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箱根の山は高く険しく美しく ~箱根駅伝を目指していた男~  作者: 鹿園鹿


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7/9

第7区 新化

 箱根駅伝の予選会に敗れたチームは来年の予選会まで目立った大会は一つもない。出雲駅伝も全日本大学駅伝も箱根駅伝も。出場する大学は秋と冬は駅伝シーズンとして夏のトレーニングを発揮する場が与えられる。だが駅伝がないチームは記録会はあれど基本的には来年に向けたトレーニングの期間になる。高校時代同じ大会を走っていた選手が続々と駅伝デビューをしていく。

(来年は必ず..)


 その思いを胸にトレーニングを重ねていった。夏のケガは11月中旬には回復し、12月には記録会にも出場し、自己ベストも出せた。大学に来てからのトレーニングで俺も確実に成長していた。だが、それ以上に広瀬は急成長をとげていた。箱根予選会以降、さらに練習の質を上げ、チームでも1,2を争う練習ができていた。結果、12月の記録会であわや13分台という驚きのタイムを出した。俺はあっという間に30秒近い差をつけられた。


「あと10秒」


 広瀬はもう前しか見ていなかった。壱年前の同じ記録会で加藤先輩の記録と比べていた。俺のことはもうライバルとは思ってないかもしれない。そんな気がしていた。


 数組後、加藤先輩の組が始まった。加藤先輩は予選会の走りで関東学生連合として箱根駅伝のメンバー争いの最中だった。箱根前にアピールできる最後のチャンスだった。結果は13分39秒。箱根メンバーを手中に入れるには十分すぎるタイムだった。



‐‐‐



 年が明け、来る1月2日。加藤先輩は1区を走った。数人のサポートを除き寮での応援となった。寮に広瀬の姿はなかった。加藤先輩が直々に指名していた。


 加藤先輩は区間12番相当の走りだった。正直に言えば、もっと上で走ってくれるものだと思っていた。加藤先輩でも他大学のレギュラーメンバーに比べれば真ん中より下になる。まだまだチームとしてのレベルが足りていないことを痛感してしまった。



 新チームのキャプテンが加藤先輩に決まり、新たにチームがスタートした。


「去年の4年生は優しかった。優しくチームをまとめ、一つにしてくれた。どんなやつでも見捨てることなくチーム一丸でやってこれたのはあの人たちのおかげだ。」


 加藤先輩のキャプテンとしての最初のあいさつが始まった。あの人達の代は去年の4年生とは少し違う。個の力がかなり強く、一人ひとりの我を貫く強さがあった。


「俺はやる気のないやつにかまっている暇はない。俺についてこれる奴だけ面倒を見る。」


 キャプテンとしてどうなのかという声もあると思う。だが、今の俺たちが箱根に出るには、加藤先輩に俺たちが追い付かなくてはいけない。加藤先輩が俺たちに合わせるわけにはいかない。変わらなければいけないのは弱い方だ。


 そこからは練習の量も質もかなり上がった。チーム全員でまとまって行う練習は少なくなった。集団走も細かくペースが分けられ、ついていけないと判断する者は容赦なく下のチームに入れられる。


 夏とはまた違うキツさだった。夏はチーム全員がまとまって行えるペースで地道に走る練習が多かった。今はついていくのがギリギリのペースで1番上のチームで走れる選手は5人程度だった。


 俺も一番上の走る練習は少なかった。行けそうなときは行くが、いけないと判断する時も多かった。ずっと一番上で練習しているのは加藤先輩と広瀬ぐらいだった。新4年生の先輩や新3年生の先輩も一番上のチームで練習する時もあったが」、ケガや体調不良などで継続して一番上で練習していたのは2人だけであった。


 気づけば、広瀬は俺よりも加藤先輩と一緒に過ごしていることの方が多かったように感じる。それだけ俺と広瀬には大きな差ができていた。



‐‐‐



 3月。4年生は卒業し、別れの時が来た。若杉先輩からはソックスをいただいた。大事なレースで着用していたらしい。ソックスと同時に応援の言葉をもらい、より一層やる気がわいてきた。今杉先輩、若杉先輩、広瀬、俺。ほぼ毎日食事を共にしていたこともあり寂しさは感じたが、恩返しは箱根を走ること。その姿を見てもらう。会話はしなかったが恐らく広瀬も同じことを考えているだろう。


 別れもあれば出会いもある。新入生が続々と入寮してきた。俺たちにも早くも後輩ができた。その中には、俺と広瀬と同じ県の出身の選手もいた。名は山田。高校時代は負けたことはなかったが、俺が高校の時よりもいいタイムを出しての入学だった。確実に山田も成長していた。


「あなたたち二人をぶっ倒します!」


 それは去年俺と広瀬が他大学の同い年に抱いている感情(モノ)と同じだった。追われる側に初めて回った。なかなか怖いものだな。そう感じた。



 俺の同部屋には新入生が入った。いい子そうだな。初対面での感想だ。実際、最後まで俺のことを慕ってくれる良い後輩だったのだがそれはまた後の話になる。



 4月になり、学年が一つ上がったかと思えばすぐに関東インカレと全日本大学駅伝の予選会がやってくる。関東インカレに出るのは加藤先輩と広瀬。俺は全日本大学駅伝の予選会に出走するためアピールを続けていた。

 

 関東インカレ5000m。広瀬は予選で敗れた。一周差がつく大敗だった。俺は付き添いとして広瀬のサポートを行っていたがレース後の広瀬は見ていられなかった。体育座りで大粒の涙が次々とあふれ出てきていた。それだけ手ごたえをもって挑んでいたのだろう。悔しさと情けなさが混ざったようなそんな顔をしていた。


 加藤先輩はラスト1周まで予選通過ができる位置にいた。だが、ラスト200mで抜かれあと一歩のところで敗れた。だが箱根予選や全日本の予選で競う大学の選手には勝っていた。あの人に続く選手が出てこれば戦える。そんな希望も持てる大会となった。


 

 全日本大学駅伝の予選会。俺は一組目での出走となった。直前に4年生の先輩がケガをし、その穴埋めでの出走だった。だが、俺もこの冬はいいトレーニングが積めていた。目の前にいる広瀬と比べると劣るのは否定できないが..


 一組目は俺と広瀬が任された。10000mを各組2人、計4組で争う全日本大学駅伝の予選会。最初の一組目はチーム勢いをもたらすための大事なレースとなる。俺は関東大学としてチームの代表としてのレースは初めてで、その緊張感にビビり散らかしていた。


「大丈夫。俺についてこい。」


 あわよくば広瀬に勝ってやる。そんなことを考えていた俺に広瀬が言った。くそ、俺に負けるなんて微塵も考えてないんだな。


 パァァァン


 レースが始まった。各大学2人ずつ、20チーム計40人でのレースだった。箱根常連校も参加しているレベルの高いレースで俺の目標は20番目。真ん中で走れれば及第点。そんなチームの考えだった。一方、広瀬は10番以内を目標にしていた。チームのみんなにも俺と広瀬にはそれだけの差があると思われている。実際、自己ベストも、練習も、実績も。俺は何も勝ってない。だが、勝ちたい。その気持ちはまだ死んでいなかった。レース中盤、俺たちは順調に走っていた。まだ余裕もある。先頭も見える位置だ。こっから後半。このままついていければチームでの役目はこなせる。なんなら広瀬にも。そんな期待はあっという間に壊された。


 8000m過ぎ、先頭が一気にペースを上げた。


「あっ。」


 気づけば俺は集団の最後尾に下がっていた。反応が遅れた。慌ててペースを上げた。全力で足を回してしまった。しかし、そこで俺の体力はそこを尽きた。残り1000m、先頭が2分40秒前後で走る中、俺は3分を大きく超えるタイムになった。結果は30番。広瀬も後半のペースアップに対応できず22番。苦しい結果に終わった。チームは2組目、3組目、4組目で4年生が巻き返すも全日本の本戦には届かなかった。結局、何も変わっていない。このチームに足りないのは下級生の力だ。

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