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異世界に転生しちゃったので刑事になってみた  作者: 羽越世雌
第5章:正義の終着駅
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第26話:境界の法廷

1.大広間の「容疑者」


別邸本館の重厚な黒檀の扉。それがツヨシの泥だらけのブーツによって蹴り開けられた瞬間、室内に立ち込めていた不気味な青い魔力ノイズの向こうから、言葉を失うほどの絢爛たる大広間が姿を現した。


高い吹き抜けの天井から吊り下がる、巨大な魔導水晶のシャンデリア。

その最奥、王座を思わせる白金で縁取られた豪奢な椅子の前に、一人の老人が毅然と立っていた。


バルドー公爵。

真木の実父にして、この国の司法と暗黒街の双方を裏から操ってきた、歪んだシステムの最高権力者。彼のまとう極上の魔導ローブは、月蝕の赤黒い光を受けて不気味に明滅している。


「――やはり、ここまで来たか。無魔のゴミどもを率いた、警備隊のテロリストたちが」


公爵の、低く威厳に満ちた声が大理石の床に反響した。

その双眸に宿るのは、退路を断たれた悪党の焦りではない。持たざる者を徹底的に見下す、絶対的な強者の傲慢さだった。


「お前たちのその綺麗な『おままごとのお城』も、今日で終わりだ、公爵様」


ツヨシが、一歩、また一歩と大理石の床を踏みしめて前へ進む。

すり減った革靴の底はすっかり穴が開きかけ、外套は戦闘の熱で焼き焦げてボロボロだったが、その剥き出しの眼光は、巨悪を目の前にしてかつてないほど鋭く、猛烈に燃え盛っていた。


ツヨシの左右には、杖を構えたアルフレッドとルーク。

そしてツヨシの背後からは、手首を手錠(ワッパ)で繋がれた真木を静かにエスコートするようにして、クラウスが冷徹な表情で歩み寄ってきた。


「バルドー公爵」

クラウスの声が、凛として大広間に響く。

「本日をもって、あなたの『国家管理システム』は完全に機能を停止する。法の番人として、あなたのすべての罪を、ここで現行犯執行する」


「法だと? 笑わせるな、ハルデンベルク前課長」

公爵は鼻で笑い、白金で飾られた自らの杖を軽く床に打ち付けた。

「この国の法は、我ら強者が、持たざる弱者を都合よく管理し、間引くために作られた『綺麗なシステム』だ。マサキのような無魔の汚物を排除するのも、増えすぎた下層街のゴミを焦土にするのも、すべてはグラナダの絶対的な秩序のため。……貴様ら泥鼠どもに、我らを裁く『法廷』など、この世界のどこにも存在しないのだよ!」


「法廷なら、お前が踏みつけているその足元に、俺たちが今から創ってやるよ」

ツヨシが不敵にニヤリと笑った。


2.王都全域の「開示(ディスクローズ)」


「監察官として最後の大仕事だ。公爵、君の言う『法廷』を、少しだけ広げさせてもらったよ」


クラウスが自らの白金魔導杖を水平に掲げた。

同時に、ルークが懐から、真木から預かった王宮法務省の『最深部バックドア・データ』と、瀬戸川から押収した『極秘資金帳簿』の結晶を魔導展開器へとセットした。


「ルーク、システムを王宮魔導広報回線(グリッド)へ直結しろ。監査介入、開始(ブリーチ)!」

「了解です、クラウス前課長。……王都グラナダ全全街区、および王宮本堂の全魔導スクリーンへ、リアルタイムで『開示(ディスクローズ)』します!」


ルークの指先が、信じられない速度で空中へ魔導コードを描いていく。

瞬間、別邸のシャンデリアが激しく明滅し、大広間の空間全体に、巨大な魔導投影の半透明なスクリーンが何十枚も浮かび上がった。


そこに映し出されたのは、バルドー公爵がハイドラの密売を通じて得ていた不正国家裏予算の資金フロー、下層街を実験台にしていた違法魔力抽出の全記録、そして「神聖騎士団の魔導巨砲を用いて下層街を合法的に焦土化する」という公爵直筆の極秘署名指令書だった。


「な、何だと……!? 王宮の暗号通信網を書き換えたというのか!」

初めて、公爵の傲慢な顔に狼狽の影が走った。


「書き換えたんじゃない。あなたの作った『綺麗なシステム』は、身内の不正を隠すために、最初から監査を素通りするバックドアを残していた」

クラウスの美しい眼鏡の奥の瞳が、冷酷な勝利の光を宿す。

「今、この瞬間、あなたがこれまで『秩序』の名のもとに犯してきたすべての虐殺、実験、汚職の証拠が、王宮の全大臣、騎士団の全兵士、そして下層街の数万の市民の目の前に、リアルタイムでリアルに投影されている。……公爵、あなたの自慢の『綺麗な大局』は、今ここで完全に瓦解した」


大広間の外から、遠く王都の全街区がざわめき立つような、怒りと驚愕の地鳴りが地響きとなって響いてきた。

王宮の絶対的な支配者としての、バルドー公爵の社会的・物理的な「死」が、今、完全に執行されたのだ。


「おのれ……、おのれぇぇぇぇッ! 魔力も持たぬ平民の、ゴミどもがァァッ!」


3.血統の暴走


逃げ場を失ったバルドー公爵の身体から、これまでにない禍々しい、深紅の魔導プレッシャーが爆発的に噴出した。

彼のまとうバルドー家家門の「血統魔法」が、自身の怒りとプライドの崩壊によって、臨界点を超えて暴走を始めたのだ。


放出される暴走エネルギーE bloodは、公爵自身の持つ最大魔力濃度M maxと、崩壊した自尊心という負の精神定数γ ego、そして血統純度指数λによって、以下の自壊過負荷数式で定義される。


 E blood = λ・M³max/1 - γ ego


自尊心の崩壊(γ ego → 1)に伴い、分母が極限までゼロに近づく。その結果、放出される破壊エネルギーE bloodは無限大へと発散し、大広間の大理石の床が、凄まじい地割れを起こしながら次々とめくれ上がっていった。


「死ね! 我が血統の炎とともに、この別邸ごと塵に化して消え失せるがいい!」


公爵の杖から放たれたのは、空間そのものをドス黒いマグマに変えるほどの、圧倒的な破壊の津波だった。

生身の人間がかすりでもすれば、一瞬で骨も残らず蒸発する、神の領域の暴力。


「『金剛の盾(イージス・フルバースト)』――ッ!」

アルフレッドが血を吐きながらも、自らのへし折れた予備の杖を両手で握りしめ、ツヨシの前に飛び出した。

「『法の壁(ジャスティス・バリア)』――ッ!」

同時に、クラウスが全魔力を解き放ち、アルフレッドの盾に重ねて氷と光の巨大な多重防壁を展開する。ルークもまた、消音と屈折の魔導を極限まで重ね、公爵の攻撃の指向性をミリ単位で歪めていく。


ドゴォォォォンッ!!!


別邸全体が崩壊するかのような、かつてない凄まじい大爆発が大広間に吹き荒れた。

シャンデリアが粉々に砕け散って降り注ぎ、大理石の壁が爆風で消し飛び、立ち込める白い水蒸気と熱風がすべてを包み込む。


「ツヨシさん……! 今です、行ってください!」

アルフレッドの絶叫。

彼の展開した盾が、激しい衝撃波で粉々に砕け散り、クラウスとルークの防壁もガラスのように弾け飛んだ。三人の身体は魔力の激烈な反動によって数メートル吹き飛ばされ、床に激しく倒れ込んだ。


だが、三人の相棒が、その命を削って抉り開けた、公爵への一瞬の「隙」。


「――よっしゃあ、行くぞぉぉぉッ!」


ツヨシの、泥を吸って重くなった革靴が、砕け散った大理石の床を力強く、激しく蹴り上げた。


4.現行犯逮捕


「何だと……!? 生身で、この炎の中を……!」


立ち込める白い熱風の向こうから、凄まじい殺気をまとって突進してくるツヨシの泥だらけの姿に、公爵は初めて、本物の「死の恐怖」をその目に浮かべた。

再び杖を向けようとする公爵。だが、ツヨシの刑事としての執念は、その杖の照準を許さなかった。


「お前の自慢の綺麗なシステムも、魔法も、全部この俺が泥靴で踏み潰してやるよ!」


ツヨシは上体を捻りながら、公爵が放とうとした至近距離の炎の軌道をミリ単位でかわすと、相手の懐へと弾丸のように潜り込んだ。

日本の警察格闘術、極意――『小手返し』。


「がっ……あぁっ!?」


ツヨシの泥に汚れた太い両手が、公爵の白金杖を握る右手首をがっちりと捉え、そのまま自らの全体重を乗せて外側へと捻り上げた。

ゴキッ、という鈍い関節音が大広間に響き渡り、最高権力者の持っていた白金魔導杖が、無残に大理石の床へと滑り落ちて砕けた。


ツヨシはそのまま公爵を床へと押し潰し、その背中に膝をがっちりと乗せて、完全にその機動力を奪った。


ガチャン――。


静まり返った大広間に、冷たい、重厚な金属音が響き渡った。

魔力封じを施された、警備隊特製の鋼鉄の手錠(ワッパ)。

それが、王都を裏から支配してきたバルドー公爵の両手首を、容赦なく、そして固く繋ぎ合わせた。


「バルドー公爵。……魔導ドラッグ『ハイドラ』製造資金調達、国家転覆陰謀、大量殺人教唆、および下層街焦土計画の容疑で――現行犯逮捕だ」


ツヨシの低く、掠れた、しかしどこまでも確固たる日本語の声が、泥にまみれた公爵の耳元に響いた。


「バ、バカな……、私が、平民のゴミに、ワッパをハメられるなど……、あり得ん……!」

公爵は、手首の手錠の冷たさを確かめるように小さく、力なく喘いだ。


「あり得るんだよ、お偉いさん」

ツヨシは荒い息を吐きながら、立ち上がり、手錠のチェーンをグッと引いた。

「お上がどれだけ腐ってようが、魔法がどれだけ万能だろうが関係ねえ。現場(ここ)で悪党を捕まえるのが、俺たちデカの『正義』だからな」


大広間の吹き飛んだ壁の向こうから、冷たい朝の光が真っ直ぐに差し込み始めていた。

王都を侵食していた、ハイドラの長い長い夜が、今、4人の刑事たちの執念によって完全に明けようとしていた。

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