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元勇者は最っっ高にかっこよく死にたい  作者: 可借夜
1章 魔王ジゼロ・ジーヴァ編
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7話 学園生活の始まり

 大魔族と、プラージャの襲来から一つの季節が過ぎ、出会いを象徴する春が訪れていた。

 私は六歳となり、今日から学校生活が始まろうとしていた。学園が手配してくれた迎えの馬車に乗る前に、振り返って両親に別れを告げる。


「父上、母上、行ってきます」


「辛くなったら、いつでも帰ってくるんだぞ!」


「気を付けて! 気を付けてねリーエルぅぅ!」


 屋敷の門の前で、二人は溢れる涙を堪えようともせずに大袈裟に手を振っている。


「「うぉぉぉおあああああん!!」」


 ……二人は仮にも侯爵家当主とその妻だ。普段は気品あふれる二人が、こんなにも泣きじゃくっている姿は、私がどれだけ愛されているかの証明だった。


(――ごめんなさい、二人とも)


 気恥ずかしさがあるし、嬉しさもある。けれどもそれ以上に――胸がチクリと痛んだ。

 私はこの痛みを忘れるために、隣にいる彼女に声をかける。


「ほら、メギちゃんも挨拶しようね」


 呑喰の元魔王、アラドメギス。彼女は私をベースに幼女の姿に成っており、フローライト家の養子として迎え入れられている。


 あの夜の後、捨て子として拾ったと嘘をつき、助けてほしいと両親に懇願した結果、二人はすんなり受け入れてくれたのだ。

 メギラギア・フローライト。それが今の、彼女の名前である。


「…………」


 侯爵家の養子として、彼女もまた私と同じように淑女教育を受けている。はずなのだけれども、無表情のまま動こうとしない。


 仕方なく私は彼女の肩へ手を置いて、


《メギちゃん? 私にも、父上にも母上にも無視をしているのかしら?》


 触れ合った相手と心で会話をするという、最低位の発芽級の魔法『秘密の言葉(シークレット・ボイス)』を使い圧をかけた。


《黙れ。今、覚悟を決めてんだよ……》


『秘密の言葉』は、発芽級の魔法とあって誰でも使えるような一般的なもの。疲れたような声で、メギちゃんから返事が来る。


 彼女は文字通り覚悟を決めるかのように、大きく息を吸って、


「旦那様、奥様、捨て子だったわたくしを拾っていただいた御恩は決して忘れません。学校生活おきましても、フローライト家の名に泥を塗らないよう励み、またエルちゃんの身に何かあれば、全力で支えることをここにお約束します」


 メギちゃんはスカートの裾を摘まむと、恭しく頭を下げていた。

 その姿はまさに淑女そのもの。たった数か月ではあるけれども、淑女教育はしっかりと実を結んでいた。


「メギラギア、リーエルをお願いね。この子、興味がないことはどこか無関心な節があるから……」 


 母上はメギちゃんを抱き締めると、頭を撫でながら言う。

 ……それにしても、さすがは母上。態度に表したつもりはなかったけれども、まさか見抜かれているだなんて。


「この子は大人びてもいるからね、同年齢の友人ができるかどうかが、本当に不安なんだ。メギラギアがいればトラブルになるようなことはないと思うけれども……この子を頼んだよ」


 父上もメギちゃんの頭を撫でながら、ニッコリと微笑んでいる。


(……もしかして、すんなりメギちゃんを受け入れた理由って、私のためだったりするのかしら?)


 ありえる。というよりも、その可能性が高いのかもしれない。

 いくら優しい二人であっても、見ず知らずの子供を二つ返事で迎え入れるというのは考えにくい。

 メギちゃんを養子にしたのは、私に友人ができないのではと危惧していたから……そう考えていた矢先、


「でも、メギラギア自身もちゃんと、楽しく学校生活を送るんだよ」


「養子だとか、気にする必要はないからね。後悔のないよう楽しむのよ」


「……はい。ありがとう、ございます」


 どうやら私の考えは、ただの邪推だったらしい。

 私にとっても大恩のある二人は、娘の私であっても驚くほど底抜けにいい人のようだ。

 とびきりの善性を浴びて、元魔王でさえも呆気に取られていた。


「「行ってらっしゃい、二人とも」」


 見送る最後は涙を拭いて、満面の笑顔を浮かべている。

 そんな二人が娘ながら誇らしく、何よりも愛おしく。私はただの挨拶ではなくて、心を込めて、二人と同じように笑顔を浮かべてもう一度言う。


「はい、行ってきます」


 学園には寮が用意されているため、よほどのことがない限りは、二人に会えるのは次の季節になるだろう。

 馬車が屋敷から離れ、二人の姿が見えなくなる。

 ふっと湧いた感情の正体が〝寂しさ〟であることに気付いたのは、少し後のことだった。




 桜並木の道を馬車が通る。フローライト家を出発し、およそ二時間。私達はようやくプレリュード第一学園へと到着していた。


「お嬢様、お手をどうぞ」


 恰幅の良い御者の手を取って「ありがとうございます」馬車を降りる。

 辺りにはすでに、私達と同じような新入生の姿でいっぱいだった。


(ここがプレリュード第一学園……大きいのね)


 門を通ると、左右には城のような学び舎がいくつも並んでいた。白色で塗装された石はところどころ剥げていて、年季を感じさせられるけれども、見上げるほどの巨大な建物で囲まれている光景は、一言でいえば壮観だった。


 中央には巨大な噴水があり、水が現在の時刻を描いている。売店や公園のようなスペースもあり、校庭というよりも広場に近い。


 隙間なく地面に敷き詰められている石畳は、黄色の道が私達の通うことになる初等部への道のりを。青は中等部、赤が高等部を示している。


「こっちよ、メギちゃん」


 つまらなさそうに欠伸を嚙み殺している、メギちゃんの手を取って黄色の道の上を歩き始める。


「……ありがとうございます、エルちゃん」


 温和な笑みを浮かべて、握り返してくる元魔王。

 表向きは、敬語ベースで温和な雰囲気というのが、淑女教育を終えた結果作り上げた彼女の人模様だ。数か月は経つけれども……正直、慣れる気が一向にしない。


 最初に彼女と会った時、私の口調を「気色悪い」と罵った彼女の気持ちが、今なら少しだけ分かる。


(まあ、元魔王としてのボロが出ることはなさそうだから、ありがたいことなのだけれどもね)


 音には出さず溜息を吐くと、メギちゃんが触れ合った手を通して直接心に語りかけてきた。


《それにしても、意外だな》


《何がかしら?》


《お前、学校なんて欠片も興味ないだろ。良く素直に行く気になったな》


《ああ……まあ、そうね》


 建物を壮観と感じる程度には感動を覚えたけれども、それだけだ。学校生活が私の理想に直結しているとは思っておらず、メギちゃんの言う通り、今のところは面倒が勝っている。


 そんな私が、当たり前のように学園生活を送ろうとしている理由。そんなの一つしかない。


《父上と母上に、そう願われているからよ》


《……親の言いなりになるなんざ、お前にしちゃつまらねぇ理由だな》


《ふふ、確かに、前世の僕を知っている貴女はそう感じるのかもしれないけれども……でも、今の私は、これが何よりも優先すべきなの》


 理想を叶えるのと同じくらい。私が大切にしている人達がいる。それが父上と母上だ。


《父上と母上がいなければ、私は産まれていない。こうして二度目の人生を迎えられているのは、あの二人がいたからなの。それは私にとって、返しきれない大恩だわ。だから私は、なるべく父上と母上の期待に応えたいの》


 文句の一つも言わず、思わず、淑女教育を受け続けてきたのもこれが理由。


「でもね」


 メギちゃんと心の中だけで会話をするつもりが、つい口が動いてしまった。

 私は慌てて固く閉じ、続ける。


《でもね、私の理想は、二人にとっては耐え難い悲劇に過ぎないの》


 最っっ高にかっこよく死にたい。前世から抱く私の理想で、この理想は曲げるつもりも諦めるつもりも毛頭ない。

 でもそれは……私の理想が叶うということは、つまり、


《両親よりも早く死ぬなんてことになったら、そんなの、最悪の親不孝者だわ……》


 二人に愛されていると理解しているからこそ、その瞬間を目の当たりにする度に私は、二人の愛が胸を痛ませることもあった。

 でも譲れない。この理想だけは。

 だからこそ、私は――


《――私が両親に望むわがままは、この一つだけ。それ以外の全ては父上と母上の望むままに生きようと、そう決めているの》


 ――実は昨年に一度だけ、同じ侯爵家から私に、政略結婚の話が持ち出されたことがあった。

 自由恋愛をしてほしいと即座に二人に却下されたけれども、もし仮に、父上と母上にお願いされたら私は相手が誰であっても嫁ぐつもりだった。

 私のこの覚悟は、それほどだ。


《……恩だの愛だの親不孝だの、人間ってのはよく分かんねぇなあ》


《でしょうね》


 魔物に家族なんてものはない。私利私欲に生きるのが当然で、他者に従うのは、せいぜいが上位種に殺されないよう媚びへつらう時だけ。


《分からなくてもいいし、分かろうとしなくていいわ。特に貴女はね》


 もしメギちゃんが人間のことを理解して、人間の味方になろうものなら、私の理想は果たせなくなってしまう。


《貴女はずっと私を殺そうとしていて、人間の敵のままでいて。貴女が私よりも遥かに強くなった時、人間を滅ぼそうとした時、私が貴女を殺すために》


 隣に並んで歩く彼女を見上げ、その瞳越しに私の意思を刻ませるように睨みつける。

 私を見下ろして、正面から受け止めた彼女は声なく笑うと、


《元勇者様は、ずいぶんとエゴの塊であらせられるなぁ》


《ええ、そうよ、その通りよ。知らなかったの?》


《まさか。ともすりゃ俺は、今の世じゃお前の一番の理解者だぜ? エルちゃん?》


《……言葉にされると気持ち悪いけれども、そうね》


 私は肩を竦めると、同じように声には出さずにくすりと笑う。


《確かに、一番の理解者だわ……お互いにね、メギちゃん?》


《くっ、は、ははははは》

《うふふふふふふふふふ》


 心の中だけで笑いあう様は、お互いに殺意の灯った笑顔を浮かべている姿は、きっと他人から見たらとても不気味に映っていることだろう。近くにいた子達が、怯えたように私達から離れていった。


「お久しぶりですね、リーエル様」


 そんな中、一人だけ私達に声をかけてくる人物がいた。


「貴方は……」


 あの夜のことは、生まれ変わった後の一番大きな出来事だった。起きた全てを鮮明に思い返せるほど、私に深く縫い付けられている。


 見間違いようがない。彼はあの時あの場所にいた、唯一意識を保っていた勇者候補。

 名を、確か、


「ラクシュ・n・ゾーラ……」


 今は騎士としての装いではなく、制服に袖を通している。どうやら彼もまた、この学園の生徒らしい。

 彼は告げる。柔和な笑みを浮かべながら。

 そして私は知っている。笑顔というのは、本心を隠すのにうってつけの表情だということを。


「お会いしたかったですよ、心から」


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