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8話 元勇者vs勇者候補

(聞きたいことが山ほどある。そんなところかしら?)


 私が彼の立場であれば、魔王の右腕を瞬殺した子供のことを気にならないわけがない。いくら同じ学園生だとしても、新入式の前というあまり時間に余裕がない時に声をかけてきたのがその証拠だ。


「あれ見て、ラクシュ様よ!」

「まさか入学初日にお姿を拝見できるだなんて!」

「一緒にいる人は、確かフローライト家の……? どのようなご関係性なのかしら」


(――いけない。注目を集めているわね)


 ラクシュは最年少の勇者候補とあって名が高い。

 そんな彼が新入生である私に声をかけている。特に女子生徒の黄色い声援が一瞬だけあがったのち、何事かと固唾を飲んで見守っていた。


「ここは目立ちます。場所を変えましょう、ラクシュ……先輩」


「そうですね、ではこちらへ」


 ラクシュ先輩は静かに顎を引くと、踵を返して歩き始めた。


《俺はどうする?》

《元魔王である貴女を、一瞬でも野放しにできるわけないでしょう。ついてきなさい》

《あいよ》


 学園についてまだ右も左も分からない私達は、黙ってラクシュ先輩のあとを付いていった。

 彼は振り返ることもせず、最初から目的地でも決まっていたかのように歩き続ける。そうして到着したのは、巨大なドーム状の建物だった。


「ここは……?」


「簡単に言ってしまえば、訓練場です」


 中に入ると、天井に照明が一つ。真下に円柱の機械めいた物があるだけの、何もない空間が広がっているだけだった。


「失礼、リーエル様。入り口を閉めていただいてもよろしいでしょうか」


「あら、逃げ道を塞ごうとしているのかしら。怖いわね」


 軽口を叩きながら、私は素直に応じる。


(さて、ここから何が始まるのかしら?)


 退屈でしかないだろうなと予測していた学園生活。思いもしなかった再会と状況に、私の胸は少しだけ高鳴っていた。


「まずはリーエル様。あの夜はありがとうございました。私の、仲間達の、命を救っていただいたこと、心から感謝しております」


「どういたしまして」


 ラクシュ先輩は深々と頭を下げている。その感謝に、嘘偽りはないのだろうけれども、


(それで、本題は?)


 ただ感謝を伝えるだけなら、訓練場などという、いかにも闘う場所に連れてくる意味などない。


(お礼はもう受け取ったわ。社交辞令も不要、だからさっさと本題に入ってちょうだい)


 あいにくと私は、焦らされることに対して一切の寛容さがない。

 早く言え! と無言のまま圧をかける。隣では、メギちゃんがニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。


「率直にお願いしましょう。リーエル様――今から私と、手合わせをしていただきたい」


「――手合わせ? 先に?」


「貴女の正体がなんなのか。当然気にはなっています。ただ――素直に教えてくれるという気が、なぜだかしないもので」


「……あら」


 その予想は正しい。ラクシュ先輩の言う通り、私は私の正体を話すつもりはない。

 二度目のこの世界では目立ちたくない――というよりも正確には、もう一度勇者になるような道を歩くつもりがないのだ。


 前世では勇者になったけれども、私の理想は果たせなかった。だからこそ今度は、最高の死に場所ができるまでは目立たず、その時が来た瞬間に最高の輝きを放ちたいと考えている。


(私が日を浴びれば浴びるほど、メギちゃんの正体がバレてしまうリスクも高まるしね)


 何よりも避けたいのが、理想を叶える最大の希望であるメギちゃんの正体がバレてしまうことだ。元魔王ということが明るみになってしまえば、それだけで彼女の処分は絶対。


 故に私は、私達のことを隠し通したい。あの夜ラクシュ先輩にも「秘密にするように」と告げたのはこのためだ。


「ふふ、まあ、そうね。教えるつもりはない……正解よ、ラクシュ先輩」


 これで会うのは二度目のはずだけれども、ラクシュ先輩は中々優れた洞察力をお持ちらしい。

 そして私がこのように返すのも、想定通りなのだろう。やはり、と口だけが動いて、そのまま剣に視線を落とした。


「ならばこそ――」


 ラクシュ先輩は剣を握り、構える。


「言葉で聞けぬなら、戦いの場で語り合うしかあるまい。リーエル様、勝手で申し訳ありませんが、どうか私の喧嘩を買ってはもらえないでしょうか」


 私に向けた切っ先は、震えることも迷うこともしていない。

 あるのは自分よりも〝遥かに強い相手〟に挑まんとする、ただの覚悟のみ。


(私からしてみれば、脆弱に過ぎない実力の持ち主。でも、そうだったわね)


 一人でプラージャに立ち向かっていたあの夜も、彼は同じような気高さを見せていた。

 強さの価値は変わらない。けれども評価は改めるべきだろう。


「私から貴方に伝える言葉は、たった一つだけよ」


 この覚悟を蔑ろにしてしまっては、人として廃るというもの。私は拳を握り、彼の気高さに応える。


「――全力を尽くしなさい。ラクシュ・n・ゾーラ!」


 次の瞬間、地面を駆ける音が同時に響いた。

 剣と拳が衝突しあう。元勇者(わたし)と勇者候補の戦いの火蓋は、斯くして切って落とされたのだった。


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