四十八話 終わらない夢
「ノア!! 早く!!!!」
「分かってる!!」
ノアがレナの元へ走り出した。レナは気絶こそしていなかったものの、骨が折れているのか、立つことは出来ずにいた。
僕は、恐怖ですくんだ足を無理やり動かして、アイツの目の前に飛び出した。アイツの前に立った瞬間、今までに無いほどに全身が警告を発していた。
アイツはヤバい。勝てるわけが無いと。
でも、それでも今ここで逃げ出していい理由にはならなかった。
「うおおおおぁ!!」
僕は何とか鬼月を振った。アイツはまだ動かない。なぜかはわからないけれど、受け止める素振りも何も無い。
それでも、ただ立っているだけのアイツに僕の攻撃は当たらなかった。また、アイツの身体を貫通しただけだった。しかも、今回は封印を使って切りかかっていた。さっきは効いていたはずの封印はもう通用していなかった。
その直後、強烈な死の予感が僕を襲った。
「!!!!!!」
僕は咄嗟に横へ転がるようにしてその場から離れた。皮肉なことに、この強烈な死の予感は今までに無いくらいの速さで僕の身体を動かした。
ズドンと重く鈍い音が響くと、僕のいた場所はアイツの持っていた刀が深々と突き刺さっていた。それどころか、刀の衝撃によって、白い地面に亀裂が入っていた。
しかし、僕はそれを躱した。ギリギリで躱せたと思い込んだ。
けれど———、その亀裂の近くには見慣れた一つの物が落ちていた。見間違えるはずもない。それは、僕の左腕だった。
「ぐあぁあぁああああああ!!!!!!」
その光景を見て、僕に強烈な痛みが遅れて襲ってきた。僕の左肩から下の部分は切り落とされ、真っ赤な血がとめどなく溢れていた。
すぐに、白い地面に血溜まりが出来ていく。
分かっていたはずなのに、アイツに挑んだ時点で、重傷を負うことは理解していたはずなのに。覚悟がたりていなかったのかは分からない。けれど、腕を失った僕はもはや、まともに思考することは出来ていなかった。
「アぁ、、うぐゥぅう・・・・・・!!!」
しかし、現実は優しくない。僕が思考できていないからと言って、アイツが攻撃をしないなんてことは無い。僕を死の予感が、どこまでも重い鉛のようなプレッシャーが僕を襲った。
僕は上を見ることができずに、諦めたかのように、思わず目を瞑った。
「・・・・・・?」
しかし、プレッシャーとは裏腹に、いつまで経っても切り落とされた左腕の痛みだけが僕を襲っていた。
「歩君、目を・・瞑っちゃ、ダメだよ・・。怖くても、立ち向かわなきゃ・・・・さ。どんなに・・辛くても、進み続けなきゃ・・・・」
「れ・・・・」
僕の耳にレナの声が響いた。その声を聞いて、少し安心するかのようにして、僕は顔を上げた。顔を上げた僕の顔には、液体がついた。
それは、アイツの黒い液体———では無く、真っ赤な液体だった。その液体は、レナの血だった。
僕の瞳には、アイツによって、背中を思い切り切られたレナの姿が写っていた。口からは大量の血を吐き出しながら、それでも、僕を全身を使って守るように立っていた。
「レナさん!!!!」
ノアの絶叫のような叫び声が部屋にこだました。
「だい・・じょう・・・・ぶ? あゆ・・む、君」
「レナ?」
「ご・・めん・・ね、こんな事なら、もっ・・と、勘を取りもどしとけば・・・・、よかっ・・た」
「嘘でしょ? レナ・・・・、ねぇ?」
「君には、ゲフッ・・・・、あや、まらなくちゃ、いけ・・なかった、のに・・・・、ごめん・・ね・・・・歩、、く」
レナはそう言いながら、僕の頬に手を触れた。そして、レナはそのまま僕にもたれかかるようにして膝から崩れ落ちた。
「ねぇ、待ってよ、、待ってよ、レナ!!」
しかし、いくら僕が何を言っても、レナは返事どころか身体を動かすことすらしなかった。レナは、かろうじて息がある程度だった。それも、今すぐにでも、止まりそうなほど弱かった。
◆
歩の腕が切り落とされる前、すぐにレナへと駆けつけたノアは急いでレナを治療していた。幸い、レナの傷は瀕死になるほどの怪我ではなく、骨が何本か折れたのと、内臓までは達していなかったものの、深い切り傷があっただけであった。だから、ノアの治療はすぐに完了していた。けれど、壁にぶつかった衝撃と、一度に大量の血を失った事で、レナはすぐに身体を動かすことが出来ずにいた。だから、レナは歩の腕が斬り飛ばされるのを見ていることしか出来なかった。すぐに、レナの耳に歩の叫び声が響いた。
「歩君!!!!!!」
レナは己の不甲斐なさを呪いながら、歩の腕が切り落とされるのをただ見ていた。そして、絶望したかのように俯いてしまった歩に更なる凶刃が迫っていた。
「ダメ、ダメ、歩君だけは、命に代えても!! 歩君だけは、絶対!!!! 歩君だけは!!!!!!」
動かせないはずのレナの身体が動いた。空間跳躍を極限まで使って、レナは一瞬にして、振り下ろされる凶刃と歩との間に身体をねじ込んだ。歩を守るようにして、レナは迫り来る凶刃にその身を捧げた。
そして、レナは背中からアイツの攻撃を一身に受けた。レナにはもはや痛みは感じなかった。明確な自分の死をその身で感じ取っていた。
それでも、レナは歩にいつものような声で、話しかけた。
歩に腕を切られた以外の傷はないことを確認し、レナは少し安心したようだった。それと同時に、歩の理解が追いついていないような顔を見て、レナは泣きそうな顔をしていた。
倒れるレナの頭の中を、今まで経験した様々なことが駆け巡った。それは自分が覚えていない事も全てが頭をほとばしった。
生まれた時のこと、親のこと、妹のこと、拾われて冒険者になったこと、そして———、歩の姉である刻藤 瑞稀の事。
レナは歩に申し訳ない気持ちと、自分の不甲斐なさを憎む気持ちで胸を埋め尽くしながら、その瞳を閉じていった。
◆
「何で、何・・・・で? レナが、レナが。また、僕から消えるの・・・・?」
僕はあんなに強いレナが、僕を守って死にかけているこの状況を未だに理解できていなかった。いや理解出来ないんじゃ無くて、理解したく無かった。
突然、僕の周りには煙が発生し始めた。ノアが異空鞄から、球状のものを僕達の方へと投げた。その球は地面に当たると、カシュッと音を立てて、瞬時に中から大量の煙が発生した。煙はすぐに、僕達の姿を覆い隠していったのだった。それとは対照的に、何故かアイツは煙を避けるようにして後方へと下がっていった。
「歩、早くレナさんを!」
「・・・・・・・・」
「おい、早く!!」
「・・・・!!」
ほとんど放心状態だった僕はノアの声で我に帰った。そして、僕はゆっくりとレナの身体を地面に置いた。ノアはすぐさま、能力を使っていた。けれど、いつものようにレナの怪我が一瞬で治るということは無かった。つまり、レナのこの傷は致命傷となるものだった。
「歩、今から僕は致命傷を治す。いいな?」
つまり、ノアはレナの怪我を治せば、僕の腕を生やすことは出来なくなると言っていた。けれど、そんなことは僕にとってどうでも良かった。
「良いから、早くレナを!!」
「分かってる」
そして、ノアは一日に使える回数に限度がある回復をレナに使った。少しずつ背中の深い傷が塞がっていく。そして、レナの傷自体は全て治った。けれど、レナの目が覚めることは無かった。
「何で? 何で、ノア!!」
僕はレナには掴みかかるようにして言った。
「血液が足りないからに決まってんだろ!! 最初に攻撃を受けた時点で既に大量の血を失ってたんだよ!! その状態で、レナさんはお前を守ったんだ!!」
ノアが僕の手を払いのけながら叫んだ。レナは既に大量の血を失っていた。だから、傷を治せても、即座に血などの失ったものを補給出来ない今の状況は危険な状態であることに変わりはなかった。
「もうこれ以上は出来ることはない。それと歩、腕を見せろ。腕を生やすのは無理だけど、落ちている腕があればくっつけることは出来る。とりあえず、今は腕の止血だけする」
ノアはそう言って僕の左腕に触れた。左腕に触れてすぐに、僕の腕から血が止まった。
「これも、今のうちに飲め」
さらに、ノアは増血丸をまた、僕に渡した。増血丸は失血によって貧血のような状態を起こしていた僕の症状をすぐに治した。
「フーーッ、、ありがとう、ノア」
「レナさんを助けるためにも、どうにかして逃げるぞ」
「分かってる」
とは言ったものの、この白い空間から抜け出せる方法があるとすれば、それはアイツを倒すくらいであった。
「それと、これをやる」
ノアが僕に手渡したのはさっきノアが投げた煙玉だった。
「何故かは知らないけど、煙を意図的にアイツは避けてた。だから、本当に危険な時に使え」
「ありがとう」
僕達を覆っていた濃い煙が少しずつ薄く、晴れ始めていた。
僕は右腕だけで鬼月を握った。
煙が晴れていくのに比例して、アイツのドス黒い色が見え始めた。アイツは刀を持ちながら、僕たちの方へと身体を向けていた。
ノアはレナを連れて、既に後方へと下がっていた。巻き込む心配は無かった。
「・・・・・・・・・・」
怖いなぁ・・・・、腕は切り落とされてるし。レナでさえもやられた。
出来ることなら早く帰って、風呂入って、ご飯食べて、ふかふかのベッドで寝たい・・・・。
———でも、もう目を逸らさない。まだ、手は震えてる。足だってまだ震えてる。でも、それでも、僕は戦うことを、抗うことを諦めない。
僕は全身に力を入れて、アイツへと一歩を踏み出した。
皮肉なことだけど生命の危機に瀕している方がいつもよりも頭は稼働する。だから、その頭の回転は僕に、新たな可能性を与えた。
それと同時に、僕の眼の色が黒から赤く赤く、染まった。
「柳生新陰流×封印 五式 虎爪・纏」
僕は近距離で相手を切り刻むことに特化した虎爪を放つのでは無く、その威力を封印して、無理矢理鬼月に纏わせた。
鬼月は高威力のエネルギーを常に纏っている。周りの空気が逆巻いていく。
「柳生新陰流×封印 一式 虚空・定」
虎爪を纏わせた鬼月の上からさらに、虚空を鬼月に固定した。
「柳生新陰流 複式 虚爪 」
僕は鬼月をアイツへと振り下ろした。しかし、そんな鬼月でも、さっきまでと同じようにアイツの身体を貫通していく。そのまま、アイツの身体の中心まで鬼月が下がっていく。
「死ね」
僕がそう言った瞬間、アイツの身体の内側から、斬撃が飛び出した。そして、アイツの身体は内側から爆発するようにして、吹き飛んだ。黒い液体が辺り一体に飛び散った。それは僕も例外では無く、全身に黒い液体が飛び散った。
アイツが立っていた場所には砕けた紫色の塊が落ちていた。
今度こそ、僕たちはアイツを倒した。
少しの脱力感があったけれど、特に僕の身体に異常は無かった。変わったのは、眼の色がまた黒色に戻ったことだけだった。
僕は鬼月を鞘に納めて、亀裂の入った地面まで左腕を取りに向かった。
「終わったよ。ノア」
「・・・・、そうだな。腕をくっつけてやるから貸せよ」
僕はノアに左腕を渡してノアへ左腕を向けた。少して、分裂していたものが一つになった。神経もノアは繋げてくれており、すぐに左腕は元通り動くようになった。
「ありがとう、ノア。これであとはこの空間から出るだけだね」
「ああ。お前がアイツを倒したおかげで、じきにこの空間も消えるだろ」
「だね」
こんなことわざがある。人々の暮らしの中で教訓、戒めの言葉として自然と生まれ、広がっていった悪いことに対して使う表現が。
———曰く、二度あることは三度ある。と、
僕とノアは多分同時に同じことを考えた。後ろから湧き上がる絶対的な死のイメージを。
見たく無い。いや、考えたく無い。それでも見なければならない。
僕たちは後ろをゆっくりと振り返った。
言葉が出ない。認めたく無い。
砕けたはずの、飛び散ったはずの、もう、消えたはずの、アイツが。
僕たちの目に映っているのは、一つとして傷が無いまま、復活していたアイツの姿だった。
「ッッ・・・・・・・・・・、、、!」
言い換えようの無い絶望が僕たちを再び襲うのだった。
そして今度こそ、アイツは僕だけで無く、ノアにもわかるくらいにハッキリとドス黒い影が笑ったのだった。
僕たちの行いを、僕たちの努力も、何もかもを嘲笑うかのように笑ったのだった。
次回は水曜日までに更新します。
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