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9話 越えた先を超える者

 エル・E・エールはなぜ魔王を倒せたのか。彼の強さの正体は何なのか。


 その答えは創世級の魔法である『越えた(Over)先を(THE)超える者(Over)』にある。

 魔力を消費して魔法を放つというよりも、条件さえ満たせば自動で発動する特性に近い。その効果は、傷ついた体が回復する度に強くなるというものだ。


 効果自体は珍しいものではないが、特筆すべきは『無限に強くなる』ということ。

 努力しても、鍛えても、それ以上は強くなれないという限界点。この世の理を、エル・E・エールの『越えた先を超える者』は捻じ曲げたのだ。


 戦えば戦うほど、傷を負えば負うほど、それが回復する度に無限に、エル・E・エールは加速度的に強くなり続けた。無限に強くなる彼を、人も魔物も誰も追いつけなかった。


 エル・E・エールは無限に強くなり続けることができたからこそ、ついには人々からこう讃えられたのだ。

 喰らえば喰らうほど無限に強くなる、魔王アラドメギスを倒したその対となる存在――勇者――と。



 ラクシュ先輩が振るう剣を、私は全て拳で受け止める。傷なんて当然つかない、赤くもならない。それよりも気にしていたのが、先輩の剣が折れないかということだった。


(――いえ。そんな心配は、覚悟を持って挑むラクシュ先輩に失礼ね)


 全力を出せば死んでしまう。から、全力で戦うわけではないけれども、侮るのはまた別問題だ。

 実力的に格下ではあるけれども、見下さない。私は徐々に拳の速度を上げていった。


「ぐっ……! この、強さ! さすが!!」


 ラクシュ先輩が剣を振り、私が防ぐという攻勢が一瞬で逆転する。豪雨のように降り注ぐ私の連撃を、先輩は紙一重で避け続けていた。


(なるほど、技量は充分ね)


 私の攻撃は、災竜のプラージャであっても避けることができていなかった。それができるということはつまり、ラクシュ先輩の技量自体は魔王の右腕よりも上ということ。


 私の一挙手一投足をちゃんと観察しているし、攻撃が当たらないよう躱す、或いは逸らす、或いは反撃することで止めている。

 反撃する中でもとりわけ、剣の軌道は清廉さが極まっていた。毎日繰り返し何度も何度も、剣を振るっているのだと如実に感じることができるほどだ。


(達人の域と評しても差し支えない……だからこそ!) 


 あと一点嚙み合えば、ラクシュ先輩は劇的な進化を遂げる。しかしその一点を自力で至れぬこと、周りの誰しもが指摘できなかったであろうこと、それがたまらなく口惜しい。


 ――私であれば先輩をもっと――


 無意識に自然と、私はそう思ってしまっていた。


「ラクシュ先輩、貴方に足りないものは肉体としての強さ――この一点だけよ!」


 私は拳を大きく振り上げる。目線も、軌道も、今から顔面を殴りつけるぞと隠そうともしない。

 躱せる一撃ではないと悟ったラクシュ先輩は防御の体制を取った。折れると判断したらしく剣は捨て、両腕を交差して顔面を覆う。


「ふんっ!」


 私の拳は、両腕の防御ごとラクシュ先輩の顔面を貫いた。


「~~~~ッ!!!」


 粉砕される両腕の骨、衝撃を殺せず吹き飛ばされるラクシュ先輩。そのまま壁に激突――したかと思えば、壁は液体のように波打つと、優しくラクシュ先輩の体を包み込む。


「……なるほど。だから訓練場なのね」


 この中で発生した攻撃を外に漏らさない。加えて壁が衝撃を殺すなら、怪我をするリスクも大幅に下がるに違いない。


「ぅ……あ、私、は……」


「意識はあるのね。さすがは勇者候補」


「さすが、ですか……こうも圧倒されて、さすがも何もないと思いますが……」


「まあ、普通はそうかもしれないけれども……身に染みたでしょう? 私は普通じゃないの。だから、気を落とさなくてもいいわよ」


 たった二分間の戦いだったけれども、この実力差でよくやった方だと私は評価している。

 本心からフォローを入れると、気休め程度にはなったのだろう。脂汗が滲み、苦痛に耐える先輩の表情がふっと和らいだ。


「――でも、エルちゃん? 両腕を折るのはやりすぎだと思いますよ?」


 静観を決め込んでいたメギちゃんが、薄ら笑いを貼り付けたまま言う。


「それは――そうね。私もちょっと熱くなっちゃったとはいえ、さすがにやりすぎたわ。ごめんなさい、ラクシュ先輩」


 まさか、元魔王に正論をぶつけられるだなんて……。


「すぐに魔法医の先生を呼んでくるから、ここで少し待っていてちょうだい。行くわよ、メギちゃん」


「…………はーい」


 面倒くさいと、メギちゃんはあからさまに顔色にも声色にも出していた。

 けれども彼女は基本的に、私の言うことに従ってくれる。私はいつものように彼女の手を握ると、


「それじゃあ――」

「――少し、待っていただきたい」


 急いで先生を呼びに行こうとした途端、ラクシュ先輩から制止の声がかかった。


「……どうしたの?」


「リーエル様、貴女のその強さを見込んで、お願いしたいことがあります」


「お願い、ね……聞くだけ聞いてあげるわ」


 私はラクシュ先輩のお願いとやらを促すけれども、何を言われるのか、予想はついていた。

 大方「私を鍛えてほしい」という内容のものだろう。


(学園生活が本格的に始まれば、勉学に時間を費やす必要も出てくるでしょうし……それに、私にはまずメギちゃんを鍛えなくちゃいけないし……)


 ラクシュ先輩には申し訳ないけれども、私の中で答えは既に用意されていた。


「リーエル様、どうか私を――」


 意を決したように、ラクシュ先輩はこう続ける。


「――私のことを、どうか、助けてはいただけないでしょうか」


 予想だにしていなかった「助けてほしい」という、先輩のお願い


「……え?」


 間の抜けた私の返事が、小さく反響していた。


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