第5話:対峙と決着
1.泥臭い共闘と「魔法を凌駕する逮捕術」
「ちっ……、往生際の悪いゴミ虫どもが。まとめて塵にしろ!」
ゲオルグの冷酷な罵声とともに、神聖騎士団の精鋭三名が息の合った動きで散った。
彼らの身にまとう純白の甲冑から、一斉に青白い魔力が噴き出す。手にする魔導剣の刃が激しい光を放ち、精錬所の冷え切った空気をジリジリと焼き焦がした。
「アル、下がってろ!」
「断る! 私はもう、警備隊の刑事だ!」
アルフレッドは力強く叫び、自らの杖を地面に突き立てた。彼の金色の瞳が、これまでにない強い意志で輝く。
「『金剛の防壁』、展開――ッ!」
突如、ツヨシたちの前方に半透明の黄金の盾が立ち塞がった。
直後、騎士団の放った猛烈な雷撃魔法が盾に衝突し、凄まじい爆音と火花が四散する。衝撃波が旧精錬所の腐食した鉄骨を激しく揺らし、天井から錆びたボルトが雨のように降り注いだ。
「アル、持ち堪えられるか!」
「せいぜい、あと二発だ! ……走れ、ツヨシ!」
「三分も要らねえ、三十秒で十分だ!」
ツヨシの身体が、爆煙を突き破って前に飛び出した。
日本の警察学校、そして警視庁捜査一課の道場で、血反吐を吐くまで叩き込まれた「逮捕術」。それは、魔法の使えない平民であるツヨシが、この理不尽な異世界で生き抜くために磨き上げた唯一の武器だった。
騎士団の一人が、視界に飛び込んできたツヨシを捉え、嘲笑を浮かべて魔導剣を振り下ろす。
「愚かな平民め、肉体ごと両断してくれる!」
「甘ぇんだよ、お坊ちゃん」
ツヨシは真っ直ぐに突っ込むと見せかけ、急激に上体を沈めて右斜め前へと踏み込んだ。ボクシングのスウェーバックを応用した変則的なステップ。鋭い刃が、ツヨシの頬をわずかにかすめて空を切る。
一瞬で間合いがゼロになった。
驚愕に目を見開く騎士の右手を、ツヨシの両手が下から包み込むように掴む。
「合気道じゃあな、これを『小手返し』って言うんだ」
相手の突進する力をそのまま利用し、手首を外側へ向けて容赦なく捻り上げる。硬質な関節の軋む音が、廃墟の静寂に響いた。
「ぐあぁっ!?」
激痛に耐えかねて、騎士が魔導剣を落とす。ツヨシはその隙を逃さず、相手の懐へ潜り込み、腰を深く落として「背負い投げ」の要領で叩きつけた。石畳に鉄の甲冑が激突し、凄まじい金属音が轟く。
すかさず、背後からもう一人の騎士が鋭い魔導弾を放とうと、指先をツヨシへ向けた。
ツヨシは倒れた騎士の身体をシールドにするように引っ張り上げ、さらに床を蹴って猛進した。相手が照準を乱した瞬間、その突進の勢いのまま、警察仕込みの掌底を相手の顎へと叩き込む。
脳を揺らされた騎士の視線が彷徨う。ツヨシはすかさず、相手の右腕を掴み、その人差し指と中指を逆方向へ激しく極めた。
「お前らの魔法は強力だが、引き金を引くのはただの『人間の指』だ。指の関節を逆に曲げられりゃ、魔法の構築どころじゃねえよな?」
「ひ、ぎっ、あ、あああぁっ!」
指を極められた騎士が、苦悶の表情で床に崩れ落ちる。
わずか十数秒。神聖騎士団の精鋭二名が、魔法を使う間もなく、泥臭い「物理の格闘術」によって完全に無力化された。
残る一名は、アルフレッドの放った精密な牽制魔法によって足場を崩され、動けなくなっている。
ツヨシはゆっくりと立ち上がり、すり減った革靴の踵で床を鳴らした。その鋭い眼光は、完全に獲物を追い詰めた老練な肉食獣のそれだった。
2.ゲオルグとの言葉の銃撃戦
「ば、化け物め……。魔法も使えぬ下賤な平民が、なぜこれほどの……!」
ゲオルグは、自らの部下たちが一瞬で組み伏せられた光景が信じられないようだった。その端正な顔が、恐怖と屈辱で引き攣っている。
だが、彼はすぐに自らの贅沢なマントを翻し、手に持った最高級の白金魔導杖を構えた。
「往生際が悪いぞ、警備隊。ここで貴様らをゴミのように消し去り、『旧精錬所の魔導残渣による暴発事故』として処理すれば、すべては終わるのだ」
ゲオルグの杖の先から、これまでとは桁違いの、禍々しい赤い光が膨れ上がり始める。
だが、ツヨシはあえて挑発に乗る様子もなく、ゆっくりと懐から安価な薬草の包みを取り出した。一本を唇に咥え、マッチを擦って火をつける。
吸い込んだ紫煙を、ゆっくりとゲオルグの顔に向けて吐き出した。
「事故、ね。……お前らキャリアってのは、本当にその言葉が好きだな、ゲオルグ指揮官殿」
「何だと?」
「事件当日、お前はヴァルターのじいさんの部屋に入り、じいさんを脅して研究データを奪おうとした。だが、じいさんは首を縦に振らなかった。……お前、事件があった日の夜、結界の塔の近くにいたな」
「ふん、言いがかりを。私がそんな寂れた塔に足を運ぶ理由などない。アリバイなら、王宮の執務室にいたという記録がいくらでもある」
「その記録ってやつが、魔法で改ざんされたお仲間たちの『嘘』だってことは、百も承知だよ」
ツヨシは薄笑いを浮かべ、懐からいくつかの証拠品を取り出した。
「だがな、物理的な世界はお前みたいに器用に嘘を吐かねえんだよ。……まずはこれだ。下層街のドワーフ、ガルドの店で売られていた『特製靴ワックス』。撥水性が異常に高く、王都じゃそこでしか手に入らねえ」
ゲオルグの眉が、わずかにピクリと動いた。
「それがどうした。そんな下層街のゴミ、私が知るか」
「じいさんの部屋の窓枠に、このワックスが物理的にこすり取られた痕跡が残ってた。五階の窓からロープを使って出入りする際、お前の自慢の高級ブーツが窓枠を蹴った時についた汚れだ。……そして、もう一つ」
ツヨシは、透明な小さな紙包みを指に挟んで掲げた。
「大魔導師ヴァルターの遺体の、爪の間に挟まっていた『紫色の夜蚕の繊維』だ。カレンちゃんのものだと思ったか? だがな、鑑識――じゃねえ、私の相棒が調べたところ、この繊維には微妙に『男性用のコロンの匂い』が移っていた。……神聖騎士団の指揮官が愛用している、王宮御用達の高級香水だ」
ゲオルグの青い瞳が、急速に揺れ始める。
「そんな、物理的なゴミに……何の証拠能力があるというのだ! 魔力ログに私の記録はない! 王宮の法廷が、そのようなくだらない泥汚れを信用するはずがない!」
「ああ、お前たちの身内だけの法廷なら、もみ消せるかもしれないな」
ツヨシは煙草を指に挟み、その灰を冷たく床に落とした。
「だがな、ヴァルターのじいさんは……お前たちのその『隠蔽のシナリオ』を、最初からすべて見抜いていたんだよ」
3.大魔導師の罠
「……どういう意味だ?」
ゲオルグの声が、明らかに焦りを帯びて低くなった。
「カレン」
ツヨシが振り返ると、カレンは涙を拭い、胸元から一本の頑丈な魔導記録結晶を取り出した。
「先生が私に託したのは、治療法だけではありません。……あなたが下層街の魔力枯渇症の子供たちを密かに拉致し、王宮の極秘実験として、彼らから違法に魔力を抽出していたという、実験データと帳簿のすべてです!」
その言葉が精錬所に響き渡った瞬間、アルフレッドは息を呑んだ。
「……実験……だと? 子供たちを実験台に……!?」
「そうだ、アル」
ツヨシが静かに告げる。
「既得権益の維持なんて可愛いもんじゃねえ。こいつらは、下層街の貧民を『人間』とも思っていなかった。都合よく魔力を絞り出すための家畜として扱い、用が済めば廃棄していたんだ。ヴァルターのじいさんは、その悍ましい真実(Why)を知り、告発しようとした。だから、こいつらはカレンちゃんを人質に取り、じいさんを暗殺しようとしたんだ」
「黙れ、黙れ黙れ!」
ゲオルグが激昂し、杖を振り上げる。
「証拠のない妄言だ! そのデータとやらも、今ここで貴様らごと焼き尽くせば、何一つ残らん!」
「いや、残るんだよ、ゲオルグ」
ツヨシの言葉の銃弾が、容赦なくゲオルグの心臓を射抜く。
「ヴァルターのじいさんはな、自分の死すら『お前をハメる罠』として使ったんだ。もし、じいさんが普通に暗殺されるか、病死として処理されれば、王宮はお前の不正データを闇に葬り去っていただろう。……だからじいさんは、自分の部屋を『不自然な物理的矛盾』だらけの他殺現場に偽装した」
「……何だと……?」
「テーブルの上に残された、対面の二つのカップ。窓枠の靴のワックスの擦れ痕。そして、自らの爪の間に挟み込んだ紫色のマフラーの繊維。すべては、魔法に頼らない、物理的な痕跡を追う『本物の刑事』を現場に呼び寄せるための、じいさんの命を賭けたダイイングメッセージだったんだ!」
ツヨシは一歩、また一歩とゲオルグへ近づいていく。
「じいさんは信じていたんだよ。王宮の腐った魔法万能主義に騙されない、人間の執念を持つデカが、必ずこの不自然な謎を解き明かし、お前の『Why(動機)』にまで行き着くことを。……そして、俺はここにいる」
カレンが持つ魔導結晶から、青白い光が天井に投射された。
そこには、実験の様子を克明に記録した魔法映像と、ゲオルグ自身の署名が入った王宮の極秘指令書が映し出されていた。
「これで、チェックメイトだ、ゲオルグ。お前のキャリアも、家門も、その薄汚いプライドも、すべておしまいだ」
4.自白と「現行犯逮捕」
「ああぁぁぁぁぁ――ッ!」
ゲオルグの喉から、獣のような絶叫が漏れた。
彼のプライド、築き上げてきた地位、そのすべてが、たった一人の平民刑事の持ってきた「物理的な泥汚れ」と「死者の遺志」によって粉々に打ち砕かれた。
狂気に駆られたゲオルグは、自らの杖をカレンへと向け、最大火力の魔法陣を展開した。
「死ね! 貴様ら全員、灰すら残さず消滅させてくれるわ! 『紅蓮の劫火』――ッ!」
精錬所全体が、爆発的な熱風と赤黒い光に包まれる。カレンが恐怖に目を瞑った、その瞬間。
「……私の仲間を、二度と傷つけさせはしない!」
アルフレッドが、身を挺してゲオルグの正面へと躍り出た。
彼が全力で展開した水属性の防御魔導が、ゲオルグの放った紅蓮の炎と激突する。
ジュウウゥゥッ! という凄まじい水蒸気が立ち込め、周囲の視界を真っ白に染め上げた。
魔力の衝突の衝撃で、アルフレッドの杖が半ばからへし折れ、彼は血を吐いて床に倒れ込んだ。だが、ゲオルグの最大火力は、確かに相殺された。
「アル、よくやった!」
立ち込める白い蒸気の中から、一筋の影が弾丸のように飛び出した。
ツヨシだった。
彼の身体は、かつて数多の修羅場を潜り抜けてきた警部補・津島剛そのものの躍動感に満ちていた。
驚愕するゲオルグの視界に、ツヨシの鋭い眼光が迫る。
「終わりだ、お坊ちゃん」
ヒュッ、と風を切る音。
ツヨシの手から放たれた警備隊特製の特殊警棒が、ゲオルグの白金魔導杖の先端を、正確無比な一撃で叩き折った。魔導結晶が砕け散り、ゲオルグの魔法の光が完全に消失する。
「な……が、は、離せ……!」
ツヨシはそのままゲオルグの胸元を掴み、腰を深く入れて、前世で犯人を組み伏せる際に何度も使った「大外刈り」を叩き込んだ。
ドォン! と、重苦しい音が廃墟に響く。
ゲオルグの頭部が床の石畳に激突し、彼は苦悶の声を上げた。ツヨシはすかさずゲオルグの身体をうつ伏せにひっくり返し、その両腕を背後に回して、全体重を乗せて膝で背中を制圧した。
ゲオルグの純白の甲冑は、下層街の錆びた泥と埃に塗れ、無惨に汚れていく。
「ゲオルグ。……いや、被疑者ゲオルグ」
ツヨシはポケットから、警備隊特製の金属製の魔力封じの手錠を取り出した。
ガチャン、ガチャン、と冷たい金属音が響き、ゲオルグの両手首が固く繋がれる。
「神聖騎士団指揮官ゲオルグ。……下層街の住民に対する殺人教唆、恐喝罪、並びに国家大逆罪の容疑で――現行犯逮捕だ!」
「は、離せ……! 私は神聖騎士団の……貴族の……!」
「黙ってろ。お前のその薄汚い言い訳は、取り調べ室で、朝までじっくり聞いてやるよ」
ツヨシは短くなった煙草を床に吐き出し、ゆっくりと踏み消した。
精錬所に差し込む月光が、傷だらけになりながらも誇らしげに立つアルフレッドと、涙を流しながら微笑むカレンの姿を、静かに照らし出していた。




