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元勇者は最っっ高にかっこよく死にたい  作者: 可借夜
序章 元勇者と元魔王の契約編
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3話 大魔族の襲来

「やっと、今日という日が来たのね」


 五歳になったばかりのぼ――私は、自室から侯爵家の外を眺めていた。

 夜の帳はすっかり落ちている。満月は雲に隠れ暗闇が世界を覆い、襲撃をしかけるならうってつけの夜だ。広がる荒野にはまだ何物もいないが、確かな緊張感が暗闇の向こうにはあった。


 これより二時間後、フローライト家の地下深くにある魔王の頭部の封印が貼り直される。

 この地の責任者として両親と、封印を貼り直すため三人の勇者候補が地下へ詰めている。封印の警備として十人以上もの勇者候補と、彼らに従う百人以上もの騎士が侯爵家を囲っていた。


 私は大魔族を首魁とした魔物の襲来を、その時が来るのを今か今かと待ち望んでいた。のだけれども…………、


(駄目ね、さっきからずっと興奮しっぱなしだわ)


 焦らされるのはあまり好きではない。胎児から出産するまで、そして赤子から今日に至るまで、散々焦らされたせいだ。


 興奮を落ち着かせるために一息つき、この五年間の日々を頭の中で再生し始める。


(果てしなく長い五年間だったけれども、振り返ってみればあっという間だったわね……そう感じるのはきっと、淑女教育が大変すぎたせいね)


 この五年――正確には、日常会話を使いこなせるようになった三歳からの二年間、私は侯爵家長女として相応しい言葉遣いをと、立ち振る舞いをと、徹底的に叩き込まれていた。


 一人称すらも変わっているのはそのせいだ。


 私としては、二度目の人生を謳歌できるだけでありがたい。それが侯爵家長女としての責務ならと、決して嫌ではなかったけれども、慣れない仕草を身に着けるというのはそれはそれは大変だった。


 しかし努力した甲斐だけあって、今ではこの口調が素の大部分を占めるようになっていた。

 まだまだ成長の途中、五歳の身ではあるけれども、立派な淑女だと貴族間でも評判が高いと母上は言っていた。私を生んでくれた大恩に報いるためにも、自慢の娘になれていることは素直に喜ばしい。


 最も……興奮した時なんかは、まだまだ前世の〝僕〟が出てきてしまう。

 もっと精進を重ねないとと、物思いに耽っていると、


「――来たわね」


 ズン……! と空気が重くなる。

 膨大な魔力の持ち主が現れたことを、私は感じ取っていた。


「歓迎するわ……魔族ども」


 窓を開けると、魔力を帯びた風が私の顔を叩きつける。母上譲りのピンクの髪がなびき、この時代の常識を自分なりにまとめていた書類が部屋の中を舞った。


(早まるな……慌てるな……落ち着け……)


 ぼ――私はうずく右腕を抑える。

 眼下では、大魔族を首魁とした魔族の集団と、勇者候補をリーダーとした国の剣達の戦闘が始まっていた。


 人は己を奮い立たせるため雄叫びをあげ、魔族は命を貪るべく咆哮をあげている。

 剣と牙が衝突する激音と、魔法と魔法が塗り潰しあう轟音が絶え間なく響き渡る。力関係は拮抗しており、両者の鮮血が暗闇の中を彩っていた。


(五年……いいえ、実に六十五年ぶりね)


 前世では、魔王を倒してからは一度もありつけなかった。

 最っっ高にかっこいい死に方を追求する。そのための戦場が、今まさに目の前にある。


(ああ、待ち切れない、もう駆けつけてしまおうかしら? ……いいえ、まだ早すぎるわね。もっとタイミングを見計らって……魔族側が優勢になった瞬間がベスト……)


 私は目を輝かせて戦場を見つめていたけれども、その輝きは徐々に失われていった。


「――はぁ、やっぱり、駄目なのね」


 大魔族が一人に対して、勇者候補は十人もいる。主戦力の数の差が徐々に現れ、魔族の数を減らしていったのだ。


「弱すぎる。これが今の時代の大魔族の力?」


 大魔族とは、魔王の配下である四天王の次に強者とされる存在だ。かつての私の時代では、大魔族と遭遇したら必ず逃げろというのが人類の常識だった。


 それがあの程度の……勇者候補と言われているみたいだけれども、前世の私の百分の一にも満たない実力の人間に敗れるようでは、そこら辺の魔族と大差ない。


 私が参戦するまでもなく、戦場はついぞ勇者候補らの勝利に終わってしまっていた。

 勝利にむせび喜ぶ彼らを見下ろしながら、私は無感動のまま礼儀としてだけの拍手をする。


「この程度なら、わざわざここに戻って来た意味はそれほどなかったわね」


 母上が用意してくれた秘密の逃走ルートから一度は逃げたものの、私はどうしても襲来に立ち会いたくて密かに戻って来ていたのだ。


 しかしその結果が、この様だ。

 私は落胆のあまり、頬杖をつきながら溜息を吐く。


「もう、魔王の復活を待つしかなさそうね」 


 ここには用はないと踵を返した、その時だった。


「――!」


 新たに現れた魔力の圧が、私の足を止めさせていた。


(この魔力は……まさか……)


 大魔族とは比べ物にならない。血が沸騰するかのように沸き立つ。これほどの魔力の圧は、前世でも一度しか感じなかった。


 眼下では、同じように魔力の圧を感じていた勇者候補らが、慌ただしく声を荒げていた。勝利の余韻は捨て去って、魔力の主がいるであろう森の中へ一斉に駆けていく。


「……あはは、アンコールなんて気が利いているのね」


 この魔力の持つ主であれば、もしかしたら――気が付けば私は窓に足をかけ、そのまま夜の闇へと身を乗り出していた。


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