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【10話完結オムニバス】理不尽な男を捨てたら、理想の溺愛に出会いました。〜大人のリベンジ愛短編集〜  作者: かぶんす
「私がいないとダメ」は嘘でした。 30歳無職のクズヒモ男を捨てたら、推しの年下ミュージシャンに全力で溺愛されています。

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第4話:化けの皮が剥がれ落ちるとき

下北沢のライブハウスから帰宅した翌週末。私は、自分の部屋の前にたたずんでいた。


(今日こそ、ちゃんと話そう……)


前夜に共通の友人のSNSで見かけた、クラブで別の女性の肩を抱く智樹の姿。そして、ライブハウスで触れた蓮くんの真っ直ぐな言葉。

麻痺していた感覚が戻った私の心には、智樹に対する漠然とした違和感が、明確な不信感となって渦巻いていた。


意を決して鍵を差し込み、ドアを開ける。


「智樹、いる……?」


返事はない。リビングに入ると、いつものように飲み散らかされた空き缶と、脱ぎ捨てられた服。しかし、智樹の姿はなかった。

ふと、ローテーブルの上に置き去りにされた智樹のサブのスマホが、バイブ音とともに何度も揺れているのが目に入った。


画面には『ミサキ』という名前と、ポップアップ表示されたメッセージ。


『智樹くん、今夜もいつもの部屋で待ってるね♡ 先週貸した五万、また今度でいいからね』


息が止まった。


(……ミサキ? 五万……?)


頭の中で、バラバラだったピースがカチリと音を立てて噛み合っていく。

「弁護士業界の付き合い」と言って私から受け取っていったお金。朝まで帰らない「勉強会」。

彼は私からお金を巻き上げるだけでなく、他の女性からも「手持ちがない」と言い訳をして金を無心し、転がり込んでいたのだ。


その時、玄関のドアがガチャリと開く音がした。


「あー、マジでついてねえ。またすられたわ……」


智樹の怠惰な声と、見知らぬ男の笑い声が廊下に響く。

慌ててリビングの陰に隠れると、智樹が例のガラの悪い男――首元にタトゥーの入った男を連れて入ってきた。


「智樹ぃ、お前またあの女に金借りんの? マジでいいカモだな」


男がゲラゲラと笑いながらソファに深々と腰掛ける。


「うるせえな、真由は俺が『親の遺産の手続きで金がない』って言えば、疑いもせずに金出すんだよ。中学からの付き合いだし、『俺がいないとダメ』って思い込んでるから扱いやすいんだよな」


智樹は缶ビールをあけ、喉を鳴らして飲んだ。その横顔には、かつて私が好きだった面影など微塵もなかった。ただの、他人を舐めきった搾取者の顔だった。


「でもよ、親の遺産数千万円、たった一年でギャンブルと女で使い果たしたのはヤバいだろ。弁護士事務所で働いてるって嘘も、いつまで持つかねえ?」


「へッ、司法試験の勉強なんかハナからしてねえよ。あんなのバカがやることだろ。金がなくなったら、また別の女探すか、最悪真由に消費者金融で名義借りて借金させりゃいいんだからさ」


脳内で、何かが音を立てて弾け飛んだ。


全身の血が引いていく。指先が急速に冷たくなり、激しい眩暈が襲ってきた。


弁護士事務所で働いているのも、両親を亡くして傷ついているのも、すべて嘘。

遺産は悲しみの果てに失われたのではなく、ギャンブルと女で食いつぶされただけ。

そして私は――「支えてあげている彼女」などではなく、ただの「扱いやすい金づる」だった。


(私は……この一年間、何を支えていたの?)


私の給料、私の生活、私の優しさ、私の時間。

そのすべてが、この男の怠惰と欲望の犠牲になり、嘲笑われていたのだ。


「誰だ、そこにいんの!?」


男が物音に気づいて声を上げた。

私は隠れるのをやめ、ゆっくりとリビングの中央へ歩み出た。


「……真由!?」


智樹の顔から、一瞬で余裕が消え去った。手に持っていた缶ビールがカタカタと震える。


「お前、いつからそこに……」


「最初からいたよ」


自分の声だとは思えないほど、冷たく、低い声が出た。


「全部、聞こえてた。遺産を使い果たしたことも、弁護士事務所の嘘も、他の女性からお金を借りてることも……私を『カモ』だと思ってたことも」


智樹は一瞬、気まずそうに目を泳がせたが、すぐに男を「おい、今日はもう帰れ」と追い出し、私に向き直った。

そして、いつものように情けない顔を作り、手を伸ばしてきた。


「真由、落ち着けって! 違うんだ、さっきのはあの男の手前、強がってみせただけで……! 俺、本当に真由のことしか愛してないし、親が死んで頭がおかしくなってたんだよ! 頼むから捨てないでくれ、真由がいないと俺、本当にダメになる……!」


必死の形相で縋り付いてくる智樹。

以前の私なら、この濡れた瞳と「お前がいないとダメになる」という甘い毒に惑わされていただろう。


けれど、今の私には、その言葉の裏にある透けて見える計算と、浅はかな欲望しか見えなかった。


彼の差し伸べた手を、私はバシリと叩き落とした。


「触らないで」


「……あ?」


「『私がいないとダメになる』んじゃない。あなたが勝手にダメな人間なだけでしょ」


智樹の目が点になる。


「私はあなたを支えていたんじゃない。ただ、あなたの嘘に付き合わされて、搾取されていただけ。……もう、一分一秒だって、あなたに私のお金も時間も使いたくない」


「おい……調子に乗るなよ真由!」


化けの皮が完全に剥がれ落ちた智樹が、顔を真っ赤にして逆ギレし始めた。


「誰のおかげで今まで楽しく暮らせてたと思ってんだよ! 30にもなって売れ残りの女を拾ってやったのは俺だろうが! 俺を捨てたら、お前なんか一生一人だぞ!」


怒号が狭い部屋に響き渡る。

けれど、不思議なことに、恐怖は一切湧いてこなかった。

あるのは、溢れんばかりの呆れと、自分に対する猛烈な反省だけだった。


(こんな男のために、私は泣いていたんだ。こんな男のために、自分の人生を削っていたんだ)


なんてバカだったんだろう。

けれど、もう終わりだ。


「そう。一人になってもいいよ。あなたみたいなクズと一緒にいるより、ずっとマシだから」


私はバッグを掴むと、振り返ることもなく玄関へと向かった。


「待てよ真由! おい! 逃げるのかよ!」


背後で智樹が叫び、部屋の物を投げつける音がした。

バタン、とドアを強く閉め、鍵をかける。


夜の街に飛び出すと、冷たい空気が胸いっぱいに広がった。

足が震えていた。悔しさと、情けなさと、己の愚かさに対する怒りで、涙がポロポロと溢れて止まらなかった。


けれど、その涙は決して暗いものではなかった。


胸の奥の重苦しい鎖が、ガラガラと崩れ落ちていく感覚があった。

「私がいないと」という偽りの優越感という麻薬から、私はようやく目を覚ましたのだ。


スマホを取り出す。

手が震えながらも、私は信頼できる弁護士の友人の番号をタップした。


「もしもし……急にごめん。クズな同居人を部屋から叩き出したいんだけど、相談に乗ってくれないかな」


涙を拭い、私は前を向いた。


搾取されるだけの「都合のいい女」は、もう終わり。

これからは、私の人生を、私自身のために取り戻すんだ。


街灯の光の下、私は一度も振り返らずに、新しい一歩を踏み出した。

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