良和の時間 その7 運命の時間
2016年9月吉日。街の小さなホテルで、良和と沙紀の結婚式が、つつましく執り行われた。チャペルで黒のタキシードを来た良和の元に、父親に手を引かれた純白のウェディングドレスを着た沙紀が、バージンロードをゆっくりと歩いて来る。
良和の目の前に、今までで一番きれいな沙紀がいる。
神父の宣誓の元、二人は愛を誓い合い、指輪を交換し、良和は沙紀に誓いのキスした。二人の会社の同僚や大学の友人たちがそれを見守る。心配していた一樹が現れることもなく、結婚式、披露宴、2次会まで、無事に終了することができた。
その夜、二人は良和のアパートに帰ってきた。着替えやお風呂を済ませると時刻は12時を回っていた。結局この日までドタバタしていて、あれ以来二人で夜を迎えることがなかったので、今夜が良和にとっての本当の新婚初夜となる。
「いや~、今日は本当に疲れたね」
とりあえずパジャマを着た良和が口を開き、沙紀がそれに応える。
「そうね~、今までで一番疲れたのかもね」
「……でも、今までで一番いい日だった」
「うん、わたしも……」
見つめ合う二人。そっとキスをし、手を取り合ってベッドへと向かう。二人にとってはこれからが本番だった。
しかし、良和には心残りがあった。結局、今の良和は沙紀にプロポーズしていないのだ。ベッドの上で、良和は改めて沙紀に向き直る。
「……沙紀さん」
「……なあに、良和さん」
名字ではなく名前で呼び合うが、何だがぎこちない。
「……あの、何でこんなこと言うか不思議に思うかもしれないけど、聞いてくれるかな?」
「……うん」
何の話だろうと不思議に思いながらも沙紀はうなずいた。良和は沙紀の手を握りしめ、はっきりと沙紀の目を見て言った。
「沙紀さん、僕は必ずあなたを幸せにします……だから、僕の……妻になってください」
この言葉が今の良和にとっての本当のプロポーズだった。結婚式の後にいうセリフではなかったが、沙紀はそれを受け入れた。
「……はい。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
二人はベッドの上で抱擁しあった。
その夜、二人は本当に夫婦になった。
***
良和と沙紀が結婚してから早半年。桜の季節を迎えていた。たまには喧嘩もしたり、沙紀の元彼の一樹が現れたりして、いろいろ困難なこともあったが、その都度二人で乗り越えて行った。二人は総じて幸せな結婚生活を送っていた。
沙紀は仕事を辞め、主婦として良和に尽くした。料理が一段と上手になり、良和は毎日の食事が楽しみになっていた。
一方良和は、結婚前と変わらず仕事が忙しかったが、なるべく早く帰れるように、その分朝早く出社するなどの努力をしていた。
そして……再び、その日がやってきた。
月曜日の夜。良和が家に帰ると、いつもついている部屋の明かりがついていなかった。玄関のドアを開け、明かりをつける。「ただいま」と言ってみるが、返事がない。沙紀がいない。
普通なら慌てるところだが、良和は落ち着いてスーツのポケットから携帯電話を取り出し、カレンダーを確認した。
2016年4月11日……そこには1年前の日付が表示されていた。
「そうか、あれから1年経つんだな……」
1年前のちょうどこの日、良和は1年後にタイムスリップした。その代わりに、1年後の自分が2016年にタイムスリップしたのだ。良和はすぐに事情を理解した。
「まあ、たしか1週間くらいで元に戻るんだったけ。ちょっとだけ独身気分を味わえるかな。それにしても、1年前の僕は今頃沙紀のエプロン姿にドキドキしているんだろうな……1年前を今頃というのも変な感じだが」
良和は落ち着いて着替えをすませ、簡単な食事を済ませた。しばらく何をしようかと考えていたが、ふと、思い出しように、押し入れから独身時代の秘蔵ビデオコレクションを取り出した。
「結婚を機に全部捨てちゃったからなぁ。ちょっと勿体なかったか」
結局その日はかなり夜更かししてしまった。
火曜日。良和はタイムスリップの事実を再確認するため、出勤途中に電車が通るトンネルの中で携帯電話のカレンダーを確認していた。今の表示は2016年。トンネルの途中で2017年になるはずだ。
ふと、良和にはあることが気になった。タイムスリップするのは身体だけで、服や持ち物はスリップ先の時間のものになる。正確に言うと、良和が2017年にスリップするのと同時に2017年にいた良和の身体が2016年にスリップしてくるので、残った服をスリップ先で着ることになる。ちょうど二人の良和が服と持ち物を交換する形となるのだ。
しかし、一年前の火曜日、良和は病院に行っていて出社しなかった。スリップする相手がいないことになる。
その場合、どうなるのだろうか?タイムリップしないのだろうか?それとも……交換する服がなくて、真っ裸になるのだろうか?それはまずい!良和は焦った。が、容赦なく良和を頭痛が襲う……。
が、結果的に、何も問題なかった。カレンダーは2017年になっていたし、服も着ていた。携帯や財布も2017年のものを持っていた。2017年の自宅から取り寄せられたのだろうか?そういえば、良和は1年前病院に行くとに財布と携帯を忘れたことを思い出した。なんとも都合がよいものだ。
良和が会社に出社すると、そこは2017年だった。もちろん沙紀は結婚退職していなかった。
「あれ、立花。今日は休むんじゃなかったっけ?」
課長に妙なことを言われたが、良和はすぐに1年前に会社に休みの連絡を入れたことを思い出した。あの電話は2017年の会社に掛かったから、2016年の良和は無断欠勤になってしまったのだ。
木曜日。良和はいつも通りトンネル内で頭痛に襲われ、気付いたら、いつのまにか横に沙紀が立っていて、手を繋いでいた。
沙紀は良和が手に持っている携帯電話を覗き込んでいる。この沙紀は2017年の沙紀だ。1年前に手を繋いだまま出勤したので、身体だけ入れ替わった今、2017年の良和が手を繋いでいるのだ。
良和は沙紀を近所の喫茶店に連れていき、タイムスリップについて説明した。沙紀は信じられないという顔だったが最後には信じてくれたようだ。
そして日曜日。運命の日がやってきた。
今回はちょっと短いですね。いろいろ考えたエピソードもあるのですが、かなり脱線するので省きました。いつか番外編にでも書きたいなと思います。
次回最終回です。




