力なんてこの世に存在しない。何かしらの欠点は常にある。見極めろ。
(「はいっ!」)
レティアの声で、僕は少し頭が冷えた。さっきまで、ラウストの言葉で怒りが募っていた。けれど、今は思考がクリアになり始めていた。
「どうした、来ないのか? なら、こちらから行くぞ?」
また、ラウストと拓義さんが走り出してきた。けれど、状況はさっきまでとは違う。今は一対ニじゃない。二対二であった。
迫り来る拓義さんの腕と鬼月がぶつかり合った。今は、この服を着ているからか、さっきよりかはその攻撃は軽く感じた。
けれど、二対二というのは精神的なものであり、現実的には依然一対ニのままであった。必然的に拓義さんに気を取られすぎたら、ラウストを自由にさせてしまう。
「気が散っているんじゃないのか?! バトラコトキシンの矢」
直後、赤紫色をした一本の矢が真後ろから発射された。
———歩!! 受け止めるか、止めろ!! 絶対に当たるな!!
「柳生新陰流 三式 昇覇」
僕は拓義さんをにカウンターを仕掛け、体勢を崩させた。そして、そのまま後ろに反転すると、その矢が僕に当たる前に空中で動きを停止させた。そして、さっきと同じように、相手に弾き返した。けれど、ラウストはさっきと同じように吸収をすることはなく、単純にその矢を躱した。
「これも、避けるか。まるで頭の後ろにも目がついているようだな。いや、それとも誰かがいるのか?」
「!!」
気づいている? いや、そんな筈は無い。レティアのことは誰にも言ったことは無いし。
———歩、今はそんなことに気を取られるな。推測のようなものだろう。むしろ、君が動揺した方が相手に確信を与えるぞ。
(「・・・・はい」)
この時、僕は一つの不信を抱いてしまった。今まで、どうしてレティアのことを誰にも言っていなかったのかという疑問が今更ながらに頭の中に浮かんできていたのだった。
「そろそろ面倒になって来たな。・・・・、七号。全開でやれ」
その瞬間、後ろにいた拓義さんの身体が急激に大きくなった。ただでさえ、百八十cmは優に超えている人が更に大きくなり、三メートル近くまで大きくなっていた。
「なぁっ・・!!」
「ハハハハ!! さぁ、やろうか。刻藤!!」
巨大化した拓義さんから拳が振り下ろされた。咄嗟に僕は僕の頭上に封印で固めた壁を作った。けれど、拳は止まることはなく、せいぜい若干勢いが弱まった程度だった。
けれど、一瞬勢いが弱まり、攻撃が遅くなった。僕は何とかその拳を横に転がって避けた。
「シアン化ナトリウムの槍」
刀身が白色をした槍をラウストが投擲をするように僕へ向かって投げた。
———歩!!
(「分かってます!!」)
レティアに言われる前に理解していた。前に高校でシアン化ナトリウムを習った。確か、触れただけでも死に至るほどの猛毒ということを。
「封印!!」
僕は姿勢を崩しながらも、何とかその槍を眼前で止めた。
「お前がくらってろ!! 反転!」
そして、その槍もまたラウストに撃ち返した。そして、やはりラウストは何故かその槍もまた躱したのだった。けれど、ラウストのその槍に気を取られすぎていた。横から、拓義さんの足が僕に迫っていた。
「やば」
僕はその足をほとんどまともにくらった。何とか鬼月を間に入れたけれど、直撃を免れただけで威力は全く緩和で出来ていなかった。
「ガフッ・・!」
僕は少し離れた石のようなもので出来た壁に叩きつけられた。その衝撃で壁が凹んでいた。拓義さんの蹴りは身体の芯まで響くような思い一撃だった。骨が折れたのか分からないけど、鬼月を持っていた右手に激痛が走っていた。
「だいぶ良いのが入ったな、刻藤。骨が折れたか? だか残念なことに、お前を治してくれる者はいないぞ?」
———歩、大丈夫か?
(「だいぶきついけど、大丈夫です」)
———折れたか?
(「多分ヒビだと思います。鬼月はちゃんと握れはします。いつもより力は入りませんけど」)
雅国さんの服のおかげでヒビが入る程度までにダメージが抑えられていた。多分これがなかったら、腕が折れるじゃすまなかったと思う。
———だが、まだ行けるよな?
(「はい!」)
「何をニヤついているんだ?」
「そう言えば、お前。何で矢とか槍は吸収するんじゃなく、避けたんだ? いや、武器じゃ無い。毒の時だけ、避けたよな?」
「・・・・、それがどうした?」
「お前の能力は、化学物質を創り出せるものなんじゃないのか? そして、理由は知らないが毒だけは自分でも吸収出来ないんじゃないのか?」
「・・、クク、ハハハハッ!!!! その通りだよ、刻藤 歩!! 理解が早いお前、良いぞ!! ああ、そうだ。俺の能力は狂気化学。あらゆる化学物質を創り出せる。しかし、毒。身体の内側までに影響を及ぼす毒は自分でも一度放出したら、体内に戻すことは不可能だ。お前の推察通りだよ!!」
ラウストは腕を拡げてそう言った。僕に能力を言い当てられたラウストは何故か少し嬉しそうだった。
「何を喜んでいるんだ」
「この通り、俺は化学者だ。自分の研究や自分が理解されると言うのは存外嬉しいものだ」
「理解なんかしたくねぇよ。テメェなんかのことを」
「つれない奴だな。多分、お前も俺と同種の人間だと思うぞ?」
「そんな訳が無いだろう! 俺とお前は根本的に違う!!」
「・・・・。確かにここで死ぬお前には理解が出来なくても当然だ。その想いはいずれ自覚するものだからな。ここでその生を終えるお前には関係のない事だったな」
そう言うとすぐに、ラウストは真顔になった。
「七号、行くぞ」
———来るぞ、気合を入れろ、歩!
(「はい!!」)
僕へ向かってくる二人に僕もまた走り出して行った。
今度は僕から二人へ攻撃を仕掛けた。今まで、先手はあっち側だった。だから、今回はこっちから攻め始めた。鬼月を左手に持ちかえつつ、僕はラウストに狙いをつけた。
「柳生新陰流 一式 虚空・七連」
七本の斬撃を放った。多分、この斬撃は全て拓義さんに全て防がれると思っていた。けれど、結果は違った。
「お前が俺を解析したように、俺もお前を解析している。例えば、お前の斬撃の対処法だとかな」
そう言うと、ラウストは自分の目の前に少し濁った液体で壁のようなものを作り出した。
そして、斬撃はその壁に当たると斬撃はその壁を貫通することはなく、すぐに消え去った。
「お前のその斬撃はかまいたちのように空気を利用しているんだろう? それならばダイラタンシー流体で十分に対応できる。七号やれ!」
対応が遅れた。予想していたことと違うことが起こって、一瞬思考が鈍ってしまった。だから、既に接近していた拓義さんに反応が遅れてしまっていた。
そして、その遅れは致命的だった。元の体格ならいざ知らず、巨大化して間合いも拡大している拓義さんの今の間合いでは防御するのも間に合わないほどであった。
———歩!!
巨大な拳が僕へ接近してくる。もう既にギリギリまで近づいてしまったこの状態では封印も意味をなさない。雅国さんに教えられたお面の装置も間に合わない。致命傷の一撃が僕を襲おうとしていたのだった。冷や汗が僕の頬を伝った。
「クソッ・・・・!」
けれど、その拳が僕に当たることはなかった。拳は僕に掠るほどの距離で止まっていたのだった。
「は? 七号!!?」
拓義さんの右目だけが赤い色から元の黒い色に戻っていた。そして、マスクに遮られながらも、はっきりと拓義さんの声が聞こえて来た。
「す・・マない・・歩く・・ん。わた、わた・・しヲ、こ、殺して・・く・・れ・・!」
拓義さんの元に戻った右目だけに涙が溜まっているのが見えた。拓義さんが死ぬ気で今拳を止めているのが分かった。僕は色々なことを考えるのは置いておいた。後悔も、罪悪感も全てを今だけは考えないようにした。僕は力強く頷いた。
「動け!! 七号!」
「アアアアアアア!!!!!! 柳生新陰流 複式 神爪!!!!」
僕は空中を跳び上がりながら、拓義さんの巨体の首目がけて刃を振った。なるべく苦しませないように、一撃で終わらせるために。
鬼月の刃が弾かれることはなかった。能力を使っていないのか、刃は抵抗なく通った。
拓義さんの目が優しく微笑んだように見えた。そして、その顔を最後に拓義さんの首が吹き飛んだ。
「チッ・・・・!!」
どうやら、拓義さんの意識が戻ったのはラウストに関してもイレギュラーなことであるようだった。
「ありがとう、拓義さん・・」
「とうとう躊躇が無くなったか? 刻藤!! その男をすぐに殺すとはな!」
「・・、罪の意識も、後悔も、それは今じゃない。今はただ、お前を倒す。それが、みんなの願いだから」
「それはお前の願いにも似た妄想に過ぎない!! お前だけがそう思っているに過ぎない!!」
「例えそうだとしても! これが妄想であったとしても!! お前を殺すこの意志に迷いは無い!!」
「ああ、そうか。・・ならば決着をつけようか!! 刻藤 歩!!!!!!」
僕は何かが吹っ切れたようにラウストへそう叫んだ。今までは心のどこかで罪意識から目を逸らしていたのかもしれない。でも、もう逃げない。僕がこの手で殺した人たちの想いを引き継いで僕は生きていくことを決めた。だから、今はこの眼前の敵を倒すことだけに狙いをつけた。
「ラウスト!!!!!!」
———君は、その道を選ぶんだな・・・・。私が何かを言う必要は無い。歩、全力で倒しきれ!!
「はいっ!!!!!!!!!!」
僕は右腕にヒビが入っていることすら忘れてラウストへと走り出した。
更新が遅くなりました。すみません。
次回は一月十七日になります。少し間を置いてしまい、すみません。
多分、残り三話程度で二章は終了すると思います。お楽しみにしていて下さい。
面白かったら高評価の方お願い致します。感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




