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三十話 保身

僕たちはマスター室を出て、同じ三階にある冒険者専用の会議室へときていた。この会議室は冒険者なら誰でも使うことが出来る。しかも、ここならば使用中の札をかけておけば、自分達以外が入ってくることもない。だから、冒険者の会議や、冒険者同士での相談事や秘密事を話し合うのにちょうどいい場所となっていた。

僕はこの部屋にレナとノア君と一緒に入ってすぐに、会議室の中にある椅子に座りつつ、テーブルに顔を伏せた。レティアが僕へと語りかけてきた。


——歩、頭を上げろ。気持ちはわかるが、切り替えろ


「‥‥」


———おい歩‥‥、


しかし、僕はレティアに答えられずにいた。すると、レナは僕に話しかけてきた。


「ゼロ君、大丈夫だった?」


「‥‥、大丈夫ではないかな」


僕はテーブルに顔を伏せたまま、レナにそう答えた。


「まぁ、そうだよね。あんなことを言われたらね」


「レナはあんなこと言われて大丈夫なの?」


「私? うーん、確かにショックは受けたけど‥‥。気に病む程までは感じないかな」


「そっか」


「ゼロ君は人が目の前で死んだり、自分の手で人を殺した事はないよね?」


「うん、無い。でも、頭ではわかってるんだ。冒険者だから、人の死は日常茶飯事で、別段特別なものじゃ無いってことは」


そう、人が死ぬことや人を殺すことは珍しいことじゃ無い。それはダンジョンが出来る前から、いつも自分の近くに存在している。しかも、ダンジョンが世界に出来てからはさらに人の死というその価値観は低いものとなっていた。けれど、それでも、姿は変わっているとは言え自分の手で人を殺してしまったということは僕にとって非日常的で受け入れ難いものだった。


「確かにゼロ君は人を殺した。でも、君がアレを倒さなかったら、君もそしてその他大勢の人が殺されていたかもしれないんだよ」



「そうじゃ無いんだよ。僕はただ、人を殺した僕を僕が受け入れられないんだ。どこまでも保身的なことしか考えていなんだよ」


「‥‥、じゃあ今すぐにここから出ていけよ、ゼロ」


会議室のウォーターサーバーに水を汲みに行っていたノア君が口を開いた。


「今のお前は、ただ人を殺した自分を慰めてほしいだけでしょ? 僕は今までのお前を知らないけど、これだけは分かる。その程度のことすら乗り切れないお前に未来はないよ」


ノア君の言葉は僕の確信をついたような一言だった。保身的だとかそういうことじゃない。僕はただ、人を殺めた自分を慰めて欲しかっただけだった。そんな単純なことだった。


「ノア君、言い過ぎだよ」


「‥‥、はい」


ノア君はレナにそう言われると、また口を閉ざした。


「ゼロ君、厳しいことを言うようだけど、その辛い経験は乗り越えて。壁やトラウマになることは自分で乗り越えなければならないからね。他人にいくらでも愚痴はこぼせばいい。けど、他人の力によって、それを乗り越えるのは違うよ。自分自身が自分自身と向き合って行かなきゃその人はいつまでも、現実から目を背けてしまう。そんな人に明るい明日は断じて来ないよ」


僕はまた、間違いを起こしてしまっていた。また、僕は自分から逃げてしまっていた。人を殺してしまったと言うその罪悪感や恐怖感から、現実を見て、受け止めることを恐れてしまっていた。ちょっと強くなったところで、僕は僕のままだった。

本当に学習しないな‥‥、僕は。もう、逃げ出さないって決めていたのに。逃げていたって何も変わらなにのは知っていたはずなのに。本当に情けない。


僕が顔を上げると、僕の顔の近くにはレナの顔があった。


「やっと顔を上げたね、ゼロ君」


「うん」


「今の気持ちはどう?」


「まだ、モヤモヤはするよ。でも、少しずつ、一歩ずつ進んでいくよ。まだ、答えは出てないけど、もう引きずることはしない」


僕は、決意したような目をしてレナにそう言った。


「うん。それがいいよ」


そう言ってレナは笑った。そして、僕は顔を上げて、辺りを見るとレナの後ろの壁に背中をつけて立っているノア君の姿があった。


「ノア君も、ゴメン。さっきはありがとう」


「僕はただレナさんのパーティーメンバーがそんなんじゃ行けないと思ったから言っただけで、お前を思って言ったわけじゃない。そこん所は勘違いするなよ」


「うん。それでも、ありがとう」


「‥‥、まぁ、立ち直れたんなら良い」


そう言うと、ノア君は僕から顔を背けていた。


「ノア君はツンデレだねー」


「違いますよ、レナさん!! 僕は本当にレナさんのことを思って言っただけですから!!」


「はいはい」


「本当に分かってますか!?」


(「それと、レティアもすみませんでした」)


——何、気にするなよ歩。


(「はい」)


「ところでゼロ君、ノア君を私たちのパーティーに入れるのはどうかな?」


あからさまにレナは話を変えたけど、その話題はこれからの僕たちにとって重要なことだった。


「本当ですか?! レナさん!!」


「えっ、ノア君を?」


「うん。ほら、前に宗一郎さんも言ってたでしょ? 回復役が早急に必要だって。それに、ノア君の実力は私が保証するよ」


「確かに師匠も言ってましたけど、いきなりは‥‥」


「まぁ、それもそうか。じゃあ、一回三人でダンジョンに行ってみようよ。そしたら、ノア君のことも分かるしね。それに、百聞は一見に如かずって言うしね」


「そうだね。じゃあそうしよう、レナ」


「レナさん、僕はダンジョンで有能性を示せば良いんですよね?」


「うん、そうなるね。大丈夫そう?」


「もちろんですよ!」


「じゃあ早速だけど、明日でいい? 二人とも」


「うん」


「はい」


そうして、僕たちはダンジョンへ行く予定を立てたのだった。


「そういえばレナたちはさ、そのダンジョンに行った後、何してたの?」


「その後もダンジョンに行ってたよー」


「そのダンジョンには特に異常とかは無かったの?」


「異常は無かったけど、色々あったよ。ね、ノア君」


「はい‥‥、」


何故かレナがその話をノア君に聞くと、ノア君は苦虫を潰したような顔になっていた。


「何があったの?」


「それはね——」


そうして、僕たちがレナたちが入ったダンジョンについて話していた頃、マスター室では、師匠とマスターである龍羽さんが話していた。


「宗一郎、お前はあの無明 ゼロについてちゃんと知っているか?」


「いや、深くはよく知らないな」


「そうか、ならば簡潔に言う。組合とレナの独自の調査の結果判明したが、無明 ゼロという人間は存在しないんだよ」


「‥‥そうか」


「あまり驚かないんだな宗一郎」


「まぁ、そうだな。あいつは俺の弟子だからな。あいつの正体が何であれ、俺はあいつを信じる」


宗一郎は優しく笑いながらそう言った。すると、その姿を見た龍羽がフッと笑った。


「お前らしいな。宗一郎。ちなみに、ゼロについて何か心当たりはあるか?」


「いや、特にはないな。強いて言うなら、あいつは物の呑み込みが早いくらいか」


「‥‥そうか。無明 ゼロについては、こちら側で探っておく」


「ああ。それが無意味であることを祈ってるよ」


「‥‥そうだな」


「じゃあ、俺は行くぞ龍羽」


「ああ」


そう言うと、宗一郎はマスター室を出て行った。一人しかいないマスター室の中で、夜越 龍羽は頭を抱えているのであった。そんな龍羽の手元には、警察から『黒い仮面をした冒険者の情報の提供を求む』と言った内容の紙が一枚あったのだった。


少ししてから僕たちのいる会議室へ師匠が来た。


「待たせたな」


「いえ、大丈夫です」


「俺はこれから帰るがゼロ達はどうする?」


「僕は‥‥」


「ゼロ君は今日から私の家に泊まらせるから!!」


レナが食い気味に師匠と言った。ノア君は絶望したような表情をしていたけど、僕は必死に見ないふりをした。


「そうか。じゃあここで別れだな」


「はい。今までありがとうございました」


僕がそう言うと、師匠は僕たちの方を振り返ることなく手を振って会議室を出て行った。


「じゃあ、私たちもそろそろ帰ろっか。ゼロ君に私の家を紹介したいしね」


「じゃあ僕も帰ります。レナさん、集合は明日の九時くらいでいいですか?」


さっきまでの絶望しているような表情を普段通りに戻しながら、ノア君が水を入れていた紙コップのゴミをゴミ箱に捨ててレナに言った。


「うーん、とりあえず、予定を決めたら連絡するよ」


「わかりました」


ノア君はレナと話し終えると僕の方を向いてきた。


「明日はよろしく。有能性を見せてやるからしっかり見てろよ」


ノア君の表情は笑顔だったけど、顔に僕への恨み言が書かれていた。正直、そこまで行くとノア君が怖くなってきていた。


「うん。よろしく」


そして、僕たち‥‥もといレナにお辞儀をしてからノア君も会議室を出て行った。


「じゃあ行こっか」


「うん」


そして、僕たちも会議室を出て、レナの家へと向かうのだった。組合の外は相変わらず、日差しが強いままだった。

更新が遅れてすみませんでした。


次回は今週中です。


感想やコメントなどお待ちしてますのでよろしくお願いします!


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