11話 占拠されたプレリュード第三学園は
プレリュード第三学園は今(助けて)の想いで満ちていた。
恐怖のあまり、実際には誰も口に出せずにいる。けれども、これから自分達は殺されるかもしれないのだ。全員が同じ気持ちでいるなんてことは、口に出さずとも全員が理解していた。
「約束の時間まで~~? はーいあとじゅう~~!」
講堂の壇上で、踊りながら覇精霊ヴィルヴィがカウントダウンを告げている。
「きゅぅぅううう、はーーーーち! なな~~?」
カウントゼロが告げられた瞬間に、虐殺は始まる。
「ろーーく! ごおぉぉおおおお!」
自分達はどんな方法で殺されるのか。
ヴィルヴィの魔法であっけなく死ねるのだろうか。それとも、大魔族にいたぶられて苦痛の中死んでいくのか。
カウントが進むごとに、死への妄想が広がっていった。
「よんっ? さんっ?」
人はいつか死ぬ。当たり前のことだ。
でも今日死ぬかもだなんて、全員が、想像だにしていなかった。
「にっ? うーん、誰も来ないねぇ、おかしいねぇ」
無邪気なヴィルヴィの声が、恐怖を更に加速させていく。
うっすらと期待していた、誰かが助けてくれること。けれどもヴィルヴィの言う通り、誰かが助けに来てくれる気配なんて欠片もない。
絶望の淵に落とされて人々は――それでも、希望を求めることを止められなかった。
「たすけて……」
死を目前に、誰かが絞り出した言葉。
それは全員の想いを代弁しているからこそ、誰かの一言をきっかけに、第三学園は「助けて」の声で満ちていった。
「いや! まだ死にたくない!!」
「誰か! 誰か! 助けに来てください!!」
「きゃーーーーーーーははは! みっともなく喚いてんじゃねぇよ糞カスゴミ人間どもぉ! はいいちぃぃぃぃいいいいいいいいい!!」
「誰か! 誰かぁぁ!?」
「お願いします! お願いしますお願いしますお願いします!!」
「陰なる勇者候補様ぁぁぁぁぁあああああああ!!」
「何が陰なる勇者候補だばぁぁぁぁか!! お前ら見捨てられてんじゃねぇかざまあみやがれってんだ!!」
ヴィルヴィは掌を講堂へ、生徒へと向ける。
「こうなったら仕方ねぇ! お前ら全員ぶっ殺してやる!!」
ヴィルヴィの翼から、溢れ出す鱗粉が円を描きながら掌へと収束していく。やがて出来上がった、膨大な質量を無理矢理抑え込んだ一つの球体。
理屈なんて何もない。ただ本能が、あれが解き放たれた瞬間に死ぬんだと。ここにいる全員が、肉片一つ残らずに覇壊されるんだと、そう訴えていた。
「――いや」
ここにいるのは、ただの教師と生徒達。
一秒後に死にます。その中で足掻けるような人物など、一人もいなかった。
一秒という時間の中で誰かを助けられるような存在なんて、そんなの、勇者候補でもない限り――
「はいぜ――あぁ?」
今まさにカウントゼロが告げられる。講堂の入り口から暖かな閃光が煌めいたのは、その瞬間だった。
人々も、大魔族も、ヴィルヴィすらも閃光に目がくらむ。
一秒にも満たない、たった一瞬だけの隙に――その者は、人々から死という運命を変えるべく現れた。
「断ち切れ霊剣! グリシュ・ローゼ!!」
いつの間にか壇上へと参上していた少年は、光り輝く剣を携えて。
覇壊魔法を放とうとしているヴィルヴィの腕を、切断すべく真上に振り上げる。
「ぐっっ……!」
ヴィルヴィの腕を断ち切ろうとしているのか、霊剣は一際強く光り輝いていた。
「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッッ!!!」
体に流れる魔力は攻撃を緩和する。膨大な魔力を内包しているヴィルヴィだからこそ、少年の渾身の一撃であっても傷一つ付けられなかった。
しかし、勢いに負けたヴィルヴィの腕が真上に跳ね上がる。
直後、生徒達へと向けられていた覇壊魔法はそのまま真上へと解き放たれた。
ただの〝音〟ではなく、空間を揺るがすような〝轟音〟が炸裂する。人々は反射的に目を閉じ、その〝轟音〟を塗り潰すかのように悲鳴が連鎖していった。
音が止み、恐る恐る目を開けると、天井に巨大な穴が空いている。ヴィルヴィの魔法はどこまで、何すらも覇壊していったのだろうか。空に浮かぶ雲すらも同じような穴が空いていた。
魔力さえ尽きなければ、この世界すらも覇壊してしまうとされる終焉級の魔法。その力を目撃して人々は……けれども、歓喜が胸の中から込み上げていた。
「あれは――まさか!」
覇壊し尽くされた天井から降り注いだ陽の光が、少年を暖かく照らしだす。
「助けに来て、くれたんだ……!」
人々は知っている。壇上に現れた少年が何者なのかを。
彼がここに現れたということは――その意味を。
人々は少年の名を、縋り追い求めた希望の名を、声を合わせ叫んだ。
「「「ラクシュ様!!!」」」
〝新たな扉〟という二つ名、与えられたnの称号。
魔王を倒すことを期待された、史上最年少の勇者候補。
ラクシュ・n・ゾーラは人々の「助けて」の声を背に浴びながら、背筋を正して告げる。
「悪行はここまでだ、覇精霊ヴィルヴィよ。私の名は――」
「だあれ? オマエ?」
「……………」
「先に言っておくけれどぉ、陰なる勇者候補じゃなければお呼びじゃないよ? 分かってる? 理解してる? ねえ、オマエ?」
「…………」
「オマエ如きの人間が、まさかプラージャ様を倒せるはずがないもんねぇ? そんなはずないもんねぇ? だからもう一回聞くけど、だあれ、オマエェ」
「…………」
ヴィルヴィの殺意を一身に浴びているせいか、ラクシュは剣を握ったまま押し黙ってしまった。
勇者候補である彼の登場に、人々は「助けに来てくれた」と興奮冷めやらなかった。けれどもその姿を見て、浴びていないとはいえ垣間見るヴィルヴィの本気の殺意に、人々も静まり返る。
――そう、相手はあの四天王の一角、覇精霊ヴィルヴィなのだ。
――しかも傍には、十体もの大魔族が控えている。
――たった一人の勇者候補で、ラクシュ一人で、何ができる。
希望は即座に打ち砕かれ、人々の心を再び絶望が侵食していった。
「――私の名は、ラクシュ・n・ゾーラ」
そんな中でただ一人、ラクシュだけは。
実際に四天王と対峙している、最年少の勇者候補だけは。
ヴィルヴィの殺意をものともせずに、剣を構えていた。
「貴様を斬ることで、皆に平和という新たな人生を切り開く。nの称号を与えられた、勇者候補だ」
絶望を前に堂々と言い放った、その言葉に。
何千何万と剣を振るってきたのだろう、身に染みているその流麗な構えに。
人々は再び、光を見た。
「がんばれ……がんばって」
たった一人の少年の背に、想いを乗せる。
「お願い……あいつらを倒して……!」
この戦力差でラクシュが勝てたのなら、それは奇跡に他ならない。
故にこそ人々は奇跡を願う。自分達が助かるためだけでなく、ここに駆けつけてくれた、希望が無事生還するためにも。
「「「勝って――ラクシュ様――!!!」」」
人々の祈りに呼応するかのように、ラクシュは剣を振るった。
魔王を倒すことを期待された、勇者候補という存在。
たった一人で四天王らに挑むその背に、偽りはなかった。




