10話 四天王の宣戦布告
世界を震撼させるような大事件と言うのは、ある日突然起こりえるものだ。
「「――ッ!?」」
まず初めに、予兆を感じ取ったのは私とメギちゃんだった。
私達のいるプレリュード第一学園から、どれくらい遠くかまでは分からないけれども、とにかく南東。そこから、大勢の魔力の圧を感じ取る。
私達は全く同じタイミングで反応し、全く同じ方向を見ていた。
《大魔族が十体程、って感じか?》
《プラージャに匹敵する魔力の圧も感じるわ。四天王もいるとみて、間違いないでしょうね》
手を繋いで、簡単に認識を共有する。
「二人とも、どうされたのですか?」
距離が遠すぎるためか、ラクシュ先輩は気付いていない様子だった。
先輩も私達の視線の先を辿った直後、魔力の圧を感じた場所から一本の巨大な光の柱が天を貫いた。光は遥か上空で弾けると、束となって青空を散らばっていく。
そうして青空を画面にして、そこで起こっている状況が映し出された。
「糞カスゴミ人間ども~? 聞っこえ、てる~? 覇精霊ヴィルヴィ様ですよ~!!」
響き渡るのは、耳をつんざくような甲高い女性の声。
(うるさっ、苦手なタイプだわ、こいつ……)
声の大きさと言うよりも、甲高さのあまり、私は反射的に左耳を塞いでいた。
言葉を交わさず本質など何も分からないのに、第一声で嫌悪感を抱くなんて、そんな珍しいこともあるんだなと、画面いっぱいに映っている彼女を見やる。
二対の透明な羽が特徴的で、鱗粉のように溢れ出す魔力が淡く青く発光している。画面越しでは正確に分からないけれども、体躯はかなり小さい。百二十五センチしかない私よりも、頭一つ分大きいかなという程度だ。
初めて目の当たりにする私でさえ、作っていると丸分かりの満面の笑みは、気色の悪さを更に増加させていた。
四天王の一角にして、覇壊魔法を極めし魔王の左腕。覇精霊ヴィルヴィは、さらに声を甲高くして続けた。
「ご覧くださ~い! ご覧の通りこのヴィルヴィ様は魔族群を引き連れて、ぷれ……なんだっけ? ぷれなんとか、第二? 第三? まあいいやともかく学園を占拠しましてよ~!」
画面が切り替わり、講堂に集められた学園生と教師達、それを囲む大魔族の群れが映る。
「そんな――!?」
ラクシュ先輩が愕然と声を漏らし、食い入るように空の画面を凝視していた。
「なんでこんなことをしたのかって~? このヴィルヴィ様の要件はひ・と・つ・だ・け♡」
甲高い声から甘ったるい声へ、そして大気が震えるような罵声に切り替わる。
「見てんだろぉおおい!! 出て来いよ陰なる勇者候補がぁぁあああああああ!!!」
(――ほう!)
この空の通信は陰なる勇者候補への、つまりは私への宣戦布告ということか。
こんなにも堂々と喧嘩を売られるだなんて、一体いつぶりか。
しかも全世界に発信して、だ。
(苦手というのは訂正しましょう、覇精霊ヴィルヴィ)
私はワクワクのあまり、彼女のことを気に入り始めていた。
ラクシュ先輩と同じように――視線の意味は違うけれども――空の画面越しにヴィルヴィを見つめる。
「このヴィルヴィ様の愛する、愛する愛するプラージャ様を! 殺した敵討ちだくそったれがぁああああああ!!」
(ふむふむ、恋人? の敵なのね。動機としては王道だけれども、こういった本能に近い感情の方が強くなれるのよね)
「憎い! 憎い憎い憎いああ憎い! 何が陰なる勇者候補だふざけんじゃねぇよ!! オマエの正体を白日の下に晒し! ありとあらゆる苦痛を与えて嬲り殺してやるぅぅうううう!!!」
(え、私を? 嬲り殺しにするですって!? そんな大言を吐くってことは当然、実現できる策があるってことよね!? 期待していいのよね!?)
《……なんか、楽しそうだな、お前》
心の中だけでウキウキしていただけなのに、よほど分かりやすかったらしい。メギちゃんが呆れながら『秘密の言葉』を使い語りかけてきた。
《当然よ! こんなにも自信満々なのよ!? プラージャを殺した相手を、確実に殺すための策を用意しているはず……そうでないとおかしいもの!》
《あの人質が、その策ってやつなんじゃねぇのか?》
《ぁ…………》
まさかそんな低レベルな、と失笑したかったけれども、否定できる材料が見当たらない。
滾る闘志が、冷や水でも浴びせられたかのようにしぼんでいく。
《はぁ、もしそうだったら、期待外れもいいところね……》
私も人間だ。人質という手段は有効ではあるけれども、四天王と大魔族十対程度の群れであれば、犠牲者を一人も出さない自信がある。
メギちゃんと協力すればなおのこと。
《期待外れだった場合、どうするんだ?》
《……聞かなくても分かることを聞くのね》
ニヤニヤと、どこか愉し気なメギちゃんとは対照的に、私は重い溜息を吐いた。
《――蹂躙よ。それ以外にないわ》
《くっ、はは! いいねぇ、お前のその圧倒的な自信と絶対的な暴力は。嫌いじゃねぇ。いつの日かお前を殺す時に、どう歪むかが愉しみだぜ》
《はいはい。なら今回の一件で全部平らげで、もっと強くなってちょうだいね》
《はっ! 任せな! ちょうど腹も減ってきたところだ》
くはは! と、メギちゃんは声に出して笑ってしまっていた。
「ちょっと!?」
ここにはまだラクシュ先輩がいる。なんのために『秘密の言葉』を使って、秘密裏に会話をしていたと思っているのか。
慌てて先輩に意識を向けるけれども、ヴィルヴィの宣戦布告に釘付けになっている。幸いにも気付いていないようだ。
よかったと胸を撫で下ろしたあとに、拳を握りメギちゃんの頭を軽く殴る。いてぇ! と開きかけた口を塞いで、今度は声を出すのを許さなかった。
「――いいかぁ! 一時間以内に出て来い! さもなきゃこのガキ共を順番に殺してやる! 分かったな勇者候補ぉぉぉおおおおおああああああああああああ!!!」
ヴィルヴィはヴィルヴィでたまらなくうるさい。キレて癇癪を起しているあたり、やっぱりこいつは苦手なタイプだ。
(一時間以内、ね……)
プレリュード第一学園から、南東方向にずっと進むとプレリュード第三学園がある。
私自身の足で駆ければ、二十分程度もあれば問題なく到着できる。衝撃波が出ないように速度を落としたとしても、四十分。
時間には余裕がある……けれども、
(新入式を控えているこのタイミングで姿を消してしまっては、最悪父上と母上に連絡がいくわね)
両親に心配をかけてしまうような事態は避けたい。
(式自体に時間はかからないけれども、さすがに一時間後には間に合わなくなる……さて、どうしたものかしら)
新入式をさぼる、もしくは犠牲者が出た後に駆けつける。この二つを天秤にかけた時、重きがかかるのは前者だ。ここに迷う余地はない。
ただできるのであれば、さぼることもせず、誰も犠牲にならないような方法を選択したい。それがないかを頭の中で探す。
「まさか、逃げるなんてことは、ありえないもんね~?」
癇癪が引いたのか、ヴィルヴィはまた甘ったるい声で告げ、
「それじゃあ、待ってるからね~。バイバイ~♪」
大きく手を振ったのを最後に、画面は消えた。
静寂が訪れる間もなく、今度は学園中から爆発したかのような悲鳴が一斉に巻き起こる。
「どうすれば~~!」
「もしかしたらここも~~!」
「逃げた方が~~でも~~!」
大量の声が渋滞しているけれども、聞こえてきた内容は大体こんな感じだった。
皆がパニックになるのも無理はない。四天王とは、魔王が封印されている今魔族の頂点。個人でまともに太刀打ちできるのは、勇者候補の中でも最強と名高いdとeの二人だけとされている。
あの夜ラクシュ先輩ら十人の勇者候補が全滅したように、その危険度は魔族及び大魔族とは比べ物にならないのだ。
(これじゃあ、新入式どころじゃなさそうね)
どさくさに紛れて、ここから離れることができるだろうか。
そう思った矢先、学園内に緊急のアナウンスが流れた。
曰く、今対応を検討している状況のため、ひとまずは教室内で待機するように、とのこと。
「悠長なことを言っているのね……」
避難するなら避難する。絶対に大丈夫だと確信しているなら予定通り式を執り行う。
どちらを選択するかは尊重するけれども、決断は早くすべきだろう。
私は学園の対応にイラつきを覚えていると、
「リーエル様、一つ提案があります」
「……何かしら」
ラクシュ先輩は片膝をつくと、私と目線を合わせた。
そして何かしらの覚悟を決めたであろう、清々しい声音で言う。
「私が時間を稼ぎます。ここを離れられるようになったら、助けに来てください」
「――っ!」
「最っっ高にかっこいい死に方ができるまで、正体は隠しておきたい。貴女の理想を尊重します。正体を隠すなら、今すぐにあの場に駆けつけられぬであろうと理解しています」
「――ええ。そうね」
「故に、私が時間を稼ぎます。貴女が駆けつけるその時まで、あの場にいる者達全員を守り切ってみせます」
ラクシュ先輩の提案は、今私が抱えている悩みを解決するものだった。
――けれども、
「いいの? 相手はあの災竜プラージャと同格の、覇精霊ヴィルヴィなのよ?」
見下すわけではないけれども、事実として、先輩があの場所に行ったとしても――
私の心配を、ラクシュ先輩は一笑に付す。
「私もあの夜よりかは強くなっています。根拠は何もありませんが、勇者候補の名に懸けて、ここは大丈夫だと、そう断言させてください」
背筋はピンと伸び、胸を張っている。
根拠でないとするなら、魔王を倒すことを期待されている、勇者候補としてのプライドがそうさせているのだろう。
「貴女の理想を叶えるために、私は貴女に協力します。だからリーエル様も、強くなりたいという私の理想に、協力していただけないでしょうか」
そう言うと先輩は、そっと手を差し出した。
時間を稼ぐから、自分を鍛えてほしい。この手を取れば、そんな契約を交わしたことになる。
私は考えるまでもなくその手を取った。
「厳しいわよ、私は」
「望むところです」
力強く頷く。隣では、メギちゃんが何かを思い出したかのように苦面を浮かべていた。
「先輩、間違っても死ぬことはないようにね」
「承知しています――では」
先輩は立ち上がると屋上から飛び降りる。覇精霊が待ち受けるプレリュード第三学園目指して、自分の足で駆けて行った。その後ろ姿はたちまち見えなくなっていた。
覇精霊ヴィルヴィによる、人質の虐殺まであと五十五分。
リーエル・フローライトが駆けつけるまで、あと――。




