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異世界に転生しちゃったので刑事になってみた  作者: 羽越世雌
第4章:境界の法廷
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第21話:下層街の焦土作戦

1.カウントダウン


ザーザーと、王都の夜を塗り潰す冷たい雨が、下層街(ローグ・エンド)のぬかるんだ路地を川のように流れていた。

頭上にのたうち回る違法な魔導配線から、時折バチバチと不気味な火花が散り、下層街の薄汚れたレンガ壁を明滅させる。


「――作戦開始まで、あと十五分。タイムリミットは近いぞ、ツヨシ」


クラウスが、雨合羽のフードから覗く眼鏡のレンズを素早く拭い、携帯用の魔導時計を睨みつけた。

文字盤に刻まれた針は、バルドー公爵が定めた焦土化計画の「引き金」である午前零時へと、無慈悲に歩みを進めている。


「神聖騎士団の一個連隊が、下層街の外周を完全に包囲した。彼らの魔導巨砲『神罰(レトリビューション)』の照準は、すでにこの街の中心部へとロックされている。……下層街の貧民たちが、配置されたハイドラを手に取って暴発した瞬間、公爵の命令の元、この街は一瞬にして灰になる」


「吐き気のする『大局』だな、お偉いさん」

ツヨシは近くの崩れかけた荷馬車の影に身を潜め、不味い薬草に火をつけようとしたが、雨風が強すぎてマッチの火が瞬時に吹き消された。

「ちっ……、最後の一本だったんだがな」


「係長、火ならこれを使ってください」

ルークが、漆黒の私服の袖から小さな火属性の魔導結晶を取り出し、指先で静かに明滅させた。ぼんやりとした琥珀色の光が、ツヨシのすり減った顔を照らし出す。


「助かるよ、お坊ちゃん」

ツヨシは煙草に火を移し、深く吸い込んだ。

「ルーク。お前が仕入れてくれた、ハイドラ輸送馬車の配置ポイント。間違えねえな」


「はい」

ルークは地図を脳内に展開するように、鋭い目を路地の奥へと向けた。

「公爵の私兵と瀬戸川のマフィアがハイドラを積んだ輸送馬車を配置しているのは、全部で三箇所。下層街の中央礼拝堂、エルフの孤児院、そして北の給水塔です。いずれも、貧民たちが最も集まりやすく、かつ『暴動のシンボル』として利用されやすい場所です」


「三箇所同時に叩くには、俺たちの数が足りねえな」

アルフレッドが、修復した黒木杖を強く握りしめ、冷たい雨に濡れた髪を払った。


「いや、数は足りている」

クラウスが冷徹に言い放ち、白金魔導杖を水平に構えた。

「中央礼拝堂は私が引き受ける。あそこの防衛線は最も強固だが、法務省内部の監査権限(バックドア)を使えば、騎士たちの魔導通信を一時的に妨害し、無力化できる。ルーク、君は給水塔だ。君の風の魔導による『消音(サイレンス)』があれば、哨戒兵に気づかれずにハイドラを処分できる」


「了解です、ハルデンベルク前課長」

ルークが力強く頷いた。


「じゃあ、俺とアルは『エルフの孤児院』だな」

ツヨシは煙草を踏み消し、革靴の踵を路地裏の硬い石畳にトントン、と打ち付けた。


「カレンと子供たちがいる場所だ。あそこに毒(ハイドラ)を撒かせるわけにはいかねえ。……アル、俺たちの現場(ヤマ)だぞ。靴底を減らす準備はいいか」


「ええ。最初からそのつもりです、ツヨシさん」

アルフレッドは力強く微笑んだ。


四人の「デカ」たちが、夜雨の闇へと静かに散っていく。組織の壁も、種族の壁も超えた彼らの、時間との果てしない闘いが始まった。


2.孤児院の雨(ステークアウト)


下層街の奥深く、レンガ造りのエルフの孤児院。

いつもなら子供たちの笑い声が響くその中庭は、今は不気味な静寂と、冷たい夜雨の音だけに支配されていた。


中庭の片隅、漆黒の大型輸送馬車が、雨を浴びて佇んでいた。

馬車の後部扉は半開きになっており、中からハイドラ特有の、妖しく明滅する仄青い光が漏れ出している。

その馬車の周囲を固めているのは、抜身の黒い魔導剣を構えたバルドー・ファミリーの私設兵が四人。いずれも、瀬戸川の息がかかった冷酷な目をしたエルフたちだった。


「――おい、そろそろ時間だぞ。カギを開けて、あのガキどもに『神の薬』を配ってやれ。暴発の数値Eを最大まで高めるための仕込みだ」


リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべながら孤児院の木製の扉を指差した。

彼らの言う「数値」とは、ハイドラ過負荷公式に基づく魔導エネルギーの計算式だった。


 E = κ・D²/1 + γ・M


魔力枯渇症に苦しむ子供たちや、虐げられた貧民たちの『憎悪と精神負荷M』を最大まで高めた状態で、超高濃度ハイドラDを摂取させれば、放出される魔力Eは一瞬にして臨界点(閾値)を突破し、人間自爆ボムへと変貌する。それが、バルドー公爵の描いた、完璧な「焦土化」のシナリオの引き金だった。


「子供たちを実験台(引き金)にするなど、やはり、奴らは人間ではありません」

中庭の茂みの陰、冷たい雨の泥濘に腹這いになっていたアルフレッドが、怒りで全身を小刻みに震わせながら囁いた。


「アル、頭を冷やせ」

ツヨシが、アルフレッドの肩に手を置き、静かに押し留めた。

「怒りで目を曇らせるな。刑事ってのはな、ホシが一番汚ねえ牙を見せた瞬間ほど、冷徹にならなきゃならねえんだよ」


ツヨシは懐から警備隊特製の特殊警棒を引き抜き、その重厚な金属の感触を確かめた。


「配置は四人。魔導を放たせる前に、物理的に喉元を潰す。アル、俺が突っ込んだら、後方の二人の魔力回路を『水縛(アクア・バインド)』で一瞬だけロックしろ。呪文を唱えさせるなよ」


「了解です。……ツヨシさん、無茶はしないでください」


「デカの辞書に『無茶』以外の言葉が載ってた試しがねえよ」

ツヨシは不敵に笑うと、すり減った革靴で、夜雨の泥濘を弾丸のように蹴り出した。


3.隠密強襲(サイレント・テイクダウン)


「――何だ!?」


中庭を流れる激しい雨音の向こうから、突如として現れたツヨシの影に、私設兵のリーダーが驚愕の声を発した。

だが、彼が魔導剣の引き金に魔力を込めるよりも、ツヨシの「刑事の執念」の方が遥かに速かった。


ツヨシは相手の突きを、上体をわずかに左に捻ることでミリ単位で躱し、相手の右腕の関節を掴んだ。

警察実戦逮捕術、極意――『崩し』。

相手の突進する質量をそのまま円運動へと変換し、コンクリートの床へと叩きつける。

ゴッ、という重苦しい音が雨の音に混じって響き、リーダーの男が呼吸を奪われて膝をついた。


「一人目!」


ツヨシは休むことなく、隣で驚愕していた二人目の私設兵の懐へと潜り込んだ。

相手が杖を構えようとした瞬間、ツヨシは特殊警棒を相手の右手首に叩きつけ、骨の砕ける鈍い音とともに杖を弾き飛ばした。さらに、相手の胸ぐらを掴んで引き寄せ、強烈な膝蹴りをみぞおちへと叩き込む。


「二人目!」


「くっ、侵入者――『水縛(アクア・バインド)』――ッ!」


後方にいた残る二人の私設兵が魔導弾を放とうとした瞬間、アルフレッドの放った青い激流の鎖が、彼らの両腕と魔導杖を正確無比に絡め取った。

魔導回路の構築を強制的に遮断された男たちは、呪文の途中で激しく咳き込み、その場に縫い付けられる。


「よくやった、アル!」


ツヨシは弾丸のように中庭を滑り、縫い付けられた三人目の首元に、警察格闘術の『裸絞(はだかしめ)』を極めた。頸動脈を圧迫された私設兵は、わずか数秒で白目を剥いて泥の中に崩れ落ちた。


最後の一人も、アルフレッドが杖の先端から放った高水圧の弾丸によって顔面を撃ち抜かれ、昏倒した。


わずか三十秒。

ハイドラを積んだ輸送馬車の防衛線は、魔法に頼らないツヨシの「物理的逮捕術」と、アルフレッドの精密な支援によって、完全に、そして静かに沈黙した。


「ハイドラを処分します!」

アルフレッドが馬車の後部へ駆け寄り、中から青く妖しく光るガラスボトルを取り出そうとした、その時だった。


パチ、パチ、パチ。


不気味な、乾いた拍手の音が、孤児院の中庭に響き渡った。


4.瀬戸川の嘲笑


拍手の主は、孤児院の屋根の縁、雨に濡れる白亜の彫刻の上に腰掛けていた。


完璧に仕立てられた黒いローブをまとい、美しいエルフの顔に歪んだ愉悦の笑みを浮かべている男――瀬戸川(レオン・バルドー)だった。

彼の片手には、不気味に赤黒く明滅する、ハイドラの過負荷を遠隔で起動するための『起爆の通信魔導結晶』が握られていた。


「素晴らしい、素晴らしいよ、剛さん。あんたのその泥臭い靴底の動き、前世の歌舞伎町でマル暴の刑事をやってた時と、なーんにも変わってねえ」


瀬戸川は日本語で嘲笑しながら、軽やかに中庭へと飛び降りた。彼の足元から、禍々しい暗黒の魔導のプレッシャーが、冷たい雨を押し返すようにして広がっていく。


「瀬戸川……!」

ツヨシが警棒を構え、鋭い眼光で瀬戸川を射抜く。


「残念だったな、剛さん。この下層街の焦土計画(リセット)は、最初から二重の罠(ダブル・ブロック)なんだよ」

瀬戸川は通信結晶を指先で弄びながら、不敵にニヤリと笑った。


「あんたたちがハイドラを奪還するために、孤児院や礼拝堂を襲撃することは、真木(マサキ)の『頭の良さ』ならすべて織り込み済みだ。……神聖騎士団の魔導巨砲は、ハイドラの暴発を検知して撃つんじゃない。この通信結晶の信号(シグナル)が『消えた』瞬間、自動的にこの街全体を焦土にするよう、最初からプログラムされてるんだよ」


「何だと……!?」

アルフレッドが驚愕に目を見開いた。


「つまり、あんたたちがこのハイドラを奪い、俺を倒した瞬間に、神聖騎士団の魔導巨砲がこの下層街を、カレンも、あの汚いエルフのガキどもも、全員まとめて灰にする。……どうだ? 完璧なシステム(絵図)だろ」


瀬戸川は、通信結晶をツヨシの眼前に突きつけ、冷酷に言い放った。


「さあ、どうする、津島剛さん。俺を殺すか? それとも、自分の『正義』とやらを抱えて、この街のゴミどもと一緒に燃え尽きるか?」


雨はさらに激しさを増し、下層街のカウントダウンは、いよいよ最後の「ゼロ」の瞬間へと差し掛かろうとしていた。

絶体絶命の二重の罠を前に、ツヨシの胸の奥で、刑事としての「執念」が、かつてないほど激しく燃え上がっていた。

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