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良和の時間 その4 プロポーズの時間

 月曜日の朝。2016年の良和が会社に着くと、オフィスの様子がいつもと少し違っていた。2016年の伊藤沙紀が会社に来ていなかった。沙紀が良和のチームメンバーであることもあるが、個人的に沙紀の様子が気がかりなので、課長に事情を聞いてみた。どうやら沙紀は今日は病気で休んでいるようだった。

「季節の変わり目だから……風邪でも引いたのかな」

 2016年の沙紀のことも気になったが、良和はそれより2017年の沙紀に今朝言われた「今日はもう大丈夫」の方が気になっていた。良和はその日あくせくと働き、定時で仕事を切り上げると、早々と家路に付いた。

 しかし、良和がアパートに帰ると、こちらも様子が違っていた。真っ暗である。

「買い物でも行っているのかな?」

 部屋に入り、明かりをつけ、部屋の中を見回したが、沙紀はいなかった。いや、沙紀のいた痕跡もなくなっていた。カフェカーテンもなかったし、食器も流しに無造作に積まれたままだった。

「家出?いや、そんなはずは……もしや!」

 良和は慌てて携帯を取り出し、カレンダーを見た。そこには2016年4月という文字が無慈悲に刻まれていた。そう言えば、今日帰るときはいつもの頭痛がしなかった。タイムスリップは、もう終了していたのだ。

「そんな……今朝で終わりだなんて……」

 良和はがっくり肩を落とし、その場に座り込んだ。あの時沙紀は、タイムスリップは一週間と言っていた気がする。最初にスリップしたのが先週の月曜の夜だったから、今日でちょうど一週間だ。忘れていた。いや、あえて考えないようにしていたのかもしれない。

 良和の心には、ぽっかりと穴が空いてしまった。

「一年間のお預けということか……まあ、元に戻っただけとはいえ、辛いなぁ」

 やる気をなくした良和は、夕食をカップラーメンで済ませ、夜9時前なのに早々とベッドに潜り込んだ。


 翌日。良和は無気力ながらも会社に行った。2016年の沙紀は今日も来ていなかった。

「風邪が長引いているのかな」

 その日、良和は、いつもにまして仕事に手がつかなかった。ふと目を閉じると、エプロンをした沙紀、パジャマを着た沙紀、おめかしした沙紀が目に浮かんだ。どの沙紀も良和に微笑みかけていた。その沙紀は……まだこの世にいない。そして一年前の沙紀も……病気で会社にいない。せめて一年前の沙紀と会話できたら……せめて顔だけでも見れたら……そんな些細な願いも、神様は良和に叶えてくれなかった。

 良和は体調不良だと嘘をついて、仕事が片付かないまま定時に帰宅した。今日できないことは明日やればいい、と、良和のモチベーションは最低レベルまで下がっていた。アパートに帰ると、やっぱり真っ暗だった。真っ暗なまま、良和は夕食も取らずにスーツのままベッドに寝そべった。

「せめて電話だけでも……でも番号知らないんだよなぁ。覚えておけばよかった」

 2017年にいるときの良和の携帯には当然沙紀の番号が登録されていたが、2016年のものには入っていなかった。課長や沙紀の友人に聞こうにも、個人情報ということで教えてくれないのは目に見えている。電話しても何を話していいか分からなかったし、またストーカー呼ばわりされる危険性もあるのだが、良和はとにかく沙紀の声だけでも聞きたくなっていた。

「こんなんで本当にプロポーズできるのかなぁ」

 良和は無気力のままベッドの上でゴロゴロしていた。

 ふと、良和はスーツのポケットにメモが入っているのに気付いた。部屋の明かりをつけ、メモを見てみると、11桁の番号と「帰ります」という言葉が書かれていた。書き手の名前はなかったが、良和はこれが沙紀の携帯番号だと直感した。いや、そう信じたかっただけかもしれないが、奇跡的にそれは正解だった。2017年の沙紀は2016年にメモを残せないので、何故このメモがここにあるかは分からなかったが、良和は恐る恐るその番号に電話かけてみた。

 プルルルル……プルルルル……ガチャ

 数秒して、電話の向こうから「はい」という声が聞こえてきた。良和にはそれが沙紀の声であることがはっきり分かった。良和は逸る気持ちを抑えて沙紀に話しかけてみた。

「沙紀さん……僕です。立花です」

「立花さん?」

「そうです。沙紀さんの病気のことが気になって……いや、この番号は…えーと……」

 沙紀の声を聞けたといううれしさもあったが、良和の声はしどろもどろになっていた。しかし、沙紀の口から発せられたのは、意外な言葉だった。

「立花さん、会社の近くにある、「ミント」っていう喫茶店を知っていますよね?今からそこに来てくれませんか?」

 良和は沙紀の声が聞けただけで満足だったが、会えるのならこの上ないと思っていた。何故沙紀が良和に会おうとしているか、良和には理解できなかったが、とにかく沙紀の願いなので行くことにした。スーツを着たままだったので、良和はそのまま家を飛び出した。


 会社からの帰り道を逆戻りし、40分ほどで、良和は喫茶店についた。沙紀は先に来ていてソファに座っていた。まだ熱があるのだろうか、顔が少し赤いような気がした。

「沙紀さん……待った?」

「立花さん……」

 良和は沙紀の前の席に腰掛けたが、沙紀はその一言の後は黙ってうつむいたままだった。良和は思わず沙紀を名前で呼んでいたが、そのことについても何も言われなかった。とにかくこの場をなんとかしなくては、と、良和の方から話し出した。

「沙紀さん……あの……その、昨日今日と、沙紀さんが会社に来れなくて、いや、仕事は大丈夫なんだけど……なんか僕の心にぽっかり穴が空いたみたいになって……沙紀さんの大切さに気付いたというか……」

 良和が自分の思いを沙紀にぶつけるのはこれが初めてだった。いつの間にか目には溢れそうなほど涙が溜まっていた。他人が聞いたら良和が何が言いたいのか分からないだろうが、なぜか沙紀の心には届いたようだった。沙紀が顔を上げ、口が開いた。

「立花さん……これから、わたしだけを見てくれるって、誓えますか?」

 沙紀の口から出たのも突拍子のない言葉だったが、良和もそれに応えるしかなかった。

「誓います、誓います。一生、あなただけを見続けると、誓います!」

「……本当ですか?」

「心に誓います!」

 沙紀は少し黙っていたが、やがて明るい表情に戻り、良和に衝撃的な言葉を伝えた。

「分かりました。わたし……あたなのプロポーズ……お受けします」

「はい!ありがとう……え?」

「わたし、あなたと結婚します」

 良和には何が何だか分からなかった。もちろん結婚できればうれしいのだが、良和は沙紀にプロポーズした覚えがなかった。どこかで酔ったときにプロポーズしたのだろうか?それとも時間軸の整合性を保つために強制的な力が働いたのだろうか?

「それじゃ、また明日、会社で」

 沙紀が喫茶店から出て行ったあとも、良和はしばらく席から立つことができなかった。

誰か読んでるかな……。

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