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四十二話 心

「こっちを見ろよ! クソ狐!!」


僕は思わず妖人狐へと叫んだ。妖人狐は僕をもはや敵と認識していないのか、まるで僕たちが道端にある石を見るようにどうでもいいような目をして僕を見ていた。その目が、僕をさらに激昂させた。そして、僕は妖人狐へと突進していった。


(「やれる、やれる、僕なら・・・・!!!! もう嫌だ、皆んなに、落胆されるのは絶対に・・・・」)


これは紛れもない僕の本心だった。どんなに取り繕って、レティアと会って、レナと会って、師匠と会って、皆んなに認められて。でも、僕の心の底ではずっと無能と落胆されて、信じていた蒼丸たちすらも僕から離れていった事実が残り続けていた。だから、僕はずっと皆んなから見捨てられるのが怖かった。こいつに負けたら、レナも師匠も皆んなが僕から離れていってしまうような気がしたから。


「柳生新陰流 七式 瀑撃!!!!!!」


僕は激情に身を任せたまま、妖人狐へと連撃を放った。しかし、通常の僕でも、当たらなかった攻撃が激昂して動きが単調になった状態で妖人狐に当たるわけが無かった。妖人狐は僕の連撃をいとも容易く防ぐとそのまま鬼月を弾いた。弾かれた鬼月は僕の両手から抜けて、僕の右横へと回転しながら、宙を舞った。そして、鬼月は五メートルほど僕から離れた地面に突き刺さった。


「!!!!!!」


「歩君!! 避けて!!」


妖人狐は僕の身体に斬撃を放った。頭めがけて一直線に振り下ろされた斬撃を僕は胸の薄皮一枚が切れた程度でなんとか躱した。鬼月を弾き飛ばされてすぐに後ろへ下がろうとしていたのが功を奏した。しかし、躱したと思ったのも束の間、妖人狐は僕へ鋭い回転蹴りをくらわしてきた。その回転蹴りは僕が後ろへ下がり、地面に着地したタイミングで僕へと繰り出された。僕は頭では分かっていながら、身体がいう事を聞かず、躱すことが出来なかった。そして、そのまま僕の左わき腹へと回転蹴りが直撃した。


「ガッハァ!!!!!!」


僕は右にふき飛び、地面を勢いよく転がった。そして、鬼月が地面に突き刺さっているところまで転がって止まった。蹴られた衝撃によって肋骨が折れてしまったのかわき腹から激痛が走った。そして、僕は気を失ってしまった。


———む、歩!


(「・・・・、!! レティア?」)


僕の名前を呼ぶ声で目を覚ますと、僕の目の前にはレティアが立っていた。目の前に立っているレティアは僕をやれやれといったようにして見ていた。


———ああ、そうだ。全く、君というやつは・・・・。妖人狐にあんなに焦りおって、何をそんなに焦る必要がある? 冷静に戦えば充分に勝てる相手だろうに。


(「怖かったんです」)


———死ぬのがか?


(「違いますよ。それよりも、僕がこの妖人狐に勝てなくて、レナや皆んなが僕に落胆して僕の元からいなくなってしまうんじゃないかと思うと、怖くてしょうが無かったんですよ!! もう、僕のもとから誰かが消えるのは怖くて仕方が無いんですよ!!」)


そう言う僕の目元には涙が浮かんでいた。


———‥‥ハァ、君はそんな事で悩んでいたのか。全くもって馬鹿だな、君は。ならば、問おう。君の目には、彼女らはどう映っている? 君の目には彼女らが君を見捨てるような真似をすると思うか?


(「するわけないって思ってますよ!! でも、僕がそう思っていても、相手が同じ事を思っている保証はどこにも無いじゃ無いですか!! いつだって想いは一方的です、自分が想っているから相手も想っているなんてそんな保証はない!」)


———‥‥そうだな。でも、君にはそんな保証よりも今の事実の方が大事なんじゃ無いのか? レナやノアは君を助けている。保証はなくても、その事実だけは本当だろう?


(「それは‥‥‥」)


———確かに、君は過去に仲間に裏切られた。それは変えられない事実だ。‥‥だが、それがどうした? それは過去だ、今とは違う。例え君が、妖人狐に負けたとしても、どうしてレナたちが君を裏切る? そんな訳が無いだろう!


(「・・・・・・」)


———だから、君が焦る必要なんて一つも無い。君も分かっているだろう? レナたちは君を信頼していることを。それなのに君が信頼していなくてどうする。それこそ、君の言う裏切りじゃないのか?


(「‥‥‥‥」)


僕はレティアに何も言い返すことが出来なかった。レティアの言っていることは正しかった。あんなに裏切りを恐れていたのに、今裏切っているのは僕の方だった。信頼していないのは僕の方だった。そんなことにすら気づけない僕は確かに馬鹿だった。


———そろそろ時間だな。歩、君が焦る必要はない。だから、冷静に、自分の力を自覚して、百%を出して戦え。 それと、覚えておけ。君は封印を全くもって使いこなしていない。もっと違う使い方もある。それを考えろ。いいな?


(「はい」)


僕はしっかりと、レティアに返事をした。


———それで良い。勝てよ、歩。


(「はいっ!!」)


レティアは僕のその言葉を聞くと笑っていた。そして、僕の意識は現実に戻ってきた。


「歩!! 聞こえているか!?」


「歩君! 大丈夫!?」


僕が目を覚ますと、ノアとレナの声が聞こえてきた。レナは僕の前に立って、妖人狐が僕を襲わないように、守るように立っていた。


「僕はどれくらい、気を失ってた?」


僕は上半身を起こしながら、そう聞いた。


「ほんの数秒程度だ! それよりも、もう良い。あとはレナさんに任せよう!!」


ノアがそう答えながら、僕に心配するように言った。


「歩君! あとは私がやるよー。だから、歩君は休んでて!!」


レティアが言ったように、この二人が僕を見捨てる訳が無かった。二人が僕を裏切るわけなんて無かった。

それだけで十分だ、他に何か必要なものなんてない。


「ありがとう。でも大丈夫。だから、もう少しだけやらせて」


立ち上がって鬼月を引き抜くと、僕は二人にそう言った。


「でも歩君・・・・。ううん、何でもない。そう言うことなら、仕方ないね。じゃあ頑張って!!」


レナは僕が深く言うことなく、察してくれた。素直にレナは後ろに引いていった。


「うん」


レナは一瞬何か言おうと振り返ったけれど、僕の顔を見て、何か言うのをやめた。


「でも、レナさん! 歩は・・・・」


「大丈夫だよ。ノア君。もう大丈夫」


レナは止めようとしたノアを静止した。そして、僕は鬼月の柄を両手で握って妖人狐へと構えた。


「‥‥もう一回だ」


妖人狐はまだ、僕を敵として見ていないのか、最初の時のように棒立ちだった。それに、さっきまであった祟り火ももう既に無かった。でも、僕には焦りや怒りは自然と無かった。

むしろ、不思議と全身から力が湧いてくるようだった。ふと身体を見ると、ノアが治してくれたのか、傷は綺麗に治っていた。


「行くぞ、妖人狐!!」


僕は妖人狐へと走り出した。妖人狐は刀を左手だけで持つと、ただ振り下ろした。僕はそれを昇覇を使うことなく、横に避けて躱した。


「柳生新陰流 五式 虎爪」


僕は避けると同時に油断していた妖人狐へと虎爪を放った。放たれた虎爪は妖人狐の右脇腹を切り裂いた。そして、そのまま僕は妖人狐から距離を取った。脇腹を切られた妖人狐は右手で脇腹を触れた。その手には赤い血がべっとりと付いていた。

直後、妖人狐の目の右手から炎が出ると同時に、身体から祟り火が出た妖人狐は僕を強く睨みつけた。


「さあ、第二ラウンドだ!!」


すぐに止血をした妖人狐は僕へと接近してきた。祟り火は変わらず妖人狐の周囲を回っていた。


(「ああは言ったものの、まず祟り火をどうにかしないと・・・・」)


そう考えているうちに、妖人狐が僕へと刀を振り下ろした。さっきよりも速く重い一撃だった。僕はそれを受けずに刃で受け流すようにして逸らすとすぐに距離を取った。鍔迫り合いになって祟り火をくらうのは避けたかった。


(「そういえば、封印・・・・か。!! あっ、そうか。‥‥そうか!!」)


僕はレティアに封印のことを言われたのを思い出し、一つ試すことがあった。そして、向かってくる妖人狐に僕もまた、向かって行った。そして、妖人狐の刀が振り下ろされる。僕は今度はその攻撃を振り切る前に鬼月を当てて鍔迫り合いの状態にした。当然、そんな体制になったら、祟り火が襲って来る・・・・、筈だった。しかし、いつになっても、祟り火が僕を襲ってくることは無かった。妖人狐の周りを回っていた二つの紫色の炎は何もない空中でその動きを停止させていた。


「!!!!」


妖人狐は何故?というような顔でひどく驚いているようだった。無理もない、妖人狐にとっては絶対の自信があるであろう祟り火がもう操作できなくなっているのだから。


「残念だったなぁ、妖人狐! もう祟り火は封じた!!」


もう、僕に祟り火は通用しなかった。さっき僕は妖人狐と鍔迫り合いになる前、祟り火に封印を施した。封印が施された祟り火は空中で、その動きを()()()停止させたのだった。


「柳生新陰流 三式 昇覇・零」


昇覇・零は相手との距離が極めて近い鍔迫り合いなどの状態で使う反撃技だった。僕は、妖人狐の力を使いながら、妖人狐を後ろへ飛ばした。


「柳生新陰流 一式 虚空」


僕は虚空を放ち、空中で動きを止めていた祟り火を切り裂いた。切り裂かれた祟り火は霧散するようにその場から消えた。しかし、妖人狐はまだ余裕があるのか苛立ちを見せることは無かった。祟り火を攻略された妖人狐は僕へと走ってきた。そして、左腕で刀を握ると、僕は向かって突き出してきた。まるで、その姿は僕が冥突をするようだった。


「こいつ、僕の技を・・・・!?」


妖人狐の顔は意地悪そうにニヤついていた。妖人狐はこれで、僕がまたイラつくとでも思ったのだろう。しかし、僕の顔には、イラついた表情はなく、その代わりに、笑みが溢れていた。


「柳生新陰流 四式 冥突・衝!!」


僕は妖人狐の突きに合わせるようにして冥突を繰り出した。普通に考えれば、筋力で勝つことの出来ない僕は妖人狐の突きに勝つことは出来ない。

そのまま、僕と妖人狐の月が衝突した。切っ先同士が当たり、キンッという音が響いた。

音に続いて、()()()()()()()()()()()砕け散った。そして、鬼月は勢いを緩めず刀を持っていた妖人狐の左腕まで突き進むとそのまま左肩まで貫通して左腕を丸ごと奪い取った。僕は冥突を出す前に、鬼月にも一つの細工を施した。僕は今まで鬼月に一回しか封印を施さなかった。それを、二重にして掛けたのだった。二重に封印が掛かった鬼月はさらに硬度を増して妖人狐の刀を破壊するにまで至った。

以前の刀とは違って、二重に封印を施しても、鬼月が壊れる気配は無かった。流石はヘファイストス製の代物。


「ギャウ!!!!!!」


そう叫ぶ妖人狐は右手で斬り飛ばされた左肩をおさえていた。妖人狐はすぐさま、右手を肩に当てて炎を出すと止血していた。そして、止血が終わるやいなや、すぐさま落ちていた刀の柄を握ると、折れた刀身部分には散らばった刀の破片が、集まっていった。


「歩君! 妖人狐の持ってる刀は妖刀だからね!! 壊れてもすぐに復活するよ!!」


「武器破壊は通用しないのか・・・・!」


妖人狐は残った右腕で既に刀身が復活して直った刀を握ると僕へと構えた。妖人狐は僕に対して怒りを含んだ目で睨みつけていた。しかし、片腕になった妖人狐は警戒して自分から攻撃を仕掛けて来ることは無かった。


「だったらこっちから行くぞ! これで終わりだ!! 柳生新陰流 二式 神速!!!!」


僕は刀を構えて僕を睨んでいる妖人狐へ急接近すると同時に、納刀した鬼月を勢いよく抜刀した。しかし、鬼月は空を切った。突如として妖人狐の姿が消えた、いやむしろ増えたのだった。一瞬にして目の前の妖人狐が消えると同時に、僕の周りには何体もの妖人狐が現れたのだった。


「!! 分身・・・・?!」


———そうだな。あれは分身だ。さぁどう対処する? あれは厄介だぞ。


(「多分、大丈夫だと思います」)


僕は何故かレティアにそう即答することが出来た。今の僕なら何でもできるような気がしていた。今、僕の脳内はドーパミンとアドレナリンであふれかえっている。何でもできるような万能感は僕の身体を鋭く突き動かした。


———そうか。じゃあ対処して見せろ!


僕はレティアと話すと、すぐに大量の妖人狐たちへと向き直った。妖人狐たちは十五体程度いて、外見は全て同じで見た目だけで本物を当てるのは不可能に近いほどだった。僕は一番近くにいた一体に切りかかった。妖人狐はその攻撃を躱すとすぐに僕へ切りかかってきた。


「柳生新陰流 三式 昇覇」


僕は妖人狐の攻撃をそのまま跳ね返し、反撃した。僕は確かに、反撃する際に刀に触れた感触があり、これが本物だと確信して反撃した。しかし、昇覇をくらった妖人狐はすぐに霧散した。


「!!!! 本物じゃない!?」


刀同士がぶつかる音はしなかったけれど、確かに刀、実体そのものを跳ね返した感触を感じていた。それなのに、本物じゃ無いということは、妖人狐が創り出す分身は実体、いや、実体に限りなく近い感触すらも持っているということだった。

そんなことを分析しているとすぐに、残った十四体が襲ってきた。一体だけでも手一杯だったのに、十四体に増え、しかもその全てが僕にリアルなダメージを与えることが出来るのは側から見れば窮地以外の何物でも無かった。しかし、僕の顔には絶望なんてものは無く、むしろ楽しそうな少年のように笑顔が浮かんでいた。


「柳生新陰流 五式 虎爪・円」


僕は襲いかかってくる妖人狐たちへと虎爪を放った。しかし、全てが防御もしくは回避を行い、一体として仕留めることは出来なかった。


「レナ、ノア!! もう少し離れてて!! 巻き込まれるから!」


妖人狐が僕から距離を取ると同時に、二人は向かって叫んだ。


「これぐらいでいいか!?」


数秒して、姿を現したノアとレナが僕から十メートルほど離れて叫んだ。僕はそれを見て頷くと鬼月を両手で掴んだ。そして、深呼吸をするように、深く息を吸い込んだ。


「柳生新陰流 六式 龍巣」


僕は両手で鬼月を掴んだまま、妖人狐たちへと向かった。そして、バゴンッという鈍い音がした刹那、僕の周りにいた十三体の分身は全て霧散し、残った本物の妖人狐は胸に巨大な風穴を開けて立っていた。


「‥‥いくら分身を作っても、一度にやれば同じだよね」


僕が鬼月を血を払って鞘に納めると、胸に風穴を開けた妖人狐は口と胸から大量の血を流し、崩れるようにして前にバタンと倒れた。叫び声や断末魔をあげる暇も無く。


「ゴフッ、グゥゥゥ・・・・!!」


妖人狐が倒れると同時に、僕も膝をついた。龍巣を使った反動でビキビキっという筋肉と骨の軋みによる痛みだった。すぐに離れていたノアとレナが近づいてきた。


「歩君、大丈夫?!」


「回復が効いてないのか?」


少しして、痛みが少し弱まると僕は立ち上がって二人に答えた。


「ハァッ、ハァ・・・・、いや、大丈夫だよ。回復も少しは効いてる。これは怪我とかでは無いからさ。ノアの回復も少ししか効かないんだよ」


「本当に大丈夫か?」


「うん、大丈夫。ありがとう」


「なら良いけど」


「歩君! さっきの何?! 妖人狐を分身も全部まとめて一掃してさ!! というか、なんであれを先に出さなかったの?」


「‥‥いやー、いくつか理由はあるんだけどさ。あれは今の僕の身体じゃ反動が大きくてさ。万が一決めきれなかったら今みたいに少しの間、戦えなくなっちゃうからさ。それに、範囲が広すぎて二人を巻き込んじゃうからさ。本当はもっと練習して反動も威力も範囲も操作できるようになってから使うものだったから」


「ふーん、あんなのがあるなんてねー。けど‥‥それにしても、歩君が無事に終わって良かったよ!!」


「‥‥うん、本当に。二人ともありがとう。あと、心配かけてごめん」


「謝ることじゃ無いよ。それに仲間なんだから、当たり前だろ?」


「うんうん。終わりよければ全て良しって言うしねー!」


「・・・・うん!」


僕は二人がこう言ってくれるのが心の底から嬉しかった。そして、僕を信頼してくれているのが嬉しかった。


「あれっ、そう言えば歩君、もう目が赤く無いね」


レナが僕の顔を見て、思い出したようにそう言った。


「え?」


後に気づく。僕はこの時、意図せずして封印の()()()()を開け始めていたのだった。


すみません、更新遅れました。


やっと明治神宮ダンジョン編折り返しまで来ました。もう少しだけ、続くのでお付き合いください。


感想やコメントなどお待ちしてますのでよろしくお願いします!



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