四十一話 強敵
妖人狐は腰の刀に手をかけながら、僕たちを睨んでいた。
「ノア!! 下がってて!」
僕がノアに言うまでもなく、ノアは既に後ろへ下がり、魔道具を使って姿を隠そうとしているところだった。
「レナ、なんで中ボスが妖人狐だって教えてくれなかったの?!」
「いやー、ゼロ君の修行にちょうど良いかなーと思ってさぁ。どう? 驚いた?」
「そりゃ、驚くよ!!」
「だよね。ってことで私は今回戦わないから。歩君頑張ってね!! あっ、でもヤバそうだったら助けるから!!」
「え、あっ、ちょっ・・・・」
レナはそう言うと、ノアがいるところまで、下がって行った。妖人狐はレナが後ろに下がっても、動かず、ただ刀に手をかけていた。
(「なんでレティアも言ってくれなかったんですか?」)
———いや、大体レナが考えていることは気づいたからな。それに、妖人狐が君の修行になるのは本当だしな。まぁ、少し大変だろうが頑張れよ、歩。
(「わかりましたよッ!! やってやりますよ!!」)
僕は心の中で、そう叫びながら、鬼月を引き抜いた。僕が鬼月を引き抜くと、妖人狐も刀を引き抜いた。僕はそのまま、妖人狐へと走り出した。妖人狐は僕が動き出したのに対して、微動だにせずただ刀を僕へと構えているだけだった。
「最初からガンガン行ってやる!! 柳生新陰流 七式 瀑撃!!」
僕は妖人狐を間合いに入れると妖人狐の全身に向けて連撃を繰り出した。しかし、僕が放った連撃は一つとして、妖人狐に当たらなかった。さっきまで、棒立ちの状態だった妖人狐は僕が瀑撃を放つと一瞬にして、その全ての攻撃を刀で対応し、受け止めていた。
「!! 全部受け止めんのか・・・・」
妖人狐の顔は攻撃を防がれた僕を嘲笑うようにさっきよりも増してニヤついていた。妖人狐は刀を持った右腕を僕へ縦に振り下ろしてきた。僕は鬼月の峰を左手の甲につけながら、刃を上にして受け止めた。ガギィという甲高い音共に、鬼月と妖人狐の刀が当たった。
「グゥゥゥ、、、おっも・・!!」
受け止めた妖人狐の一撃は重く、その衝撃が鬼月を伝って僕の両腕へと伝わった。僕の右膝がガクッと下がった。
「ッッッラァッッ!!!!!!」
僕は足を踏み込み直して踏ん張ると、妖人狐の刀を両腕で押し返した。すぐさま、僕は後退して、妖人狐から距離を取った。刀を押し返された妖人狐は後退した僕に追撃を仕掛けてくることは無かった。
(「重すぎでしょ!! 一撃が!!」)
———それはそうだろう。妖人狐は身体能力を向上させているんだから。
(「え?」)
———なんだ、知らなかったのか? 妖人狐は妖術を使える。そして、その妖術には身体能力を向上させるものがあるらしい。妖人狐は戦う時に常にそれを使っている。だから、力で勝つのは今の君には難しいだろうな。
(「・・・・、マジか」)
———諦めるのか?
(「そんな訳ないでしょう! ・・・・俄然やる気が湧きましたよ!」)
———ハハッ、じゃあそんな君に一つアドバイスだ。相手の力が強いなら、それを利用しろ。劣っているなら劣っているなりの戦いがあるだろう?
(「・・・・はい」)
僕はもう一度、鬼月を構え直すともう一度妖人狐へと向かって行った。
「柳生新陰流 四式 冥突!!!!」
僕は右足を踏み込むと同時に右腕で持った鬼月の切っ先を妖人狐へ向かって突き出した。しかし、妖人狐も、僕の冥突に合わせるようにして、刀を左腕に持ち替えると鬼月へ向かって突き出した。妖人狐の刀の切っ先は鬼月の切っ先に正確に合わせ、僕の冥突を相殺した。
「柳生新陰流 四式 冥突・砲!!」
僕は止められた鬼月の柄を右手だけでなく、両手で掴み直してそのまま左足を踏み込んだ。止まっていた鬼月が妖人狐の刀を押し返すようにして、妖人狐の身体へと突き進んで行った。妖人狐は鬼月と刀を逸らし、鬼月の左側面に刀を当てた。ガキッという音と共に、妖人狐に向かって突き進んでいた鬼月が逸れ、冥突の威力も弱まってしまっていた。鬼月を逸らしてすぐに、妖人狐はそのまま僕の頭へ向かって刀を振り下ろしてきた。僕の身体は冥突で前に重心をかけすぎてバランスを崩していた。
「ゼロ!!」
姿は見えないノアの声が響いた。声だけで、焦っているのがわかるほどだった。その一方で、レナは叫ぶことも、ましてや僕を助けようともしていなかった。妖人狐の顔は勝利を確信しているのかますます口角が上がっていた。
「・・・・大丈夫、ノア。柳生新陰流 三式 昇覇!!」
僕はノアに向かってそう言うと、妖人狐が振り下ろす刀の側面から滑り込ませるようにして鬼月を僕との間にねじ込んだ。そして、そのまま刃を滑らせるようにして刀を逸らし、地面へと誘導させた。妖人狐は一瞬にして起きたこの状況に戸惑っているのか、顔には先ほどまでのニヤついた笑みはもう無かった。
「始めからこれを狙ってたんだよ!! 柳生新陰流 五式 虎爪!!」
そして、攻撃を返されてガラ空きになった妖人狐の腹に虎爪を叩き込んだ。妖人狐の腹は鍛えられた硬い腹筋があった。しかしそれでも、超至近距離からの虎爪はダイヤモンドすらも切り裂ける威力があった。僕は妖人狐の腹を切り裂いてそのまま、妖人狐の後ろへ抜け去った。そして、僕は手応えを感じながら、鬼月を鞘に納めようとした。
———! 歩! まだだ!!
「!??」
「歩君! 後ろ!!」
僕はレティアとレナの警告に、鬼月を鞘に納めずに後ろを振り返った。後ろを振り向いた僕が見たのは腕を振りかぶった妖人狐の姿だった。
「は!?」
そして、振り上げられた刀は僕へと襲いかかってきた。
「グッ、、、!!」
僕は地面に転がって右腕に掠りつつ、なんとか妖人狐の刀を躱した。妖人狐の刀が直撃した地面には刀が深々と突き刺さっていた。僕の右腕からは掠っただけなのに、血がダラダラと出ていた。しかし、一息するほどでノアの能力によって切り傷は治った。
「あれで死なないのかよ・・・・」
妖人狐の腹を見ると、切り傷こそあれど致命傷に至るほどのものでは無かった。そして、すぐに筋肉によって止血出来ているのか血は出ていなかった。
「硬すぎでしょ・・、至近距離からの虎爪で皮一枚しか切れないのかよ・・・・」
———もしかしたら、進化する前の個体なのかもな。明治神宮ダンジョンでは中ボスやボスが進化するのは珍しいことじゃあ無いしな。
(「それは、キツイですね。でも、まだ手はありますし、行きます!!」)
僕は起き上がりながらレティアに向かってそう言うと、鬼月を構え直した。そして、僕は鬼月に封印を施した。
「行くぞ、妖人狐!!」
封印を施した鬼月を鞘に納め、妖人狐へと走り出した。そして、鬼月の柄を握って妖人狐を間合いの中に入れた。
「柳生新陰流 二式 神速」
棒立ちのままの妖人狐の腹へもう一度切り込んだ。しかし、それで腹を切らせてくれるほど妖人狐は甘くは無かった。すぐさま、妖人狐は刀を盾にするようにして、神速を止めようとした。しかし、僕の放った抜刀は一瞬だけ妖人狐の防御よりも速かった。だから、妖人狐の脇腹を切った。致命傷になるほどの傷では無かったが、それでも、さっきの虎爪よりも明らかに深い傷だった。脇腹からはどくどくと血が流れていた。今度の傷は腹筋に力を入れても血が止まることは無かった。
(「いける・・・・!!」)
僕が心の中でそう思った瞬間だった。瞬きをした僕が次に見た光景は妖人狐から出ていた紫色の炎のようなものだった。背中から出てきたそれらは妖人狐に次の攻撃を放とうとしていた僕は向かって飛んできた。
「うわっ!!」
僕はその炎に驚くようにして、後ろへ飛び退いた。僕が後ろへ飛び退くと、その炎は妖人狐を囲むようにしてグルグルと回っていた。そして、妖人狐は刀を持っていない右手から今度は赤色の炎を出すと、それを切られた脇腹へと押しつけた。
「ガゥ・・・・・・!!!!」
妖人狐は少しだけ声を漏らしてしばらくの間炎を当てていた。そして、脇腹から手を離すと、もう脇腹から血は出ていなかった。妖人狐は脇腹を焼いて止血したのだった。
(「焼いて止血するほどの知能もあんのかよ・・・・。それに、さっきの炎は・・・・)
———あれは祟り火と呼ばれる妖術だな。妖人狐が得意とする技だ。歩、あれには気をつけろよ。祟り火は一度燃えるとなかなか消えないからな。それに、いくら傷は治ったとしても、ダメージ自体は残るしな。
(「はい」)
———それと、今の攻撃で妖人狐は君を潰すべき敵と判断したぞ。もう油断して舐めた攻撃はしてこないだろう。行けるか?
(「もちろんですよ・・・・!!」)
レティアにそう言ってすぐに、妖人狐はさっきまでの棒立ちとは違い、自分から、攻撃をし始めた。勢いよく、妖人狐が僕へと迫ってきた。周りには祟り火が妖人狐を守るようにして回り続けていた。
「祟り火が邪魔だなぁ・・!」
妖人狐は僕へと刀を振り下ろしてきた。僕はそれを受け止めると、そのまま鍔迫り合いの状態になった。しかし、僕は妖人狐の力にだんだんと鬼月を押し込まれていった。それに加えて、周りを回っていた祟り火が僕へと近づいてきた。
「クソッッ!!」
僕は迫り来る祟り火に注意しながら、なんとか妖人狐の刀を横に逸らした。そして、そのまま距離を取るようにして後ろへ下がった。
「ハァッ・・・・、、!!」
息を吐く暇もなく、妖人狐は僕へと追撃を仕掛けてきた。妖人狐は刀を横に振ってきた。僕はしゃがんでそれを躱すと同時に妖人狐の足を右足で思い切り蹴った。足を蹴られた妖人狐は姿勢を崩した。
「ここだ!! 柳生新陰流 一刀 五式 ・・・・!! ヤバッッ・・!!」
僕は逆袈裟切りをするように斜め上に妖人狐を切り裂こうとした。しかし、祟り火が僕の邪魔をしてきた。その結果、虎爪を出せず、逆に僕がガラ空きの状態になってしまった。
「ガァァ!!!!」
その隙を見逃すほど妖人狐は甘くは無かった。妖人狐が吠えると同時に、僕の胸へと切り掛かってきた。
「ぐぅぁぁぁ!!!!」
ザシュッという音がすると、僕の左肩から、右の脇腹の近くまで切られてしまった。しかし、僕は切られる瞬間に後ろに逃げることで切り傷を致命傷にまでは至らせなかった。僕の服に血が付いていった。それでも、二秒ほどして、ノアによってその傷も治った。しかし、治ったのは傷だけであって失った血までは戻らない。このまま、戦い続ければ、僕が死に至るのは明白だった。
(「まずい、まずい、まずい・・・・!!!! このままじゃ・・・・、ハァ、ハァ、クソッ、やってやる!!」)
僕はレッドダンジョンで遭遇したオーガ以来の死に直面した恐怖を感じていた。今思えば、この時の僕には死への恐怖や焦りなどから正常な判断はできていなかった。
「あれは、ちょっとまずいな・・・・!」
後ろで見ていたレナは少し焦るようにして、僕を見ていた。
「ああああっっ!!」
僕は鬼月を右手で握ると、ただ、妖人狐へと向かって行った。
「柳生新陰流 四式 冥突・弾!!」
僕は限界まで鬼月を引き絞った。妖人狐へ近づくと周りを回っていた祟り火が僕を襲った。
「構うもんかよッッ!!!!」
祟り火は肌が溶けるほどでは無くても、火傷するには十分すぎるほどの熱さだった。しかし、アドレナリンのせいか、今の僕には痛みは感じなかった。そして、祟り火をくらいながら、僕は突き進んでいった。そして、僕は限界まで引き絞った鬼月を妖人狐へと突き出した。文字通り一瞬で鬼月は妖人狐へと近づいていく。いくら、妖人狐でも、至近距離からの攻撃は反応しきれず、僕の攻撃の方が防御することよりも速いのはさっきの神速から分かっていた。だから、神速よりも速い冥突を妖人狐は反応できない。そして、鬼月の切っ先が妖人狐の喉元に触れた。
「ゴッフゥ・・・・!!」
その瞬間、妖人狐は僕の腹を脚で蹴り飛ばされた。防御することもままならずその蹴りが直撃した僕は吹き飛ばされ、地面を転がった。僕は蹴られたことを理解できず、ただ、妖人狐から離れ、地面に衝突した衝撃と尋常じゃないほどの腹の痛みを感じるほか無かった。
「カハッ!!」
僕はそれでも、ゆったりと立ち上がった。地面には、ポタポタと頭から出た血が落ちた。それでも、すぐに、頭から血が出ることは無くなり、腹の痛みも消え去った。流石はノアというところだった。
「ゼロ君!! ゼロ君!! 聞こえてる!?」
(「このままじゃダメだ! もっと、もっともっと!!」)
今の僕の目には目の前の妖人狐しか映っていなかった。周りの声すらも、僕の耳には聞こえていなかった。
「あー、あれは本当にまずいな・・・・!」
その姿を見たレナは何かあったら、すぐに僕を助けられるように、臨戦体制になっていた。
(「もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと・・・・!!!!」)
いくら、レナが危なくなったら助けてくれるとは言え、今の僕は危険だった。周りの事を一つも見ることができずにいた。僕はゆっくりと、けれど確かに、自分の中に深く深く落ちていってしまっていた。妖人狐はその僕の姿を見て、既に勝ちを確信していたのか、もはやその注意は臨戦体制をとっていたレナの方に行っているほどだった。
(「こっちを見てない?! ふざけるな、ふざけるなよ!!!!」)
僕はその妖人狐の姿にますます、理性を失っていってしまうのだった。
更新が遅くなりました。次回は多分明日です。
感想やコメントなどお待ちしてますのでよろしくお願いします!




