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箱根の山は高く険しく美しく ~箱根駅伝を目指していた男~  作者: 鹿園鹿


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6/9

第6区 箱根駅伝予選会

 予選会当日、予報ではかなり暑くなるようだ。近年の予選会は暑さの影響で途中棄権する選手も多く、波乱が起きることも多い。予選会は12人がハーフマラソンの距離を走り、上位10人のタイムの合計で勝負する。10位以内に入れば箱根駅伝の出場権を獲得できる。我が関東大学は今までの最高順位は12位。箱根駅伝本選に出場したことはなかった。だがしかし、この年の関東大学は歴代最強だった。エースの加藤先輩を始め、力のある選手がそろう3年生、今川先輩、若杉先輩など今までチームを引っ張り続けてくれた4年生、林先輩、水田先輩などケガを乗り越えてきた2年生も力がある。そして1年生の広瀬。持ちタイムもこれまでの練習で見ても歴代最強だと監督はいっていた。


「今年が勝負の年です。」


 取材にそう応える監督を見てチーム全員の士気も最高潮だった。



‐‐‐



 スタート直前、俺は駐屯地にいた。7km地点の給水を任されていたからだ。各大学の選手がスタート地点に横一線に並んでいる。圧巻の光景だった。


パァァァン!!!


 予選会が始まった。選手が一斉に走り出す。地響きがするような足音が響いていた。まず先頭に出たのは各大学の留学生たちだ。彼らは人生をかけて陸上をしにきている。元々生まれ持ったものにそんな気概が加わればあんな化け物じみた速さなのも納得できる。


 その少し後方に日本人の先頭集団が走っていた。大体20人くらいだろうか。その中に加藤先輩もいる。人数が多すぎて関東大学の選手全員を見つけられたわけではないが上々の滑り出しではないだろうか。いや、そうだと願う。


 給水の時間が近づいてきた。留学生が何人か通り過ぎていってすぐに日本人の先頭が給水地点に飛び込んできた。


「加藤先輩!こっちです!」


 大声で呼んだ。周りにもたくさんの大学が給水をしている。俺たちのことを見つけるのも一苦労だろう。少しでも役立てるよう叫んだ。


「ファイトです!」


 渡す際になんとか一声かけることができた。大体20~30番くらいでの通過だった。ほっと息つく間もないまま続々と選手がやってきた。今川先輩も若杉先輩も広瀬も。みんなに無事水を渡すことができた。チームの状態としてはまずまずだった。2年生の林先輩と水田先輩はケガ明けということもあり、他の選手に比べ、少しキツそうに見えた。だが一方で今川先輩と若杉先輩、広瀬はだいぶ余裕がありそうだった。広瀬に至ってはありがとうとか言ってきやがった。余裕すぎだろ。


 5km地点での順位が発表された。関東大学は12位。悪くない。俺たちの作戦は後半にペースを上げ、逆転を狙うというものだった。いい感じだ。だが不安な要素もあった。毎年箱根に出場している大学が何校かかなり後ろにいる。あまり状態がよくないだけなのかあるいは、俺たちと同じように後半勝負を考えているのか。


 俺は15km地点に向かった。10km通過時の順位を選手に伝えるためだ。15kmでの選手の状態を見れば残り5kmでペースを上げられるかどうか大体わかる。みんながどんな表情でここを通過するか。大丈夫。みんな強い。

 10km時点での順位がでた。10位。通過圏内に浮上していた。よしっ!!周りにいた選手とハイタッチした。それだけ大きいものだった。ここからさらにペースを上げられれば通過できる。期待感が強まっていた。


 15km地点。チームで最初に見えたのは加藤先輩だった。まだまだ余裕を感じるいい走りだ。10km地点10位。その看板を見せながらみんなが叫んだ。


「絶対いける!!こっからもう一回!!」


 加藤先輩の表情が一段と気合を入れたように見えた。もう一段ギアが上がった。ホントにすごい人だ。そのあとも次々に選手がやってきた。今川先輩も若杉先輩もすごくきつそうだった。あんなぐちゃぐちゃな顔で走る先輩達を始めて見た。練習の時は必死に表情を作っているらしいが、今はそんな余裕もないのだろう。だが、10位と書かれた看板を見て目が変わった。覚悟を決めた目だった。俺たちの声はもうすでに枯れていた。広瀬もやってきた。かなり苦しそうだ。今まで10kmより長いレースはしたことない広瀬にとって15kmは初めてのことだ。しかもあと5kmも残っている。精神的にも一番きついところだろう。


「お前次第だ!いけ!」


 ガラガラになった声でなんとか叫ぶ。広瀬がペースを上げることができれば必ずいける。だがもし失速すればすぐに他の大学に抜かれるだろう。必死で叫んだ。


「なかなか来ねぇな」


 林先輩と水田先輩がなかなか現れない。10km地点では広瀬とほぼ同じ場所だったらしいが‥


「あ、きた」


 だが、その姿を見たとき応援している全員の声が一瞬詰まった。とてもここからペースを上げられるようには見えなかった。前に足を進めるだけで精一杯という感じだ。だが、二人のチーム内順位は10位と11位、どちらかのタイムはチームの合計に加算される。この失速は命取りだ。


「お前らが10番目だ!!!なんとかしてくれ!!!」


 2年生の先輩が叫んだ。俺たちにはもう願うしかない。頼む。何とかしてくれと。



 

 12人全員を見送り、すぐにゴール地点に向かった。ちょうど先頭の留学生がゴールをするところだった。15km地点での順位は12位に下がっていた。正直林先輩と水田先輩のペースアップは難しいだろう。ほかのみんながどれだけペースを上げられるかにかかっている。10位のチームとは20秒差。一人2秒の差だ。まだあきらめるようなタイム差ではない。逆転可能な範囲だった。


 加藤先輩が帰ってきた。全体15位。ものすごい走りだ。15km地点から10人くらい抜いていた。鳥肌ものだ。次に帰ってきたのは4年生の二人だった。15km地点では3年生が数人彼らよりも前にいたのに‥。二人も意地でペースを上げたのだ。4年生としての気持ちの表れだった。他の3年生も続々とゴールし、広瀬もなんとかチーム内9位でゴールした。ゴール後広瀬はその場に崩れ落ちた。すべてを出し尽くしたのだろう。ペースを上げることは叶わなかったが粘り切った。1年生としては十分すぎるタイムだ。

 だが、10番目の選手がやってきたのはそこから2分遅れたころだった。20秒差。一人2秒。微妙だ。他の大学も後半失速した選手は何人もいた。それに3年生と4年生はすごかった。最後の5kmだけで何十人も抜いていた。だから..大丈夫。大丈夫なはずだ。


 結果発表が始まった。1位から順に名前を呼ばれていく。序盤から上位をキープし、他を寄せ付けない強さで通過した大学、序盤から順位を下げるも粘り切った大学。そして序盤俺たちよりも後ろにいたのに、後半ペースを上げた大学も名前を呼ばれた。


 関東大学の名前が呼ばれたのは、11番目だった。


 20秒差は逆転していた。20秒前にいた大学は12位。俺たちの方が上だった。しかし、15km地点で13位だった大学が最後に俺たちを抜いていった。最後の最後一人1秒もない。タイム差6秒。関東大学はあと6秒箱根に届かなかった。


 レースを終えた選手たちと合流した。4年生の二人はやり切ったという表情だ。泣き崩れる3年生と2年生を慰めている。チーム内10番目だった水田先輩は人一倍泣いていた。


「すみません..すみません...」


 ずっと4年生に謝っていた。加藤先輩ですらも4年生に泣いて謝っていた。4年生はそんな先輩達に感謝の言葉をかけて回っていた。


 関係者へのあいさつを終え、監督からねぎらいの言葉をかけられ、キャプテンの今川先輩の最後の言葉を終え、撤収となった。


 寮へ戻り、消灯の時間になっても若杉先輩が部屋に帰ってこない。隣の部屋から泣き声が二つ聞こえてきた。



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