5話 ――久しぶりね
なんで私にそれをやるかなぁというのが、私の抱いた率直な感想だった。
いや、理解はできる。恐らく先ほど放った純白の炎こそが、プラージャの使用する中で最高位の魔法だったのだろうと。
魔王が通用しないのなら、物理で押し切るしかない。魔力暴走を起こし身体能力を底上げするというのは、最善の一手だ。
だから、なんで? というのは、ただの私の理不尽な感想だ。
分かってはいるんだけれども……でも、物理は私の一番得意な分野なんだよなぁ。
魔王の右腕であるプラージャには残酷だが、純粋な物理で私に勝とうだなんて、前世の魔王アラドメギスでさえ無謀なほどだ。
ほらこの右ストレートも、欠伸をしながらでも避けられる。
今度は左、右、左、また右と、駆け引きも何もない、ただのストレートの連打。
音速を越えているからソニックブームも発生しているし、まともに喰らえば、私であっても骨くらいは折れそうな威力。つまり私でなければ一撃一撃が必殺だ。
悪くはない。別に、悪い訳ではないんだけれども……。
「五十点、っていったところね」
決して良くもない。
私は全ての攻撃を難なく避けきって、がら空きになった胴体に掌底を喰らわせた。
「――かっ」
衝撃が臓器を貫いたせいで、息がつまりプラージャの体が硬直する。
そのまま倒れこむ、とみせかけて私の肩を掴もうとするけれども、その前に私の膝蹴りが顎を直撃した。
「はぁ、少しは期待していたのに。残念だわ」
勝利が確定している戦いを、わざわざ長引かせる趣味はない。全力の回し蹴りを側頭部にお見舞いすると、プラージャの頭が勢いよく二回転した。
――魔物は人を喰らうことで力と知恵を増し、やがて人の姿に成っていく――
つまりそれは、人と同じ方法で死ぬということだ。
首が二回転して死なない人間がいないように、魔王の右腕であろうとも、人の容をしている以上絶命は免れない。
私の宣言通り首がねじ切れて、プラージャの頭がぽとりと地面に落ちる。それが決着の瞬間だった。
実力差があった以上、これは当然の結果だ。私は何の感慨も抱くことなく、呆然としている勇者候補へと語りかけた。
「怪我は……まあ、当然あるわよね。命に別状はない?」
「あ、ああ……」
「手を……って、両腕が折れているのね」
私は彼の腰を掴み、抱きかかえるようにして立ち上がらせた。
「一つ、いいえ、二つお願いがあるんだけれども、聞いてくれるかしら」
「…………」
見上げる私の瞳を、彼は見ていない。視線は変わらずプラージャの死体に注がれていて、まだ、奴の死を信じ切れていないといった様子だった。
(彼にとってプラージャとは、それほどの存在だったのね)
辺りを見渡せば、彼以外の勇者候補が全員気絶している。
自分達を壊滅させた絶望の、瞬殺……受け入れるのに時間がかかるのは理解できるけれども、
(四天王の一角に、勇者候補……そう、この時代の強さのレベルは、この程度なのね)
プラージャの実力にも、奴に敗れる勇者候補にも、私は大きな落胆を隠せずにいた。
「っ、すまない、気を取られていた」
「いいのよ、気にしないで」
私は微笑みで落胆の瞳を隠し、手を振る。
「貴女が何者なのか、聞きたいことは山ほどある。しかし今は、それどころではないことも重々承知している」
彼は初めてプラージャから視線を外すと、瀕死の勇者候補達に目を向けた。
「事態は一刻を争う。貴女のお願いとやらは、そのあとでも構わないだろうか」
「焦らないで。一つ目のお願いというのは、フローライト家に帰還して、魔法医をここに呼んできてほしいということだから」
「無論だ。して、二つ目は?」
「ここで見たこと、私のことを秘密にすること」
「そ――」
「仲間の命よりも、好奇心が勝るのかしら?」
「――失礼した。すぐに行動に取りかかるとしよう」
「ありがとう。それじゃあ、お願いね」
彼は一礼すると、両親のいる屋敷へと一目散に駆けていった。
両腕は折れていたけれども、そこは勇者候補。走り去っていく姿は、痛みを感じさせないものだった。
「さて」
後姿が見えなくなったことで、私はようやく本命にありつける。
「五秒以内に出てくるか、私に殺されるか。アナタに選ばせてあげるわ」
私は指を五本広げて、小指から閉じていく。
「四、三――」
五秒以内に出てこないと殺すという宣言。冗談ではないのだと、身に染みているであろう〝それ〟は、即座に私の前に現れた。
「ふふ、そう、そうよね」
〝それ〟は一体のスライムだった。
水色の、液体が意思を持って動いているだけの、最弱の魔物。
本来であれば、私はおろか勇者候補であっても気にも留めないような存在。
けれども私は感じ取っている。〝それ〟が内に秘めている強大な魔力を、魂の波長が発している真の正体を。
「転生した元勇者がいるんだもの。アナタがいたって、なんら不思議ではないのよね」
私はプラージャを追って来たのではない。魔力の圧を追って来たらここにいただけの、奴はただの副産物だ。
このスライムこそが、私が追い求めた本命だ。
「――久しぶりね、また会えて嬉しいわ」
鏡を見るまでもなく分かる。私はリーエル・フローライトとして生きてきて最大級の笑顔を浮かべて言った。
「呑喰の魔王、アラドメギス♪」




