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2話 勇者、転生する

 命の誕生とは、無数の奇跡の連続なのだと僕は知った。

 最初は一つだったものが四十六回も細胞分裂を繰り返し、人の形が徐々に作られていく。指一本すら動かせなかったが、神経が一つ一つ繋がっていき、やがては胎動できるようになっていた。


 そうなるように組み込まれた命のシステムだとしても、命の誕生という過程に、僕は強く感動していた。

 感動していたのだが……うん。


(自我を持つの、早すぎない?)


 いやいや、卵子からって。

 どれだけ早くてもせめて、出産した時からじゃない?


 僕はなんとなく察していた。これから二度目の人生を歩もうとしている、前世の魂をもとに転生しようとしていることを。


 それについては、純粋にありがたい。

 前世では叶わなかった理想が、もしかしたら今世では叶うかもしれないから。 

 絶対にしないが、母の胎内ではしゃぎたいくらいだったが……それにしても、だ。


(じ、自由に動けないのがこれほど辛いなんて! 早く自由に動きたい産まれたい! 早く産まれて、最っっ高にかっこいい死に方を追求したい!!)


 産まれる前から、卵子の頃から死を夢見るなんて、我ながらおかしな状況だとは理解している。

 だけどそれくらい、僕は二度目の人生に大きな期待を抱いているのだ。


(早く……早く産まれてくれぇぇぇえええ!)


 気が遠くなる想いだったが、願いが通じたのか。

 斯くして僕は、五か月という異常な成長速度で出産を迎えたのだった。



 どうやら僕は、フローライト侯爵家という貴族のもとに産まれたらしい。

 フローライト侯爵家長女、リーエル・フローライト。それが今世での僕だった。


 侯爵家とだけあって豪華な寝室の中、まだ赤子の僕は毎日のほとんどを母上、イザベラ・フローライトの腕に抱かれていた。ピンク色の豪華な縦ロールが特徴的な、美しき母上だ。


(女性に生まれ変わったのなら、僕っていう一人称だったり、言葉遣いも改めた方がいいのかな? 一人

称はわたし? 語尾はかしら、で笑い方はうふふ?)


 ……うん。戦闘の日々で女性との関わりなんてあんまりなかったからな。なんというか、錯誤の極みみたいな女性像だ。


(まあ、そういうのはこれから成長していく過程で身につけていけばいいか)


 理想さえ叶えられるなら、性別も口調も粗末な問題だ。


(一番重要なのは、僕を死なせてくれるような強敵がいるかだけど……いるのですか? どうなんですか母上よ!)


 母上の腕に抱かれながら、必死になって声をあげようとしてみるものの、


「ああうあー。ああうあうー?」


 なんせ僕は産まれたばかり。言葉を発せるほど声帯が発達していなかった。


「あらあら~、お乳かしらぁ? それともおしめ?」


(違う! 違います母上! この時代には魔王とかそういう、人類の脅威となるような強敵はいるのですか!?)


「あうあう! ううあうあう!」


「あら、お乳でもおしめでもないのねぇ……分かったわ、甘えたいのね! よしよしリーエル~ママですよぉ~」


(ああ違います! そうじゃなくて……頭撫でられるの安心する……ってこれも違う!)


 何度訴えかけようとしても、母音しか発することができない。こうなったらもうと、身振り手振りを交えてみるものの、


「リーエルは元気いっぱいねぇ」


 ……伝わらない。何をどうやっても。


(や、やっとの思いで産まれたはいいものの……今度は、言葉が喋れるようになるまで待つしかないのか)


 がっくりと、全身の力が抜ける。

 この五か月でさえ果てしなく長く感じたのに……喋れたり、ある程度体が動かせるようにとなると、年単位の月日を要するだろう。

 産声さえあげなかった僕だけど、ちょっと泣きそうだった。


「あらあら、今度はおねむなのかしらぁ?」


 母上が、赤ちゃん用のベッドに僕を横たわらせる。


「~~♪、~~~~♪」


 暖かな声色で、子守唄を歌い始めていた。

 実の母の声だからなのか、不思議なことに本当に眠くなってくる。


 うとうととし始めていると、扉がガチャリと開いた。どうやら今度は父上、シルヴァ・フローライトが部屋に入ってきたようだ。


「おお、なんと……なんと可愛い寝顔なのだ私たちの娘は。天使か? 天使の生まれ変わりなのかな?」


 台詞の通り超がつくほどの親馬鹿で、一目見て覚えてもらえるからと、二つの反転した三日月状の口髭が特徴的な愉快な父上だ。


「それともイザベラ、君が天使だから、天使のようなこの子が産まれてきたのかな?」


「もう、貴方ったら」


 二人とも、言葉全てにハートがついているような甘い声色だった。雰囲気も甘くなったと思えば、唇を交わす。


 仲睦まじいのはいいことだけど……やりませんよね? 娘の前で、ここでおっぱじめないでくださいね? 普通なら問題ないかもしれないけど、僕は喋れないだけで意識があるん……


 ああ! 父上が母上の服に手をかけている! 脱がそうとしている! ここであれを始めようとしている! 


 やめてください! 両親のそんな姿を見てしまったら、ゼロ歳で既にトラウマができてしまいます!


(仕方ない! ぐずるか! 全力で!!)


 僕はそれはもう全力で泣き始めた。

 元勇者としてのプライドだったり、恥も外聞も捨てて。


「あらあらどうしちゃったのかしら」


「うるさかったかな、ごめんよリーエル」


 幸いにも、親馬鹿の二人だ。行為は即座に中断してくれる。


「~~♪、~~~~♪」


 母上はもう一度子守唄を歌うと、僕は再びまどろんでいった。


 ……うん、僕の目さえ届いてないのであれば、二人が何をしようがそれは夫婦の自由だ。このまま僕は眠るから、あとはお好きにしてください。


「貴方、そういえば会議はどうだったの?」


「実は……やっぱり君の見間違いではなくて、大魔族の目撃例が各地であったんだ」


 ――前言撤回。

 父上、今なんて言いました?


「フローライト家が管理している、魔王ジゼロ・ジーヴァの頭部の封印が予想していたよりもずっと早く弱まってきている。間違いなく、封印の様子を観測しているんだろうね」


「そんな……つい昨年、勇者候補様の力を借りて、封印を貼り直したばかりなのに!」


「十年……いいや今度は五年もつかどうか。対策は急務だ」


 父上の吐く息は重く、僕を抱き締めている母上の腕にはぎゅっと力が入る。二人とも心底ショックを受けたかのように、顔色は青ざめていた。


 ――不謹慎だとは重々承知している。二人にとって、いいや世界にとって大変なことが起きようとしているのだと。

 ただそれでも僕は、胸の鼓動が高まるのを抑えきれなかった。


(勇者候補に魔王の存在、そして魔王の封印を解こうとしているであろう大魔族の画策……もしかしたらこの世界は、僕の期待以上かもしれない!)


 最っっ高にかっこいい死に方を追求するという僕の願い。状況的には申し分ない。

 あとは大魔族か魔王が、僕よりも〝遥かに強い相手〟になりえるかどうかだ。


(さすがに大魔族に求めるには酷だろうけど……いいよな? さすがに魔王には期待してもいいよな!?)


 今世の魔王ジゼロ・ジーヴァとやらが、前世の魔王アラドメギスよりも強大であることを願うばかりだ。


 ――いいや、最悪、同じくらいでも問題はないか。


 なんせ今世の僕はまだ赤子。仮に五年後魔王の封印が解けたとしてもまだ幼女で、勇者だった頃とは比べるのも烏滸がましいほど弱すぎる。


 仮にも魔王と呼ばれる存在なのであれば、五歳になった僕と比較して〝遥かに強い相手〟くらいの条件は満たしてくれないと困る。


(僕には及ばなかったとはいえ、魔王アラドメギスの強さもそれなりに、だったからね)


 奴との死闘……ではないか。死がよぎるほどではなかった。死闘もとい激闘は、前世で一番記憶に残っている。


(頼んだぞジゼロ・ジーヴァ! アラドメギスよりも弱かったら、容赦なく蹂躙するからな!)


 来るべき日に向けて、戦える体を構築するために僕は魔力を練り始めた。


「国王にはこれから状況を報告するよ。五年後ここが再び戦場になることを覚悟して、対策を進めなくては」


「ねえシルヴァ、もしもの時はこの子だけでも逃がしたいの。だから……」


「うん。この子が無事逃げられるよう、新しく逃走ルートを確保しておくよ」


「ありがとう……ごめんねリーエル、こんな大変な時に産んでしまって」


(何を言いますか母上! むしろこんな、理想的なタイミングに産んでくれてありがとうございます!)


 気落ちする両親とは対照的に、赤子の僕はきゃっきゃと無邪気に声をあげていた。


(ああ、五年後が楽しみだ!!)


 この地が戦場になること、魔王が復活してしまったら人類の歴史に危機が訪れること。そんな心配など一切なかった。


 ただただその日が来るのを待ち望み、

 ――五年という月日は、あっという間に過ぎ去っていったのだった。


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