六十三話 止まることは許されない。
白い光に包まれた。目の前が大きな光に包まれた直後、僕たちは、見覚えのある場所へと移動していた。
そこは、僕たちがつい数時間前に集合をしていた場所であった。
僕たちは、ついに奥多摩ダンジョンから出たのであった。
「姉さん・・・・」
けれど、ダンジョンから出たところで、姉さんが死んだことには変わりないし、地上に出たから、生き返るなんてこともまた無かった。
僕の腕の中には、眠るようにしながら、瞼を閉ざした姉さんの亡骸が抱えられていた。
姉さんの口元は少し上がり、笑っているようだった。
レナも、ノアも、そして僕も。涙を流していない者はここにはいなかった。
辛いことや泣きたくなることがあるときは、雨が良かった。自然と、雨はそんな気持ちを洗い流してくれる。
けれど、天気は生憎と晴れだった。もう夕方近いのに、日差しはなおも強く僕たちを照らしていた。
どんなに辛くても、立ち止まってたんじゃ何も進展しないし、何も起こらない。だけど、今だけは、今だけはこの心の膿を吐き出さないと、耐えられそうになかった。
◆
ダンジョン組合 マスター室
「マスター!! あっ、すみません!」
龍羽が資料に目を通していると、一人の職員が慌ててノックをすることすら忘れてマスター室の扉を開けた。
「いや、良い。それで何事だ?」
「それが、ゴールドダンジョンが崩壊しました!」
「! どこのだ」
龍羽は資料を机の上に置いて、その職員の顔を見た。
「つい数分前、奥多摩ダンジョンの崩壊が観測されました」
ダンジョン組合はほぼ全てのダンジョンの付近、もしくはダンジョン入り口などに、観測機を置いている。それらは全てダンジョン組合本部や支部の集積機械と繋がっており、それによってダンジョンでの異常が起こった際や、ダンジョンが崩壊した際に逐一反応できるようになっている。
「奥多摩ダンジョンか・・。! まさか、それはあいつら・・、トリックスターか?」
「ダンジョンが崩壊した際に、三名の生体反応が確認されました。おそらく、トリックスターだと思われます」
「そうか・・! あいつらが、早速大きな仕事をしてくれたな」
「そうですね」
「すぐに、この情報を発信しろ! メディアなどにもこの情報は共有しろ!」
「はい! 分かりました」
そう言うと、その職員は龍羽へお辞儀をしてから、扉を閉めた。
龍羽は椅子に座り直すと、天井を見た。
「そうか・・、あいつらが。ハハ、凄い奴らだな・・!!」
龍羽は笑ってそう言った。
◆
それからしばらくして、僕たちは心にまた蓋をした。いつまでも泣いているわけにはいかない。今はもう泣くだけ泣いた。だから、ここからはまた、前に進まないといけない。
「・・・・・・、二人とも」
それは、二人も同じだった。レナもノアも目元が真っ赤に染まっていたけど、もう涙は流さなかった。
「・・まずは、龍羽さんにこの事を伝えなきゃ」
レナはそう言うと、鼻を啜ると携帯を取り出した。
「・・・・・・、もしもし、龍羽さん? ・・・・、うん、うん。だけど、ダンジョンで異常が起きた。・・うん。・・・・だから、ここに迎えを寄越してくれない? ・・・・・・、分かった。ありがとう。じゃあまた後で」
レナは電話を切ると、僕たちの方へ歩いてきた。
「すぐに来てくれるって」
「ありがとう、レナ」
「・・、瑞稀のことだけど」
「・・・・うん」
「まず、どう説明しよっか」
「ありのまま話すしかないよ。でも、それで姉さんの身体を解剖するだとかってことになったら、全力で反抗するよ。例え、組合を敵に回しても絶対に反抗する」
「うん、分かった。その時は、私も加勢するよ」
「もちろん、僕もそうするよ」
「・・・・、ありがとう。二人とも。なぁ、ノア。しばらく、姉さんの身体をノアの異空鞄に入れてくれない?」
「良いけど・・、歩はそれで良いのか?」
「うん。いつまでも、抱えているわけにはいかないしね」
「・・・・、分かった」
ノアはそう言うと、異空鞄の口を大きく開けた。そして、僕はその口の中へ、姉さんの身体を丁寧に入れた。姉さんの身体は異空鞄に拒絶されることなくすんなりと入っていった。
生物が入ることができない、異空鞄に入れられるということからも、姉さんが死んだという事を雄弁に物語っていた。
しばらくして、車が到着した。表面は白色のト●タハイエースワ●ンDXであった。
「三人とも乗ってください」
運転席からスーツを着た女性が降りて後部座席のドアを開けた。
「ああ、申し遅れました。私は、ダンジョン組合所属の橘 薫と申します。以後お見知りおきを」
「えっと、僕たちは・・・・」
「いえ、あなた方のお名前は既知ですので大丈夫ですよ。それよりも、マスターがお待ちです。早くお乗りください」
「ああ、はい。ありがとうございます」
「いえいえ」
僕たちがそのワゴン車の後部座席に乗り込むと、薫さんも運転席に戻った。
◆
午後四時半
ダンジョン組合本部
ダンジョン組合へ着くと、薫さんは入り口で僕たちを降ろしてくれた。
「私は、これを停めに行きますので」
「ここまで、ありがとうございました」
「いえ。三階でマスターがお待ちですので。お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
僕たちは薫さんにお辞儀をしてからドアを閉めた。ドアを閉めると、すぐに薫さんは車を走らせた。
ダンジョン組合に入ると、中では大騒ぎ状態になっていた。どうやら、ゴールドダンジョンが崩壊したことによって、さまざまな方面から情報を問う電話などが絶えないようであった。
組合へ入ると、より一層中が騒ついた。本部にいた冒険者たちが僕たちを見ていた。それだけでなく、受付嬢や、取材に来ていた者たちも僕たちの方を見ていた。
けれど、僕たちに微塵も誇りや嬉しさなどの感情は湧いてはこなかった。
すぐに、黙って見ていた者たちが僕たちの元へ駆け寄ってきた。
取材の人や、他の冒険者たちが僕たちの行手を阻むように取り囲んだ。色んな声が聞こえた。
『ゴールドダンジョンを攻略して、今の気持ちはどうですか?!』 『どうやって倒したんですか!?』 とか色んな質問や尊敬をしているような内容であった。それでも、僕たちはその質問に一つとして答えることはなかった。
「お前ら、後にしろ! 今はその三人は用がある!」
すぐに、階段の上からそんな声がした。声のした方を見ると、そこにはダンジョンマスターである夜越 龍羽の姿があった。
「お前ら、行くぞ」
龍羽さんがそう言うと、僕たちを囲んでいた人たちは道を開けた。
僕たちは割れるようにして開いた道を進んでいった。
◆
マスター室
「すまないな。アイツらも、ゴールドダンジョンの崩壊に気分が上がっているんだ」
「それは分かっています。それよりも・・」
「ああ、分かってる。レナから聞いている。ダンジョンで起こった異常についてだろう」
「はい。でも、その前に、この前の会議の時にいた人を全員集めてもらえますか?」
「! ・・それは、そこまで深刻ということか」
僕は黙って首を縦に振った。
「分かった。すぐに集めよう。お前たちは先に会議室は行っておいてくれ」
僕たちは龍羽さんにお辞儀をしてから、マスター室を出ていった。
「・・・・、あいつらがあんな目をして帰ってくるとはな・・・・」
龍羽は少し衝撃を受けていた。電話越しにレナの元気が無いのは感じていたが、いざ三人を直で見ると、その状態は異常の一言であった。
三人とも目に元気というか生気というものが無かった。あれは気分が落ち込んでいるだとかという次元の話では無い。それよりももっと重いものだった。例えるなら、葬式などで起こるような虚無感に近いようなものであった。
「二年前・・・・か」
龍羽は二年前の事を今でも鮮明に覚えている。今のレナの姿は二年前と全く一緒ではないけれど、少し被るものがあった。
◆
それからしばらくして、会議室には、雅国 海斗を除いた前回の会議に集まっていた人が揃った。
「すまないが雅国は、組合に来てなくてな。呼べなかった」
「いえ、大丈夫です」
多分雅国さんはこの前僕が依頼した事を今もしてくれているのだろうと思った。
「ここは、防音は完備されているんですよね?」
「ああ、そうだが。どうかしたか?」
「いえ、それなら心配は無いです。・・・・全員揃ったので、今回の事件について説明します。呼んでおいてなんですが、今から話すのはだいぶ重い話です。もし、耐えれる覚悟がないのなら、今のうちに出ていっておいてください」
僕がそう言っても、誰一人として、席を立つ人はいなかった。
「・・・・そうですか。じゃあ話します。まず、先のゴールドダンジョン、奥多摩ダンジョンにおいて、再びデッドエンドに飛ばされるということが起こりました。それは、新しく形成された普通のボス部屋の方でです」
「・・・・、それが、君が言いたかった事か? でもそれならば君たちがあのダンジョンを攻略してくれたおかげでもう解決したのだろう?」
それを聞いていた一人の男性がそう言った。確か、この前の飲み会の時に、篠崎 仁と言っていた人であった。
「いいえ、多分違うわ。そうよね?」
それを麗さんが僕が言おうとしていることを読んだかのようにしてそう言った。
「はい。問題はそこではありません。むしろ、そこから起きた事です」
麗さんの発言に僕は頷いて続けていった。
「そこから?」
「はい。率直に言います。デッドエンドに人間がいました。・・・・そして、その人間は、二年前に死亡が確認されたはずの刻藤 瑞稀でした」
「!!!!!!」
一瞬で会議室が騒ついた。
「静かにしておけ、お前たち!!」
龍羽さんがそのざわつきにかき消されない声でそう叫んだ。
「続けてくれ、歩」
「・・・・スゥ。その後、その人間。いや、龍人と化したモンスターと戦いました。その後、そのモンスターを倒した後、別の人間が現れました。一人は、ラウスト=バラックと呼ばれていた男と、もう一人はラグナロクのメンバーでもある鬼丙 陸でした」
ラウスト=バラックの名前が出た時に騒つくまではしなかったが、座っている人たちは衝撃を受けたようであった。
「その後、龍人を倒したことにより、ダンジョンが崩壊して、今に至ります。その際、その二人の捕獲、及び殺害はできませんでした。そして、目的すらも分かりませんでした。以上です」
僕はただ要点だけを伝えるようになるべく感情を表に出すことなくただ淡々とそう伝えた。
「ならば、その龍人となった刻藤 瑞稀の死体は持っていないのか?」
少し太った体型をした丸月 一は少し食い気味にそう言った。
「・・・・、ノア」
「・・・・・・・分かった」
ノアは少し僕の顔をじっと見た後、異空鞄の口を大きく拡げた。僕は少し身を乗り出して、その中にしまっていた姉さんの遺体を抱えた。
僕は姉さんの遺体を机の上に置くことなどは一切せずに、抱えたままにしていた。
「!!!!」
「マスター、今すぐに、解剖をするべきです!」
「少し待ってください。僕はこのモンスター・・、いえ、僕の姉の遺体を解剖させる気は微塵もありません。触れさせる気すらもありません」
僕は怯えることなどせずに、堂々とそう言った。
「解剖をしなければ異常について何もわからないだろう!」
「それでもです。僕には、姉の身体を亡くなった後もいたずらにさせる気は微塵もないです」
「だが・・・・」
「そこまでにしておけ、一」
「マスター、ですが・・!!」
そこまでにしておけと言ったはずだ、一」
「・・・・分かりました」
そう言うと、丸月さんは椅子に座り直した。
「歩、その遺体はお前が扱え。武器にするでも、改造するでも、埋葬するでもそれはお前の自由だ。だが、一つだけ頼みだ。その遺体の遺伝情報を一つだけ貰えないか」
「どういう事ですか?」
「爪や、髪、血でも何でもいい。それだけでも、だいぶ変わる。お前の気持ちは分かる。だが、無理を承知で頼む」
龍羽さんは自分よりも二回りほども年の離れたガキに向かって頭を下げた。
「・・・・分かりました。本当に一部で良いのなら」
僕は根負けをする形で一部の提供の申し入れを受け入れた。
多分、姉さんの声が聞こえるんなら、今姉さんは私の身体なんてどうでも良いから解剖とかして良いのに。とか言ってそうな気がした。
これは僕自身のエゴなのは分かってる。身内だからという感情によってわがままを言っているだけだった。もし、僕が一さんの立場だったら、同じことを思っているとは思う。でも、気持ちが理解できても、それが受け入れられるかどうかというのは別物であった。僕にはそれが受け入れられなかった。
でも、そんなことは龍羽さんも分かっていたんだろう。だから、こんなガキに向かって頭を真剣に下げた。そして、僕はその想いを無碍には出来なかった。
「感謝する、歩」
「容器か何かありませんか?」
「一、試験管を持ってこい」
「はい」
一さんはそう言うと、一旦会議室を出ていった。少し駆け足で戻ってくると、手には一本の試験管が握られていた。
「刻藤君、これに入れてもらえるか?」
「はい」
僕はそう言って試験管を受け取ると、姉さんの血をその中に入れた。姉さんの血はまだ固まっておらず、入れるのは容易であった。
十数ml程度入れると、一さんに試験管を返した。
「これで良いですか?」
「ああ。ありがとう、刻藤君」
一さんは試験管の口に栓をすると、丁寧に懐へとしまった。
「ノア、もう一度入れててもらえる?」
「分かった」
そしてまた僕は、ノアの異空鞄の中へ姉さんの身体を戻した。
「三人とも、今回の事件について、他にも話すことはまだあるか?」
「いえ、もう全て話終わりました」
「そうか。・・・・お前たちに質問だが。お前たちは、ダンジョンで会った男の名はラウスト=バラックで間違いないな?」
「はい。姉さんがそう言っているのをはっきりと聞きました」
「・・・・、、そうか」
「どうしてですか?」
「・・・・、ラウスト=バラックは割と有名な人物だからだ。もちろん、悪い意味でだが。お前たちは知らないかもしれないがラウスト=バラックは過去に、非道な実験を行っていたとされ、指名手配をかけられた。しかし、奴は捕まることはなかった」
僕たちを除いたこの場の人たちの顔が陰った。全員ラウスト=バラックのことを知っているのか、しばらくの間、重い沈黙が流れた。
「・・・・そして、奴は元ダンジョン組合の幹部でもあった」
空気がピリついた。そう言葉を発した龍羽さんは拳を握りしめていた。
「奴が関わっている以上、捕まえることが出来なかったら俺たちの責任だ。奴のせいで、お前たちを深く傷つけてしまったことを謝罪する」
そう言うと、示し合わせたわけでもなく、龍羽さんも幹部の人たちも椅子から立ち、僕たちへと頭を下げた。
頭を下げられたところで僕たちの気持ちは晴れることなんてなかった。ただ、形容し難い気持ち悪さのようなものだけが魚の骨のように喉に引っかかっていた。
その時だった。会議室に警報のようなものが鳴り響いた。
「!」
そして、音が鳴り響くと、会議室の扉を叩く音があった。
「マスター!! 緊急です! マスター!!」
「どうした!?」
「突如、新しいダンジョンが出現しました! そして、推定で、ダンジョンのランクはゴールド以上、ブラックの可能性もあるダンジョンが出現しました!!」
「!! 場所はどこだ!」
「新宿御苑です!!」
「ダンジョン暴走の可能性は?!」
「非常に高いです! 確証ではありませんが、ダンジョンが不安定な状態になっています!!」
ダンジョン暴走
新しく出現したダンジョンなどでたまに起こることであり、ダンジョンの中にいるモンスターなどが地上へとで出来てしまう現象のことであった。止める方法は二つ。溢れ出てくるモンスターに逆らいながら、ダンジョンのボスを撃破するものと、ひたすら時間が過ぎるのを待つというものだった。ただし、後者は時間制限があるわけではないため、どの程度続くかということは知ることが出来ない。
過去、この現象を対処しきれず、崩壊した国や地域は少なくなかった。その中でも、アマゾンの奥深くの地などは人手が回らず今もなおモンスターが徘徊している。
「すぐに、動ける冒険者たちは勧告を出せ! 特に、銀級以上の冒険者たちには、すぐに知らせろ!!」
「はいっ!」
龍羽さんはそう叫ぶと、伝えにきた男の人は、急いで会議室を後にした。
「聞いていたな、三人とも!」
僕たちは黙って頷いた。
「今のお前たちには申し訳ないが、今すぐ動いてくれ」
「わかりました」
「今回は俺も動く。ここにいるお前たちも総動員する。良いな?!」
「了解」
龍羽さんの発言に異を唱えるものは誰一人としていなかった。
まだ、奥多摩ダンジョンのことについて何一つとして解決していないけれど、今は新宿御苑のダンジョンに動かざるを得なかった。
「レナ、ノア、行くよ」
「うん、すぐに行こう」
僕たちは、すぐに会議室を出ると、急いで新宿御苑へと向かった。僕もレナも、ノアも疲れは取れていないし、武器すらも壊れたままだった。それでも、僕たちは冒険者だ。大勢を守るために、僕たちは走った。
姉さん、僕は姉さんが言った通りにするよ。泣きたいし、辛いよ。でも、それでも、それを踏み越えて、進んでいくよ。前を向いて、一歩ずつでも進んでいくよ。
だから、姉さんはもう休んでて。
姉さん、・・・・・・ありがとう———。
———僕は生涯、姉さんが最後に言った言葉を忘れることをしなかった。捉えようによっては、それは僕を縛る呪いの言葉なのかもしれない。だけど、僕は知っている。姉さんはできない人に何かを強要するような人ではないことを。
今はまだ、姉さんの死を引きずってしまうかもしれない。でも、それでも、立ち止まることだけはしなかった。
更新が遅れてしまってすみませんでした。次回は、日曜か月曜日までに行います。
ついに、二章の最後となる新宿御苑ダンジョン編に突入します。ちなみにですが、歩の武器である鬼月は自己回復能力があるため、ヘファイストスで調整を行えばまた元に戻ります。
レナの籠手はもう使い物にはなりません。
その辺のことは次回か、その次くらいには書きます。
面白かったら、高評価の方お願い致します。感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




