6話 元勇者と元魔王の再会、そして結ばれる契約
「ああ、でも今は、元魔王って言った方が正確よね。それにしても……」
私はスライムに転生した元魔王、アラドメギスをじぃっと見つめる。
「ぷ、あはは! まさか魔王だったアナタが、最弱の魔物であるスライムに転生するだなんて、どんな因果なのかしら!」
アルドメギスには申し訳ないけれども、これはれっきとした嘲笑だ。
「あははははは!」
前世ではあれだけ、人類に恐れられていたあの呑喰の魔王が、最高位である創世級の魔法を扱うあのアラドメギスが、今世では最弱の魔物になっている!
私はおかしさのあまり、お腹を抱えて、これでもかと馬鹿にし嗤っていた。
「はー、おかしかった。私は私で弱体化しているけれども、アナタは私の比じゃないわね」
「…………」
「これだけ馬鹿にされて、なんで言い返さな――ああ、まだ人を喰べてないから、発声器官が作られていないのね」
私は死体となったプラージャを掴むと、アラドメギスに向かって無造作に投げつけた。
「ほら、早く喰べなさい。アナタもこれが目的なんでしょう?」
「…………」
液体の体が大きく震え、逡巡している様子だったけれども、直後アラドメギスは勢いよくプラージャへと飛びかかった。
死体はみるみる溶けていき、スライムとなったアラドメギスに吸収されていく。やがて液体ではなく、その姿はプラージャと瓜二つとなり――
「――ったく、最悪の極みだぜ。まさか今世で初めて会う相手が、よもや二度と会いたくなかった奴なんてなぁ」
プラージャを喰らうことで、姿も、声も、力も、その全てを吸収したアラドメギス。
「なあ、勇者エル・E・エール」
「――ふふ、随分な言いようね」
今はまだ、強さの程はプラージャと同等だが、その魔力の圧は比べるまでもない。
睨まれただけで私は、全身の血の気が湧きたっていた。
(ああ、これよ、これ)
ついぞ前世の僕には及ばなかったけれども、唯一まともにやりあった最強の魔王。この圧が懐かしい。
「リーエル・フローライトよ。それが今の私の名前だから、覚えてちょうだい」
「リーエル? フローライト? つか、なんだその気色悪い喋り方は」
「だから、これが今の私なの。慣れてちょうだい」
「ふーん? まあ、対して興味もねえし、それは別にいいんだがよぉ」
アラドメギスは頭を掻くと、大きく息を吐いた。
そして鋭く放たれた次の問いに、多少はあった和やかさが一気に消え失せる。
「本題に入れ。オマエ、何が目的だ?」
「…………」
「確かに俺は、最弱の魔物であるスライムに転生したが、それでも魔物だ。前世は魔王だ。なぜ殺そうとしない」
「…………」
「餌まで与えて強くしたのはなぜだ。名を名乗ったのは、俺に何か用がある証拠じゃねぇのか?」
「……ふふ。さすが、鋭いわね。正解よ」
アラドメギスはただの、強大な力を持っているだけの魔王ではない。彼の聡明さを今一度垣間見ることができて、私は期待通りだと舌なめずりをしていた。
「私ね、正直がっかりしていたの。この時代の強さのレベルに」
私は両手を後ろに組んで、アラドメギスの周りをゆっくりと歩き始める。
「大魔族に、四天王の一角に、勇者候補に。え、この程度? って、思ってしまったの」
死角に入っても、背後をとっても、彼は常に私の気配を捕捉し続けていた。
それが一層、私を悦ばせてくれる。
「さすがに今世の魔王、ジゼロ・ジーヴァなら……って思いたいけれども、確証はない。そして魔王を難なく倒してしまったのなら、次が来る保証もない」
二周彼の周りを歩き終えると、目の前へ。手を伸ばせば触れる距離にまで近づき、見上げて言う。
「そこで、アナタなのよ」
「…………」
「アナタはアナタ以外の全てを餌とし、糧にできるでしょう? 今プラージャを喰らったように、魔族を喰らえば喰らうほど、無限に強くなり続けるでしょう?」
「……ああ、そいつが俺の、創世級の魔法だからな」
「でしょう? だからアナタには、これからもどんどん大魔族を、四天王を、果ては魔王さえも喰らって、強くなっていってほしいの」
「…………」
「アナタには私の理想を叶えるために、私を殺しえる、私よりも遥かに強い相手になってほしいいのよ」
私と同じように、無限に強くなり続けられるアラドメギスならきっと……いいやもう、彼にしか可能性が見出せない。
最後の希望を前に胸を膨らませていると、途端にアラドメギスは哄笑をあげていた。
「くっ、ははははは! いかれてんなぁオマエ。いいのか? 俺は元魔王なんだぜ?」
「前世でのアナタの罪は、前世の僕が殺したことで帳消しになったと私は考えているわ。仮にあったとしても、前世の罪を今世にまで持ち込む必要はない……アナタがまだ人を喰べていない以上、その手を取り合えるわ」
見かけはただのスライムで人の要素が皆無だった辺り、アラドメギスはまだ人を喰べていない。転生したばかりなのだと察する。
であれば、まだ人の世に対する罪を犯していないのであれば、粛正するには至らない。
ただ――これは当然のことだけれども、
「でも、もし仮に、アナタがこれから人を喰らおうとしたのなら、その瞬間に問答無用で殺すわよ」
これでも前世は勇者だったのだ。人としての感性も人並みにある。だからこそ、人の世を乱すような真似は許さない。
私は殺意を眼差しに、そして声に乗せる。
「私の許可なく力を使おうとしても殺す。私の言いつけを守らなければ殺す。私の意思に反するようなことをしても殺す。アナタは常に私の支配下に置かれながら、その時が来るまで私の元で牙を磨くの」
最も殺意の籠っている、「殺す」という一言の度に、彼の体はピクリと反応していた。目を凝らせば、頬には一滴の冷や汗が伝っている。
潜在能力は無限とはいえ、現時点では先ほど圧倒したプラージャと同等なのだから、気圧されるのは仕方ないこと。
私は見て見ぬフリをすると、右の人差し指の先端を犬歯で噛み切った。
血が皮膚の表面に滲み、手首へと流れていく。
「これから先ずっと一緒にいるなら、その姿だと不都合が生じるわ。私の血を吸収して、私の姿を読み取りなさい。それをもってして契約の締結としましょう」
「――もし、断ったらどうなる?」
「――――」
私は目つきを更に尖らせて、口元だけを満面に緩ませた。
その問いの答えに、言葉は必要なかった。彼は早速人の真似事でも始めたのか、降参とでも言うかのように両手を挙げて、
「お前を完膚なきまでにぶっ殺す、その時が愉しみだぜ」
「あら奇遇ね、私も愉しみよ」
アラドメギスは私の手を取ると、流れていた血を舌ですくう。
その体が再び液体となったかと思えば、次の瞬間アラドメギスは、私よりも頭一つ分高く、私よりも男性らしさのある――中性的な少女の姿へと成っていた。
「これからよろしくな、リーエル・フローライト、だっけか?」
声色も、私の声をベースに男性らしさのある中性的なもの。
彼――彼女は一体どこで人の仕草を習ったのか、手を差し伸ばして握手を求めていた。
「こちらこそ、アラドメギス……まずは貴女の新しい名前を考えなくちゃね」
にっこりと笑うと、私は彼女の手を取った。
そして強く、固く握りしめる。この契約が、絶対なものだと示し合わせるかのように。
「ああ、今日はなんて素晴らしい日なのかしら。私達にとっての記念日にしたいくらだわ。ねえ?」
「……あ? いや俺はどちらかと言えば脅されて――」
「え? 貴女もそう思うでしょう?」
「――ああ、はいはい。そうだな、はいはい」
私と彼女は確かに契約関係を結んだけれども、ここには明確な力関係が存在している。御託も反論も聞くつもりなんて毛頭ない。私はアラドメギスの手を握ったまま、有無を言わさず引っ張って歩き始める。
こうして私達は、二人揃って一緒に、森の中を後にしたのだった。




