五十五話 アルゴノート
そして、私たちは一本道を抜け切った。
「レナさん、先輩は来ますよね‥‥?」
リュートは震えた声で私にそう言った。
「ねぇ、来ますよね?! 先輩は‥‥」
「‥‥‥」
何も答えることはできなかった。私は、リュートの顔を見ることすらできずに、ただ、この道を走ることしかできなかった。
「ねぇ、レナさん、来ますよね!? 絶対に、また会えますよね?!!」
リュートは声を荒げた。私が何も答えないせいか、それとも自分があの場所に残れなかったせいか、言葉にできない、誰にも感情をぶつけられないまま、リュートは逡巡していた。
「もうそこまでにしなさい。リュート」
私が答えられずにいると、ルージュがそう言った。
「リュート、それ以上言うなら、今ここで死になさい」
ルージュは、はっきりとただそう言った。リュートの想いをすべて否定するかのようにはっきりと、鋭くそう言った。
「悲しくないんですか! 先輩が、先輩がッ‥‥!!」
そう叫ぶリュートの目元には涙が溜まっていた。
「分からないの?! 王は命を投げ出してでも、私たちを守った! それなのに、私たちが悲しんで、立ち止まるなんてことをして良い訳がないでしょう!」
ルージュはリュートへと叱るようにしてそう言った。それは、私にとっても耳の痛い話であった。
「悲しむのは今じゃない! 今は、王のためにも私たちはここを出るために、前へ進まなくちゃいけないの!!」
リュートはルージュの言葉を聞いて、それ以上反論する事はなかった。ただ、拳を握りしめて、下を向いていた。
「もう一度聞くわ、リュート。貴方はどうするの?」
「僕は‥‥、僕はッ!! 先輩に代わって、このパーティーを守り抜きます!!」
リュートは、力強く前を向いて、そう言った。そして、気持ちを強制的に切り替えるように、自分の頬を強く殴りつけた。
「‥‥もう、大丈夫です。切り替えます」
リュートにとって、王のことを引きずるなと言うのは少々酷なことであった。一番王を慕っていたリュートが王のことを我慢できないほどに悲しむのは当たり前であった。けれど、ここはダンジョンであり、しかもデッドエンドであった。ただでさえ危険度が高いこの場所で私情が入り込めば、危険度はさらに上がり、仲間までにも迷惑をかけてしまう。
だから、どんなに辛くても、どんなに悲しくても、今は耐えるしか道は無かった。リュートもそれ自体は理解していた。けれど、少しだけ悲しみが心から溢れてしまった。ただ、それだけ。
リュートはもう一度、自分の心の蓋をきつく閉めたのだった。
「もう良いのね?」
ルージュは多分、リュートの行き場のないその感情を自分にぶつけさせるつもりで言ったんだろう。本当なら、私がしなければならないことをルージュは行っていた。
「はい、迷惑をかけてすみません」
「さぁ、行きましょう! 早くここから、抜け出しましょう!」
そうして、リュートはいつものように、明るく振る舞っていた。
「‥‥うん。そうだね」
そして、私たちは少しの悲しみの後、その悲しみに蓋をして、前へ進んでいくのだった。
「この部屋も、何か出るんですかね?」
先頭にいたリュートが、いち早く道の先にあった部屋にたどり着いて、そう言った。
「‥‥分からない。でも、気をつけながら、進もう」
しかし、どれだけ警戒しても、この部屋で、さっきのように大量のシャドウが現れることや、罠がある事は無かった。
そして、少しずつ歩いていくと、一つの大きな扉のようなものがあるのを見つけた。
「これって、ボスって事ですか‥‥?」
「多分、そうだね」
その扉の向こうに何がいるかは分からないけれど、こんな扉がある以上、ボスか、もしくはそれ以上の存在がいる事はみんなが気づいていた。
「みんな、準備は良い?」
私がそう言うと、全員が頷いた。
「よし、行くよ‥‥!!」
そうして、私がその扉を開けると、扉の先は今までの何倍も、広く大きな部屋になっていた。
そして、その部屋には人の形をしたモンスターがたった一体だけ立っていた。
そこには、紅い鱗で身体中を纏い、大きな翼と長い尻尾を持った龍人が立っていた。
龍人
純粋な龍とは違って、巨体を持たない。その代わりに、龍よりも速い速度を出すことができ、小回りのきく身体で接近してくるモンスターであった。あくまで、人間のように二足歩行なだけで、本質は龍。龍人の種類によっては、炎や雷を起こす個体も存在し、接近戦だけでなく、遠距離からも即死級の攻撃を放ってくる極めて強いモンスターであった。
龍人が確認されたのは、中国のブラックダンジョンや、日本のシルバーダンジョン/デッドエンドなどの危険度が高い場所のみであり、遭遇した冒険者の殆どが犠牲になるほどの力を持ったモンスターであった。
「!! 龍人!!?!」
「これを倒さなきゃいけないって事ですか‥‥!」
龍人は扉を開けて入ってきた私たちを見つけると、大きな翼を広げて重いプレッシャーをかけるように叫んだ。
「ガアアアアアアア!!!!!!」
口は鋭利な牙で埋め尽くされて、その口は大気を強く震わせた。その圧が、私たちへと襲い掛かった。
「みんな、行くよ!!」
すぐさま、私たちは戦闘体勢をとると、リュートが前線に立った。
ルージュがすぐさまリュートにバフをかけて、リュートは自分にヘイトを向ける魔道具を使用した。
しかし、龍人を少し甘く見ていたことを私たちは後悔した。
「さぁ、来い! 龍人!!」
リュートが自分を鼓舞するようにして、叫んだ。
その瞬間だった。リュートが叫ぶと同時、私たちの間を何かが通り過ぎた。そして、何かが壊れたような気持ちの悪い音がした。
音がした方を振り返って目に飛び込んできたのは、吐き気を催してしまうようなものだった。
そこにあったのは、私たちの背後でバフをかけていたルージュの上半身が消え去っていた光景であった。
上半身を失ってバランスの取れなくなった下半身が、しばらく直立していた後に、前向きに無機質に倒れた。
「ルージュ!!!!!!」
龍人はルージュの下半身から少し離れた場所で、リュージュの上半身を右手で掴んでいた。無理矢理引きちぎられたルージュの上半身からは赤い血が滝のように溢れていた。ルージュの顔にはうつろな目と、口から僅かな血が漏れていた。
龍人は、ごみを捨てるかのように、ルージュの身体を適当に投げ捨てると、地面にへたり込んでしまった香織へと向かった。
「香織、逃げて!!」
ルージュが一瞬で殺されて、反応が遅れた私は香織にそう叫んだ。
「させるかっ!!」
龍人が動き出すや否や、瑞稀が龍人と香織との間に無理やりに割って入った。
瑞稀の身体はバチバチと音を立てていた。
「香織、早く立てっ!!」
瑞稀は顔を龍人へと向けたまま香織へと叫んだ。
そして、一瞬瑞稀が間に入ったことによって、驚いたようにして龍人は攻撃を止めた。けれど、即座に瑞稀に向かって、攻撃を始めた。
「電装:纏刀」
瑞稀は即座に電気を長く刀のようにして、その攻撃を受けた。
瑞稀の能力は電装という電気を扱う能力であった。身体に纏わせ、動きを速くしたり、刀のように電気を集めて、武器にしたりと色々な応用が利く能力であった。ただし、デメリットとして、身体に電気を纏わせすぎたり、一度に大量の電気を使いすぎると、生体電流が狂い、自分にダメージがいく可能性があるということだった。
レナの電気によって作った刀が龍人の拳に触れると、感電するほどにバヂバヂッという音が響いた。人間であるなら、触っている時点で感電できる。
しかし、龍人は鱗のせいか、電撃が効いている様子はなかった。
「電装:纏脚」
一瞬、瑞稀は龍人の攻撃を逸らすと、後ろでまだ逃げきれていない香織を掴んで、私たちのところまで移動した。
「アイツ、やばい‥‥!」
瑞稀たちが私たちのところまで来て、はっと気づいたように、私は動いた。
「ごめん、瑞稀」
「良いよ。そんなことより、ルージュが一撃で‥‥」
「分かってる。リュートの魔道具に影響されずに、真っ先にバフと回復役を狙った‥‥?」
それは、恐るべき事態。笑えない、本当に笑えない状況だった。
「やっぱりそうだよね。‥‥リュート!!」
「はい」
リュートも私と同じように、名前を呼ばれてはっとしたようにして答えた。リュートの顔色はとてもじゃないけれど、いつものような陽気な表情は無く、目に生気がないほどであった。
「ルージュを守れなかったのは、リュートだけの責任じゃない。だから、気負わないで」
「‥‥、はい」
「良い?! アイツは魔道具が効かない。だから、私たちは、意識的に香織を守りながら、戦わなきゃいけない!! リュートがしっかりしないと、全てが崩れる!!」
「‥‥分かってます!」
「バフはないけど、いつも通り、前で出来るだけ攻撃を受け止めて。良い?!」
「はい!」
覚悟を決めるしかない、リュートはほんのわずか、細かい考えを捨てるように目をつぶった。
「香織!! 貴女もしっかりして!! 回復役が今消えたら、本当に終わる!! だから、今は勇気を振り絞って、立って!!」
未だに地面に手をついていた香織に瑞稀は少し怒るようにしてそう言った。
「ぐすっ‥‥、はいっ‥‥」
香織は涙を拭いて立ち上がった。リュートも香織もまだ、成人していない子供であり、この短時間でパーティーメンバー二人が死んでしまった事は二人の精神に立ち直れないほどに大きな影響を与えている事は明白であった。でも、たとえ誰が死んでしまったとしても、生きるために、戦い続けなければいけなかった。だから、二人も今にも崩れてしまいそうな精神に、恐怖ですくんでしまう身体に鞭を打って立ち上がった。
「行くよ、アイツを倒すよ!!」
龍人は余裕からくる油断なのか私たちをすぐに襲っては来なかった。
その間に、リュートは二つの魔道具を使って自分の身体能力を向上させた。
普段、リュートはルージュに敏捷と自分の重量の増加というバフをもらっていた。
リュートの能力は動かない限り一切の攻撃を無効化できる。しかし、動かないという条件以外に地面に接地していないといけないという条件があった。
そして、ダメージは確かに無効化出来る。ただ、衝撃はあくまで緩和するのであって、衝撃などは無効化することが出来ないのであった。
つまり、相手の攻撃の威力が高いと、その衝撃によって吹っ飛ばされてしまう可能性があるということであった。だから、リュートは普段吹き飛ばされないように自分の重量を上げていたのだった。
しかし、もうそのバフを掛ける人はいない。だから手持ちのルージュのバフよりいくらか劣るもので、対処するしか無かった。
「リュート、行ける?」
「行けます。僕はなるべく香織の近くに居続けます。なので、レナさんと瑞稀さんの防御に手が回らないかもしれないです」
「香織を守れるなら充分! けど、危なそうだったら、助けてね」
「了解です」
「香織! キツイとは思うけど私たちを回復し続けて!!」
「はいっ!!」
「瑞稀! 行くよ!!」
「分かってる、レナ!」
そう言うと、私と瑞稀は龍人へ向かって行った。
「ガアアアアアアア!!!!!!」
龍人がそう叫ぶと、龍人もまた、私たちへ向かって、走って来ていた。
「気をつけて、レナ!!」
龍人はぐんぐんと加速しながら、私の方へと近づいて来ていた。
私は即座に双剣を抜くと、龍人の拳へと当てた。加速された重い拳と双剣が真正面からぶつかりあった。
「なっ‥‥!!」
私は既に能力を使って、龍人の拳へ剣を振った。もう既に、能力を重ね掛けしていたのに、龍人を切ることは出来なかった。それどころか、龍人を弾く事すら出来なかった。
むしろ、私の方が段々と押されていっていた。
その瞬間、動きが止まった龍人の隙を突くように、瑞稀が龍人の背後から攻撃を繰り出そうとしていた。
「電装:纏腕」
腕に電気を纏わせて刀を振る速度と威力を上げた瑞稀が龍人の首元へ襲いかかった。
けれど、瑞稀の刀は龍人に届く事なく、何かに横から弾かれたようにして、瑞稀の身体が吹き飛んだ。
「カハッ‥‥!」
龍人は腰の辺りについた大きな尻尾を動かしていた。
なぜ背後からの攻撃に気付いたのかはわからないけれど、龍人は強靭な丸太のような尻尾で瑞稀を吹き飛ばしたのだった。
そして、すぐさま龍人は私へと力をより強く込めた。そして、そのまま拳を受け止めていた双剣ごと私を殴り飛ばした。
「うわっ‥‥!!」
吹っ飛ばされた私は膝を地面についた。龍人は隙を見せた私へと追撃をかけて来た。
しかし、そこに龍人の完全な死角から瑞稀が襲いかかった。
「レナから離れろ!!」
口から血を流しながらも、瑞稀は龍人の首目がけて刀を振るった。しかし、龍人は首スレスレでその斬撃を躱した。そして躱した後、様子を窺うようにして一旦後ろへと下がった。
「レナ、やばいね‥‥」
「‥‥うん。瑞稀、怪我は?」
「ああ、大丈夫。香織が治してくれた」
香織の能力は代償治癒というもので、自分が触れた者とリンクする事で、怪我などを共有することが出来る。そして、リンクして得た怪我を自分が治すことでその傷を受けた相手の傷も治すことが出来るという者であった。リンクをして、怪我を共有しても、香織が痛みは感じることは無く、ポーションなどを飲むことでその怪我を治せるのであった。ただし、腕の欠損などや即死の傷は治す事は出来ない。また、リンクをして、怪我を共有して、自分が治せなかった場合、その怪我が自分自身にも残り続けてしまうという代償があるのであった。
ともかく、瑞稀は龍人の尻尾で吹っ飛ばされてすぐに香織によって治癒されていたのであった。
「それなら良かった。‥‥ねぇ、瑞稀。やるしかないね?」
「アハッ‥‥、レナもそう思ってた? 奇遇だね、私もだよ」
「アイツを倒すためには他の事は度外視で行かないとね!」
「だね! こんなところで死ぬなんてあり得ないし!!」
「よし、じゃあ行くよ‥‥?」
私と瑞稀は意を決したようにそう言った。そして、私たちは、能力のデメリットを全無視して、能力を使用した。
「電装: 完全武装 雷姫」
「空間跳躍:モード リミットオーバー」
そう言うと、瑞稀は今まで身体の一部分や、武器としてしか使わなかった電装を全身に纏わせて武装した。全身の電気は鎧のように瑞稀の身体を纏った。
私は常に自分の許容しているギリギリまでの空間跳躍をし続けて、私の身体には普段の十数倍ものエネルギーを溜めていた。双剣をしまい、腕には籠手をつけた。身体はミシミシと音を立てて、その状態が長く続かない事は明白であった。
「何分くらい持つ?」
「四分がギリギリってところかな」
「うん、私もそれくらい。じゃあ、四分以内にアイツを倒すよ!!」
私たちは、そう言うと、龍人へ走り始めた。たった四分というわずかな時間の戦いが始まったのだった。
「ガアアアアアアア!!!!!!」
龍人の気迫は変わらず、私たちはと突っ込んできた。
真正面から、向かって来た龍人と私がぶつかった。龍人の伸ばした右拳にに左拳を当てた。
拳同士が当たったとは思えないほどの音を立ててぶつかり合った。勢いは互角。けれど、極限までに跳躍し続けている私の拳は止まらなかった。そのまま拳を弾いて、龍人の硬い頬を思い切り殴った。
顔面に籠手が直撃した龍人は殴られた勢いで後ろへと吹き飛んだ。
そして、姿勢を直す暇を与えずに、瑞稀が一瞬にして龍人の懐へと入り込んだ。
「雷姫出力 一万ボルト!!」
近くにいるだけで感じるほどの電気を放出しながら、瑞稀は電気の刀で、龍人の身体を右下へと斬った。斜め下へと向かう光が龍人の身体をなぞっていく。その光を追うようにして、龍人の胴体から赤い血が飛び出した。
「チッ、硬すぎ‥‥!!」
しかし、それでも、龍人の致命傷とまではならなかった。硬い鱗、もはやそれ一つが鉄のような鱗が邪魔をして、思っていたよりも龍人の身体は斬れていなかった。
「レナ!! 畳み掛けるよ!」
龍人が体勢を直す前に私たちは畳み掛けた。しかし、それでやられてくれるほどに甘い相手では無い。
強引に姿勢を戻すと、私の拳を受け止めて、そのまま壁へとぶん投げた。
「ガハッ‥‥!」
投げられた私は壁に叩きつけられた。投げられた威力は大きく、壁は私の身体の形に凹んでしまっていた。
「クソッ!!」
私は壁から飛び起きると、すぐさま龍人へと向かった。
私が吹き飛ばされてすぐに、瑞稀は龍人へ斬りかかった。
「雷姫出力 五万ボルト!!」
私を投げて生まれた隙を見逃さずに刀を振った。瑞稀は龍人そのものに電撃が通用しないことに気づいていた。電撃が通用しないなら、通用する場所を作り出せばいい。瑞稀はさっき斬った事によって出血していた場所目がけて電気の塊をぶつけた。
血を媒介として、龍人の身体に電撃を通した。けれど、龍人は怯む事なく、レナの電気の鎧の上から瑞稀の胴体を強く殴った。瑞稀が殴られて身体を少し屈んだ隙に、顔面にも殴打を加えた。
「ガフッ!!」
殴られた瑞稀は回転して地面を転がった。地面に手をつき、止まると、頭を左右に振って立ち上がった。
その頬には赤い腫れが残っていた。口から赤い液体を吐き出して、口を拭うと再び電気で刀を作って持った。
段々と瑞稀の赤く腫れていた頬は元に戻っていった。
私たちに残された時間はあと二分。
「レナ!! まだ、行けるよね?!」
「‥‥もちろん!」
香織によって、無傷に戻った私たちは再び龍人へと近づいていく。
左右から私たちは龍人へと向かっていく。龍人は私たちを一瞬、見定めるように見ると瑞稀に背を向け、私の方へと向かって来た。電撃を脅威と思わなかったのか、龍人はそこまで瑞稀を危険視していないようであった。
そして、また、私とぶつかり合った。しかし、今度はさっきとは違って、一発で龍人が吹き飛ぶ事はなかった。腹に一撃を入れても、一応効いてはいるようだったが、動きを緩める事は無かった。
「瑞稀!!」
私と龍人の拳がぶつかり合った瞬間、私は瑞稀に叫んだ。そして、拳を弾いて、一瞬私は後ろへ下がった。
「電装:全身纏装 雷姫・雷弓」
龍人の背後の瑞稀はさっきまでの刀では無く、大きな弓を構えていた。
「雷弓・纏雷の滅矢!!」
瑞稀の弓から放たれた超高速の矢は、龍人がそれに気づく暇すら与えずにその背中に突き刺さった。
瑞稀の矢は、身体の内側から電気を発生させることが出来る。突き刺さった瞬間、内側からの電撃によって、流石の龍人でも身体が痙攣していた。
「「終わりだ!!」」
もう一度、私は前に踏み込み、刀に持ち変えた瑞稀と同時に攻撃を放とうとした。
その瞬間、龍人の目に強く光が灯ると、私は口を大きく開けた。その口の奥から、強い光を持ったものが輝いていた。
「しまっ!!」
攻撃の体勢に入っていた私はそれに対処しきれずに躱すことができない。
龍人からの光がより一層強くなった瞬間、その口から、大量の熱量と光を伴ったビームが発射された。
‥‥‥‥けれど、
「間に合って、良かったですよ、レナさん!!」
「リュート!!」
そのビームは突如として、間に入り込んできたリュートによって防がれた。魔道具によって敏捷力を上げたビームが発射される直前、私の前へと入り込んでいた。
リュートは王に託されたことを守ったのだった。
「ナイス、リュート!!」
「トドメはお願いします」
リュートは私たちへ振り返ってそう言った。香織によって治るとはいえ、今のリュートの至る所には火傷がついていた。
それ程に、強いものを受け止めて、そんなことを言われて。期待に応えないわけにはいかない。
「任せて!瑞稀!!」
「レナ!!」
同時にそう叫ぶと、今度こそ私たちは、同時に渾身の一撃を龍人へと喰らわせた。龍人の背中は深く大きく斬られ、前には私の拳の形に凹んだ打撃痕がついていた。
「ガァ‥‥アッ‥‥!」
龍人の羽が力なく垂れ下がって、少しふらついた後に、口から大量の血を吐き出して龍人は倒れた。
「「解除」」
龍人が倒れて動かなくなったのを見てから、私たち今の状態を解除して、地面にへたり込んだ。
「ハァ、ハァ、危なかったぁー!」
「ハァ、うん。ジャスト四分だったね」
「あー、身体バキバキだよ」
「私も。あー、疲れたぁ!!」
そうしていると、香織が駆け寄って来た。
「今治します!! 二人もこれをどうぞ!」
そう言って、香織はポーションを二本私たちへ手渡した。そして、一度に香織は私たちとリンクするとポーションを飲んだ。少しずつではあるけど身体は動きやすくなっていった。
「ありがとう、香織。それにリュート、あのビームから守ってくれてありがとう!」
「ちゃんと今度は間に合って良かったです‥‥!」
リュートは噛み締めるようにそう言った。
「流石にあれは死んだと思ったよ。本当にありがとう!!」
そして、回復がおおかた終わると、私も瑞稀も立ち上がった。
「さて、みんな気づいているとは思うけど、転送装置があったよ」
瑞稀の言う通り、この部屋の奥の方に、透明なケースのようなものに包まれて、大きめの薄く光った石が浮いていた。
「これで、帰れるね」
「うん、その前に、ルージュの遺体を回収しよう。あと、この龍人も」
「そうだね」
そして、私たちはルージュの上半身が落ちている場所まで向かった。ルージュの顔は目を見開いてはいたが、その目に光は宿っていなかった。そっと瞼を下ろすと、ルージュは二度と目を開ける事は無かった。
そして、上半身と下半身を回収して、香織の持っていた遺体や、モンスターの亡骸を入れるために使う大容量の異空鞄へとしまった。
生き絶えた龍人もその鞄の中へしまい込んだ。
そして、私たちは透明なケースに囲まれた場所へと歩いていった。
「転送装置ってどういう風に使うんですか?」
「多分、シルバーダンジョンとかゴールドダンジョンとかの転送装置と同じだと思う。あの部屋に入って、少し時間が経てば転送されると思うよ。ああ、でもただ外からなんらかの干渉を受けたら転移できないんだよね」
「だから、龍人と戦ってる時に転移は出来なかったんですね」
「そういうこと」
「何はともあれ、ちゃんと帰れそうで良かったです」
「良かった‥‥、生きて、帰れるんですね‥‥!」
香織は泣き出しそうになりながら、そう言った。
そして、泣き出しそうになっていた、香織の身体を突如として、リュートが突き飛ばした。
「逃げろ、香織!!」
リュートがそう叫んだ瞬間であった。さっきまで香織が歩いていた場所を光線が通過した。そして、その光線は、香織を突き飛ばしたリュートの胸に貫いていた。光線が通り過ぎたリュートの胸には風穴が開いていた。
「ゴボッ‥‥」
口から大量の血を吐き出して、倒れた。
「「「?!!!!!」」」
一瞬のこの出来事に私たちは誰も理解することが出来なかった。
「みん‥‥な、にげ‥‥」
腕を伸ばして、そう言ったリュートは最後まで言い切ることなく、その腕が地面へと落ちた。
「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
香織の絶叫が響いた。そして、リュートに覆いかぶさるようにして、気絶してしまった。
私たちには隠そうとしていたけれどリュートと香織は恋人同士であった。香織にとって、やっと生きて帰れると思った矢先に恋人が目の前で自分を守って死んだ光景を見てしまったら、脳でそのことを処理しきれずに、気絶してしまうのは無理もなかった。
「は‥‥? 嘘‥‥でしょ‥‥?」
私たちが振り返って見たものは、あれだけ苦戦した龍人が何体も立っている光景であった。
全身の毛が逆立ち、心の底から恐怖を感じた。
少しずつ、龍人は私たちへ向かって歩いて来ていた。
その光景に、恐怖を抱かないものはいなかった。
「っ‥‥走って! 瑞稀!!」
生存本能からか、私は考えるよりも先に身体が動いていた。倒れ込んだ香織を担いで、すぐさま逃げ出した。瑞稀も、私に名前を呼ばれてすぐさま走り出した。
そして、すぐに、私たちは石のある部屋までたどり着いた。透明ではあったけれど、ガラスのように壁があった。見にくくはあるけれど、その壁のようなものに取っ手があり、それを押すと、中に入ることが出来た。
「瑞稀も早く!!」
香織を担いだまま、中に入ると、扉を開けたまま私は瑞稀へ叫んだ。
けれど、瑞稀が中に入る事は無かった。瑞稀は外に居続けて、扉を閉めてしまった。
「瑞稀‥‥? 何をしてるの‥‥?」
「ごめん、レナ。ここでお別れだよ。私が‥‥、レナたちが逃げるまでの時間を稼ぐ」
「待って!! だったら私も!!」
そう言って、私は取手を掴んで引いた。けれど、どんなに力を入れても、さっきのように開く事は無かった。
「無理だよ。転送装置は一度転送準備が始まったら、出られないんだから」
転送装置は一度扉が閉まると、その中に居たものが転送されるか、もしくは転送が中断しない限り、その扉は外からも中からも開く事は無かった。
「ここで、お別れ」
瑞稀は笑いながら、そう言った。その顔からはとてもじゃないけれどこれから死地へと飛び込む者とは感じられない。
「なんで!待って、いやだよ瑞稀!! お願いだから! お願いだから!!」
「ごめんね、レナ。でも、誰かがあれを食い止めないと誰も戻れないんだよ。だから、ね?」
「そんな、でも‥‥!!」
もう私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。一枚の扉しか挟んでいないのに、私と瑞稀は遠く離れていた。
「じゃあね、レナ。生きて!」
瑞稀はそういうと、もう振り返る事なく、龍人たちの方へと向かっていった。
「‥‥さぁ、来い! 龍人ども!! 私が相手だ!!」
瑞稀は私たちがいる転送装置を守るようにして立ちはだかった。
「電装:滅身完全武装 極雷姫 」
瑞稀は今までに無いほどの電気を身体に纏わせた。その姿はもはや人間では無く、雷そのものであるかのようであった。
「待って、!! いやだよ!! 瑞稀!!!!!! くそっ、開けろよ! 開けろよ!! 私を外に出せよ!!」
龍人たちが瑞稀へと襲いかかった。瑞稀は龍人相手に一歩も引かずに善戦していた。しかし、瑞稀一人で龍人の群れを対処できるはずが無かった。あぶれた龍人たちは私たちへ向かって、ビームを放った。
しかし、瑞稀はその全てを身体で防ぎ切った。
そんな無茶をして、無事なわけがない。すぐに瑞稀の身体はボロボロになり始めていた。
「グゥッッ!!!!!! アアアアアアア!!!!」
それでも、瑞稀は私たちを逃すために、倒れずに龍人へと立ちはだかり続けた。
何度も何度もボロボロの身体で龍人のビームを受け止め、龍人と戦い続けていた。
「やめて、瑞稀! 瑞稀!!!!!!」
そして、ついに、私たちの転移が始まった。身体が急激に光の粒子に包まれていく。
「いやだ、いやだ!! 瑞稀!!!!!! 瑞稀!!!!!!!!!!」
「ちゃんと、生きて‥‥、レナ」
私の身体がその部屋から消える瞬間、もう全身の武装は解けて身体中は血だらけで、右腕すら無くなっていた瑞稀が振り返って、笑って、そう言った。
何故か、その時の言葉はよく聞こえた。
そして、完全に粒子に包まれ、私の身体はデッドエンドから消え去った。
「ダメなお姉ちゃんでごめんね、歩‥‥」
レナたちが消えたのを見て、瑞稀はそう呟いたのだった。
◆
「瑞稀!!!!!!」
私がそう最後に叫んだ時、もう目の前に瑞稀の姿は無かった。目の前は、たった数時間前に六人で話していた場所であった。もうこの場にはたった二人しか居なかった。
「瑞稀‥‥、うわあああああああああああああ!!!!!!」
私は泣き崩れた。ただただ、幼い子のように悲しみに任せて大声で泣きだした。
組合が、ここについたのはそれから少し経った後であった。
だいぶ更新が遅くなりました。次回は明日か、明後日くらいです。
とうとう、レナの過去編が終了です。
面白かったら高評価の方お願い致します。感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




