六十二話 殺意、悪意、希望、渦巻く混沌。
「レナの腕は治りそう?」
治療を続けているノアに聞いた。レナの腕はだいぶ良くはなっており、もう骨が見えてはいなかった。だけど、まだ完治したと言うわけでは無かった。
「時間は少しいるけど、大丈夫。むしろ、それよりも・・・・」
「・・・・、分かってる」
僕はそう答えて、今までうつ伏せになっている姉さんの姿を見た。
「姉さん・・・・」
僕は、僕たちは、姉さんの身体に触れることすら出来ずにいた。一度龍人として戦った以上、また暴れ出さないという保証はない。だから、注意深く見ることはできても、何が起こるか分からない以上、触れることなど到底出来ないのであった。
「二人とも、それも大事だけど、どうやってここから出るかも考えないと」
レナの言う通りだった。姉さんと戦い終わった後も、僕たちが来た通路も、最初に見えていた道もその姿を再び現すことは無かった。ただ、天井に姉さんが落ちてきた時の穴がぽっかりと開いたままになっているだけであった。
「どうやったら、戻れるんだろ。やっぱりこの天井をどうにかして登るしかないのかなぁ」
「どこかに道はあるとは思うけど。最悪、そうなるかもしれないね」
「よし、もう大丈夫です。普段通りに動きますか?」
話していると、ノアがそう言った。
「うん、大丈夫。ありがとうね、ノア君」
レナは何度か右腕を握って開いてを繰り返して、動作を確認してからそう言った。
「そういえば、歩君。刀の折れた刀身は拾った?」
「忘れてた。ちょっと取ってくる」
僕はそう言って、立ち上がった。少し離れた場所に、地面に折れた刀身が刺さっていた。
僕は刃に気をつけながら、持ち上げると、砂を払った。折れた刀身に鏡のように僕の姿が写った。
刀越しに見える顔は酷い顔をしていた。
困惑や、疲れや、怒りや、安堵や、心配や、いろんな感情が逆巻くようにして顔に現れていた。
いきなり二年ぶりに姉さんと会って、戦って、倒して。身体だけでなく、心にも疲労が蓄えられるのは当たり前であった。そして、それは僕だけのことでは無かった。
僕は顔を反射してくる折れた刀身を異空鞄の中へとしまった。
「じゃあ二人とも、そろそろここを調べようか」
「うん」
レナとノアも立ち上がった。姉さんはまだ動く気配すら無かった。もしかしたら、もう死んでしまっているのかもしれない。
僕たちが姉さんに触れられたとしても、今の僕は触れられるのかとふと思う。多分答えはNOだ。口先でなんと言おうと、姉さんを殺したくは無い。例え、それが姉さんにとって苦痛となっていたとしても。
「何処へ、行こうとしている?」
突如、誰のものでも無い声が辺りに響いた。それは、姉さんから発せられたものでも無かった。
それとは別に誰かがそう言った。
「誰だ!」
「誰? そうだな、俺は科学者だ」
何もない空間から、そいつは現れた。通路が新しく出来たわけでも、天井の穴から落ちてきたわけでもない。文字通り、何もないところから現れたのだった。
そいつは、白い白衣に身を包み、眼鏡をかけた男だった。いまいち顔だけでは年齢までは分からないけれど、どんなに高く見積もっても三十前半程度に見えた。
そいつは、何故かは分からないけれど、雰囲気というか、オーラというか、そんなものから僕にマッドサイエンティスト感を感じさせた。
「ここに何故いる!? というか、どうやって来た!」
「察しが悪いな、刻藤歩。まぁ、始動レナは少し理解したようだがな」
そいつは、白衣のポケットに両手を入れながら話し始めた。何故か、僕たちの名前を知っていた。
そして、レナは何かを理解したようで、あいつのことを強く睨んでいた。
「・・・・、まさか?!」
「良いぞ、理解したようだな。理解が早い奴は嫌いじゃないぞ」
「まさか、まさかお前は!! 姉さんを・・・・!!」
「ああ、そうだ。俺が刻藤 瑞稀を改造した本人だ」
あいつの口から発せられたのは聞きたくもない真実であった。激しい憎悪が閉ざしていた蓋から溢れ始めた。殺意が、怒りが、心の底から湧いてくる。
「テメェが!! テメェが、姉さんを!!!!」
「何を怒っている、刻藤 歩。俺は感謝こそされど、恨まれる筋合いなどないだろう? お前の姉の命を救ったのもまた俺なんだからなぁ」
「ふざけたことを抜かしてんじゃねぇ!! テメェは死人を弄んだだけのクソ野郎だろうが!!」
「・・・・ふむ、そうとも言えるな。だが、お前が姉ともう一度会えたのは紛れもなく、俺のおかげだろう?」
「だからなんだって言うんだ!! お前は、人の姉を弄んだクズ以外の何者でも無いんだよ!!」
僕は感情を少しも隠すことなく爆発させた。目の前が真っ赤に染まりそうだった。現に、僕の瞳は真っ赤に染まっていた。
怒りで体温が上昇していくのが分かった。
「歩君、落ち着け! 頭を冷やせ!!」
「無理だよ、レナ! 目の前に姉さんを弄んだ奴がいたら、平常心でいられるわけがないだろ!!」
僕はレナの忠告を全く聞くことなく、あいつへと走り出していた。流れるように鞘に納まっていた折れた鬼月を引き抜く。
「テメェは死ね!!」
「人の話は最後まで聞くものだ。そして、戦う時に、自分の感情だけで動くなよ。そうじゃないと、こういうことになる」
あいつはポケットに手を入れたまま突っ立っているだけだった。
あいつは微動だにしなかった。だけど、僕の身体は何かに殴られたようにして吹き飛ばされた。
「ッ!!」
「歩君!!」
「歩!!」
僕はそのまま砂の上を転がった。転がるたびに砂が舞い上がった。何度も顔に砂がついた。それでも、転がり続けて、やがて、停止した。
僕は未だに何が起こったのか分かっていなかった。
「は? 何が・・?」
あいつを見た。けれど、あいつには何の変化も起こっていなかった。ただ、その横には、見覚えのある姿があった。
何度も一緒にダンジョンに行った。何度も喋った。そして、最後には僕を裏切ったかつての友の姿が。
「? 陸・・・・??」
「・・・・」
「どうして、そこにいるんだ、陸」
「・・・・、無様だな、歩。今も、あの時も」
僕は少し思っていた。もしかしたら、陸もまた、姉さんと同じように、あいつに改造されてしまっていたのかもしれないと。だけど違った。陸は、自分の意思であの場所にいた。陸は、いや陸もまた姉さんを改造したことに関わっているということを意味していた。
「ずっと・・・・騙していたのか、陸!」
僕は血を吐いて立ち上がった。
「お前が勝手に信頼をしただけだ。俺はお前も、一度でも信頼したことなんてない。勝手に期待して、勝手に幻滅しただけ。それを怒るのはお門違いだろ」
「じゃあ今まで、どんなことを思って一緒にいたんだよ!!」
「特に何も」
陸は心底どうでも良いようにそう言った。
「お前たちは、ここから出る方法を知りたいんだろ?」
今まで口を閉ざしていた白衣を来た男がそう言った。
「なら、教えてやろう。何、簡単なことだ。そこに転がっている女を殺せば良い」
そう言って、砂の上にうつ伏せになっている姉さんを指差した。
「俺はその女をこのダンジョンのボスにした。ボスを殺せばダンジョンが消えるのは道理だ。だから、そいつを殺せ。ああ、ちなみに、転移装置はお前たちは使えない。それは絶対にだ」
突きつけられたのは非常な答えだった。
助かるために他人に犠牲を強いる。それは人間が生きている以上、常に起こることであった。けれど、今回はその他人が自分の家族であるというだけ。確かにあいつの言う通り他人であれば簡単なことだったんだろう。
そして、あいつはさらに付け加えて言った。
「それと、お前たちはその女を倒す時に龍血を使っただろう? その結果も教えてやる。今は眠っているが、その女は正気を取り戻せている。まぁ、今までより身体は弱体化はしているだろうけどな。さぁ、どうした。殺さないのか? 仲間を殺す抵抗があるわけでもなかろうに」
あいつは僕たちがそれを出来ないことを知った上で、嘲笑うかのようにそう言った。
「・・・・、そんなこと・・」
レナとノアは動くことが出来ず、ただあいつらを睨んでいるだけだった。それは、僕も同じだった。
「どこまでも下衆が・・!!」
「それは、負け犬の遠吠えだな。勝つために他人がどうなろうと自分には何ら影響はない。お前たちだってそうだろう? 勝つためには何でもする。それが人間だからな」
「ぐっ・・・・!!」
僕たちはあいつの言う事に言い返すことができなかった。あいつの言い分は悔しいけれど、正しかった。僕たちだって、生きるために色んなものを犠牲にしている。今まではその犠牲になるのが自分の身の回りの者でなかっただけであった。
「始動 レナ。お前は気づかなかったのか?」
「何に?」
「そうか、薄情な奴だな。かつての仲間を分からないとは」
「何を言ってる? 瑞稀にしか、私は会っていない!」
「何も気づかなかったか」
「だから、何を言ってる?」
「まだ、分からないか。いやそれとも、分かってはいるけれど、認めたくないだけか?」
「何を・・・・!」
「お前たちは、以前黒いモンスターに会っただろう? そして倒したよな? 殺したよな?」
段々と、レナが胸を抑えながら下を向き始めた。動揺して、激しく息を切らしていた。
そして、僕でも気づいた。その先の未来が僕にも想像が出来てしまった。
やめろ、やめろ、その先は、言うな。
「姿が変わっただけのかつての仲間を」
「あゝ・・・・、あアあああっっ!!」
「もう一度聞こうか。今さら、仲間を殺す事に何の抵抗があるんだ?」
その言葉はレナに大打撃を与えた。一瞬で心が壊れなかったレナを称賛するほどに、その言葉の殺傷能力は高かった。
「もうやめろ、口を閉じろ!!」
僕は折れた鬼月を持ってあいつらへ突き進む。
けれど、白衣の男の元へ辿り着く前に、陸が僕の攻撃を止めた。陸も刀を抜いていた。陸の刀は不気味であった。刀身は紅色をしており、刀というよりかは大剣のような感じの両刃であった。
「邪魔をするな!!」
「それはこっちのセリフだ」
以前の僕ならいざ知らず、今の僕だったら、陸を倒せる自信があった。
「身体付加 筋力三倍」
しかし、僕は陸に押され始めていた。傷は治ってはいるけれど、疲労やダメージが完全に回復するわけではない。それに、唯一の武器も半壊している。そんな言い訳を差し引いても、陸は強かった。
僕はそのまま、押し返されるようにして弾かれた。
「だったら! 柳生新陰流 複式 虚爪・三連」
いつもよりかは範囲が狭い斬撃を繰り出した。威力も、速度も充分にあった。
「魔剣起動」
陸がそう言うと、持っていた剣が赤く輝いた。その瞬間、剣から炎が出現した。
「! それは」
陸は何事もなかったかのように、虚爪を焼き斬るようにして消した。
「・・あの時から、何も変わっていないな」
「・・ッまだだ!」
僕は陸を囲むようにして、空気の壁を作り出した。
「終わらせてやる! 柳生新陰流 複式 神爪」
僕は避けようのない斬撃を陸へくらわせようとした。
「身体付加 魔剣武装」
その瞬間、大剣の炎が陸に燃え移るようにして、陸の身体を覆い尽くした。
「獄炎斬」
鬼月と大剣が衝突した。凄まじい熱量を持った陸の攻撃は、その熱量によってさらに攻撃力が増していた。
僕は陸に負けた。
撃ち合った直後に、僕は鬼月を持ったまま吹き飛ばされた。服の裾がその熱によってチリチリとしていた。今は、砂ですら冷たく感じた。
「グッ、アァッ・・・・」
「お前は、俺に勝てない。昔も、今も」
陸は僕を見下ろしてそう言った。
◆
僕が陸と戦っている間に、白衣の男はレナに口撃を続けていた。白衣の男が僕の攻撃を陸が止めたのを少し見ていた間に、ノアが叫んだ。レナはまだ、動揺を抑えることすら出来ていなかった。
「黙れ、レナさんを、これ以上・・・・、やめろ!!」
「何をムキになる。ただ本当のことを言われただけだろう。そうだろう? ノア・ライヘンドア」
「ッッ・・・・、お前は、何でこんなことが出来るんだ! 何がしたいんだ!」
「論点をずらすか。反論したくても出来ないんじゃ、しょうがないことだがな。だが生憎、それに関して話すことはない。今は、その女を殺せばダンジョンから出れる。ただそれだけの話だろう」
「出来る訳がないだろうが!! そんなことを!」
「誰かがしなければ、犠牲にならなければ永遠に状況は変わらないがな」
「それでもっ! それでもこんなことをできる訳がないだろうが!!」
「しかし確かに、殺しを経験していないお前は無理だろう。だが、元とはいえ人を殺している刻藤と、始動は別だろう。今すぐにでも殺すことはできるだろうに」
「冒険者である限り、モンスターを倒すのは普通だろうが!」
「なら、今のその女はどう説明する? その女もモンスターだぞ」
「そ・・れは・・」
「良い加減に認めてしまえ、始動 レナ!! 今、お前が動かなければまた、全てを失うぞ。また同じことを繰り返すか! まぁどちらを取ろうとも、お前はその選択を選んだ自分自身を呪い続けることになるだろうが」
あいつは、レナにそう叫んだ。レナは、もう立っていなかった。膝を砂につけ、胸を抑えたままずっと頭を下げていた。
「それをお前が言うのか、ラウスト=バラック」
◆
突如僕を見下ろすようにしていた陸へ何かが飛来した。陸はその飛来したものに反応はしたが、突然過ぎて躱しきることが出来なかった。それは、陸の腕を掠めた。
「ッ・・!!」
その傷口から血が流れることはなかった。ただ、焼けたような傷口が残っているだけであった。
その攻撃を僕は知っている。ついさっき見たばっかりであった。
その攻撃は、レナのいる方から飛んできた。けれど、レナでも、ノアでもなく、それは倒れていたはずの姉さんから放たれていた。
「歩、早く立って!」
僕は気づいたようにすぐさま立ち上がると、陸から離れた。
「起きたのか、刻藤 瑞稀。いや、一号」
「醜い声が聞こえてきたら、おちおち寝てもいられないからね」
やはりその姿は姉さんであった。龍人でも何でもない、二年前と変わらない姉さんであった。意図せずに、頬を涙が伝う。
「レナ。そんなに一人で抱え込まないでよ。今のレナには、歩も、ノア君もいるんでしょ? もっと信じなよ、仲間を」
レナは、ゆっくりと顔を上げて、姉さんの姿を瞳に写した。
「でも、でもっ・・! 私が・・、みんなを・・!」
「それは結果論でしかないよ。結果的にそうなっただけ。誰もそんなことで恨んだりなんかしないよ。もちろん、私を含めてね」
「私っ、私・・!!」
「それよりも、今の仲間を守るっていう大事な仕事があるんじゃないの? いつまでも過去を見過ぎなんだよ、レナは。大事なのは、今を、そして未来を見ることでしょ?」
「うん・・・・っ、うん」
レナは唇を噛んで、泣くのを堪えようとした。それでも堪えきれずに涙が溢れていた。
「ってことで、うちのレナを虐めるのはやめてくれるかな、狂科学者」
「虐めるも何も。ただ、正論を言っただけだ」
「死人を弄んだ奴が言う言葉じゃないんだよ。異常者が」
「・・・・。何と言おうと、そこの三人が逃げるためには、お前を殺す以外に道は無い。それは避けようの無い事実だ」
「そんなのは簡単だよ。誰も私を殺せない。なら、ほかの誰でもない、自分自身でケリをつければ良いだけだ」
姉さんはそう言うと、何の躊躇もなく自分の胸を雷の刀で貫いた。
「姉さん!!」
「ごふっっ・・・・」
姉さんは手で僕たちを静止した。
姉さんの口から血が漏れる。それと同時にダンジョンに大きな揺れが起こった。
「チッ、自分自身を自分自身が殺すか・・・・!! ならば、鬼丙 陸。せめて刻藤 歩を捉えろ」
「それはさせない・・・・」
二人の間を雷が駆け抜けた。瞬時に気づいた陸がラウストと呼ばれた男を突き飛ばし、二人ともそれが当たることは無かった。しかし、それは十分に牽制にはなっていた。
「手負いの獣が手強い・・って事か。まぁ良い。今回はこちらが引こう。ただ、努、忘れるなよ。お前たちを俺たちは狙っていることを。・・すぐにまた会おう」
そう言うと、二人は現れた時のように一瞬で姿を消した。
「姉さん!!」
「瑞稀!!」
二人が消えるのを見届けて姉さんの身体がぐらついた。そして、倒れる前に、僕たちがその体を支えた。
「待って、、いやだよ姉さん。また、会えたのに・・!」
「ご・・めんね、歩」
「ノア! 早く、治してよ!! お願いだから!」
「無理だ・・、歩。僕の力じゃ治せない・・。すまない、すまない・・!」
ノアが何度回復をしようとしても姉さんは回復することは無かった。
「ありがとう。でも・・、もう良いよ・・、ノア君。もう・・無理・・なのは、自分・・が、分かっ・・てる」
「姉さん、姉さん!!」
僕は叫び続ける。少しでも叫ぶのをやめたら、姉さんは消えてしまうような感じがしたから。
「歩、ちゃんと・・ 前を向いて・・歩くんだよ・・」
姉さんは腕を上げて、僕の頬に触れた。頬に血がついた指が当たる。僕はそれを逃さないように掴んだ。
「うん・・、うん。分かった、分かったよ。姉さん・・」
僕は泣きながら、姉さんの顔を見た。もう、僕は叫ばなかった。姉さんは僕のその言葉を聞くと、笑った。その姿はとても美しかった。頬に触れていた姉さんの指が力無く落ちた。そして、それに呼応するようにして、ダンジョンが崩壊した。
この日、一つのゴールドダンジョン、奥多摩ダンジョンが日本からその姿を消した。
更新が遅くなってしまいすみません。
次回は、水曜日までに行います。
二章もいよいよ終盤になりました。年内には二章は終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。
面白かったら高評価の方お願い致します。感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




