9話 ラクシュ先輩の提案
(聞きたいことが山ほどある。そんなところかしら?)
私が彼の立場であれば、魔王の右腕を瞬殺した子供のことを気にならないわけがない。いくら同じ学園生だとしても、新入式の前というあまり時間に余裕がない時に声をかけてきたのがその証拠だ。
「あれ見て、ラクシュ様よ!」
「まさか入学初日にお姿を拝見できるだなんて!」
「一緒にいる人は、確かフローライト家の……? どのようなご関係性なのかしら」
(――いけない。注目を集めているわね)
ラクシュは最年少の勇者候補とあって名が高い。
そんな彼が新入生である私に声をかけている。特に女子生徒の黄色い声援が一瞬だけあがったのち、何事かと固唾を飲んで見守っていた。
「ここは目立つわ。場所を変えましょう、ラクシュ……先輩」
「そうですね、ではこちらへ」
ラクシュ先輩は静かに顎を引くと、踵を返して歩き始めた。
《俺はどうする?》
《元魔王である貴女を、一瞬でも野放しにできるわけないでしょう。ついてきなさい》
《あいよ》
学園についてまだ右も左も分からない私達は、黙ってラクシュ先輩のあとを付いていった。
彼は振り返ることもせず、最初から目的地でも決まっていたかのように歩き続ける。そうして到着したのは、学園全体を一望できる屋上だった。
春風が私の髪をなびく。軽く手で押さえながら、
「私に用があるのは理解できるけれども、このあと新入式が控えているの。手短にね、ラクシュ先輩」
「心得ていますとも……陰の勇者候補様」
「…………」
陰の勇者候補。それは――自分で言うのもなんだけれども――この数か月の間ずっと、世界中を騒がせている伝説の名だ。
その正体は何なのか。町を歩けば誰しもが噂しているほど、当事者の私の耳にも届いている。
「ふふ、まあ、そうよね。あの夜あの場所にいた貴方なら、分からないはずがないものね」
ラクシュ先輩は世界で唯一、陰なる勇者候補の正体を知っている人物ということになる。
ただ逆に言えば、先輩しか知らないということは、あの夜の「秘密にしてほしい」という私のお願いを守ってくれているのだろう。
「黙っていてくれてありがとうね、先輩」
「これくらい当然のことです。貴女は私と、仲間の命を助けてくれたのですから……むしろ感謝すべきは私の方です」
ラクシュ先輩は深々と頭を下げた。
「御礼が遅くなってしまい申し訳ございません。あの日助けていただいたこと、心より感謝申し上げます」
「――ええ。その感謝、確かに受け取ったわ」
基本的に私は、感謝に対して謙遜はしない。謙遜をするということは、感謝をちゃんと受け取っていない気がするからだ。
先輩の命を救った。彼の感謝を私はしっかりと受け止め、小さく頷く。
顔を上げてちょうだい、と告げると、先輩はようやく顔を上げた。
「それで、用は他にもあるのでしょう? 本題はむしろ、そっちの方かしらね」
ただ御礼を伝えるだけなら、わざわざこんな所まで移動はしないだろう。誰もいない屋上を選択したということは、込み入った話もあるに違いない。
そしてあいにくと私は、焦らされることに対して一切の寛容がない。早く本題を言え! と、視線で圧とかけた。
隣では、メギちゃんがニヤニヤと薄ら笑いと浮かべていた。
「単刀直入に言います。リーエル様……どうか私を、鍛えてはもらないでしょうか」
「……なるほど、ね」
なぜ? と問うつもりはない。強くなりたい気持ちに理由なんて不要、プラージャを瞬殺した私に依頼するのにも納得はいく。
気持ちは痛いほど理解できる。けれども、
「ごめんなさい」
そんな余裕がない、というよりも必要性が見出せない。
(メギちゃんを最優先で育てないといけないし……二人同時だと、メギちゃんの正体が先輩にバレてしまう可能性もある。それだけは避けたい)
もし仮にメギちゃんが元魔王だとバレてしまえば、それだけで彼女の処分は絶対。私の理想を叶える最大の希望を見殺しになんてできるはずがなく、私の正体以上に隠し通さなければいけないのだ。
「どうしても、でしょうか」
「どうしても、というほどではないわ。柔軟に対応できる場合もあるけれども、そもそも先輩を鍛えて、私にどんなメリットがあるのかしら?」
「それは……」
返事はイエスかノーの二択だと思っていたのか、先輩は口をつぐんでいた。
「エルちゃん」
内緒の話があるらしく、メギちゃんは手慣れた手つきで私の手を握る。薄ら笑いを更に薄くすると、
《意地の悪い質問だな》
《そうでもないわよ。誰かを鍛えるとなれば、時間だけでなく師匠である私に責任が及ぶ場合もある。安請け合いはできないからこそ、その責任をちゃんと負う覚悟をするためにも、メリットがあるなら明確にしておきたいの》
もし先輩が提示するメリットが、一に時間を費やすこと、二に鍛えた先輩が罪を犯した時に責任を取ること、三にメギちゃんの正体がバレるリスクがあること。この三つを上回るのなら、私は首を縦に振る。
《ふーん、そういうものか》
私の回答に、興味が失せたのか、メギちゃんは適当に返事をしていた。
《あくまでも、私の考えよ》
私も適当に返し、ラクシュ先輩へと視線を移す。
しばらくの沈黙が流れた後、先輩はふっと息を鋭く吐いて、
「魔王ジゼロ・ジーヴァを倒すための戦力になれる。それだけでは不足ですか?」
「ええ、不足ね。必要としていないもの」
必要としていないどころか、私達以外で魔王を倒してもらっては非常に困る。
メギちゃん用に餌として、私に引き渡してくれるなら話は別だけれども……そうはならないと断言できる。
「そう、ですか……」
「ごめんなさい。話はそれだけなら、もう行ってもいいかしら?」
「……っ」
ラクシュ先輩は何としてでも、私に教えを請いたいらしい。勢いのままに口が開いては閉じ、それを二度繰り返す。
熟考の末先輩の口からどんな言葉が出るのか、それが私の最後の好奇心だった。
少しだけ待ってみる。
先輩は、苦々しい表情を浮かべると言った。
「……貴女の正体をバラす。と、言ったら?」
「――脅し、よね、それは」
直接的な私の表現に、先輩は脂汗を滲ませながら、はい、と小さく肯定した。
「卑怯だと、姑息だと、罵られようとも私は、強くなりたいのです……あの夜のように、誰も守れない、そんな無力感はもう二度と、味わいたくないのです……!」
先輩自身これは、提案したくなかった交渉材料だったのだろう。
それを口にしてでも、自分の信念を曲げてでも、先輩は強さを欲している。
「……そう」
私は先輩に対して、失望も落胆もしない。それどころか少し微笑ましかった。
(前世でも、こういった子は何人もいたわね)
提案自体は愚かであるけれども、先輩はまだ十五歳なのだ。
ただひたすらに、己の欲望を押し通そうとする。その愚かさと青さは、若者の特権だ。
「……先輩、私はね、最っっ高にかっこい死に方をしたいの」
提案の仕方はどうあれ、強くなりたいという先輩の想いは本気だ。本気には本音で応えるのが私の礼儀、真っ直ぐに伝える。
「陰なる勇者候補は狙った訳ではないけれども、私の理想にピッタリの伝説になったわ……ずっと陰で人類を守ってきた存在が、最期の最期に正体がバレて、世界を救う代わりに死ぬなんてことになったら、最っっ高にかっこいいでしょう?」
最初はそういう名前を付けられた程度にしか認識していなかったけれども、今ではこの陰なる勇者候補という伝説が、理想を叶える大きな手段の一つになっている。
当然、邪魔なんてさせない。相手が誰であってもだ。
「私、理想を叶えるためなら、案外手段は選ばないタイプよ?」
元魔王であるメギちゃんを育てているのがいい例だ。
さすがに、邪魔をしたから殺すなんていう、人としての一線を越えるつもりはないけれども……私と敵対することがどういうことなのか、その身に刻まれるだろう。
逆に私が脅し返すと、先輩はゴクリと唾を呑み込んだ。
諦めたかのように目を瞑ったのを見て、私は彼に背を向ける。
「それじゃあ、行くわねラクシュ先輩……学生としてなら、いくらでも声をかけていいから」
メギちゃんの手を取って、私達は屋上を後にしようとする。
一応背後を気にかけていたけれども、先輩から待ったの声はかからなかった。




